2015年10月30日

榊原英資「中流崩壊」

副題が「日本のサラリーマンが下層化していく」という経済の一冊。
私ほど経済オンチはいないというほど、経済や金融がわからない、というか興味がもてない。
けれどこれだけ富裕層と貧困層が二極化していると、その原因は経済なのかそれとも政治なのかを知りたくなってくる。
私のようなシニアはまだいい。(といっても老後破綻と言われているのでヒトゴトではないのだけれど)。
若い人が希望を持てない社会ってなんだろう、あまりに酷いじゃないかと怒りが押し寄せる。どうしてこんなことになってしまったのか?

日本の雇用は現在、過半数が非正規社員で構成されているという。(もっとも女性は以前からパートが多かったのだが)。
グローバル経済になり国際競争力をつけるためにはと、人件費を削除している。
中国やインドが安くモノを作るのなら、日本の同種の企業は人件費を抑えなければ太刀打ちできない。

戦後 1950年代から70年代までは経済成長時代、それから90年代までは高度成長のバブル期、そしてバブル崩壊で現在まで「失われた20年」と言われている。
しかしこの「失われた20年」はこれからもずっと続きそうなのである。
つまり、先進国においてはもう成長はしないのである。
共産主義は終焉を迎えたが、資本主義も崩壊し始めているのだ。

資本主義の国でありながら、とてつもなく「平等」で一億総中流だった日本。
それを支えていたサラリーマンが下層化している。
企業は利益を上げても、それを人や社会に還元しなくなった。会社は守ってくれない、社会も守ってくれない・・
(正規雇用でない人間が会社にロイヤリティは持てないよね。それは会社にとっても大きな損失だと思うのだけど、人材を使い捨てにしている)。
しかもそれは日本だけでなく、先進国の抱え得る問題なのだ。
それがどうして起こったかを、表やグラフなどのたくさんの資料を基に解説してあるのだが、読んでも見ても、どうしてもわからない。
なおわからないのは、「それでは、どうすればいいのか」ということ。
著者は旧大蔵官僚で、現在は青山学院大学教授。専門は国際金融学。

少子化が進み経済が停滞するから、だから、武器をつくり輸出し、戦争をすることでまた武器をつくり儲けるために、「戦争法」を成立させたんだよなと、考えはそっちの方にいってしまう。
明るい光が見えないし、著者の論旨にも完全納得はできない本でした。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月28日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

秋です。
今日はお天気が良くないけれど、ずっと晴天続きで気温が高く、両手を空に広げる気分で毎日を送っていました。
標高800メートルのここではまだですが、清里の方に行くと紅葉が見ごろ。

梨、ぶどう、柿、リンゴ・・・
山梨はフルーツ王国として有名ですが、秋の果物が勢ぞろいです。
今年の話題は何と言ってもぶどうの新種「シャイン・マスカット」!
マスカット色と香りで、より味が濃く、大粒です。
これを知人がお土産に持って来てくれ、一度で大ファンになりました。
お値段もリッチで、スーパーで一房2000円していました。
さすがに買うのはためらいましたが、考えてみると、すごく大粒なので3〜5粒食べると、食後なら大満足でき、結局は高くないかも、なのです。
後日、自然食品店でシャイン・マスカットを見つけ、普通のぶどうのサイズの粒に「これ、小さいのね」と言うと、店主のk子さんは「これは低農薬で、ホルモン剤を使っていないから」との返事。
そうか、あの見事さはホルモン剤なのかとショボンとしました。
でも、美味しい!巨大シャイン・マスカットは美味しいのです。
柿大好きの夫はこれから1か月は毎日柿となるでしょうが、私はまだもう少しの間、ぶどうを楽しみたいです。
(夫は季節が終わるとピタリと食べるのを止める人で、12月になると今度はリンゴの登場となります。りんごは3月まで続きます。最初は長野の松川、最後は青森のりんごです。)

先月の「身辺雑記」に友人のYちゃんと奈良に三泊四日旅行をすると書きましたが、行ってTきました。
Yちゃんは中学の修学旅行以来の奈良とのことで、まず東大寺を表敬訪問。
何度見てもあの大仏様の巨大さには目をむきますね。
大きいことはいいことだ!って叫びたくなります。
それから春日大社へ。すごい中国からの観光客の数でした。
でもほとんどが個人旅行の人たちで、旗を持ってぞろぞろ歩く・・というのとは違って、カップルとか家族連れで散策を楽しんでいました。東京の新宿あたりのお買いもの客と違って物静かな様子でした。
彼らと私たち日本人との見分けはつきません。言葉を聞いて初めて日本人じゃないとわかる。
だから、同じアジア人の隣国同士。みんな仲良くしなくっちゃと改めて思いました。

長谷寺へ行く時には急行から普通電車に乗り換えるのを、お喋りしていて乗り過ごし、名張まで行ってしまいました。
最近、名張の方と知り合いになっていたので、名張の町の繁華なことは聞き知っていたのだけれど、確かににぎやかな駅前でした。
浄瑠璃寺へも行きました。ここは住所で言うと京都府なのですが、私の意識のなかでは奈良です。
朝早い時間だったので人もまばらで、自然な庭とひっそいりした佇まいには何度訪れても感動します。Yちゃんも気に入ってくれてよかったです。

奈良でもっとも楽しみにしていたのが蕎麦の「玄」。
なにしろ蕎麦が大好きな私には、「玄」は憧れの店だったのです。なにしろ私の住む土地の近くには蕎麦の名店がたくさんあるのです。
名物の「水蕎麦」とおろし蕎麦と蕎麦掻きを頂きました。
感想は。。どうしても、ここでなくちゃというわけではなかったかな。
でも10割の細打ちを、あれほど水切りよく出す蕎麦屋はそうはないでしょう。さすがだと思いました。
(細いとどうしても水切りが悪くなるんですよね。そうすると美味しくない)。
今回奈良でもっとも美味しかったのは大和野菜を食べさせる、ならまちにある「粟」でした。野菜の味の奥深いこと。また行きたい店です。
「粟」の隣の「樫舎」という和菓子屋さんもセンスよくて素敵な店でした。
他にも美味しいものをたくさん食べなのにYちゃんは、最後に食べた関西風のお好み焼き屋のネギ焼きが一番美味しかった、なんて言うんですよ。
たしかに美味しかったのだけども。。
(彼女は広島に行った時にも、すごーく美味しいフレンチにも行ったのに、やはり広島のお好み焼きが一番だったと言った人です。粉ものが好きなようです。)

奈良から戻って数日後には、友人たち総勢7人で、富山旅行へ出かけました。
これは目的が「鮨」。
山暮らしだと海の幸が恋しくなるので、ときどきこうしてみんなで魚介を食べにでかけるのです。
今回は「鮨人」というお鮨屋さんでランチ。東京と違って、安いです。しかも新鮮美味。
堪能して町を散歩し、夕食はまた鮨、今度は回転寿司に行ったのですが、ここの美味しいことったら、それと馬鹿みたいに安いことったらないのです。
みんなして、ここで充分だよねと言い合いました。
翌朝は予約していた鱒の寿司屋さんで、一段のものを受取り、帰路につきました。富山といえば鱒の寿司ですものね。
この鱒の寿司も、これまで食べていた鱒の寿司とあまりの違いに驚き、最初は鱒の厚さと生っぽい新鮮さに慣れなかったのですが、3切れ目くらいからだんだん「これってスゴイ」と思い始め、「富山、恐るべし」と、富山にまた出かけたくなりました。
福井や石川には何度も行ったけど富山は通過する土地でしたが、新幹線も開通したことだし、これから人気がでることでしょうね。

なんだか今月は食べもののことばかり書いていますが、「食欲の秋」ですからお許しを。
富山に行ったのが引き金になったのか、魚がごっそり到来しました。
知人が伊豆大島に釣りに行ったとかで、釣りたてのメジナ、カツオ、イサキをいっぱい持って来て下さったのです。彼がもって来て下さったのはこれが2度目。
彼は私がボーっとなっている男性なので、お顔を見れるだけでうれしいのに、お魚付きなのですから、大歓迎です。
我が家の台所で刺身にしたり、漬けにしたりと料じってもらい、そのまま我が家での夕食会となりました。
イサキは産卵後なので脂がのっていないということでしたが、いえいえ、充分の美味しさでした。
海無し県の山梨に居て、こんなに新鮮な魚が食べられることに感謝です。
「また持って来ます」とお帰りだったのですが、お魚なくてもいらしてください!

そうそう、広島の中心地でビル火災がありましたよね。メイドカフェが火元で死者がでました。
あのすぐ近くに古くからの友人が住んでいるのでお見舞いの電話をして、彼に「メイド・カフェなんて、行ってないでしょうね」と言うと、「バカ言うんじゃないよ、僕は50歳後半だよ」と憮然としていました。
そうか、知り合った頃彼は高校生だったのに、、と時の流れに茫然。
昨年は土砂災害、今年はメイド・カフェ火災。悪い気が広島に漂っているのか、お祓いをしたくなります。
友人がたくさん居るところなので、良いニュースを聞きたいものです。

眼科の定期検診では、私の目は(覚悟しているものの)だんだん悪化しているのですが、小淵沢から塩尻で乗り換え中央西線、名古屋で乗り換え新幹線と、まだ時間をかければ一人で移動可能なので、とってもうれしかったです。
(もっともこのルートはこれまで何度も経験済みだからなのですが)
新幹線でYちゃんと隣席同志で落ち合いました。
あと2年くらいは大丈夫みたいなので、今のうちに自分の足でいろんなところへ行こうと計画しています。

夫は私の留守の間は仕事が忙しかったようですが、友人夫婦から夕食に誘われたりでそれなりに楽しんだみたいです。
ロースト・チキンは不出来に終わりがっかりしていました。オーブンに入れるだけでなんで失敗するのかわかりませんが。。
どういうわけか、ハッチは私の帰りをそうは喜ばず、「あら、どっか行ってたのね」というふうに冷たかった。
でも夜中に私のベッドにやって来て、一晩中ゴロゴロくっついて眠りました。
猫は猫なりのコケンがあるのかもしれません。
そのハッチ、ただいま風邪引き中。
これが猫か、というくらい大きなクシャミを連発しています。
来年は20歳になるので、肺炎にならないように気をつけてやりたいと思っています。

「読書の秋」も忘れないように、頑張ります。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月27日

辻原登「Yの木」

これ、読もうかどうしようか迷った。
辻原登はいつもシュアな作品を書き、その文章は素晴らしく、好きな作家なのだがどうもこの頃暗くて救いがなさすぎて気が滅入るからだ。
でもやっぱり、辻原だんもんねと、読んでみた。

3つの短編と表題の中編が収録されている。
3編の短編「たそがれ」「首飾り」「シンビン」はそれぞれ趣向の異なる物語。
辻原にとっては努力なしにさらりと書けるものだと思う。
悪くはないが、ストーリーが手馴れ過ぎていて、読後すぐは悪くない印象を持つものの、すぐに忘れてしまいそう。
やはり表題の「Yの木」がこの本のメインとなる作品だろう。
これは読みごたえがあった。

主人公の「彼」は犬と散歩をしていてYの字のかたちの一本の木を見つける。
その木を見ていると一人の男のことを思い出しす。
「彼」は和歌山の小さな町の郵便局長の息子として生まれ、東京の大学を卒業後出版社に勤めながら作家を志していた。
その頃知り合ったのが大瀬渉という男だった。
大瀬渉は大瀬東二という筆名で第36回芥川賞候補となったこともある、(その回の候補は他に北杜夫や藤枝静男がいたが、該当者なしとなった)
大瀬は三重県の医大卒で医者だったのだが、筆一本で生きていこうと医者をやめたのだった。
大瀬は児島信夫に私淑したが、小島からはフィクションに向かないという意味のことを言われ小説を断念したのか、医療関係のライターとなりそれなりに成功した。
若かった主人公の「彼」は大瀬の家に招かれたり親しくしていたが、お互い忙しくなりいつのまにか疎遠に。
ある日、「彼」は大瀬の訃報を知った。編集者に聞いてみると自死だと言う。。

やはりこれも明るくはない。「死」と「失望」が漂っている。
「彼」の妻の死もある。
それでもここには、同じ文学を目指した者へのシンパシーがあって、心打たれる。
平坦ではない小説を書くということ。それはゴーストライターとしての仕事や他ジャンルの書きものや評伝などではけっして充足させられない遠い道のり。
その道半ばで折れてしまった人間へのレクイエム。
他人事ではない、の想いもあるのかもしれない。

大瀬のような人って多いのでしょうね。
たとえ芥川賞を受賞しても、その後に消えて行った人はたくさんいる。
小説が大好きな私は、大瀬にも「彼」にも、小説書きすべてに「頑張れ」と言いたくなった本でした。
posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月26日

岡田正彦「先生が患者だったらどうします?」

先進医療や新薬など、医療は日進月歩している。
しかしそうした治療は本当に患者のためになっているのか。
過剰検査、過剰治療がずいぶん行われているような気もする。
患者にとっては藁にもすがりたい状況で、何を選択すればよいのか。。
そんな時、ちょっと言ってみたい言葉。
「先生が患者ならどうします?」(「先生の家族が患者ならどうします?でもいいかな)

私の知っている医師で、検診は受けない、風邪薬は飲まないと言う人がいる。
理由は「意味があんまりないから」
検診を受けて癌が初期で見つかっても、治るものは治るし、治らないものは治らないからと。
風邪に至っては「風邪は寝るのが一番」と言っている。
この著者も風邪薬は飲まないらしい。
聖路加病院のあの日野原先生は、「高齢の最期に点滴はしたくない」と仰っている。
人間は枯れて死ぬもの。そのときに水分を体に入れると無駄に苦しませることになるのだそうだ。

この著者である医師の岡田氏がどんな治療を受けないか、どんな薬は飲まないか、ちょっと紹介していみよう。

・「最先端治療」も「昔からの治療」も、再発率は同じ。
・新薬を試したがる医師を信じてはいけない。
・高血圧の薬を飲んでも、健康寿命は延びない。
・糖尿病の薬を飲むと、心臓病脳卒中での死亡率が64パーセント高まる。
・サプリメントは百害あって一利なし。
・人間ドックを受けると9割の人が「要精密検査」となる。
・レントゲン検査は発がん原因の第4位。
・早期発見、早期治療、先端治療でも癌の死亡率に変化はない。
・・・などなど、医師である著者は、家族には検診は受けさせないし、絶対に飲ませない薬があると書いている。

世の中にはそれぞれの分野で「名医」がいる。その名医に診てもらいたいという患者が多い。
私の「名医」の基準というか、これをする医師は信頼できないというのをを挙げるなら、肺炎になってもいない風邪の患者に抗生物質を投与する医者は避けるべし、というこど。
お年寄りの血流を良くするためと言って「メバチコール」を処方する医師も、なんだかお粗末だと思う。
私のホームドクターは「メバチコール」が効くなら、世の中の年寄りの病気はなくなるよ」と笑っていた。まぁ、オマジナイみたいなものだ。

「先生が患者ならどうします?」
そう尋ねて、きちんと本音で答えてくれる医師が「名医」なんでしょうね。
それにしても最近、医師や薬剤師でこうした「本音」を述べる人が多いのは、やはり過剰医療がはびこっているからだと思う。
患者側もしっかり勉強して、賢くならねば。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月23日

上野千鶴子・田無水気流「非婚ですが、それが何か!?」

団塊世代と団塊世代ジュニアに近い親子のような女性社会学者の対談。

結婚しない男女が増えている。
したくないのか、経済的困窮でできないのか、理由はそれぞれだろう。
結婚なんて個人の自由なのだから、非婚でも構わないじゃないかと思うのだが、社会的にはそうではないようだ。
非婚が増えると、少子化がすすむからだ。
少子化がすすむと社会の経済基盤が失われる(と政治家や企業家は言う)。

結婚や出産に政治が介入するのはご免蒙りたいと思う。
私と夫は共に暮らし始めて35年になるが、法的婚姻をしたのは10年ちょっと前である。
なぜ姓が変わるのか納得できなかったし、ましてや彼の戸籍に入るのも自分のアイデンティティとしてイヤだったからだ。
彼が私の姓を名乗るのも、私がイヤなことを彼に押しつけるのも気がすすまなかった。
けれKどある出来事があって、日本の法律は「事実婚」の人間を守ってくれないと(この本にもそのことが書かれているが)わかって、まぁ20年以上たっているのだからもう二人の関係性は変わらないだろうと、籍をいれた。
それでもなぜ夫婦別姓が認められないのかは理解できないし、納得していない。
つくづくこの国は保守的だと思う。

上野さんと水無田さんは、保守的な先進国は少子化になっていると言う。
それはそうだろう。
現在の若い夫婦を見ていると、女性の負担の大きさが気の毒になる。
妻は仕事を持ち、家事をし、育児をしている。
夫は仕事が最優先で、家事や育児は「手伝う」という意識でしかない。
そうした意識が21世紀になってもこの国を形作っているのかと思うと、上野さんや水無田さんでなくても絶望的になってしまう。

彼女たちの言うように、日本は女性差別の国ではなく、男性優先の国なのだろう。
昔から「男はエライ」と男がふんぞり返っていられたのは、あれは「下駄を履かされて」いただけ。そうしなければ男が優位を保てなかったから。考えてみればアワレな存在なんですね。
でもそろそろ変えてもいいのじゃないか?
まず、夫を「主人」と呼ぶのをやめて、「夫」と「妻」という対等な立ち位置で家庭を築くべきだ。
言葉が意識をつくるのだ。言葉が変われば意識もかわる。奴隷や犬じゃないのだから。
(ここに面白い映画が例として挙げられている。自民党のある議員候補が地元で選挙運動をする時には、彼は妻を「家内」と呼ばなくては、選挙民から受け入れられないそうだ。「妻」と絶対読んではいけないらしい。選挙民の前では「家内」に徹している妻は、蔭では夫にキレている。)

先進国で保守的な国といえば日本、イタリアだが、その両国では少子化がどんどんすすんでいるのが事実。
いっぽう、北欧やフランスでは、婚姻外の子どもが50パーセントを超えている。
非婚であってもパートナーはいる、いわゆる日本で呼ぶところの事実婚である。
しかし非婚であっても社会から受けられる制度は、法的結婚者とまったく同じなのだ。
フランスで子どもが増えているのはこういうこと。
(ちなみに日本で離婚率が低いのは、夫婦仲が良いのが理由ではない。。水無田さんは電車での中高年女性たちの会話を紹介している。一人が「誰それ;のご主人は定年直後になくなったんですって」と言うと、「それはお気の毒」というのではなく、「それって理想的ね」とみんなで言い合っていたそうだ!)

若い男性は結婚して、夫、父親としての責任を負うのが億劫だし、小遣いとして使えるお金が減るのがイヤという人がいる。
女性は仕事をするのなら、家政婦としての母親が家事をしてくれる実家が心地よい。
非婚になるのは、「結婚のリスク」を避けるためなのかもしれない。

非婚でも未婚でもいいし、一緒に暮らさなくてもいいけど、恋愛くらいはしてほしいな。
人を愛すってことのない人生って、つまんないでしょ。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月22日

篠原勝之「骨風」

篠原勝之と聞いてもわからない人も、丸坊主頭の着流しで素敵なスカーフを巻いている「ゲージツ家」のクマさんと言えば、「あぁ、あの」と姿が浮かぶだろう。
クマさんは私の住む山梨県北杜市の住人。といっても私は八ヶ岳南麓側、彼は南アルプス側の武川と、エリアは違うのだけど。
川のほとりに倉庫のような鉄工所のような大きな製作所がある。川には彼の鉄でできた大きなアート作品が置いてある。
私は鉄というマテリアルが大好きなので、クマさんの作品も好きです。

市民という縁からか北杜市の図書館にはクマさんの著書が揃っている。
私はこれまでそれらを何冊か読んでいるが、この「骨風」はことのほか素晴らしかった。
自伝的連作集なのだが、これまで以上に巧い。巧いだけで小説は人を感動させることはできないが、この本にはなんというかある切なさがあって、読後いつまでも心に残る。

幼いころの室蘭で、毎日殴られていた父親への恐怖。その父親の死。
17歳で家出上京し、極貧のなかでの生活。
「お元気で」の手紙を残して出て行った妻と息子。
離婚後飼い始めた黒猫との23年間。
その黒猫を共に看取ったオンナ。
南伸坊や赤瀬川原平や深沢七郎とのつきあい。
村人たちとの交流。
製作しても売れなくて膨らむ借金。それでも鉄を買いたい、作品を作りたい気持ち。
やくざになった弟の死。

クマさんは70歳を過ぎた。
父が死に弟も死んだ、変容する家族。
逃げ出した家族なのに、それでも家族は死んでも切り離してはくれない。
一見、あっけんからんとしたクマさんに、かなしさやさみしさを含んだ風が吹く。
その風を受け止め、彼は「ゲージツ」を続ける。

この本の印象を一言で表すなら、「クマさんのやさしさ」だ。
クマさん、本当にやさしいのです。
にゃんにゃんとやさしいのではなくて、人間としての核がやさしんですね。

「骨風」、同じ市の中では一番遠く知らないことの多かった武川の雰囲気がわかったこともあり、読んでよかった本でした。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月20日

高橋弘希「朝顔の日」

この作品も昨日の「夏の裁断」と同期の芥川賞候補作品。

これ、よかった。とても私好みの小説だった。
昨日も書いたが、私は又吉さんも羽田さんも読んでいないので比較はできないのだが、これが受賞したとしても誰もが異論はないのではないだろうか。
まず、この静謐さがいい。
見るもの、起こることに対し感情過多にならず、むしろ即物的に風景を描写しながら、心象にあふれている。
じわりじわりと心に沁みてくる文章だ。

凛太は妻の早季を見舞うために高台にある療養所に通う。
早季とは幼馴染で結婚したのだが、結婚まもなく彼女は結核になってしまう。
担当医師、検査や治療、同じ病気の患者たち。
それらがときにそこはかとないユーモアを交えて語られる。

結核がTB(ドイツ語でテーベー)と呼ばれ、死病だった時代。
日本が太平洋戦争に足を踏み入れた頃。
早季の症状が進むにつれて、戦争も激しさを増してゆく。

病院という非日常の場所が舞台となっているが、次第にここが日常となる様子がなんだかかなしい。
でもこれはジメジメ湿気の多い病妻物語ではない。むしろすごく乾いている。
強く声高な表現はどこにもないが、凛太の早季への愛情がふんわり感じられる。
それは二人が幼馴染ということが大きいのだろう。幼いころの、二人の兄や姉を交えての思い出がキラキラしている。
湿っていないからこそ早季がせつない。

とにかく感情的に大袈裟な文章はどこにもない。
この文体、好きだなぁ。
高橋弘希は1979年生まれ。オルタナ系ロック・ミュージシャンをしていたらしい。
ロック・ミュージシャンをしていた作家は他にも辻仁成や町田康がいる。
辻は嫌いで読みたくない作家だが、町田康は大ファン。
町田康はパンク・ロッカーらしく、書くものもパンクである。
でもオルタナ系ロックをしていた人とはとうてい思えないほどの静けさが、高橋弘希の作品にはある。
でもこの静けさはただものではなくて、静かな熱情ともいうべきものなのかもしれない。

前作「指の骨」も絶対に読んでみます。これも時代は戦時中のものらしい。
楽しみな作家が増えました。
posted by 北杜の星 at 08:18| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月19日

島本理生「夏の裁断」

又吉さんが受賞したときの芥川賞候補作品。
先日読んだ「匿名者のためのスピカ」があまりパッとしなかったので、これもどうかなと思いつつ読んだのだけれど、緻密な心理描写がいかにも島本らしく完成度の高い小説となっていてうれしかった。

島本作品の女性主人公の傷つきやすい痛々しさには同感できるものの、あまりにメンタリティが「日本的」なことが多いので、白黒はっきりさせたい性格の私はつい苛々してしまう。
「NoならNoと、はっきり言えよ」と言いたくなるのだ。

千紘は30歳の作家。
幼いころの性的トラウマを抱えている。
そんな彼女の前に現れたのが編集者の柴田。
柴田は編集者として、男として、千紘を傷つき翻弄する。
千紘は柴田をどうとらえていいのかわからず戸惑い、それでもどこか惹かれるのだが、あるパーティで彼をフォークで刺してしまうのだった。
柴田はたいした傷を負うこともなかった。
千紘は亡くなった祖父の蔵書を「自炊」するために、鎌倉で夏の日々を過ごすことになる。
その家に千紘に好意を持つイラストレーターの猪俣君がやって来て・・

帯文には柴田を「悪魔のような男」と説明してあるが、悪魔になるほどの度量は柴田にはないような気がする。
自意識が高いエキセントリックな男。
女性がエキセントリックというのは許せるが、男がエキセントリックというのはどうもいただけない。(女だって許されるのは美女だけだ。)
なにかを試すように、また確かめるように柴田は千紘を扱うのだが、彼らに性的関係はない。
性に淡白な柴田だからこそ、男と女の関係をゲームとしてしか思えないのかもしれない。
まぁ、イヤな男だが、魅力的ではある。

柴田と対照的に猪俣君が存在するのだが、彼だっていつもピッカピッカに明るいわけではない。
明るさを演じることだってあるし、傷つくことだってある。
ある日、猪俣君のその感情が爆発するのだが、千紘に「この世で自分だけが傷ついていると思っているだろう」と言う場面には、「そうだ、そうだ」と猪俣君に同情してしまった。
彼だって言いたいことを我慢して優しくしているのだ。そんな自分を「奥行きのない」男だと千紘が考えていることを、猪俣君はわかっている。

蔵書を「自炊」するってわかりますか?
私は「自炊」とは外食しないで家で料理することとしか知らなかったので、この単語が何度も出てきて「?」だった。
「自炊」にはもう一つの意味があって、本を裁断・解体し、各ページをスキャナーで読み取り、電子書籍などにデータ化することだそうだ。
だから、「夏の裁断」というタイトルになっているのは、こういうこと。
まさか「夏の自炊」じゃぁ、ね。
それに「裁断」という言葉に、千紘のこれまでとこれからが表現されているのだと思うので、この「夏の裁断」というタイトルは悪くない。

私はこの本、好きだったけれど、受賞の二作品を読んでいないので比較はできませんが、受賞にはちょっと弱いものがあるような気もします。
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月16日

五木寛之・佐藤優「異端の人間学」

五木寛之と佐藤優には共通項がある。
ロシア(旧ソ連)だ。
五木は早稲田の露文科を出て「蒼ざめた馬を見よ」「さらばモスクワ愚連隊」などソ連を舞台にした小説を書き、、佐藤は外交官として在露大使館勤務を経験した。
物理的には近い隣国なのに私たち日本人はあまりにロシアのことを知らない。
知らないのに、国際政治社会で「悪役」のロシアを嫌い、疎んじている。
この新書で二人はロシアを中心とした歴史、ウクライナやユダヤ人問題に関する政治、宗教、文学、音楽、ロシア人などさまざまなジャンルについて対談している。
一言で感想を述べると、知的好奇心を満足させられる内容だった。

五木の最近はやたら「抹香臭く」なった印象があるし、佐藤優とは政治的に異論を唱えたい部分がたくさんある。
それでもこの本の二人が語ることには、大きな興味をそそられた。
なんという知識量なのだろうか。とくに佐藤優は「知の巨人」である。
二人の知識がスゴイのは、彼らの体験や書物から知識が単なる情報ではないことだ。
ただの「物知り」ではない。そんなペダンティックな人間は世の中にたくさんいるが、彼ら二人はそれだけではない。
体験や知識を哲学というか思想にまで昇華しているのだと思う。
だからこの対談が奥深いものになっているのだ。五木は仏教、佐藤はキリスト者として人間を視ているのかもしれない。

いろんなテーマがあるが、私にはやはり文学の話が面白かった。
ドストエフスキーは「罪と罰」などであまりに「神」を強調しているが、あれは彼が神を強く信心じていなかったからだと佐藤は言うのが面白い。
「罪と罰」の主人公、ラスコーリニコフという名前の由来と意味も、これではじめて知った。
彼が異端として罪を犯すべく犯した人間というのが理解できた。(いまさら理解できても、遅いですよね。10代に読んだ本は忘れ果てています)。
それとドストエフスキーが国粋主義者だなんて、思いもしなかったなぁ。

「デラシネ」という言葉は「根無し草」として、放浪する人と、なにやらロマンチックな感じで私は捉えていたのだが、そうではないそうだ。
「デラシネ」というのは無理やり住む場所を奪われた人間のことで、難民などを指すという。
現在のロシア語通訳のレベルの低さを佐藤は嘆いている。
ロシアと日本の政治家の対話の通訳のひどさの例が書かれているのだが、爆笑ものだった。
こんなので大丈夫?国と国の相互理解ができるのかと心配になってしまう。
つまりは、ロシアのことにあまりに私たち日本人が無関心ということの他ならない。
これで北方領土を返還せよと言っても、無理じゃないかと懸念が大きくなるばかり。

五木は共産主義に若者が傾倒した世代だ。
そんな人にとって早稲田の露文は憧れだったろう。
しかし彼は学生時代あまりに貧しくて、バイトに明け暮れなければ生活できなかったので(週に一度売血してそれで食べていた時期もあった)、共産党には入党できなかったと言う。
入党したらいろんな活動をしなければならない。その時間がなかったのだ。
でもプロパガンダの紙芝居をもって、広島の山の中の学校へ行ったりしていたそうだ。

彼らの対談には多くの書名や人名が出てくる。
恥ずかしくなるくらい、それらのほとんどを知らない私でした。。。
まだまだ、勉強しなくては。
posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 | Comment(7) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月15日

木谷恭平「死にたい老人」

著者は1927年生まれ。
以前は劇団の仕事や風俗ルポライターをしていたが55歳で方向転換、旅情作家として小説を書くようになった。
70歳なかばで妻と別居。独り暮らしだがお手伝いさんや秘書はやってくる生活をしている。
より高齢になって他人に迷惑をかけたくはない、もう充分生きた、あとは静かに消えてゆきたいと死ぬことを考えた。
それも食を断つ、餓死という手段で。

3回決行したのには理由がある。
最初は断食の直前、持病の心臓病発作が起こり、延期。
2度目は、心臓病の薬を空腹で服用したための激しい胃痛で断念。38日間。
3度目、強い死への恐怖で計画をあきらめた。
この間の克明な記録が記載されている。
体重、血圧、食べたい欲求(なにしろテレビはグルメ番組の氾濫)、家族や友人や医師の反応・・
途中2011年3月11日の大地震があり、考えることはたくさんあったようだ。

結局は失敗したのだけれど、彼の意思の強さには感嘆しかない。
でも、なんだかなぁ、これって独りよがりの老人の頑迷さという印象がなくもない。
滑稽なのは、死のうとする人間が心臓病の薬はちゃんと飲んでいること。医者にもかかっている。医者に断食のことを話すと、当然止められるのだが、話すということ自体に甘えがあると私には思える。どこかに止めてほしいと願う気持ちがあるのではないだろうか。
彼自身には断食で死に、その記録を残すという使命感があるのだけれど、本当に死にたいのならなんでもいいじゃないか。
薬の副作用の胃痛のために断念せざるを得なかったことを考えれば、薬は飲まない方がよかったのでは?

健康で元気な人間が断食で死ぬのは、すごく苦しいみたい。
死期を迎えた人は自然に食を断つらしいが、彼の場合はやはり不自然。
これはある意味、とても傲慢なことだと思う。

この本を読んだのには理由がある。
私の80歳になった親しい友人が、80歳になった途端に年齢を前面に出して、旅行はもうしない、疲れることは一切しないなどと言い始めたからだ。
そのうえ彼女は「とにかく、早く死にたい」と。
話をするたびに「早く死にたい」と言うのだ。
正直なところそれに辟易している。
彼女にもこの著者のような滑稽さがあって、「早く死にたい」と言いながら、体の具合が悪いとすぐに整体治療にかけつけ、この春から私が始めたホメオパシーも受けてみたいと相談会を持ってレメディを現在飲むようになった。
これも大いなる矛盾だと思うのだけど。
困ったことに彼女が「早く死にたい」と言う相手は友人だけではなく、宅配便のお兄さんとかあらゆる人に言っているみたいなのだ。
聞いた人は戸惑うと思う。まさか「そんなに死にたければ、とっとと死ねよ」とも言えやしない。「そんなことは言わないでください」と答えるしかないではないか。
そういうのが、老いの繰り言。彼女の老化なのかもしれない。
もし彼女が積極的に何かをしたいと頑張るのなら、足の悪い彼女をサポートするのは全然やぶさかではない。どんなことをしてでも楽しんでもらいたいと思うのは私だけではないはずだ。

といっても私はまだ60代半ば。80歳になる人の気持ちは理解できないのかもしれない。
だけど生きている限り、精いっぱいポジティヴに生きたい。
どんなに体が衰えようとも、神様がそれで生きなさいとおっしゃっているのだ。それが「生かされている」ということ。
私はそう信じている。

だからこの著者、好きにはなれないんだなぁ。
posted by 北杜の星 at 07:13| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月13日

上岡直見「『走る原発』エコカー」

ハリウッドスターがアカデミー授賞式などに登場するとき、プリウスなどのエコカーに乗ってくる。
普段はフェラーリでぶっ飛ばす彼らは人気商売。公衆の面前では「私、エコしています」の姿勢を見せたいのだろう。
でも本当にエコカーってエコなのか?
エコカーを作るためには結構、環境に負荷をかけていると聞く。
我が家の車は2台とも25年も30年も前の車なので燃費は悪いし、ハイブリッドとはほど遠いもので、昨今のエコカーにくらべるといささか肩身が狭いことがある。
もっともドイツでは古い車の所有は税金が安いのだそうだ。モノを大切にする国らしいことである。

電気自動車、燃料電池・・
安倍首相がさかんにエコカーを推奨している。
私は彼のソフトなお為ごかしの声音が大嫌いで、彼が耳触りのよいことを言うと、「これには何かカラクリがあるに違いない」と疑うことにしている。

その疑い、やっぱりだった。あるんですよ。カラクリが。
まず、電気自動車の電源を原発再稼働した後の余剰電力を使おうとしていること。
なにしろ原発は作り出した電気の33パーセントしか使っていない。大部分を蓄電することができずに使用できていないのだ。
そして燃料電池の水素が問題。
水素を燃料とする車は水しか排出しないと、究極のエコカーと言われる。
しかし水素を電気分解方法で作ると効率が悪すぎる。
石油燃料を使えばCO2を排出しエコにならない。
そこで、原発の原子炉を使って、熱化学法でつくろうとしているのだ。
電気自動車も燃料電池もどちらも、「原発」ありきなのである。
・・つまり「エコカーは走る原発」というのがカラクリ。
そして水素ステーションがもし事故になれば、原発と同じように収拾がつかなくなるというから怖い。

エコといいながら原発の原理そのもの。
そういえば何十年もの間、「原発はコストが安い」「安全」「クリーン」と言い続けていたよね。
事故が起こると膨大な費用がかかる、安全なんてとんでもない、なにがクリーンだ、放射能ばらまきじゃないか。
甘い言葉に騙されてはいけない。
企業の原理は原発原理と何一つ、変わっていないのだ。
読んでいるとだんだん、エコカーなるものが腹立たしくなってくる。大企業の経済原理でないとエコは成り立たないのかと。

この本には著者の上岡氏と小出裕章氏の対談が載っている。
小出氏は京都大学原子炉実験所を定年退職し、現在は松本在住とか。
ずっと「脱・反原発」を訴え、原発がない社会を目指している人だ。
松本ではチェルノブイリでの医療活動を続ける医師、菅谷昭氏が市長に選出されている。菅谷氏のような人物を市長として選ぶ市民の民度の高さが松本にはある。
小出氏は夏の暑さが大嫌いということもあり、松本移住を決めたそうだが、でも、松本は冬は極寒、夏は猛暑なんですけどね。
もっとも京都のような耐えがたい暑さではなく、朝晩は過ごしやすいのが救い。

小出氏は「敵地」「現地」「若い人」という三つの場所に出かけ、これからも脱原発運動を続けるそうである。
この本の著者の上岡氏も脱原発では筋金入り。
エコカー・ブームに踊らされないためにも、一読をお勧めしたい本です。
posted by 北杜の星 at 08:12| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月12日

乃南アサ「水曜日の凱旋歌」

父親は事故死。長兄は戦死。次兄は出征したまま。
東京大空襲で逃げる際、母に背負われた妹はいつのまにか背中から消えていた。
母と二人遺された鈴子は14歳で敗戦の水曜日を迎えた。

父亡きあと、父の親友だった宮下が世話をしてくれるようになった。母はどうやら宮下の妾となっているようだ。
敗戦直後、ある組織がつくられた。
それは上陸してくるアメリカ兵から日本の婦女を護るために、特別慰安婦を集め「防波堤」としアメリカ兵に性を提供するための組織だった。
女学生の時から英語ができた母は、宮下の紹介でそこで仕事をすることになった。
やがて母はアメリカ軍将校と付き合い始め、鈴子たちの暮らしはしだいによくなっていった。

14歳の潔癖な少女から見た敗戦後の日本。
慰安婦として働く女性たちの境遇、母のふるまい、世間の目・・
腹立たしさや苛々、羞恥・・
なによりもそれらに頼って暮らしている自分への怒り。

歴史の裏側の実態を描く乃南のこの小説には、戦後70年を迎えた今年、ある意味をもつものだと思う。
戦争を経験した日本人が少なくなり、あったことさえどんどん「なかったこと」として消えてゆく。
だからこそこうした事実をしっかり次の世代に語り継ぐ必要がある。
あのときの若い女性たちを二度と出さないためにも。

鈴子は「おかあさま」を批判しているが、でも私は「おかあさま」は強い人だと思う。
宮下やアメリカ軍将校を「利用」したことはしたのだが、そうするしか彼女にとって自分と娘を生かす方法がなかったからだ。
その暮らしのなかでも彼女は自分を見失わず毅然と品位を保ち、前に力強く進んでいったろう。
それは戦前の結婚生活で女として抑圧された壁が、新しい時代の波に崩れ落ちたからだ。
これは鈴子と「おかあさま」だけの新しい夜明けではなく、日本の女性全体の新時代の幕開け。
敗戦で失意にうらぶれ、古い社会から出ようとしない情けない意男どもに頼らずに生きようとする女性たちの凱旋歌なのだ。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月09日

帚木蓬生「悲素」

九州大学衛生学の沢井教授はある日、和歌山県警より要請を受け事件の解決に力を貸すこととなった。
沢井教授はそれ以前の松本サリン事件において、それが化学兵器のサリンという毒物であると言及していた、日本では貴重な毒物に詳しい学者であった。
沢井は和歌山に赴き、患者を詳しく診察、また研究室の助教たちの助けを受けて膨大な資料を調べ始めた・・

そう、これは1998年7月に和歌山で起きた夏祭りでの毒入りカレー事件を基に書かれたものだ。
しかし小説の形をとり、犯人の名前は林真須美が小林真由美と変わってはいるものの、詳細な記録に照らし合わされたノン・フィクションと言っていい。
それは帚木が沢井のモデルとなった井上直尚九州大学名誉教授より3年前に事件の資料を託され、それらを丹念に検証し書いたものだからである。

沢井が和歌山に赴き驚いたのは、患者の診察がマスコミを避けて交番で行われたことだけでなく、患者がカレー事件の被害者ではなかったことだった。
カレー事件では67人の被害者のうち4人が死亡。彼らは一応に激しい嘔吐と下痢を繰り返して衰弱し、神経系の症状も出ていた。
その被害者たちの症状と沢井が診察した男の症状には類似性があった。
聞いてみると男はある一家の居候で、主婦から毒物や睡眠薬を盛られていたようなのだ。
しかも男には多額の保険金が掛けられていて、それまで何度かの入院では入院給付金が主婦を受取人としておりていた。
主婦は保険外交員の経験を持っていた。
また彼女の周辺には他にも従業員たちが同様の被害を受けていて、一人は死亡。そのさいの死亡保険の受取も主婦だったのだ。
沢井はカレー毒物を砒素と限定。真由美の周辺人物たちも砒素が原因と解明した。
しかし沢井の事件への関与は犯人の証拠隠滅を防ぐために、マスコミに漏れてはならなかった。

サリンや砒素などの毒物についての記載がじつに詳しく述べられている。化学に弱い私には詳細過ぎて難しい個所もあった。
この作品を重厚にしているのはそうした記録だけでなく、過去の諸外国の歴史的毒物事件についても紹介していることだ。
(国内では森永砒素ミルク事件が挙げられているが、当時の大企業の被害に対する責任感の無さに唖然としてしまう。最初は認めずに謝罪さえしようとしていないのだから、森永製品の不買運動が起きるのは当然だ。市民はそれ以外に抗すべき行動ができない時代だったのを思うと、この日本も少しは改善されてきたのかと思う。)
イタリアでの事件やフランスのマリー・ラファルジェ事件、文芸作品の「ボヴァリー夫人」などとても興味深い。

カレー事件解決と同じくらいに真由美周辺の砒素被害を調べた沢井教授だが、裁判ではそれらの事件は小さく扱われたようだ。
それは真由美の犯罪をカレー事件に絞る意図があったのだが、沢井は事件の大元はカレー以前の事件だと考えていた。
はっきりわかっていただけで3人の被害と1人の死亡だが、真由美の父と母も不審な死に方をしているし、真由美の夫も対象とたっていたのだ。

和歌山カレー事件は冤罪という説がある。
それは被告の動機が解明されていないからだ。
被告の真須美は保険金詐欺は認めたが、カレー事件は無罪を主張している。
しかし井上名誉教授の資料を調べた帚木は、書く。
「毒を手にした人間は、知らず知らずのうちに万能感を獲得する。万能感とともに、神の座に昇りつめた錯覚に陥る。こうなるともやは、毒の使用は一回ではやめられない。ましてその毒が誰も知らない秘毒となれば、なおさらである。こうして毒の行使がまた次の行為を呼ぶ、嗜癖の状態に達する。そうなると、毒を盛っているときだけが、生きている実感が味わえる。その先の帰結がどうなるかについては、もはや思念が及ばない。毒を盛る行為自体が目的化して、自走状態に陥るのだ。」

アルコールやギャンブルなどの「依存症」専門の医師でもある帚木蓬生の結論であろう。
世のなかにはサイコパスという存在もいる。
動機がなくても、犯罪そのものへの嗜好性が強い人間がいる。
タイトルの「悲素」。私は本当のところはこういう当て字があまり好きではない。
でも事件の被害者とその家族にとっては砒素はいまもなお、悲しみの素として残り続ける。
ラストで沢井が受け取った長い手紙がそのことを物語っている。
そしてこの手紙はいかにもヒューマンな帚木蓬生らしいものである。

これぞ渾身の一冊。
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月08日

小林察「骨のうたう 芸術の子 竹内浩三」

竹内浩三が南の島で戦死した詩人ということは知っていた。
彼の代表作が「骨のうたう」であることも知っていた。
でも私が知っていたのはこれだけ。
「骨のうたう」は無残に戦死した兵士の詩である。悲しく、読んでいると戦争に対する憤りと虚しさでいっぱいになる。
それでもそれ以上の彼に対する興味は持っていなかった。

何カ月か前のある朝、ラジオを聴いていたら彼の詩が朗読された。
その番組はクラシックの音楽番組で、そのなかで詩を音楽に合わせて朗読するという企画で、毎週有名無名の詩が紹介されている。
その朝の詩が竹内浩三の「金がきたら」だった。

切実さのなかにユーモアがある。
東京で貧乏学生をする若者の気持ちが率直に表されている。
これがなんともよくて、心にずっと残っていた。
それでライブラリーにこの本があることを知り、予約。手にとって読んでみた。
こんな詩を書く人に初めて興味をもったのだ。
(私はこ難しい現代詩よりも、例えば木山捷平のような詩のほうが好きなのです。)

「金がきたら」の詩がある。もちろん表題の「骨のうたう」もある。その他彼の詩がいくつか載っている。
それらの詩と彼という人となりを読んでいるうちに、なんて素敵な人なんだろうと強く思い始めた。
言葉に対して真摯に向かい合いながら(と言っても戦時下なので使いたい言葉をそのまま使えるわけではなく、伏字になっている部分があるのだが)、人間を愛し、ユーモアを持って生活を楽しもうとした竹内浩三という一人の青年が、なんとも魅力的なのである。
だからなおのこと、彼の戦死は痛ましい。生活を愛した彼に「家庭」を持たせてあげたかった。。

戦後70年。生きようとして生きられなかった当時の若者たち。
著者は現在の「青春」はどこにあるかと問うている。商業主義に毒されているだけではないかと。

確かにそういう若者はいる。
でも安保法反対のSEALD’S の愛基君たちのように、自分の頭でものを考え、「戦争反対」をはっきり表明している若者が増えている。
彼らは私たちが昔、学生運動をしていた頃にくらべて、もっと柔軟で「魂の高い」人たちだと私は考えている。
彼らを信じて、希望を持ちたい。
それが「骨の御うたう」を私たちに残してくれた竹内浩三と、若くして死ななければならなかった兵士たちへの鎮魂になると思うのだ。

この本、今だからこそ読んでもらいたい一冊。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月06日

島本理生「匿名者のためのスピカ」

法科大学院生の景織子は高校生の時、恋人に監禁されたことがある。
そして今またその元恋人高橋からストーカーのようなメールが頻繁に届くようになった。
彼女は同級生の修吾に過去を告白し、相談をもちかけた。
修吾は友人の七澤とともに解決しようと、景織子を守る決意を固めるが、景織子は高橋と南の島の波照間島へと、逃避行のように行ってしまう・・

という恋愛サスペンスなのだけど、うーん、なんだかなぁという印象。
登場人物の描き方が浅いし、物語の展開に必然性のないところが気にかかる。
とくに景織子の弟が高橋に殺されてからのアレコレは、不完全燃焼気味。
こう説得力不足だと、白けてしまう。
島本さん、こんな小説書いてたんじゃダメですよ、と言いたくなる。

もともと私、島本理生の書く主人公の女性が好きじゃない、というか理解できたためしがない。
はっきりYES、NOが言えないのがもどかしい。悪い意味で日本的過ぎて、どうも感情移入しづらい。
「はっきりしないから、こういういことになるのよ」と叱りつけたい気分になってしまうのだ。
彼女たちがヒリヒリとしたものを抱えて、生きにくさに苦しんでいるのはわかるのだけれど、自己責任もあると同情できないない部分が大きい。

この景織子も監禁されていたとはいえ、それはそういやなものでもなかったのだろう。
自分の家には登校拒否の弟と、弟を溺愛する母親がいて、彼女の居場所はなかった。
だから彼女を大切にしてくれる高橋は、それが監禁と言う異常な状況であろうとも、安らぎを感じていたのだ。
高橋も捻じれているが、景織子も捻じれている。
捻じれていないのは、修吾だけ。

まっすぐでお人よしの修吾は利用されたと言えば利用されたのかもしれないが、これまでと違った人生を築きたい景織子にとっては、案外と本気で彼を好きだったのかもしれえない。
このなかでちょっと面白い人物造型があるとしたら、七澤だろう。七澤の捻じれ方が一番だ。
脇役にはもったいない複雑な人物で、彼を準主役にした方がよかったんじゃない?

この島本理生、75点でしょうか。
posted by 北杜の星 at 06:28| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月05日

阿古真理「小林カツ代と栗原はるみ」

こういう時代の考察の仕方があるんだ!ととても新鮮な本だった。
「料理研究家とその時代」の副タイトルにあるように、戦後の社会史、女性史の変遷を、その時代時代に活躍した料理研究家たちを通して分析している。
料理研究家論という以上に社会文化論として読むと興味深さが増すと思う。

料理研究家と言われて誰を思い浮かべるかは、年代によるだろう。
土井勝、江上トミなら、私の母の世代だろうか。
お節料理の黒豆を作る時私の母は、土井勝レシピを使っていたと記憶する。それまで黒豆はシワシワで固かったのを、土井は柔らかふっくらに煮たものを紹介した。
城戸崎愛や飯田深雪のようなちょっとセレブっぽい人もいた。
彼女たちの料理は「おもてなし」として、もやは戦後ではなくなった日本人が憧れる「西洋」の香りがしていた。
ホルトハウス房子も同じような意味で人気だったが、彼女の場合は彼女を包む雰囲気の素敵さも影響していたと思う。彼女は私世代のお手本だった。
それからセンスのよい有元葉子となると、イタリアンにベトナム料理ともう少し若い世代となる。

料理研究家って女性がほとんど。
これは台所が女性の聖域だったからだろう。
しかしなんといっても料理研究家として家庭料理に風穴を開けたのは、小林カツ代だ。
本格料理を指南したそれまでの料理研究家とは違い、「簡単」「スピーディ」を旨とした。
それは時代が要求したことでもあった。
たくさんの独特のレシピを作り上げ(その代表的なものは「肉じゃが」だそうだ)、世の中に浸透させた。
料理だけでなく小林カツ代は社会活動にも盛んに参加したという。
社会の変革を目指していたのだ。
夫を「主人」とは決して呼ばず、自分を「主婦」の料理研究家ではなく、「家庭料理研究家」と呼んだのはその意識ゆえである。

私は西荻に住んでいた頃、ときどき小林カツ代をお見かけした。
彼女の生活雑貨のショップが西荻にあったからだ。
テレビで見るより痩せて小柄に見えた。でも遠くからでもエネルギーが感じられたなぁ。
この本に、彼女は西洋料理にはドミグラスソースの缶詰などを使うことをはばからなかったが、和食の出汁はいつもちゃんととったと書いてあった。
昆布と鰹節、煮干し・・出汁は顆粒出汁の素などは使わなかったという。
料亭のようではなくて、しっかり煮だて箸で絞る。
これは私と同じやり方だ。
私はもっと端折って、昆布を少し水につけたら鰹節を加え、水から沸騰させ1分強、うどんのツユのときにはもう30秒。
もっともこれは、30年もの間注文している築地の鰹節屋さんの、血合いのない特上削りだから臭みがないから可能なことなのだ。
(特上といっても卸問屋で買うので全然高価ではないのです。特上よりもっと上等の最特上という品もあるのですが、素人の私には分不相応なので使いません。)
出汁を引くのは和食の基本。
小林カツ代はこれだけは譲れなかったようだ。
関西は出汁文化。料理は出汁から始まる。
それにくらべると関東の人は出汁を引くのが下手ですね。
だしの素を使う人の多さに驚きます。
このブログでいつか書いたことがあるのだが、40歳過ぎまでピッチャーを続けていた工藤公康氏の奥さんは試合後帰宅した彼に、丁寧に引いたお出汁を飲ませたそうだ。)
出汁は料理の基本となるだけでなく、疲れた体と心を癒してくれる。
私は出汁を引くとお玉に一杯味見皿にとって醤油を一滴たらして飲むのだが、これが料理に取り掛かるウォーミングアップ。本当に美味しい。

さて、次はいよいよ「カリスマ主婦」料理研究家の栗原はるみの登場である。
これまで出した本が4000冊。総計2400万部発行されているのだから、まさに「カリスマ」。
なぜ彼女のレシピがこれだけみんなを惹きつけるのか?
その理由はこの本を読んで理解してほしい。それなりの社会背景があるのだ。

栗原はるみは「主婦」として、誰もがちょっと頑張れば手の届くところに感じられるのではないだろうか。
料理は特別洗練されているわけではないし、器だって高級ではない。
普通からちょっと上・・そうしたライフ・スタイルが時代に合致したのと思う。
それと彼女には「家庭」「家族」の心地よさがある。
多くの女性料理研究家が離婚を経験しているが、栗原はるみには夫と子どもたちとの生活が伝わってくるのだろう。
それにしても息の長い料理研究家としての努力は相当なものがある。
それを笑顔に隠して仕事をするのだからスゴイ。

家庭料理がだんだん女性だけのものではなくなった昨今、若い男性料理研究家が出てきたのは喜ばしいことだ。
ケンタロウさんが一日も早く復帰できることを願っています。
posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月03日

枝元なほみ「パセリ食堂」

今年植えた我が家のパセリはどうも元気が良くなかった。天候不順だったからだろうか。
青々していたのは昨年から冬を越したパセリだけだった。
この本を読んで初めて知ったのだがパセリって二年草なのだそうだ。
今年の苗は来年また生えてくれるのかしら?

私は小さな頃からパセリが好きで、お皿の隅に乗ったパセリを食べようとしていつも母から叱られていた。
「パセリは飾り、使い回しをしているのだから食べてはダメ!」と。
食べられるものがお皿に乗っていてそれを食べられないのは、子ども心にもじつに理不尽だった。パセリは冷遇されていたのだ。
だから当時パセリに特化した料理はなかったような気がする。

フランス人はパセリが好きだ。人参も好きだ。
パセリと人参をいつもムシャムシャ、ポリポリ食べていたフランス人を知っているが、私が不思議そうな顔をすると、なんで不思議がるのかわからないみたいだったので、フランス人はみんなパセリと人参が好きなのだと、以来私は思い込んでいる。

枝元さんはこのパセリ料理の本を頼まれて出すことになり、いろいろなパセリ料理を考え試作したようだ。
料理研究家って「研究」という字ががついているだけあってその研究熱心さには頭が下がる。
ただ引き出しが多いだけではなく、絶えず引き出しの中身を増やす努力をしているのだ。

パセリを何かに入れるというのはよくあるパターンなのでわかる。
例えばオムレツにどっさり入れるとか、スープやソースに加えるのは、まぁ私でも考えられる。
だけど「パセリの浅漬け」のように、パセリを単体でそのままというのは私には思いつかない。「パセリの浅漬け」・・どんな味だろう?
「パセリとグレープフルーツのサラダ」というのも意外な組み合わせ。
しかもパセリどっさり、グレープフルーツは少しというから、グレープフルーツがグリーンになるのだろうか?
ネギの代わりに納豆にパセリというのもあるけど、一度試してみよう。
最近我が家では骨粗鬆症予防のために毎日納豆を食べている。ほとんどが芥子と醤油だが、ときにはオリーブオイルと塩ということもある。
このときにパセリを入れてみよう。きっと豆のサラダのような味になると思う。
(骨粗鬆症は西高東低で、これは納豆を食べる習慣があるかどうかという統計だそうだ。)

枝元さんの料理はチャチャッとパパッとできるんですよね。
料理って丁寧さも必要だけど、あまり手で触り過ぎないことも大切。触りすぎると味がテキメン悪くなる。

以前枝元さんと詩人の伊藤比呂美との書簡集を読み、いろいろ大変だった時期をお互い励まし合って乗り越えた文章に、二人のそれぞれを思いやる気持ちの温かさを感じて、「女同志っていいなぁ」と思った。
枝元さんって人を元気にできる人なんです。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年10月02日

中島たい子「院内カフェ」

このところ「院内カフェ」、それも従来の病院経営の辛気臭いものではなくて、スターバックスなどのカフェを設置する病院が増えてきた。
病院に入るとクレゾールではなく、エスプレッソの香りに包まれる。
病院というかなり気の滅入る非日常の場所に、ああした普通の街の一角があるのはホッとしてありがたい。

中島たい子はこれまでも「漢方小説」というタイトルどおりに漢方薬を取り入れた本や、「そろそろ来る」のような更年期を扱った医療っぽい本を書いている。
とくに「漢方小説」はすばる文学賞を受賞したとても面白いものだった。
その中島が今回は「院内カフェ」という病院の外と内のいわば緩衝地帯ともいうべきスペースを舞台に、人間模様を描いている。

店は街かどにあるのと同じ造り、同じメニュー、同じマニュアル。
それでもここは病院内だ。街とは異なる客が集まる。
「このコーヒーは体にいいですか?」と毎回大声で尋ねるウルメ。
ゴーマンそうで腕の毛深いゲジデント。
夫にソイラテを浴びせかけた妻の夫婦客。
自分を守るためにもう一つの人格を作り上げている幼い女の子・・
入院しているらしい著名女性作家と編集者。
「院内カフェ」で日曜日に働くのは、若い男の子の村上君と、売れない作家で不妊に悩む「私」。

病院が舞台というだけあって、風邪のウィルスの話など出てくるのだが、おかしいのは風邪薬服用反対で自然治癒で治す村上君の理路整然とした説明。
これには「そうよ、そうなのよ」とまったく賛成してしまう。
どうやら「漢方小説」を書いただけあって、中島たい子は自然療法派なのだろう。

この小説の主人公は「院内カフェ」で働く「私」でもあるが、もう一人は夫に飲み物をぶちまけた妻でもある。
妻の朝子は専業主婦。フラワーデザインで身を立てようとした矢先、両親の介護が必要となった。親を看取りそれではこれからという時に、夫の潰瘍性大腸炎という難病が判明。
自分の居場所が見つけられない朝子の苛立ちは夫に向かう。そして夫婦を続けていけない気がして離婚を考えるようになる。

彼らは二十数年まの結婚式で「病めるときも、健やかなるときも、共に歩み、死が二人を分かつまで、愛することを誓います」と宣誓したはずだ。
それなのに夫が病気になって離れようとしている。朝子に罪悪感がないわけではない。
中島たい子は書く。
それは誓わなければならないほど、難しくたK変なことなのだ、と。
そうか!そうなのだ。本当にそれは難しいことだから、誓うのだ。
ましてや時間が移ろい、二人の関係は少しずつ変化してゆく。
「病めるとき」というのは相手が病んだときだけではなく、自分が病んだときも相手のことを思いやり愛せるかとと和ていることに孝昭は気づく。
病気になったら自分のことで精いっぱい、相手にしてもらうばかりを考えてしまう。でもそんなとき相手を健やかな時と同じに愛し気をつかえるか?

中島たい子の小説はいつもちょっとおかしい。
今回もともするとへヴィになる病気や夫婦の問題を、そのおかしさで和らげながら、核心をつく物語にしていて、巧いなぁと拍手喝采だった。

カプチーノのLにショットとクリームとチョコチップをダブルで追加!
味は想像できるとして、ずいぶんとゴージャスな注文ですよね。いくらになるのかな?
でも私はとうていLは飲めません。Sで充分。
posted by 北杜の星 at 08:17| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(1) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする