2017年05月29日

浅田次郎「帰郷」

戦争で大切な日常を奪われた人生を描く6編の短編集。

戦争を扱った小説や映画に接するときには、気をつけなければならない。
戦争の苦労をお涙頂戴でこれでもかと描くものには、とくに注意が必要だ。
それらはともすると戦争の悲惨さを前面に出しながら、じつは戦争を美化するものもあるからだ。(あのH氏の小説なんて、そうですよね)。
さいわい、私にはそういうものに対するちょっとした嗅覚があって、というか元々が疑い深いし批判精神も旺盛なので、「胡散臭いなぁ」と感じてしまうところがある。
まぁ、本能的なものかもしれない。

しかし浅田次郎の反戦小説はホンモノのような気がする。
根っこのところで信頼できる反戦小説を書く作家だ。
「でも、ハッチさんのこのブログで、浅田さんを取り上げたことって、ないじゃない?」と言われると、そう、その通りです。
嫌いなわけではない。まったく読んでこなかったわけでもない。
なんというか、私の好みからすると、ほんの少しエモーショナルなところが強すぎるんですね。
それに浅田次郎は大流行作家さん。私なんかが読まなくてもたくさんのファンを持っているから、そうした人が彼の小説について書けばいい。。そう思ってあえて書かずにいたところがある。

でも久しぶりに読んだ浅田次郎。
表題の「帰郷」は、終戦後の街娼と帰還兵の出会いのお話しだ。
どんな事情か新宿の闇市のそばで客を引く女。うずくまって煙草に火を点けているところに一人の男が声をかける。
客としてではなく、男は女に自分の話を聞いてくれと言う。
彼は信州のある場所の大地主の跡取り息子の庄一。
父親が手をまわして兵役を免れていたが、結局は戦線に送られ、玉砕の戦地から生きて日本に戻れた。
残してきた美しい妻と娘、出兵したとき妻のお腹にいたまだ見ぬ子どもに会うのだけを願って、故郷に帰ろうとするが、到着した駅で偶然会った義兄からとんでもないことを知らさせる。
故郷では庄一は死んだことになっていたのだ。
誰を恨むわけにも憎むわけにもいかない寄る辺なさ。
居場所を失った女と男の行く末は。。

といういのがあらすじ。
ええっとですね。悪くはないんです。悪くはないんだけど、どこかで読んだことがあるようなストーリー。
ゆっくり進んできた話が最後の2ページでトトトッとすごい速さでエンディングなってしまうので、余韻が残らなさ過ぎる。
他の短編も悪くはないんだけど、やはり知っているお話しのよう。。

でも戦争を描くのは大切なことだと思う。
戦後70年以上経過して、戦争体験のある人たちがめっきり少なくなり、戦争が風化しつつある現在、戦争について考えることは必要だ。
戦争はなぜ起きるのか?戦争はなぜいけないのか?
そしてこの「帰郷」に描かれる人たちの戦争によって失われるものの大きさを。
そういう意味でこの本、読んでよかったです。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月27日

ハッチの週間身辺雑記

一週間があっというまに飛び去ります。
先週の土曜日は前述したように、こちらのホテルで結婚披露宴を執り行う娘のために、花嫁のの母を含め3人の従妹たちがやってきました。
40年ぶりに会う子もいて本当に懐かしかった!
「子」と書いたけれど、みんなもう60歳代。でも私にとっては彼女たちはいつまでたっても「子」で、彼女たちも私のことを昔のように「おねえちゃん」と呼んでくれます。
ガールズ・トークならぬ姥桜トークで盛り上がりました。
私はクラス会などに出席するのが大嫌いな人間で、どんなに誘われてもお断りなのですが、「もしかしたら、クラス会ってこんな感じなのかな?」と彼女たちと話していて思いまし
案外、楽しいかも。

友人が見事な宮崎の完熟マンゴーを送ってきてくれたのは月曜日のこと。
麗麗しく箱に入ったそのマンゴーは、箱を開けた時から南国の甘い香りが漂って部屋中をみたしました。
さっそくその夜に豪華なデザートとなり、大満足。
マンゴーはもっと先の夏の盛りに、沖縄の友人から毎年送らて来て、それはもっと素朴な感じでそれはそれですごく美味しいのですが、やはり宮崎マンゴーはフルーツの王様の味です。

火・水と友人2組と一緒に新潟の上越市の海岸沿いの宿に一泊旅行をしました。
その1組の夫婦がその日なら参加できるというので、急きょその日に行くことに。
途中、小布施に寄って蕎麦の昼食。、街歩きを楽しみました。
小布施の街はもう数十年前から、宮本さんという建築家が旧い街の再生街づくりをしてきたので、とてもいい感じ。
そうした街づくりのなかには変にテーマパークっぽくなってしまうところもあるのだけど、小布施はそんなことがまったくなくて、ちゃんと街の住人が日常を送っているのが歩いていても感じられます。
昨年も新潟に行った際に、往復ともに寄っていて、今回は小布施が初めてという人がいたので、それは是非ということになったのです。

暑い日で、冷たい蕎麦がことのほか喉をうるおしてくれました。三昧蕎麦と3種の蕎麦がでるのですが、最初の普通のせいろが一番美味しかったとは、みんなの意見。
昨年は蕎麦の後で、お気に入りのフランス菓子の店でお茶をしたのですが、火曜日はお休み。
その店のシュークリームが大好きなので残念でした。ここはパンもなかなかで、ブリオッシュやクロワッサンが買えなかったのも心残りでした。
その代わりに、以前は小布施になかった「寒天パパ」の店のテラス席で、まったりと豆寒天やあんみつを楽しみました。
「寒天パパ」は同じ長野県でも南州の伊那にあるのですが、小布施に支店を出しているのです。
ここで買い物をして、車を置かせてもらって、街歩き。
友人がここでたうさんの寒天製品を購入したのは驚きで、「そんなに寒天好きなの?」と訊いたら、「うーん、寒天を見たら、今自分に必要なのは『寒天だ!』と思ったんだ」と真剣な面持ちで答えるので大笑い。
便秘でもしているのかな?

宿はまぁそんなに大したことはなく、評判の日本海の魚もそれほどではなかったけれど、6人で11時過ぎまでお喋りをて、とっても楽しかった。
帰りは長野市に。
長野市といえばもう善光寺。ここしか見るものはないというくらい。
ここも初めてという人が2人いました。私たちは何回か来ているのですが、駐車する関係でこれまで参道から入ったことがなかった。
寺にはやっぱり表からはいらなければいけませんよね。
着いたのがちょうど12時近くだったので、本堂でご本尊の幕が上がって拝観できると言われたので、正座しました。
ほんの10秒間とのことでしたが、その倍くらいは見ることができました。

でも私は、善光寺のご本尊は御開帳の時ですら見ることはできないし、長い間、寺の人でさえ見たことはないと、なにかで聞いていたので、あれは本当に「ご本尊さま」だったのだろうかと疑問に思い、帰ってネットで調べてみました。
ご本尊は百済の国から贈られた日本最古の仏像といわれています。
けれど私たちが拝観きたのは「本物」ではなかったのでした。
「お前立ち」と呼ばれるいわゆるレプリカ。
でもレプリカといっても長い間、善光寺参りをする信者たちから、祈りの対象となってきたので、魂は入っていると私は思っています。
幕が上がって、金色の仏像を見ることができたのは幸いでした。
私の目には仏像の詳細はわからないのですが、でもなにか神々しいものがそこにあると感じることができました。

それからみんなで有名な真っ暗闇の「お戒檀巡り」を。
本当の闇です。
右手で壁や柱をさすりながら進むしかない。
ここを抜けると、私たちは生まれ変われるのだとか。
闇から光のある場所に出て、そこでまた友人たちとまた出会えた。。そんな体験ができるのです。
なんど体験しても、ちょっと怖くて、そしてありがたい。

昼食は参道にある旧本陣の荘厳な建物にあるイタリアン。
ここは人気のレストランで、私たちはお参りをする前に予約していたのですが、それでもかなり待ちました。
とにかくこの建物が素晴らしいのです。
和洋折衷の建物は大正14年に出来たのだそうで、調度品もその当時のものが多くレトロです。
でもトイレなどの設備は最新式。
こんなすごい建物だというのに、レストランはイタリアンのせいかカジュアルでリーズナブル。
以前から私たち夫婦は昨年の夫の誕生日に、クーポンが使えるJALシティホテルが近くにあるのでそこに泊まってここにディナーを食べに来ようかと話していたのです。
でもどういうわけかその話がポシャっていたので、今回みんなで楽しめたのはなによりでした。
みんなも気にいったようで、「今度はディナーに来た」ということに。
誰かのお誕生日にでも、ですね。

遊びにかまけて、点字を書く練習が全然できてません。
宿題を出されていると言うのに、それもしていない。。
今日午後のレッスンの先生の顔がまともに見られませんね。。
来週はこれという予定がいまのところないので、頑張ります、
(でも読むのはすごく速くなったんですよ!)

私はこんなに能天気な暮らしをしてるのだけれど、50歳前半の私の大好きな友人が、お母さんの介護でだんだん大変になっています。
私の母と同じ認知症があるので、これからの経過が想像できるだけに心配です。
なにか少しでも彼女の心をラクにしてあげたいのだけれど、どうすればいいのか?
そうでなくても彼女は心配性で考え過ぎのことがある誠実なひと。
私のように「なるようにしかならない」といういい加減さも時には必要なんだけど。。
でも彼女は夫婦仲がとてもいいので、それが大きな救いです。彼と一緒に乗り切ってほしいですが、50歳代からというのは、親の介護の年齢なんですよね。
(それが終わると、今度はもう自分たちのこととなるのですが)。

そんなこんなの一週間でした。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月25日

シャルル・ヴァグナル「簡素な生き方」

「お金があればあるほど必要なものが増える」
「情報が多いほどわかり合えなくなる」
「言葉を操るほど信頼がなくなる」
「不要な贅沢で心が鈍る」
「収入≒能力ではない」
・・・

この本の各章にある見出しである。
すべて「簡素な生き方」に繋がるものだ。
じつはこの本、最近出版された本ではない。
120年前にフランスで出版され、アメリカで100万部を超えるベストセラーとなったのだそうだ。

シャルル・ヴァグネル氏は牧師で、ある結婚式のスピーチをしたところ、それを聴いた参列者たちが感動して出版の運びとなったという。
現代の私たちからすれば120年前の暮らしは牧歌的だった気がするのだが、これを読むとそうでもないらしいのだ。
世の中が忙しくなったのは第二次世界大戦が終わり、いろんなことのスピードが速くなり、パソコンやネットの登場でますますスピードが増したからだと思っていたが、もっとその前からだったのだ。
私が思うに、多分、世界が大きく変わったのは産業革命からなのではないだろうか。
産業革命以来、経済が発展し、世界の人々の暮らしの基盤がそれまでの価値観とは異なるようになったためだと思う。
それまでの小さなコミュニティーにあったお金を介さないおつきあいはなくなり、すべてに金銭が介入するようになった。
お金も、お金で買えるモノも、蓄えなくては不安になった。

著者がここの文章の一つ一つには、今を生きる私たちが自分を律し、心を正し、簡素な生き方を取り戻す必要性が書いてある。
そのためにはまず、強い自己顕示欲を排して、無名の存在として生きること。
多くの人が「有名」になることを望んでいる。
たとえば若い子が「歌手になりたい」というのは「夢」かもしれないが、「有名い」になりたいというのは「欲望」だ。
現代はそうした「欲望」が渦巻いている。
必要な食べものを食べる日常に満足せずに、毎日美味しいものを食べたがるのも「欲望」で、これは私の課題です。

でもシンプルな生き方とはなにも貧乏になりなさいと言っているのではない。
自分の持っているもので自分らしく生きなさいということ。
そのなかで「善」なることを少ししながら生きる。。これが「簡素な生き方」。

希望が湧くような、絶望的になるような、私にとってはちょっと複雑な本でしたね。
だって120年前からちっとも変っていないという絶望。
だけどこれを再び世に問おうとするのには希望。
こういうのを読むとやはり、家からモノを減らして、欲望も減らして、シンプルに暮らしたいと思います。
posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月23日

山田仁史「いかもの喰い」

「いかもの」とは普通、人が食べないものをわざと、または好んで食べること、または食べる人」を指す。
つまりは悪食のこと。
世間では「ゲテモノ」「ゲテモノ喰い」というものもある。
いかものとゲテモノはどう違うのか。

ゲテモノとは上手に対する下手という意味で、昆虫食などがそうのようだ。
昔のバンカラ学生が「闇鍋」と称して、そうしたゲテモノを入れて驚かせたと聞くが、この本に書かれている「いかもの喰い」はそういう遊びではない。
著者は宗教民俗学者。
人類のタブーともいえる宗教儀礼的、または薬効のための食文化を考察している。

人類三大いかもの喰いとは、「犬喰い」「土喰い」そして「人喰い」だそうだ。
中国人は机以外の四足なら何でも食べると言われるので、犬を食べたのかもしれない。しかし犬喰いは中国だけではなく、ヨーロッパにも日本にもあった。
興味深かったのは、「食べられる犬と飼われる犬」の境界だ。
そこに必ずしも法則性があるわけではない。
「崇敬ゆえに食べられたり、穢れいるといって避けられたり、数が減ったら大事にされたり」・・
また為政者の「おふれ」によっても犬の扱いは時々で異なった。
(私が思うに、名前をつけたら食べられないんじゃないかな)。

妊娠した女性が土を食べたくなるというのは聞いたことがあるが、土喰いはじつは地球上のかなりの地域にあて、南米や東南アジアなどに広がっている。
ジャワには粘土製焼き菓子があるという。土をそのまま食べるのではなく、加工料理してまで食べるとは知らなかった。
嗜好品としての土、薬効としての土などの土喰いは、でも、禁忌とは思えない。

しかし「人喰い」はタブー中のタブーと考えられている。
確かに人喰い文化を持つ種族が東南アジアにいることは有名だが、彼らが日常の蛋白源として人を食べていたわけではない。
人身御供のような宗教儀礼が目的のことが多かったし、食べるのは肝臓、心臓、脳髄など部位が限られていたそうだ。

この本、想像以上に面白かったです。
「宗教民俗学」という分野は知らなかったので、こうしたアプローチから宗教、民族、食文化を俯瞰する本は楽しかった。
個人的には、犬は食べられるかもしれない。でも猫はダメだなぁ。
土は平気のような気がする。
ヒトと蛇は絶対に食べたくない。。と今は思っているけれど、不時着した飛行機の乗客が人肉を食べた事実もあるのだから、「絶対」ということは言わないでおこう。
posted by 北杜の星 at 07:31| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月22日

群ようこ「かもめ食堂」

11冊目の点字本。
これを読み終わる頃には。ちょっとスピードが上がったのが実感できて、これからは地元の点字図書館だけでなく他県他館の本も借りられるようになるかもしれない。
それだと新刊本が借り受け期間20日間以内で読めるかもしれない。
と言っても、点訳するタイムラグがあるので、どうしても数カ月後になるのだけど。

「かもめ食堂」は本で読むのはこれが初めて。
封切された時、映画を見た。
なによりも驚いたのが、これ以上ないというキャスティングと、食器や調理器具やインテリア、それと料理のセンスの良いことだった。
さすが北欧はデザインの国。すべてが素晴らしいコーディネートだった。スタイリストがよほど優秀だったのだろう。
それらの中には我が家にある鍋や皿もちょっと画面に出てきて、「あっ!」とうれしくなったものだ。
あんまり日本映画を観ない私だが、「かもめ食堂」はもう一度観たいなぁ。
(ここのライブラリーにDVDがあるみたいなので、借りよう!)

印字本は一冊だが、点字本は2巻に分かれている。
その一つを読んで「あぁ、これって映画のまま、とうか映画化は本のままなのね」と思った。
映画化された原作が映画とはかけ離れているのはよくあることで、その最悪ケースは、村田喜代子「鍋の中」。
黒澤明監督によって「八月の狂詩曲」という、なんとも安っぽいヒューマニズムに化けてしまっていてびっくりした。
原作者の村田喜代子も怒り心頭だったと聞く。
でも「かもめ食堂」はそんなことはまったくなくて、本と映画がぴったりだった。

でも、でもですね。。
一冊目の最後の頁で「あれー?これってエンディング?なんで?なんで?」
もしかしたら、これって第2巻のほう?私、第1巻を飛ばして後半を読んじゃったの?

そうでした。第1巻のほうには、サチエやミドリがフィンランドにやってきた経緯が書かれていた。
豪華な食事ではなくふつうのご飯を供する食堂を持ちたいと思っていたサチエが、宝くじに当たってフィンランドに店を構えるようになったこと。
サチエとミドりの「ガッチャマン」出会い。
そんなこんなが第1巻でわかった。
それにしてもこの本、まるで映画を目的に書かれたんじゃないかと思うほど、サチエは小林聡美、ミドリは片桐はいり、マサコはもたいまさこ、そのもの。
みんなナチュラルな演技だった。

サチエが日本のソウル・フードと呼ぶ「オニギリ」。
誰が何と言ってもこれだけは譲らなかったサチエの「オニギリ」。
外国人にとってはとても珍妙なものに映るらしい。とうてい食べものとは思えないようだ。
海苔は黒い紙だし、まず海苔の黒とご飯の白という強いコントラストは食べもの概念から外れている。
中の梅干しやおあかかも、彼らの嗜好には合わないかも。
でもそんな「オニギリ」を信じてメニューに載せ続けるサチエを、心から応援したくなる。

それと可笑しかったのは、合気道の達人の父に育てられ、自身も心得の尾あるサチエが毎日膝行法をしている傍で、ミドリがヨガっぽい動きをすると、サチエがすかさず「ヨガはダメですよ」と言うところ。
武道の動きとヨガの動きは違うんでしょうね。

この2冊、点字で全300頁弱を6日間で読了。
やったぁ!!という達成感でいっぱいです。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月20日

ハッチの週間身辺雑記

今年はいろんな樹の花つきが良いようです。
とくに小梨は「来年は枯れちゃうんじゃないか」と心配になるくらい、狂ったように花をつけました。
小梨の樹は本来ならもっと標高の高いところに自生する樹で、蓼科にはたくさんあって、5月下旬から6月上旬には山が小梨の花で白く見えるところがあるほど。
蓼科の我が家でも毎年庭に数本ある小梨が美しく、蓼科を離れてこちらに住み始めたときに夫に頼んで「蓼科を思い出すよすが」に植えてもらいました。

カンボクもたくさんの白い花が咲きました。
植えてからもう10年以上。なかなか咲いてくれなかったのがここ3年ほど前からこの地になじんだようです。
夫が室内に飾るためにボンボン枝を伐って来ます。
そのたびに私は胸が痛みます。
私はどうも咲いている花を伐れない性分。なんかかわいそうなんですよね。
そのくせ花を飾るのは大好きという矛盾を抱えています。
目が悪くなって悲しいのは、花が見えなくなって花を活けられなくなったこと。
一応小学校6年生のときから華道を習っていたものの、もっぱら「投げ入れ」が好きで、ヤマブキやユキヤナギを思うさま活けるのは本当に楽しいことでした。
どういうわけか、私が花を活けられなくなってから、何個もの花器が割れてしまったのです。
あれは不思議な現象で、私の目とともに花器も消えちゃったとしか言いようがありません。

それらの花器はほとんどが義母の形見でした。
夫の母は花の作家さんで、毎月盛岡、高崎、神戸、長崎のカルチャーセンターに出張教授で行っていました。
彼女はいつも私を自分の流派の「R」に引き込もうとしていましたが、そんなオソロシイコトはとんでもないと逃げ回っていたのです。
私にはとてもそんな独創性はないのです。
我が家では現在では、夫が自分で伐って、自分で投げ入れています。
「ちょっと変だな」と思っても、そのままにしておく私です。夫が活けたと知らない人は「なんて下手な奥さんだろう」と思うでしょうね。
これから我が家の庭に咲くのは、ガマズミ、ヤマボウシ、エゴノキです。
庭木より自然の樹が好きです。その樹に咲く花が大好きです。
花水木を好む人が多いですが、私は断然ヤマボウシの方が好み。
ずっとずっと以前、アメリカに桜を贈った返礼に、花水木がアメリカから日本にやって来たのだと聞いたことがあります。。、以来花水木はすっかり日本に定着し、強い性質なのか街路樹にもたくさん植えられています。
花水木は「アメリカヤマボウシ」とも呼ばれます。
ヤマボウシの花は切れ込みが深く、木自体もずっと大きくなるようです。そのため花が咲き始めるのに時間がかかり、6年前に植えた我が家のヤマボウシは数えるほどしか花が咲いてくれません。

今週の月曜日は東京から私の友人がゴルフにやって来ました。
彼女は私の夫やその友人夫婦と一緒にラウンドしました。(私はお留守番)。
そのM子さん、「このところ悪いのよ」と言いながら、その日は上出来。ほぼ独り勝ちしてルンルンと帰って行ったとか。
中央自動車道の集中工事で、いつもなら2時間なのに渋滞で動かなく5時間かかったそう。
それでもルンルン気分は続いたそうで、渋滞が苦にならなかったのはなによりでした。

それから今週は南信州は大鹿村に、筍を食べに出かけました。
30年以上通っている宿でランチを出してもらうことになって、6人で押しかけたのです。
筍はそこでも今年は不作とのこと。でも自分の山で採れたものなので、美味しかったです。
期待していなかったのに、鮎が出てびっくり。
もうあのあたりは鮎が解禁なんですね。夏の鮎と比べると小ぶりですが、骨も柔らかくて本当に美味でした。
鮎というのも、年齢を重ねるごとに好きになる食べものです。
(幼いころの夏休みに、おばあちゃんの家に行って、叔父が錦川で釣って来た鮎を毎日食べさせられるのがイヤでイヤで、早く家に帰ってお肉を食べたいと思ったものです。)
口福の一日でした。

この宿には二つの峠を越えて行きます。
一つは「杖突峠」で、これを超えてしばらく走ると、桜と大奥の絵島が流刑されたので有名な高遠です。
もう桜の季節は過ぎていたので静かでしたが、この峠にお茶屋さんがあって、そこからは諏訪湖と霧ヶ峰や八ヶ岳のパノラマが楽しめるんですよ。
初めてここらの景色を見るひとはみんな、「わぁーっ、すごい」と声をあげます。
我が家からここまで走ると、ぴったりのコーヒータイムなので、いつもここで休憩。コーヒー、美味しいんです。
もう一つの峠が「分杭峠」。
ここは磁場の強いパワースポットして週末になるとすごい人出になるところ。
峠の下に大きな駐車場ができて、そこからシャトルバスが運動されるというから驚きです。
私たちが大鹿村に通い始めた頃は、ひっそりとした誰も来ないような場所だったのに。。

今日の午後、何十年ぶりかで従妹たち3人と会うことになっています。
正確に言うと、従姉の子どもたちなのですが、彼女たちのうちの一人の娘(つまり従姉の孫)が、八ヶ岳にあるリゾナーレというホテルで、結婚披露宴を催すのです。
そのために山口県の岩国市から彼女たちがやって来るので、「会おうよ」ということになり、でも到着するのは午後1時過ぎ、それからお昼を食べて、披露宴は5時からとか。
着替えもしなくてはいけないし、写真撮影もあるしで、会うというより顔を見るだけかもしれませんが、それでもいいでしょう。
こんな機会はもう親戚の誰かのお葬式くらいしかないでしょうからね。。
披露宴の主役のYちゃんは、イギリス留学中に彼と知り合い、帰国後横須賀で一緒に暮らしはじめ(相手の男性のお父さんとも同居)、最近入籍、そしてこのたび披露宴の運びになったのです。
最近はこのパターンが多いですね。
私の知っている若い人たちのほとんどが、同居、入籍、結婚式という順序。
まぁ、結婚前に一緒に住むのはいいことだと思います。だってどんなに長期間のお付き合いでも一緒に暮らさないとわからないことってたくさんあるもの。
とにかく「おめでとう」です。

このため、毎週土曜日の視覚障害者講習はお休みさせてもらいました。
iphone教習の2回目だったのですが、先生からは私のレッスンは6月末までと言い渡されてしまったので、ちょっと焦っています。
なにしろ覚えが悪くて。。
見て認識することができないので、ぜんぶを記憶する必要があるので大変なのです。
しかも動作が音声だと異なるんです。
2回タップとか2本指タップとか3本指フリックとかいろいろあって、でもこうしたアクセシビリティは障害者にとってはありがたいです。

朝晩は冷えこんでいた八ヶ岳南麓ですが、ようやく暖かくなってきたようです。
来週も遠出があるので、体調を整えておかなければ。。
posted by 北杜の星 at 07:47| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月18日

小池昌代「黒蜜」

点字で読んだ本。
少し読むスピードが上がって、4巻にもなっている本だが20日間ほどで読了できた。
本はある程度の速度で読まなければ気が抜けてしまうので、速くなったのはうれしい。
先生は中途失明者の点字読スピードは、1ページ5分が目標とのこと。会話の多いスカスカな頁ならクリアできるが、ぎっしりと文章が詰まっている頁だと、6〜7分かかることもある。
まだまだですね。

さて、この小池昌代の「黒蜜」、印字本でも読んだことがある。
詩人である小池昌代らしい子どもを主人公とした短編集だ。
今回気がついたのだけど、14編の短編のなかの子どもたちは8歳という年齢の子が多い。8歳でなくてはならない作者なりの意図があるのだろう。

子どもにだって、孤独や倦怠や虚無を感じる心は持っているが、その幼さゆえに言語化ができない。
小池昌代はここでそうした子どもたちの代弁者となっている。だからとうてい子どもが使わないような言葉が出てくるが、つまりはこの本は子どもが主人公であっても、あくまで大人が大人のために書いた本ということだ。

素晴らしく面白かった!以前読んだときよりも何倍も心に沁みた。
どれもいいのだが今回は「馬足街」がもっとも印象に残った。
8歳の峰は小学校の早朝の掃除当番を光二郎と一緒にすることになった。
峰はだんだん大人っぽい雰囲気の光二郎を好きになる。
当番が終わる時、光二郎は峰に自分の住む地域にお好み焼きを食べにこないかと誘う。
そこは「馬足街」と呼ばれる「川向う」で、大人たちはその街のことをいつもひそひそ声で話している。
馬足街に行く途中には川にかかる「赤い橋」があって、そこで彼らは待ち合わせをする。
光二郎の自転車の後ろに乗って着いたお好み焼き屋は不思議な店だった。
大人が誰もいなくて、子どもたちが作り手と食べる側に交互になるというシステムだった。

お腹一杯食べ、作り、峰は満足して、光二郎にまた自転車で送られて家に帰るのだが、赤い橋を渡る時、今まで居た場所が本当にあったのか、またこれから戻る自分の家が本当にあるのかという想いにかられる。。
こちらとあちらを分ける赤い橋はまるで彼岸と此岸の結界のようだ。
恐ろしい幻想はでもどこか甘やか。

繊細な感性と上質な文章が相まって、本当に素敵な読書が楽しめました。
posted by 北杜の星 at 07:31| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月17日

牛久保秀樹・村上剛志「日本の労働を世界に問う」

日本人は昔から働くことを美徳と考えてきた。
たしかに一生懸命働くことで経済が発展し、この国の人々の暮らしは楽になった。
でももう、そんなに働かなくてもいいじゃないか?
ましてや過労死するまで働くなんておかしい。
疲れたら休まなくっちゃ。

・8時間労働制
・労働の「結社」の自由
・週休制
・児童労働の禁止
・同一労働同一賃金
・・

上記してあるのは第一次世界大戦後につくられたILOの条文である。もう100年近く前のものだ。
ILOとは「国際労働機関」のことで、世界の労働者の生活水準の向上、労働条件の基本的人権の向上などをはかる国際組織である。
世界中を見わたせば、上記の項目がすべて実施されているのではにのは明らか。
この本のサブタイトルは「(日本が)ILO条約を活用する道」というもの。ということは100年たってもまだまだ日本でILO条約が守られていないということだ。

今年になって政府は経団連との協議で、残業時間の上限を決定した。
なんとそれが、一カ月100時間!
上限が決められただけ「進歩」と評価する向きもあるが、トンデモナイ。
これは政府が「過労死せよ」と言っているようなものだ。

労働時間だけではない。非正規雇用、賃金の不平、解雇の横行など不当労働行為がたくさん起きている。
労働組合は以前ほどさかんでないので、誰も守ってくれない。
自由に生きるために働くのが本来の目的のはずなのに、労働に自由はないし、長時間労働の果てにあるのが過労死、ウツの発症だとすれば、なんて悲しい人生なのだろう。

でもこれは経営側だけの問題だろうかと、私は日本人を見て疑問に思うことが多い。
有給休暇が権利として認められていたり、育児休暇があるのに、それを利用しない人がたくさんいるからだ。
それは「権利」ではない。これまで誰かがそれを得るために働きかけ闘って得た貴重なものなのだ。そう考えれば「権利」ではなく「義務」なのではないか?
ヨーロッパでは「休まなければならない」という義務なのである。

私は言いたい。
日本の労働者、とくに上に立つ役職者になればなるほど、休暇をとるべきだと。
そうでないと下の人は上司に遠慮して休めない。
残業をしたり、休日返上で働く勇気より、帰宅する勇気、休む勇気をみんなで持てばいい。

自営業の人でも、ヨーロッパでは長時間店を開けたり夏休みもとらずに働いていると、客や近所の人たちの顰蹙をかう。
抜け駆けのように働くことはけっして美徳ではなく、恥ずかしいことなのだ。
そういう意識を日本人が持てるようになれば過労死はなくなるのだろうけど。。

そういう意味で私の夫はちょとリッパだった。
若い頃10年近くイタリアで仕事をしていたので、働き方がイタリア風になっていて、残量はしない、きっちり休むを徹底させていた。
打ち合わせを午後1時からと設定されると「それではランチの時間がなくなると、1時半とか2時からにしてもらっていた。
NOと言える人。奴隷にならない人。追従しない人。それだけは褒めてあげたい。
そのため収入は自営であってもそれほどではなかったが、人生を大いに楽しめたし、なによりありがたいのは体に負担をかけていないので、70歳を過ぎてもとても元気。
高血圧、糖尿病、痛風、高脂血症などの成人病とも無縁。
人間の体と心は自分で守らなければ誰も守ってくれない。
社会を変えるには自分の意識を変えることも必要なのではないだろうか。
横暴な雇い主には全員で団結して「NO」と言えるようになればいいと思うのだけど。

私が毎月お世話になっている美容師さんは、あまりの忙しさにお昼ご飯を食べられないことが多いらしい。
食べても4時とか5時になるという。
お願いするときにいつも「もう、お昼食べた?」と訊ねるのだが、「食べました!」と言う時も、立って食べてるみたい。
昼休み1時間をちゃんと取れないないなんておかしいと言うのだけど、「こんなものなんですよ」と当たり前のようにあきらめている。
雇い主のなかにはヒドイのがいて、天気が悪く客の入りが悪いと予想される日には、アルバイトの人に「今日は来なくてもいいわよ」と電話をかける。
こんな不当労働行為をされたら、労働局に通達するべきだと思う。
雇う方も雇われる方も「労働とは何であるか」を考えなくてはいけない。

この本にはILOの理念と実践活動が述べられている。
でもまだまだ、児童労働は行われているし、先進国の日本の労働でさえこうなのだから、国際機関の役割の脆弱さを感じてしまう。
だけどモデルがあるのとないのでは、やっぱり違うから、ILO,頑張ってほしいです。
posted by 北杜の星 at 08:05| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月16日

若山曜子「ガトー・インビジブル」

料理本です。
副頽には「果物や野菜のスライスを重ねた断層の美しいケーキ」とある。
これをライブラリーのネットの新刊本紹介で読んだ時、「あ、簡単かも」とピピッときた。

以前はよくケーキを作ったものだ。毎週必ず作っていた。
デコラティブなものはあまり食べたくないので、ほとんどが焼き菓子だったが、焼くときの家中に漂う匂いがなんとも幸せな気分で、食べるよりも作るのが楽しかったものだ。
プディングなどは一生分を20歳までに作ってしまった気がする。
今はお客さまでもないかぎりほとんど作ることは菜っくなったが、夫はきっと、作ってほしいのだと思う。
でも、ボールをたくさん使ったりするのは面倒。
これまでだって、ベイクドチーズケーキだってパイ生地だって、フードプロセッサーをガーっと回して作っていたんだもの、このトシになってややこしいのはご免蒙りたい。
もともとケーキ作りが好きな理由は、ご飯のおかずを失敗したら悲しいけど、お菓子なら失敗しても食べなければいいだけという気楽さがあったkらだもの。

これ、そういう意味で私にぴったり。
しかも切り口がとても美しい。
その美しさは素朴で、素材がそのまま見えるので安心感がある。
「ガトー・インビジブル」とは「見えないお菓子」という意味。
断面を切って始めて見えるケーキの正体。

まず生地を作る。
生地の材料は、卵・砂糖・薄力粉・バター・牛乳など。
バリエーションとして、チョコレートを加えたり、チーズを加えたり。
その生地のなかに、スライスしたりんごや洋梨や桃や柿などの果物、人参やグリーンアスパラやさつまいもなどの野菜をガガッと混ぜ込み、容器に果物や野菜を層になるように重ねて、生地を全部入れて、170度のオーブンで50分くらい焼くだけ。
私はがさつに、「ガガッ」とか書いたけど、生地と混ぜる時には果物を壊さないように優しく、また容器に入れる時もデリケートに扱うほうがいいみたい。
そうでないと、美しい断面にならないようだ。
(砂糖はグラニュー糖と書いてあるが、私は白い砂糖は使いたくないので、ビート・グラニュー糖を使うつもり。少々色が汚くなっても、自分が食べるんだもの平気)。

砂糖を入れずに野菜とチーズなどを使えば、デザートではなくちょっとした食事にもなる。
一時、ケーク・サレが流行したが、ああいう感じで食べられる。

目が悪い私には現在、こういう本は見えないのだが、ケーキを作ってほしい夫が、レシピを読みあげてくれた。
その労に報いるためにも、何か明日にでも作ってあげよう。
「長芋と明太子」なんて作ったら、がっかりするだろうな。
「りんごといちご」か「バナナとくるみ」なら家にある。これでいこう!

posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月15日

よしもとばなな「毎日っていいな」

誰にでもある日常。
その日常のあるがままを慈しみ感謝できる人は幸せだ。
何ごともない人生はない。ましてや数十年を生きた人間にとってはなおさらのこと。
それでも自分の日常にマイナス感情を持たずに暮らす人、それがよしもとばななだと思う。
だから彼女の小説やエッセイの読者は、彼女から安らぎや慰めを得られるのだ。

このなかにはいくつもの別れが書かれている。
仲良くしていた近所の友人が、夫の転勤で離れ住むことになる。
遠くの友人への最期のお見舞い。
そして父母の死。。

過去が折り重なってゆく。年齢を減れば減るほどその重なりは増す。
「昔とは父母のいませし頃を云い」という川柳があるが、親を亡くすと、つくづくその想いが強くなる。
けれどそれはつらいことだけではなく、楽しかった「昔」でもあるのだ。自分が絶対的に守られる安心感に包まれていた幼い頃。
そうした「昔」を懐かしむことで、毎日が豊かになってくれる。

それにしてもよしもとさん、立ってごはんを食べるほど、五分きざみでスケジュールが押しているほど忙しいにもかかわらず、いろんなところに行っている。
もちろんそのなかには仕事もあるのだろうけれど、けっこうプライベートな旅行もある。
なかでもおかしかったのは、お姉さんと一緒に行ったある温泉宿のこと。
この宿は知人に紹介されたのだが、フツー、こんな宿を人に教えるかというヒドイもの。
出されたご飯は黄色だった。米が古かったからだ。(黄色くなる米ってどれくらい古いの?)
風呂場はヌルヌル。これは温泉成分でヌルヌルしてたんじゃなくて、あきらかに掃除がしていなかった。。
布団は埃っぽく、喘息が出そうだった。。
でもさすが、よしもとさん。
こんな宿のこんなことが、結局は思い出になるのだと善意に解釈している。

そう、旅ってそういうものなんですよね。
ヒドイこと困ったことが起きて、その時はどうしようと思うのだけれど、終わってしまうと、うまくいったことよりも、うまくいかなかったことの方が印象に残っているもの。
だから旅はあまり計画しすぎない方がいいし、偶然が多い方がいい。
それにはあまりに高級な旅行はしないことだと思う。
至れりつくせりの旅は偶然が絡むことが少なくなって面白くない。快適かもしれないが思い出が少なくなる。
よしもとさんは流行作家なのだから経済的には恵まれていると思われるが、こんな旅行をしているのだから、素敵なひとだ。

ところで、先週我が家に筍を届けれくれた若い友人は、この春の大学卒業旅行を二度したそうで、その一つはナント、プレミアム・エコノミーのシートだったとか。
大学生のブンザイでそんなこと許されるのか!?と私はまるで佐藤愛子のように憤った。
その席のチケットしか残ってなかったというのだけどね。
一度目は友人と一緒のイタリアツアー、帰国して4日したらすぐに二度目のフランス・スペインへの独り旅。
まぁ社会人になったらそんな時間は取れなくなるから、今のうちと考えたのかもしれないけれど。

このエッセイは毎日新聞の「日曜くらぶ」で連載されたもの。(だからこのタイトル?」
「あとがき」にもあるように、日曜日の朝には、悲しいことや重いことは読みたくないだろうと、なるべく楽しい話を集めてみたそうだ。
だから、いろんな人たちとの別れも、その思い出は暗くはなくて救われる。
彼女がイタリアで「banana」「 banana」と人気なのが理解できる。
元気になりたいときには、よしもとさんを読もう!
posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする