2017年12月16日

ハッチの週間身辺雑記

めっきり寒くなり、最低気温が−5℃ということも。
そんな朝にはさすがのOMハウスも、室内気温が17℃くらいにまで下がります。
昨年までなら暖炉を焚いていたのですが、ハッチがいなくなでからは、焚かずに済ませています。
ハッチの夫の顔をじっと見るあの「暖炉、焚いてよ」目線、懐かしい・・

今週の大ニュース、それはなんといっても、広島高裁で伊方原発3号機の運転停止判決が出たことです。
伊方原発は以前からその危険性が指摘され続けてきたころで、活断層の真上に建設されています。
もちろん日本の原発のあるところは、どこでも同じ危険性を持っています。
この判決が良い引き金となって、他の原発にも波及することを願っています。
四国電力はこの判決に非常に驚いたと言いますが、電力会社や政府が一番、わかっていないのですね。
というか、わからないふりをして経済優先ばかりを考えているのでしょう。

もう一つの大ニュースは、とてもプライベートなものですが、夫が初めて自分の料理で友人をもてなしたこと。
お気に入りの上田淳子さんレシピのフランス料理(とっても簡単な家庭料理です)からの一皿で、鶏もも肉とカブの軽い煮込み。
それを作る予定にしていたところ突然彼がそうだ、Iちゃん夫婦も呼ぼうか」と言い出し、材料追加で作り始めました。
この料理は他のとちょっと違って、カブを半分潰してソースにするというひと手間がかかるもので、彼にとっては一番大変なものですが、体が温まって美味しいのです。
ブロッコリーと人参サラダは私が担当。

出来上がったちょうどその時、Mさんから用事があって夫に連絡が入りました。
え?Mさんの奥さんはたしか沖縄に演奏旅行中。彼は一人のはず。夕食に呼んであげよう。
と、4人分を5人で食べることに。
「他のものを作ると、オレの料理に集中できなくなるから」とサラダ以外は何もない献立だったのですが、まぁ、みんなでワイワイ食べる方が楽しい。
ダイエットに適した量の夕食でしたが、いろんなバカ話をしながらおもしろかったです。
肝心の夫の料理も好評で、これからこういう機会が増えるのかな?
上田淳子さんの本、野菜のレシピ集も買いました。これもどれもすこぶる美味しそうで、春夏はサラダ系、秋冬は蒸し煮にしたり焼いたりの温野菜。
これもメインと一緒に彼がつくれるようになれば、私はラクになります。

毎年この頃になると、知人からクリスマス飾りが届きます。この飾り、年によってテーブル用だったりリースだったり。今年はリースでした。早速玄関ドアに飾ったら、とたんにクリスマス!
知人の妹さんが自由が丘でセレクト・フラワーアレンジメント・ショップを経営されているそうです。
その妹さんはイギリスでフラワーアレンジメントを学び、自由が丘にお店を開きました。
企業やお店やイベント、ウェディングのオーダー・フラワーはもちろん、スクールも主宰されていて大活躍されている方です。
センスがいいのはもちろんですが、なんといってもナチュラル感が素敵なんです。
こういうセンスの人って花だけではなく、生活全般にセンス良いのでしょうね。人生を豊かで美しく過ごせるのだと思います。
毎年このクリスマス飾りを見てうっとりしながら、こういう能力を持たない自分に嘆息するばかり。

今月初めから始めた夫の低FODMAP食、まだ続いています。3週間んは続けるみたいですよ。
小麦などの麦製品(パンやパスタ)、豆類、乳製品、にんにく玉ねぎ、ジャガイモ以外の芋類、食品添加物などを除去した食べものです。
天ぷらは小麦粉が使われているからダメ、カツ類も同様にダメ、ギョーザやシューマイもダメ。
牛乳はライスミルクで代用。家の近くに良い自然食品店があって本当によかったです。
でももっともかわいそうなのは、パスタとパンが食べられないことでしょうね。なにしろパン大好き人間ですから。
なのでこれはグルテンフリーの代替品を買うことで少し解決。
グルテンフリーのパスタはとうもろこしでできていて心配しましたが、食感はあまり変わらないのでよかったですが、問題はパンです。
米粉のパンはやはり小麦とは違うので、大満足というわけにはいっていません。
焼き菓子の好きな彼のために米粉でパウンドケーキを作りましたが、これは普通のと遜色なく出来上がり、お茶の時間を楽しめています。

驚くのは、夫がかなりストイックにこの食事制限を守っていることです。
(そういえば40年前に煙草を止めた時も、「今日から吸わない」と決意して以来、煙草を吸いたいと言ったことは一度もなかったです)。
干し柿を頂いて軒下にぶら下げているのですが、干し柿大好き人間の彼にとって、それを眺めるだけなのはかなり辛いことだと思うのですけど、じっと我慢してます。
少しっでも高FODMAP食品は食べようとしません。
だから来週の我が家恒例のクリスマス・パーティの献立、彼も一緒に食べられる料理を考えている最中ですが、まだ決定事項となっていません。
さいわいなことに肉や魚や卵の制限はないのが助かります。
招待する予定の友人の中にも糖質ダイエットをしている人がいるので、それも考慮しなくてはと、ますます考え込んでしまいます。
何でも無防備に食べて平気だった時代って、あれは若かったからなんですね。

都会では今のシーズン、毎日のように忘年会とかクリスマス・パーティが続く人も多いことでしょう。
どうぞ胃腸の調子にお気をつけください。

posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月14日

日高敏隆「ネコの時間」

動物生態学や行動学の本を読むのが好きだ。
といっても、全般的に「飛ぶ」ものはなんでもコワイ。昆虫や鳥は遠くで飛んでいるのをミ見るのは平気だけど、近くでブンブンしてると苦手。トンボもチョウにも触れない。
動物も、ネコ科、熊、ペンギンは大好き。それ以外にはさしたる愛があるわけではない。
それでもこの同じ地球に生きるものとして、彼らがなぜこの世に生れたか?なぜ存在しているのか?またどのように暮らしているのかには、大きな興味をもっている。
なので、京都大学の人類猿研究者たちや、河合先生、山際先生の著作を読むのは楽しかったし、この日高先生が亡くなった時にはとても残念だった。

本当に、つくづく思う。
なんとさまざまな生物が地球にはいるのだろう?
それらすべてが生命連鎖で繋がりながら、全体の大きなシステムとなっている。そのトップにいるのが人類だが、今や人類の傲慢さによって彼らを生存の危機に陥れている。
それはゆくゆくは人類の存在にも及ぶはずなのに、愚かな私たちは気付いていないふりをしている。

日高さんはずっとネコを飼っていて、彼らを観察していた。
「ネコに自意識はあるか?」「ネコたちの認識の世界」・・
ネコに自意識はあります!これは断言できる。
なにかに失敗すると「あ、見られたか?」と繕うのだ。明らかに失敗したことを羞じている。
また認識もできていることは多い。例えば私たちはイタリアからテラコッタ製のネコを買って帰ってテラスに置いているのだが、それを初めて見た我が家のネコは背中をいからせて「フーッ」と威嚇の声をあげた。
しばらくして「なーんだ、本物じゃないんだ」と興味を失って離れた。
ということは、自分の姿をちゃんと認識し、同じ姿のものを同じと認識しているのだろう。

ネコだけでなく、ドジョウ、カタツムリ、ギフチョウ、ホタルなどの事例が出ているが、最も我が家に関係があったのは「動物の予知能力」の話。
毎年秋にになると、このあたりの人は「今年は雪が多いよ、カマキリが高いところに卵を産んでいるから」と言い合う。
その冬の積雪量に応じて、雪に埋もれない高さに卵を産むのがカマキリの生態だと言うのだ。
しかし生物学の専門家である日高さんですら、これは実証されているわけではないと思っていた。
だが新潟県のある人が(学術的には門外漢の人)が10年かけて新潟県各地でカマキリの産卵を調査した結果、それは「伝説」ではなく事実だったそうなのである。
雪が少ない年は低く、多い年には高く、卵を産みつけることがわかった。
その人は新潟のカマキリだけではなく、温暖な土地のカマキリを寒冷地の新潟に移し持って来て観察してもいるのだが、それらのカマキリもちゃんと高いところで産んだという。
この観察と統計によって、彼はある大学から博士号を授与された。

うーん、カマキリの話しは本当だったのか。
気になるのは今年の卵の高さだ。

ちょっと楽しい話し・・夫がネットで見つけた犬とネコに関するジョークです。
犬「人間は僕にご飯をくれ、撫でてくれ、愛してくれる。人間は神様だ」
猫「人間は私にご飯をくれ、撫でてくれ、愛してくれる。私は神様だ」

posted by 北杜の星 at 07:01| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月12日

東直子「七つ空、二つ水」

作家であり歌人である東直子。
ここでは歌人としてエッセイを書いている。

俳句にしても短歌にしても、風景や日常をくっきりと切り取り凝縮されているので、若い頃はともかく最近は敬遠することが多くなった。
定型文が堅苦しいというのではない。その凝縮度に私の気力体力がついていかないからだ。
若い頃は、読んでその表面だけを感覚で受け止めていたところが多かった気がする。でも今は少しばかり人生経験があるせいか、その裏側にあるものを、つい引き出そうとして考え過ぎてしまう。
しかし20代の終わりに関西に数年住んだおかげで、ずいぶん贅沢な環境で万葉集をかじったので、今でも短歌が大好きだ。
散文では感じられない、ハッとする表現がある。
このエッセイには東直子の暮らしの中の出来事や思いに併せて、その折々に想い浮かべた短歌を紹介している。

知っている歌人も知らない歌人の歌も載っている。もちろん彼女自身の歌も。
何十年ぶりかで再会した歌があってうれしかったのは、若山牧水のものだ。
東直子が福島の高校生に短歌の楽しさを知ってもらおうと小さな講演会に参加し、その帰りに猪苗代湖に寄ったときのこと。
湖の白鳥を見て頭に浮かんだのは、有名な牧水だった。(引き出しがたくさんあるって羨ましい。ことあるごに記憶している歌が浮かぶなんて、いいなぁ)。

白鳥(しらとり)はかなしからずや空の青海のあをにも染まらずただよふ

これ、すっかり忘れて果てていたけれど、大好きだった。
「かなしからずや」とか「青」と「あを」と使い分けているところとか、雰囲気が古風で万葉的なのがいい。
私の大好きな若い知人は、俳句も短歌もするのだけれど、いわゆる現代的な「字余り」「字足らず」が嫌いらしく、「俵万智は絶対ダメです」と言う。
ああした現代短歌を私は否定はしないし、それが短歌の裾野を広げるのら、それもアリかとは思うのだけど、私自身も古典的な歌の方が好みではある。
それには理由があって、古典は古典のやりかたに添うほうが、結局は将来的にも残ると考えるからだ。
あまりに型を崩すと、違うものになってしまう。
伝統は伝統であるからこそ、存在理由がある。
例えば、着物、もそうだと思う。着物を現代風にハイヒールを履いて着たり、イヤリングをつけたりするのを見ると、私は悲しくなる。
着物には着物の楽しみ方があるのだ。それは「約束事」という枠で、時には窮屈に思えるかもしれないが、遊び方、楽しみ方はいかようにもあるもの。
それを楽しめばいい。

このなかで彼女に初めて教えられたこと。
それは、彼女は「宮沢賢治学会」(こういうのがあるんですね)に出席した時、あまり知られていないが賢治は15歳から18歳にかけて、なんと500朱首もの歌を詠んでいるそうだ。
どうしてこれらの歌がしfられていないのか?
ここにいくつか紹介されているが、賢治にしては平凡かなの印象はあるものの、賢治研究には欠かせないと思うのだけど。。

彼女はこれまで広島とか日本の西の地方に住んでいたが、冬の晴天率は東京の方が高いと書いている。
それは背後に広大な関東平野を背負っているからだと。
そうかな?
そうかもしれない。冬の抜けるような青い空は確かに関東の方に多いかもしれない。
とくに私の住むここ山梨の北杜市は、日本でも晴天率がすこぶる高い土地。冬は毎日晴れている。
(そのために、悲しいかな林を伐り倒し環境破壊をして、太陽光発電パネルが設置されているのだけれど)。

こういうエッセイを読むと、つくづく日本人は季節感に基づいて暮らしているのだなと思う。
日本人の良き特製があるとしたら、この季節に対する優しい感受性ではないだろうか。
この日本人の自然観が独自性のある宗教観や身体性を生んだのだ。、
俳句や短歌、お能など、型から生まれた文化、それはけっして型にとらわれるだけのものではない。
東北大震災をめぐる土地の人たちの歌には、胸がしめつけられるものがある。
この短歌エッセイ、読んでよかったです。
posted by 北杜の星 at 07:57| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月11日

曽野綾子「結婚は、運。」

時にギョッとすることを言う バアサン。
腹も立つし、その保守性にうんざりすることもある。もっとオブラートにくるんで言えばいいのにとヒヤヒヤする。
でも私は彼女のことが嫌いではない。保守反動に顔を御そむける私だが、彼女から教えられたことは多いからだ。
そのほとんどの部分はやはりキリスト者としての彼女の考えからきていると思う。
それに彼女の「有言実行」ぶりにはいつも感心している。
例えば彼女が長年続けている「海外邦人宣教者活動援助後援会」は素晴らしいものだ。(始まったことは銀行振り込みではなくて、彼女の自宅に直接、現金封筒で送ったものだった)。
これは海外に住み、そこの貧しい人たちのために働くキリスト教神父や修道女の医療、教育などへの活動を支援するための寄付を集める目的で設立されたものだが、寄付する人がキリスト教信者とは限らないので、宗教活動には使わない。
ここが彼女のスゴイところなのっだが、宣教師であっても彼女は疑うんですね。
寄付がきちんと正しく使われているかどうかを、自分で調べに南米やアフリカにまで赴くのだ。
その費用はすべて彼女個人の負担。その他、電話や郵便料金などの経費も一切計上しない。経費ゼロなのだ。
なぜなら、寄付してくれた人は、すべてのお金が貧困の人たちのために使われることを望んでいて、スタッフのお茶代などに使われるのに寄付するのではないからだ。
(そのあたりが莫大な経費の赤十字やユニセフとは違うところ)。
もちろんスタッフも全員、無償のボランティア。
こういうことを何十年も続ける人を、私は文句なく尊敬する。そこには保守とか革新とかは問題ではない。

その曽野綾子の夫の三浦朱門がこの2月、91歳で亡くなった。
最期は病院で迎えたが、それまでは彼女が家で看ていた。(彼女は実母、義理の両親も看取っている)。
何も思い残すことのない最期で、ちょうどそのときにボリビアから帰国していた親しい神父が家で小さなミサをしてくれたのだが、それがなんとも素敵だ。
神父は懐からハーモニカを出して「今日は魂の誕生日だから」と「ハッピー・バースデー」を吹いてくれたという。
居合わせた人々もそれに合わせて「Happy birthday to you」と歌ったという。

これまで曽野綾子の書くものを読んで思うのだが、おそらく彼女は朱門に育てられてきたところがあるのだと思う。
典型的な日本の中流家庭に育ち、幼稚園から大学までを聖心女子学院で学んだ彼女と、両親がアナキストの朱門とには、結婚生活においてさまざまな差異があったはずだ。
なにごとも律儀で几帳面に育った彼女。小学生のときに宿題をしていたら親から叱られたという朱門。「したくもないことをするのは奴隷だ」というのがその理由だったとか。
その差異を戸惑ったり嫌がるのではなく、面白がった二人だからこそ、長い間楽しく共に暮らせたのだろう。
この本の副題「夫婦、この不思議な関係」とあるように、不思議なもの、それが夫婦とは、最近私もつくづく思う。それは私自身もだが周りの友人たちの夫婦のあり方をみてもそう思うことが多くなっている。

曽野綾子は若い頃から見合い結婚は「人身売買」のように思えて絶対イヤだったそうだ。
まぁ、見合い結婚というのは最初に「条件」ありき、だからだろう。
私の周囲にもお見合いで結婚した人が何人かいる。長い夫婦の暮らし、お見合いでうまくいくことも、大恋愛の末の結婚が失敗することもある。
それはもう「相性」だ。
じゃぁ、「相性って何だ?」と問われると、とても答えがむつかしい。
私が思うに、相性が良いというのは、お互いの長所を見せあえる関係ではないかだろうか?
夫婦というのは合わせ鏡のようなところがあって、こちらの機嫌がすぐに相手に伝わるもの。夫婦の一方だけが悪いということはないのではないはず。

見合い結婚は「条件」がまず先だから「人身売買」でイヤと言う曽野綾子だが、だからといって恋愛結婚にも条件はあるのではないか?
少なくとも私にはあった。私は2度結婚しているが、そのどちらにも私なりの条件はあったように感じる。
その条件が経済的なもの、学歴、家柄などではなかっただけだ。
私の条件とは、「私が私でいられる」ということだった。例えば、もし私が「勉強のために1年間外国に行く」と言えば、「あぁ、行っておいで」と言ってくれる男を選んだつもりだ。
それほど大袈裟なことではなくても、「今日はご飯、つくるのやーめた」と言えば、「じゃぁ、外に行こう」と快く了解する男性。
したいことにNOと言わず、したくないことを強要しないことを、私は一緒に暮らす男に求めたような気がする。
それが打算と言うなら、私の結婚相手選びはかなり打算的だった。

でも若いころに知り合い、共に暮らす夫婦、その間にはお互いの価値観がぶれることもある。
それでも一緒にいることを選ぶのだから、夫婦っておもしろい。
結婚なんてどうしてもしなくてはいけないものではない。
だけど、これほど長い期間、一人の人間と向き合うのは、結婚をおいてはないと曽野綾子が書くように、そこにこそ夫婦の真髄があるのだと思う。
曽野綾子も「運」は良かったようだけど、私もまぁ、よかったみたい。少なくとも夫は私の大の親友だからだ。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☁| Comment(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月09日

ハッチの週間身辺雑記

昨晩、この冬初めての雪が降り、積もるというよりはうっすら白くうなりました。
これまで南アルプスの方から雪が舞い飛んでくることはあったけど、降ったのは初めて。
今日は晴天なので、すぐに溶けるでしょう。

12月初めに毎年、隣町に住む友人が新米を届けてくれます。
専業農家ではなく、小学校の校長先生をしているのですが、田んぼがあるので米は作っているそうです。
刈り入れはJAに頼んでいますが、他の作業は家族で行っていて、水の管理などは周辺の田んぼの持ち主が高齢でできなくなったため、その人たちの分まで面倒を見ているのだとか。
そんな貴重なお米をいつも頂くのは、とてもありがたいです。またそのお米が美味しいのです。

この新米を届けてくれるのは、息子のS君で、彼は私の一番若いボーイフレンド。
「僕がもって行きます」と言うので、「どうせなら、一緒に我が家でご飯を食べようよ」と誘うと、数分後電話がかかってきて、「お父さんも、ランチに行きたいと言ってます」。
どうぞ、どうぞということで、急きょバタバタと料理を始めました。
(お母さんはその日、地域のクリスマス・イルミネーションの飾り付けで忙しく、『お昼は勝手に食べて』ということだったみたい。点灯式には市長さんもやって来るほどの園町にしては大イベントなのです)。
もともと彼らは夫の車仲間。
その車を手放してしまった今でも、こうして彼らがやって来てくれるのはとってもうれしいです。
またその家族は本当に素敵な家族で、成人した二人の息子さんたちの性格の良さったら、両親の育て方がさそよかったのだといつも感心しています。
残念なのはそんなS君、イケメンだし優秀だし、何も言うことはない好青年だというのに、車に夢中すぎてガールフレンドがいない。
もっともいないから、こんなじいさん・ばあさんの家に遊びに来てくれるんでしょうけど。

久しぶりに東京へ。
今年は本当に東京がご無沙汰でした。
3月に友人とのランチに行った他は、台湾旅行の前後に友人宅に泊らせてもらうために行っただけ。
なんだか、だんだん東京が遠くなります。
今回は神田の「雲林」という中華レストランでの忘年会。美味しいものを食べてお喋りして、楽しい時を過ごしました。

東京へはいつもJR中央線特急あずさで行きます。
昔、狩人の「あずさ2号」という歌がありましたが、あずさの偶数号というのは「上り」なんです。
東京から信州に行くには奇数号のあずさでないと行けません。
私が乗るのは小淵沢駅から。
その小淵沢駅がこの夏から新駅舎に変わったのはいいのですが、これがみんなの大顰蹙をかっています。
とにかく使いづらい、景観を損ねている。。と不評ばかりが聞こえます。
今回初めて利用した私も、まったく同感。待合室が改札から遠いし、改札口の数が少ない、お土産屋さんも離れていて、列車を待つ間にお店を覗くなんて観光客はいないでしょう。
あれほどお客さんがいた立ち食い蕎麦屋も引っ込んでしまって、閑古鳥が鳴いています。

でも私がもっとも我慢ならないのは、案内放送です。
「右が男子トイレ、左が女性トイレです」の放送がとにかく大きく、ずーっとずーっと間断なく流れているのです。
その無神経さ!
駅員さんはあれを一日中聞いて平気なのでしょうか?とにかくずーっと大声で「トイレ、トイレ」と言っているのです。
視覚障害の私にっても、それは不要な放送と思えます。
(見ればわかるし、見えなければ駅員さんにでも尋ねればいいだけのこと)。
その放送を聞きながら、あの哲学者、中島義道さんのことを思い出しました。彼なら怒り心頭で怒鳴り込むにちがいありません。

私の乗るあずさは、その朝の長野県の震度4の自身のため4分遅れました。
その謝罪の車内放送も、新宿に着くまで何度もありました。
4分遅れたけで、こんなに何度も誤ってもらわなくてもいいんだけど。
日本の生きにくさってじつはこういうところから出ているのではないかと、私は考えています。
4分遅れるのを許さない社会って、窮屈です。
時間を守るのは確かに大切です。でも事故やどうしようもない出来事というのは起きるもの。それに対しての寛容度がこの国は少なすぎるような気がします。
むしろこの厳格さによって、何か起きた場合に自分の頭で対処を考えれないのではないかと、心配にさえなります。

いろいろ考えながらの東京往復でした。

posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月07日

江田証「パン・豆類・ヨーグルト・りんごを食べてはいけません」

現代栄養学は朝令暮改で、数年前までとはまったく逆のことが言われることが多い。
海老はコレステロールが多いから食べない方が良いと言われていたが、最近ではあまり聞かない。
コレステロールといえば、植物性たんぱく質や脂肪は体に良くて動物性は悪玉を増やすと長い間信じていたが、それも最近はどうやら違うことが言われるようになった。
むしろ高齢者は肉をもっと食べろと推奨される。
そしてこのところ騒がしいのは糖質除去である。
人類は長い間穀類を食べて生きてきたが、その穀類が諸悪の原因でと言われるようになった。
小麦粉のグルテンはそのなかでも最たるもの。

何を信じていいのかわからなくなった私は、もう十数年前から「陰陽」のバランスを考えることに注力している。
それと自然のものを食べること。例えば低脂肪の牛乳ひゃヨーグルトは食べない。あれらは人工的に処理されたものだから。同じ理由でずっとマーガリンは拒否してきた。
脂肪が多くても自然のものを、涼を控えて食べれる方がほよど体にはいいと思っている。

ただ我が家には問題が一つあって、それは夫の腸が弱いこと。過敏性大腸炎とかの病名がつくほどではないのだが、いつもお腹が緩い。
どんなに食べても痩せていて、その痩せが歳をとるごとにひどくなる。といってもみんなが驚くほど元気で、ゴルフも1ラウンドハーフを真夏にプレイしても全然平気な体力。
睡眠さえしっかりとっていれば、毎日大変元気な人なのだ。
でも一日何回もトイレに行くのが私は気にかかる。彼が太れない理由はどこにあるのか、我が家の健康管理担当者としては、これだけが気になることなのだ。

そこで、この本。
タイトルを見て、「あぁ、これはダメだ」と思った。
だって、パン・豆類・りんごは彼の大好物だからだ。
タイトルを見ただけで拒絶反応をおこすだろう。
・・そう思ったのに、ナント、夫はすこぶつ興味を抱いたようで、「これ、読んでみよう」と言うではないか!

ここに書いてあることは、腸の弱いひとはFODMAPを多く含む食品をあまり食べないようにということ。
FODMAPとは「短鎖炭水化物」という4つの糖のことで、オリゴ糖、2糖類、単糖類、ポリオールを指す。
これらが小腸に多量に入ると、血管から小腸に水分を引き出して薄めようとする。そのため小腸が水浸しになり、余った水分がそのまま大腸に流れ込む。
栄養を吸収するのは小腸なのだが水分のためにそれができなくなり、大腸も水が多くなるために、お腹が緩くなる。

改善するためには高FOSMAP食品(りんご、豆、ヨーグルト・スイカなどなど)をやめて、低FOSMAP食品を摂ること。
低FODAMP食品には、バナナ、米、蕎麦、じゃがいも、人参、レタス、いちご、ブルーベリー、ナス、トマトなどなど)
困るのは豆腐や味噌はいいが、納豆はお腹の中で発酵するので良くないと書いてある。キムチも同じ理由でダメだそうだが、これはあまり食さないので問題はない。
その他にもNG、OK食品がずらりと書いてある。
「食べるのはないよ」と悩む人がいるかもしれないが、お腹が丈夫なひとは大丈夫。
低FODAMPにする必要はない。

つまりは、万人に向く健康食はないということ。ここで薦めてあることは、腸が丈夫な人には悪影響を及ぼすことがあるので注意する方がいい。
これはあくまで腸の弱い人のための本なのだ。
自分の体の状態に合わせた食事をすることが大切だ。彼は3週間、ここに書かれていることを実践してみると言っています。
とにかく夫が興味を示してくれたのがうれしい。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月05日

坂東眞砂子「わたし」

有名な「子猫殺し事件」があまりにショックで、それ以来坂東眞砂子の小説を読む気になれない時期が続いていたのだが、やはり彼女の小説は嫌いにはなれなかった。
直木賞受賞の「山姥(やまはは)」でわかるように彼女の小説はホラーというジャンルで、土着的でおどろおどろしいものが多い。
けれど単なるホラーとは異なり、人間の根源的な」「性」と「死」がいつも書かれていた。
その「性」が、つまりはタヒチ在住時の「子猫殺し」に繋がってりのだったのだろう。

坂東眞砂子が亡くなって4年近く。55歳という年齢は作家にとっては若すぎる。
まだまだ書いて欲しかったし、それを読みたかった。
この「わたし」は彼女の自伝である。
高知生れで、故郷高知を舞台にした作品はたくさんあるが、自身や家族のことを語るものを読んだ記憶がない。、そんな彼女が曽祖母、祖母、両輪、姉妹、友人たちのことを書いたのがこの「わたし」。
自分を飾らす、かなり正直に書いてあると思う。

奈良女子大の入試試験のため高知を出て、香川から岡山へ渡る船からはじまるこの自伝、大学時代、その後のイタリア留学時代などが出てくるのかと思ったが、ごく幼い頃の話しが主となっている。
タヒチでの恋人、ジャンクロードとの生活がその合間に、これはかなり痛々しくて、読んでいて苦しくなる。愛憎という言葉があるが、愛よりも憎しみの強さがびんびんと伝わって来る。

両親が共働きいのため、祖母に育てられた眞砂子。
祖母はやがて認知症となり、常に「眞砂子」「眞砂子」と咆哮しながら徘徊したという。
祖母からすると孫のなかでもっともかわいかったのが彼女で、彼女にとっても祖母はある意味、母よりも大きな存在だった。
自伝だから当然だが、かなりの文章が「わたしは」ではじまるこの作品で彼女は、祖母への想いを表したかったのではないか?
それほど彼女の祖母への情がここでは感じられるのだが、その情は情で、単純なものではない。
そこがやはり作家としての資質なのだろう、距離感のある見方をしている。

その祖母が長い認知症のはてに亡くなったとき、家族はおそらくホッとし、眞砂子も同じ思いだったのだと思う。
冷静に葬式の日を迎えていた時、「お姉ちゃんは悲しくないのか」と非難する妹の頬を平手で打ったのも、そんな彼女の複雑な心境が合ったからに違いない。
この作品に大人になってからのことが書かれていないのは、子ども時代の自分が作家としての自分の原点であることを彼女がよく知っていためだと思う。
こんな自意識を持る人間って、生きにくいだろうな。
そしてその自意識を徹底的に彼女に突きつけ批判するジャンクロードとの暮らしが、うまくいくはずはない。

私が坂東眞砂子を好きな理由は作品の根底にある「性」と「死」も大きいのだが、彼女の戦後日本を見据える目にもあって、とくに男性に対して厳しい。
それは「性」に通じるのだろうが、彼女のなかのジェンダーにはちょっと興味深いものがある。かなり小さな頃より、父や男児に対して敵対している様子がうかがえる。
常に欲望に忠実に生きようとした彼女にとって、戦後の日本は居心地が悪かったのかもしれない。
イタリアやタヒチのような生や性を真正面から受け止める土地だから、あの「子猫殺し」ができたのか。

これは点字で読んだのだけど、面白くてあっという間に読了。
こういう人のために「小説家」という職業があってよかったと思う。小説でも書いていなければ生きられない人間っているのだろう。、そう感じながら読みました。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月04日

d design travel 「YAMANASHI」

日本の旅行ガイドブックのあまりのヒドさにつおて、以前から物申したいことがたっくさんある私。
先月台湾に行ったときにも、その類の雑誌には我慢がならなかった。もちろんガイドブックなので地図は載っているし、情報は満載だし、一応の役には立つ。
しかしその表紙や中ページのレイアウトのセンスの悪さと低俗さ!
手に持ち、脇に抱えて歩く気にはなれないシロモノだ。
(最近のガイドブックでは地図を自分のiphoneに写して使えるんですね。あれは本を持たなくてすむので便利)。

そんな私が素晴らしい観光本に出会ったのだ。
見つけて購入したのは夫。
これは発行が、d design travel というところだけあってデザインに特化したガイドブック。
名所旧跡案内がないわけではないけれど、それよりもデザイン性の高い建築物などが紹介されている。
店やレストランも味だけでなくて、デザインの良い空間で居心地の良いさを追及している店が多い。

そう、こんなガイドブックが欲しかったんっです。
しかも装丁が美しい。これなら手に持って歩いてもイヤじゃない。
ただ、こうしたお店のオーナーってちょっと偏屈なところが無きにしも非ずで、店の場所や連絡先いが明記されていたいところがある。
どうしても行きたければ人に訊ねたり、自力で調べれば辿りつけるのだけど、要はそれだけの情熱がある人だけに来てもらいたいということか。
あまり人気で行列のできる店などにはなりたくないというポリシーが見てとれる。
この「YAMANASHI」にもそんな蕎麦屋などが載っている。

「うまいもの」紹介だって当然ある。
山梨の食といえばワイン、そのワイン・ツーリズについて詳しく書かれている。
最近では女性一人が頑張っているワイナリーだってできている。フランスでワイン醸造を学び帰国して山梨県にワイナリーを持った人たちだ。
ぶどうをの木を苗から育てるので、ぶどうの実の収穫までに何年かかかるし、それ以前の土壌改善を入れるともっとかかるだろう。
それから醸造、熟成させるのだから、さらに数年。
生産量が少ないので、行く先が決まっていてなかなか手に入らない。値段は安くはない。上等なフランス産にも負けないくらいの値段がついている。
こういうワイナリー、下戸の私でもつい応援したくなる。私の家から車で10分足らずのことろにもそんなワイナリーがあるのだ。

他には山梨の工芸品として名高いのが「印傳」だ。
印傳とは鹿皮を加工したもので、最近ではデザインのすぐれた品が多くなったせか若者にも人気がでている。
あのティファニーでも扱っているとか。
それと山梨では昔から水晶をが採れるので、印鑑や宝飾品も知られている。
こういう本を読むと、住んでいながら知らないことの多さに恥ずかしくなる。山梨、いいところなんですね。

このd design travelのシリーズは日本全国各都道府県版があるようだ。(まだ全県は出ていないみたいだけど)。
私の大好きな奈良や岐阜など是非バックナンバーを取り寄せたい。
外国人がたくさん訪れる京都などの本には、英語文が併記されているので外国からの人にもいいだろう。
あまり発行部数は多くなさそうなので、売り切れにならない前に早目に注文しなくては。

とにかく、こういうガイドブックを待っていたんです!
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月02日

ハッチの週間身辺雑記

眼のなかがゴロゴロするので眼科で診てもらったら、「瞼裂班炎」と言われました。
これは悪性のものではなく、多くの成人にみられるもので、茶目と白目の間にぷっくりとした膨らみができ、それが瞬きするたびにこすれてゴロゴロ感になるそう。
でもちょっと炎症を起こしているので抗炎目薬を処方されました。
膨らみで涙が目に行きわたらなくなり、ドライアイになることもあるらしいです。
ひどくはないので充血するまでにはいたっていません。
ただ治りはしないらしい。
薬が嫌いなので、炎症が収まったら目薬はやめるつもりでいます。
この瞼裂班の原因は紫外線、加齢(最近はなんでもコレです)、ストレスなどだそうです。

今週の大イベントはなんといっても毎年恒例の友人宅での「ボージョレー・ヌーヴォーの会」です。
いつもは解禁日に開催されるのですが、今年は奥さんのK子さんが膝を痛めて歩くこともままならない時があったので、延期になったのです。
ワイン好きのご主人が「是非、パーティはしたい」と望まれたのでしょう。
いつもに増してK子さんをサポートする彼のホストぶりに、みんな感嘆しました。

K子さんが「知らない間に頼んでいた」というワインは7本。白や赤が用意されていました。
でも「飲むのが大好き」と言う人間が3人、「控えている」という人が3人、残り3人はほとんど下戸という9人では、とてもとても7本は空きません。
最初の白の美味しかったこと!
軽くフルーティでスーッと咽喉に入っていきました。これは大好評でみんな「いいねぇ、これ」と大絶賛。
ヌーヴォーならではの味でした。

味といえばK子さんはお料理上手。いつもなにかしら新しいメニューが登場すので楽しみにしているのです。
私が作らない「創作料理」が並びます。
胡麻油風味の鮪のディップや、カレー味のカリフラワーのディップ、蓮根とパンを揚げたのを大量のニンニクで和えたもの、マーマレードをいれた野菜サラダ・・
新鮮な品々は「おもしろい味だね」とか「どうやって作るの?」とかテー物の話題にもなります。
オーソドックスなアレンジなし(ということは、芸無し)の私の料理とは違う面白さがあります。
こういうふうに他所のお家にお呼ばれすると、楽しいですね。
野菜の切りかた一つとっても自分のやり方と違うので、勉強になります。

12時になって、歳をとったシンデレラのように散会となりましたが、結局、飲んだワインはたった3本?4本?
そんなものでした。みんな飲めなくなりました。
私も夫もほとんどワインは飲まず、ガス入りのミネラル・ウォーター。
3本しかストックがないと言われ、「言ってくれれば家から持って来たのに」と思いましたが、3本を大切に飲んだのでOKでした。

飲み物と言えば、我が家での集まりの時には原則として自分の飲み物は持参となっています。
お酒は嗜好品。それぞれ好みが違います。
ギョーザの時にもビールではなく白ワインが良いという人、イタリア料理であってもビール党、最初はとにかくシャンパンが欲しい・・みんな飲みたいものがある。
それをすべてそろえるのは、下戸の我が家では大変。だからガス入り、ガス無しのミネラル・・ウォーターは用意しますが、後はご勝手にということにしているのです。
すると、もう十数年前のことですが、コカ・コーラ、それもジャイアント・ボトルを持って来たヤツがいました!
「こんな身体に悪いもの、まだ飲んでるの?」
「お子ちゃまねぇ」
などと非難ゴーゴー。
でもでも、パーティが終わってみると、そのジャイアント・ボトルは空っぽになっていたのです。。
「たまに飲むと美味しいわね」
「懐かしかったなぁ」・・

家に人がたくさん集まると本当に楽しい。
それは外のレストランや旅館やホテルでは味わえない、気取りのない世界です。
さて、今度のイベントは、我が家でのクリスマス・パーティとなりました。今年は少し早目にしようと思っています。
メニューはまだ決まっていませんが、糖質ダイエットをしてい人のために、例年とはちょっと異なるものを考えています。
作るより、このメニューの組み立てを決めるのが楽しいんです。
「Kさんは牡蠣がダメだったよな」とか「N子さんはクリーム系よりトマト系のパスタが好きだったけど」とか、みんなの好き嫌いを頭に浮かべながら考えるのが好きです。
外野もだけど内野(我が夫)の要望も忘れてはいけませんね。

「今年は何を作ろうか?」と毎年考えて作っていまけど、こうした恒例行事には毎年同じ料理でいいとは思っているのです、
感謝祭のターキーのように、その行事の定番料理ってありますよね。
こういうパーティが体力的に大変になったら、私はもう「この時にはこれ」と定番で作ろうと決めています。
あと2年くらいかな?
フランスのミッテラン元大統領は公式晩餐会であっても、皿数が多いのを嫌って、前菜一皿、メイン一皿、デザートだけでもてなしたそうです。
アミューズや口直しなどの無いシンプルな献立。もちろん食材やワインは相手国の格によって厳選されたものでしょうけど。
私もゆくゆくはミッテランン方式にするつもりでいます。

元気でこの12月が過ごせますように!!

posted by 北杜の星 at 07:55| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年11月30日

小泉武夫「食でたどるニッポンの記憶う」

小泉武夫といえば東京農大の発酵学、醸造学の第一人者として有名。
私もこれまで小泉先生の著作は数冊読んでいる。
友人の娘は東京農大の醸造科を卒業して、誰もが知る小田原の蒲鉾会社に就職している。
発酵食品が体に良いというのが世間に知れ渡ったのには、小泉氏の薫陶のおかげもあるのかもしれない。

「食でたどるニッポンの記憶」というタイトルだが学術的なものではなく、氏のいわば自伝みたいなもの。
日本の食は戦後、とくに昭和40年ごろからずいぶん変わったが、それ以前、それ以降、日本人がどのようなものを食べていたか、自分の幼少時の記憶をひも解いて書いている。
福島の400年続く酒造家の長男として生まれた小泉氏は1943年生れ。私の数歳年上だ。
これを読んでかなり食の記憶が違うと思ったのは、年齢の差ではなくて地方の違いだと思った。
私の両親は山口と広島出身。つまりは西の出である。
東北の福島で小泉氏が食べていたという塩ホッケ、身欠きにしん、棒タラなどは我が家で食卓にのぼることはまずなかった。母の育った福山は鯛で知られるところで、母は「ニシンなんて豚の餌よ」と不遜にものたもうていた。

でも小泉氏は周囲の友人たちよりずっとずっと裕福な家だったので、他の家庭では食べられないものも食べていたようだ。
その一つに発売されて間もない魚肉ソーセージがあった。あれって、当時は高価なものだったみたい。
それを毎日お弁当に1本持って行っていたようで、友人たちに一口ずつかじらせてあげたらしい。

土地は異なるが、やはりリンクする食べものもあり。それがクジラだ。
クジラはご馳走で、クジラがおかずの時は小躍りしたと言う。
そう、クジラはよく食べた。給食にも出た。
ちょっと臭みがあるのでカレー粉をまぶして竜田揚げにしたりした。
私は「おばいけ」のからし酢味噌が結構好きだったが、「おばいけ」ってどの部分だったのだろう?わりと脂っぽかったけど。
真っ赤なクジラのベーコンもあって、あれはあんまり好きじゃなかった。
大阪に住んだときにおでんの「たこ梅」に時折行っていたが、「さえずり」や「コロ」が美味しかったなぁ。今でもあるのかしら?

小泉氏の幼い頃ってワイルドだったんですね。あの頃の子どもはみんな野山をかけ回っていたものね。
スズメ、赤カエル、野うさぎ、ふな、カラスも食べたことがあるそうだ。
肉は肉屋ではなく山で調達したとか。鹿やイノシシなどたくさん獲れたことだろう。
日本人は家畜は食べなかったが、獣肉を食べないわけではなかった。山の動物は食べていたのだ。
家で飼うもので食べたのはニワトリ。
ハレの日にはニワトリを潰しみんなで鍋を囲んだりした。

私は街育ちなので自分の家でニワトリを潰すというのは経験したことはないけれど、卵が貴重だったのはよく覚えている。
病気の人のお見舞いに箱に入れた卵を持って行っていた。
その卵は卵屋で買ったが、一つ一つに卵を電球にかざして中身を調べていた。
それでも時々、卵を割ると、羽がついているヒナが出てくることもあった。
あの頃は全部が有精卵だったんですよね。
(今でも松本の裏通りに卵だけ売っている卵屋さんがある!)

これは食とは関係ないが、小泉氏は大学入学当時の東京農大の醸造科について書いているが、これがスゴイ。
醸造科の学生は44人だったが、誰もが老舗の酒造家、酢屋、醤油屋、味噌屋の息子で、とてつもないお坊っちゃま。
じいやとばあやがついて地方から来ている者もいたそうだ。
彼らの実家の総資産は一つの町の予算を超えていたとか。

食が多様化し、米の文化から小麦の文化に移行して時がたつが、現在はグルテン・フリーが世間で言われるようになった。
これからもきっと、食の変化は止まらないだろう。
それが幸せなことかどうかは、わからないけれど。
posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 ☁| Comment(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする