小谷野敦の著作は単行本や新書ではあまり読んだことはなく、新聞・雑誌に書かれたものを読んだくらい。
小説としては「母子寮前」を読み、このブログに記事を書いた。
ほとんど私小説だったが、あの主人公を好きになれる人はそうはいないと思う。
読んでいないのだからあんまりドウコウ言えた義理ではないのだけれど、でも大きな疑問が。
なぜ、いま、谷崎潤一郎伝なのか。
しかも目新しいものは何一つない。
というか、全体がとても下世話。文学に関する記述がほとんどない。
あのインテリの小谷野敦が、これを書く必然性はどこにあったのか?
小谷野は谷崎が好きだそうだ。
私も好きだ。彼の小説はまさに「小説」で、物語を読む醍醐味がいっぱいだ。
人物設定の巧さといったらない。変に小難しくないところもいい。
そんな谷崎は三度結婚している。
どの結婚や離婚もかなりセンセーショナル。
最初の夫人は佐藤春夫に譲渡した。
二番目の夫人との別れかたは、谷崎という人間の酷薄さが表れている。(小谷野敦はこの本の中で二番目の丁未子にずいぶん肩入れしている)。
谷崎といえば松子夫人。上方の文化を包まれ贅沢に育ち、わがままだった松子夫人のようだが、一説には彼女は「松子」を演じていたという。
谷崎は貞淑な良妻という女性がお好みではなかったようだ。
長男としての家長の責の重さ。
自分の弟妹たちのみならず、妻の実家筋の面倒まで見ていたのだから、流行作家とはいえ大変なことだったろう。
それにしても当時の結婚や離婚に対するモラルの低さというか自由度には驚かされる。(谷崎の周辺だけのことだったとは思えない)。
じつに簡単に結婚し離婚したり、させているのだ。
それも「片付ける」とか「くっつける」という感覚なのである。
大正から昭和にかけての文学界の相関が出てきたのは、ちょっと面白かった。
あとのほとんどの部分は、上記のように女性週刊誌の記事のようだった。
【カ行の作家の最新記事】

