2015年11月30日

小松みゆき「ベトナムの風に吹かれて」

この本は大森一樹監督で映画化されたそうだが、私は知らなかった。
もともとこの本は別のタイトルで発刊さて廃刊になっていたのものを、角川文庫で再刊されたらしい。

著者の小松さんはベトナムのハノイで日本語教師として働いていた。
新潟の実家の父が亡くなり、認知症の母が一人残された。
母は終戦直後に、二十数歳年上で6人の子どものある父と結婚した。母の実子は木村さんだけ。
そうした事情から彼女は母親をベトナムに連れて行き、一緒に住むことを決意する・・

住みなれた日本でさえ、認知症の親を抱えるのは大変。
それを外国などに行ったことの一度もない母を、ベトナムに連れて行くのだから、スゴイ!
認知症の人を見知らぬ土地に移すのは混乱を招いて良くないと聞くが、どうなることだろう?とハラハラしながら読んだ。

楽しそうなんですね。Baちゃんはベトナムを大いに気に入った。
まず、雪がない。実家は新潟でもとくに豪雪地帯。「雪がなくていいねぇ」ととにかくうれしそう。
食べものもすんなり受け入れた。

だけどもちろん、認知症が治るわけではない。
徘徊して行方不明になったこともある。木村さんはストレスで十二指腸潰瘍になった。
でもそんなときにも、ベトナムの人はやさしい。誰もが母に目を届かせてくれる。
在留日本人の友人たちも、なにくれとなく援けてくれる。
骨折して手術したときも、こうして無事に乗り切ることができた。

Baちゃんは結局、13年間ベトナムに暮らした。
この本にはその前半の5年半のあれこれが書かれている。
おそらく後半はもっと大変だったかもしれない。
でも多分、小松さんはこの本で書いたようなユーモアを忘れずに、Baちゃんの面倒をみながらベトナムでくらしたのだろう。

私がこの本を読んだのにはちょっとした理由がある。
ベトナムに行きたいんです。
でも小松さんの住んだハノイやホーチミン市にはあまり興味がなくて、行きたいところは中部のホイアンとフエ。
どちらも世界遺産の美しい町らしい。
そのホイアンに、私の友人の息子さんが日本食堂を開いている。その名も「サムライ食堂」。
ベトナムで日本食?と訝る人がいるかもしれないが、日本人観光客だけでなく西洋人にも人気で、日本そのままの味の食べものが食べられるらしい。
私はベトナム料理が大好きで時々食べに行きたくなる。とくにパクチーは「猫にまたたび」くらいに好きで、どさっとなににでもかけたいくらい。
だけどそのパクチーが苦手という人はけっこういて、そんな人に「サムライ食堂」は好評らしい。
また美味しいけれど単調なベトナム料理に飽きた人にも、お助け的な存在だという。
私がその息子さんのG君を知っているのは、彼がまだ赤ん坊から幼稚園児の頃。きっと彼は私のことは覚えていないだろう。
だけど、一流ホテルマンを辞めて異国に暮らすことを決め、そこで商売をしている彼の意気を、一度この目で見てみたいと思うのだ。
ホイアン、、絶対に行くぞぉ!
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月27日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

今月の初旬はずっと体調を崩していました。
38.5度の熱はおさまったものの、微熱はいつまでも続いて、気力が出ませんでした。
奈良旅行以来外出続きで、オーバーワークだったのですね。
完全に寝込んだのは二日間だけだったけど、若くない意ということを失念していました。
完全に良くなったのはここ10日ほど。
やっと家事ができるようになり、食欲をセーブするのが難しいほどに回復しました。
でも体って回復期が一番大切。今月いっぱいは注意しなくては。

熱に強い体質の私なので、読書はしていました。
他のことをしないので、いつもより多読だったかも。
なのでブログも普通どおりにアップしていたので、病気に気づかない友達が多かったみたい。

とはいうものの楽しい計画やお誘いはあって、そういうことはしっかりと実行です。
夫の仕事の慰安として近場の温泉宿に宿泊というのを時折するのですが、今回は妙高原に行ってきました。
妙高って新潟県なんですよ。、私は長野県かと勘違いしてました。
日本海までほんの12キロという場所にある温泉旅館で、評判通りお湯がとってもよかったです。
私たちはそれほど温泉好きというわけではありません。
というか、私は一番風呂にいつも入っていて、誰かが入ったお風呂というのがどうも気持ち悪くて、本当のところは好きではないのです。
それによほど寒くなければ湯船にはつからず、シャワーのほうが好み。
でも今回のお湯は素敵でした。あんなお湯に毎日入っていると、お肌つやつやになるでしょうね。
お料理もどれも優しい味で満足でした。(あまり優しすぎて、メリハリがないと言えばない感じもしましたが)。

妙高の帰りには小布施で評判の蕎麦屋にと思ったのですが、高速で小布施を通りかかったのが9時半。これではお昼にはまだまだ。
それでは松本の大好きな蕎麦屋へと変更しようとしたら、松本に着いたのもまだ10時半。お店は開いてません。
だから結局は家まで戻って、長坂にある「翁」での蕎麦と相成った次第。これなら「なんのこっちゃ」ですよね。

その晩は19日、ボージョレー・ヌーヴォーの解禁日。
友人宅での恒例のパーティです。総勢9人で夜中の12時近くまで飲んだり食べたり。今年はヌーヴォーの当たり年と言われていたとおり、とても美味しいワインでした。
いろんな会話もユニークで、仲間のいるありがたさを感じる夕べでした。

旅館であまり眠れなかった私。パーティの翌日はゴルフだった夫。
二人は20日の夜9時に就寝、翌朝7時半起床、なんと10時間以上眠りました。
幸いなことにハッチ君も私たちをまったく起こすことなく眠らせてくれました。(いつもはご飯とか、もう起きてよとか、鳴いて起こすんです)。

25日はこれまた恒例となった松川へりんごを買いに。
この果樹園はこだわってつくるところだそうで、りんごの味が濃い!ここのを食べたら他のは味が薄く感じられるほど。それにとてもジューシー。
年々りんごが好きになります。冬の間はずっとりんごが食後の愉しみ。
一カ月に一度柑橘を送ってくださる知人がいて、それはそれでありがたいのですが、りんごの美味しさはまた格別なのです。
ただ胸潰れたことがあって、果樹園のご主人はまだお若いのに脳血管系の病気を患われたご様子で、お気の毒でした。
一年お会いしないと、いろんなことが起こるのものなのですね。

りんごの後は大鹿村まで足をのばして、お気に入りの旅舎でのランチ。
この宿は料理がべらぼうに美味しくて、もう30年近く通い詰めているのですが、数年前からランチ営業もするようになりました。
今回はここでの食事が初めてというKさんも一緒です。彼女は来週から胆石ができた胆嚢の摘出手術のために入院が決まっていて、この食事がいわば入院前の最後の晩餐(ランチですけど)。おもいっきり堪能してもらえてよかったです。、(シャレではありません。)

そうそう、今月から我が家ではちょっと新しい習慣ができたのです。
朝食にジュースをつくって飲むようになったことです。
寒い季節なので体を温める人参とりんごにしているのですが、これがメチャ美味しい!初めてまだ2週間ほどですがすっかり「癖」になり、旅行から帰るとすぐに、夫に「作って」とお願いするほど、飲まずにはいられない。
夫も面倒がらずに毎朝つくってくれています。
このジューサー、じつは友人のYさんがわざわざ持って来て貸して下さったもの。
彼女はこれを買って使っていたものの、お台所が狭くて常時ジューサーを置くカウンターのスペースがなくて、使うごとに毎回箱から出すのが面倒になったそうで、お蔵入りしていたんですね。
箱を開けてびっくり。大きいんです。なるほどこれは場所ふさぎ。
でも思ったより音は小さい。以前我が家にあった安物ジューサーはあまりの音の大きさに嫌気がさして、捨ててしまったのです。
だって朝一であんな音、聞きたくなかったのですもの。
Yさんはご主人が「ジュースを飲みたい」と言うまで使っていて良いわよと。
うーん、ご主人のGさん、どうかな?思い出すかな、ジュースのこと。

その他には、井戸水が出なくなるトラブルがあったりと大変でしたが、そんなことには関係なしのハッチ君の泰然ぶりを見習って、何事も平常心で構えていたいと思っています。
お手本になる人間を探すのはなかなか難しいけれど、動物って本当に自然体でエライものです。

これはエルニーニョ現象なのでしょうか。暖かい日の多いこのごろ。
ただこの暖かさに、私の友人たちの干し柿はほぼ全滅状態。
こんなことは初めてと言っています。
一生懸命に皮を剥いたのに。。
干し柿大好きな夫はガッカしています。
(我が家はここ数年は作らずに、友人から頂くのを食べていたのですけど)
気候と言うのものは、寒くても暑くてもいいから、「例年通り」がいいですね。
「異常」はいやだ。
でも異常が異常でなくなり、これが恒常となるのはもっと困りもの。
生きとし生けるものがみんな心地よい環境をまもりたいですね。
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 🌁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月26日

水島弘史「弱火コントロールで絶対失敗しない料理」

水島氏はフランス料理店を経営し、現在はその経験を生かして科学的理論に基づく料理教室を主宰している。
その料理教室は日本で一番予約がとれない教室として名高いそうだ。
食材の切り方、火の通し方、味付け・・「料理は科学」の信念でのレシピはまず、「弱火コントロール」ということ。
そう、強火で失敗することって多いですよね。
中華料理屋さんのあの強火はけっして真似できないし、強火の遠火で魚を焼いてもまず成功しない。
あれはなぜなんでだろうと、常々私は疑問に思ってきた。
これを読んだらすべてが解決するかもしれない。。

私の通う北杜市のライブラリーでは料理の本は「技術・工学」のジャンルに分類されている。
料理がまぁ「技術」ではあるとして、「工学」と同じ括りとは、いささか大げさなと思っていたけれど、水島氏の科学的理論にはなんか理系の雰囲気があるんですね。
私はこれを夫用に借りて来た。
料理初心者の彼にとっては何の定説も先入観もなく料理に取り組むのはいいことだろうと思ったからだ。
でも、ダメでした。
まず野菜炒めをこれを見ながら作ろうとしたのだけど、彼はあの強火で「ジャーッ」という音がないのが気に入らなかった。
弱火だと音がしない。それが美味しそうではないのだそうだ。
確かに料理には音や香りも大事な要素だ。それがないのは不味そうと言う。
うーん、困ったなぁ。
出来上がりの味ではなく、音が問題とは。
(そういえば彼はバイクでも車でも、スタイルの次には「音」がいいかどうかを問題にするのだ。ドゥカッティはいいねぇとか昔のポルシェは良い音してたねとか。「いい音のする車に乗りたい」と言う彼にとって電気自動車は論外、絶対に乗りたくないそうだ)。

それでは私がと、この本のレシピでイカを作ってみた。
イカってかたくなりやすいので、水島氏のイカはどうなるかと試してみたのだ。
弱火で茹でて、弱火で炒めた。
はい、柔らかかったです。心配したような水っぽさもなく美味しくいただけました。
ついオーヴァー・ダンになってしまう焼き魚もきっと水島レシピだと成功するのだろうと思った。

でもね、でも。私が保守的、頑固なのかもしれないのだけれど、プロではなくとも家庭料理をウン十年作ってきて、私なりのつくり方が身についてしまっているためか、まったく新しい料理をつくるのなら別だけど、どうも本を見ながら作るのが面倒くさい。邪魔くさい。
「悪いけど、私の流儀でやらせて下さい」と言いたくなる。
つまり、夫と私は似た者同士ということなのか。私たちにとっては猫に小判の料理本だった。
科学ではなく情緒の方が大切だった。
でもこれから料理を覚えるという人には、かならず参考になること間違いないでしょう。この本を台所に置いて頑張ってください。

posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月25日

佐々木典士「ぼくたちに、もうモノは必要ない」

若い人たちのあいだでミニマリズムが浸透しはじめている。
モノの所有を絶対必要なものだけにして生活するミニマリストが増えているという。
そういえばいつかテレビで見たスティーヴ・ジョブズ氏の部屋には、なにもかなったなぁ。彼はミニマリストだった。着るものはいつも決まって、ISSEYの黒いセーターにジーンズとスニーカーだった。そのスタイルでONのオフィシャルな場合もOFFのときも過ごしていた。
モノが少なくなるのは、いいことだ。
だって部屋がスッキリするもの。
(昔の日本間はモノが置いてなくて、潔い美しさがありましたよね。)

私たち夫婦はモノを捨てるのが大好き。二人ともそうなので時には「あれ、どこにあったっけ?」と探し、「あぁ、捨てちゃったんだね」ということが結構ある。
それでも日々生活をしていると、モノは溜まる。部屋がゴタゴタしてくる。
これは見た目に美しくない。それ以上になんか精神にも悪いような気がしてくる。
モノに執着する自分がイヤになる。

この本の著者の佐々木氏は編集者。
以前は汚部屋でモノいっぱいに暮らしていた。
その当時彼は自分をいつも誰かと比べ、自分より豊かな友人を羨ましがり妬んでいたそうだ。
つまり比較の原理、競争意識に取りつかれていて、幸せではなかった。
不思議なことにモノが増えて満足するのではなく、より不満足となっていった。

なぜモノを捨てられないのか?
もったいない。値段が高かった。いつか使うかもしれない。思い出がある、貰った人に悪い・・
性格だという人もいるかもしれない。
けれど佐々木氏は書く。
モノを捨てるのは性格ではなく、「技術」だと。
「捨てられない」と思い込んでいるだけだと。
思い込みをなくし、技術をたかめればいいだけなのだ。

私もそう思う。一度捨てると、あとは捨てることに慣れるものだ。
そして捨てることの快楽を知るようになる。
誰でも、スッキリ片付いてきれいな空間で暮らしたいはずだもの。
単純にモノがいっぱいの部屋だと、掃除が行き届かず不潔になっていまう。

モノを捨てることを、失うことと考えているのではないだろうか。
そうではないと佐々木氏は書く。
モノを捨てることで得られるものはたくさんある。
それは精神の自由。
自由になると幸せになって、自分を誰かと比較しなくなる。

まず、ゴミから捨てる。
複数あるものを一つにする。(爪切りが3つあるけど、たしかに一個で充分だ)。
1年使わなかったモノは捨てる。
誰かと供用できるものはする。
そして「収納」という場を捨てる。

この収納ということでよく思うことがある。
私の夫は建築設計を仕事にしているのだが、個人住宅を設計するときにクライアントの奥さんはたいてい「収納場所がたくさん欲しい」と仰る。
でもそういう人ほど、片付け下手で家がモノにあふれているのだ。
つまり収納場所があるからモノが増えてしまう。収納されてしまったモノはそのまま収納されっぱなしになるものだってある。
そんな収納にスペースを取られなければ、もっと有意義な空間が創れるのに、それこそもったいない。

ただ佐々木氏に疑問も持った。
世代の違いなのだろうか、彼はスマホに執着し、情報データ保存にやっきとなっているような印象があった。
そういうことを「捨てる」のも、ミニマリストにとっては必要なのではないだろうか。

私のこれからの課題は、服を増やさないこと。
ジョブ氏のように、いつも同じ服で過ごせるようになりたい。
本当に似合う服は限られているはず。ならばいつもそれを着ていればいい。ジョブ氏のように私服を制服化するのだ。そして同じ「ような」服ならなくてもいい。
アイボリー、黒、グレーのトップスに、ボトムは夏はホワイトジーンズ、冬はブラックジーンズ。
あとはそれぞれの季節のジャケットを一枚ずつ、冬のコートを二着。
有名なスタイリストさんの本には、上等なマフラーやショールがあれば、アクセントになるそうだ。それらにさし色としてレッドやブルーがあればニュアンスを変化させることができる。
ワードローブをそういうふうにしていくのが目標だ。
いま70代から60代の人間って、モノ信仰が強いんですよね。モノを持つことが豊かさだと思っている。モノにこだわるのが素敵なことだと思っている。
まず、その思い込みを捨てたい。
。。だけど服はそれでいいけど、靴フェチの私、靴はどうするのか?それが問題です。
posted by 北杜の星 at 08:18| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月24日

佐伯一麦「空にみずうみ」

仙台の高台の集合住宅に住む小説家の早瀬と染色家の妻の柚子が営む暮らしの1年の日々が静かに描かれている。
これは私小説家である佐伯一麦の暮らしそのものでもあるのだろう。
とりたててなにかが起きるわけではない。起きるとしても普通の日常にあるできごとを超えるものはない。
それぞれの仕事、庭での作業、らっきょう漬け・・季節ごとのあれこれや友人知人との交流。

その暮らしに共生する木々や花々、鳥や虫、蛇までもがいとおしく感じられる。
こういう小説を退屈と感じる読者はいるだろう。
平坦な穏やかさは確かに退屈かもしれない。
でもこの日常が、あの地震と津波から4年を経てのものならば、これがどれほど貴いものかがわかるはずだ。
「もう、あれから今日で四年ですね」と交わされる言葉に、乗り物に乗り合わせた人々は同じ思いにかられるのだ。声高に語らずとも。

デビュー作以来ずっと佐伯一麦を読んできた私は、このところの彼が幸福であることをしみじみ感じている。
「前妻もの」を書いていた頃の彼の作品は澱んでいた。読後感が悪かった。どうしてこんなことまで、と思うことまで書いてあって、いたたまれないことがもあった。書いてあることが事実としても、それに抗弁できない妻や子の気持ちを考えると、それってフェアじゃないと思った。
しかしやっと彼は以前は持たなかったものを手に入れたのだ。
電気工事をしていた時期のアスベスト健康被害はあるものの、精神的にはずいぶん落ち着いた。
書くものにそれがよく表れていて、読む私はホッとしている。
(それにしても配偶者でこれだけ人生が違うものなのか。はじめの結婚だって自分が選択したはずなのに。。)

それだけでなくこのところの彼の文章は完璧な領域に達して、ぶれがないのがスゴイ。
こんなにも大きな小説家になったのだ。
「空にみずうみ」は新聞の夕刊に連載されたもの。
一日一日を大切に送る者だけに見えるもの、聞こえるもの、感じられるものがここにはある。
これこそが「小」説なのだと思う。

こうした本を読めるのって、本当に幸せ。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月22日

宮嶋勲「最後はなぜかうまくいくイタリア人」

著者の宮嶋氏は大学卒業後の1985年から89年までローマの新聞社に勤務。現在はワインと食についての執筆活動をしている。
イタリアワイン紀行などのテレビ番組で彼を見知った人も多いのではないだろうか。
25年以上イタリア人と仕事をしてきた彼がイタリア人の「不思議」を紹介し、その「不思議」がイタリアでどう生れたか、日本人がどう付き合ってゆけばよいかを示唆してくれるのがこの本。

私は1969年に初めてイタリアを訪れて以来、イタリアには何度か行っている。その滞在日数は1年にはならないものの結構長い。
夫は8年間中部イタリアに居住し、建築の仕事をしていた。
だからイタリアはどの国よりも私たちにとって近しい国である。
それでも行くたびに、一度や二度は「!」「?」と目が点になる出来事に遭遇する。
どういうメンタリティで彼らが行動するのかがじつに不可解なのだ。
戸惑う、口惜しい、苛々する、腹が立つ・・

私の友人のM子さんは「イタリアの銀行や郵便局などの窓口で、職員がずっと私語を交わし仕事をしないというのが、耐えられない」と言う。
たしかに。。
昔ほど酷くはなくなったけれど、それでもそういうことはままある。
でもここがイタリアの不思議な点で、窓口で列を作って待っているお客さんは待たされることに怒っていないだけでなく、その会話に参加したりするんですね、大声で。一緒になってああだこうだと言い合っている。
この本に解説してあるが、それはイタリア人が「公私混同」する国民だからなのだそうだ。
そして公私混同が起きるのは、イタリアでは多くの会社がいわゆる家族経営だから、仕事とプライベートの境が曖昧だからだ。
これは他のヨーロッパ、とくにフランスやドイツなででは考えられないことだと思う。
ドイツではoffの時に仕事に関係する電話すらしてはならないと法律で決められているという。「あれはどうなった?」「あれがどこにある?」などと尋ねてはいけない。 BC
イタリアでは仕事のミーティングで結論出ない場合、「それじゃぁ後は我が家でランチしながら。。」ということになる。
そしてこれがイタリアの「不思議」の一つなのだが、そうした公私混同からすごいアイデアが生まれるのだ。
だから「いいかげん」なイタリアで、あの素晴らしいデザインや世界をリードする企業を輩出することができているのだろう。

真面目でパンクチュアルな日本人には我慢のできないことはある。
ここにもあるが、アポの時間は努力目標。厳密に守らなければいけないとは誰も思っていない。
むしろ遅れた人に時間を合わせると言う「理解」がある。例えば8時に夕食に招かれ、最後に来た人が2時間遅れたら、夕食は10時に始まる。先に来た人はそれまで延々アペリティフを飲みながら歓談している。だれもそれで文句は言わない。
自分も遅れるが、遅れた人を非難しない。
美味しい夕食が終わり、みんなが満足ということになる。

先日、辻原登の本を読んでいたら、彼ら夫婦と友人夫婦がヴェローナでオペラ「アイーダ」を観に行った時のことが書かれていた。
雨で開演時間が遅れ始まったもののまた激しい雨、中断の後で再開するもまたも雨、それからやっと始まり、終わった時には夜中の2時過ぎ。
観客たちはそれからレストランに繰り出し、ゆっくり夕食を楽しんでいたと辻原登は驚いていた。
そう、レストランはずっと待って開けているんです。イタリア人が夕食を食べないなんてありえない。アポの時間が遅れただけ。
レストランの料理人もサービスの人もそれになんの疑問も持たず、お客を待ち、食べさせる。
多分食事が終わるのは明け方だろう。イタリアってそういう国なんです。
一見、何の秩序もなさそうだけど、彼らなりの法則性があって、それがゆるやかに機能し、「最後はうまくいく」。

でもやっぱり「不思議」なのは、仕事の案件において、「なぜこのプランが駄目なのか」と問われ、「嫌いだから」という答えが成立するところ。
普通なら「なぜ駄目かを」ロジカルに説明し、相手を説得させようとするものだが、イタリア人って「それは嫌い」「それは美しくない」の一言のもと、モノゴトが決まってしまうのだ。
これをやりにくいと感じるか、面白いと思うかで、イタリアが好きか嫌いが決まるのではない意だろうか。
ちなみに私は慣れました。というかあきらめました。
だけどイタリアから日本に帰って、成田空港の高速バスに乗車する際に、白線に沿って並ぶように指示されたりするとムッとしてしまうくらいには、イタリア方式が身に着いたのかもしれません。
posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月20日

沖藤典子「老妻だって介護はつらいよ」

「老妻だって介護はつらいよ」とあるけれど「老妻だから介護はつらいよ」じゃないのかな?
年老いた夫の介護を同じく老いた妻がするのは大変である。
ましてや沖藤さんのご夫君はこれまで勝手のし放題。
毎夜毎夜遅くまで飲んで酔っぱらっての帰宅、無断外泊、週末はゴルフ三昧。
それよりもなににより沖藤さんが傷ついたのは、夫がいつも家族に対し不機嫌だったからだ。家族のためんに何かするということが一切なかった人。
ある夏、家族で海水浴に行こうと駅まで行ったのに、ずっと不機嫌だった夫は荷物と家族を置き去りにし、家に帰ってしまった。
それなのに会社では「良い人」でとおっているのだから、口惜しいではないか。

そんな恨みつらみが一杯の夫であっても、病に倒れれば妻が面倒を看なくてはならない。
家族も社会もそれに疑問を持っていない。
沖藤さん自身ですらそうするしかないと覚悟している。憎んできたけど、やっぱり夫は捨てられない。一生懸命介護をしてしまう。
だからこの本の副タイトルが「葛藤と純情の物語」なのだ。
そう、老妻って純情なんですね。

ある日突然夫の脚が激痛に見舞われ、緊急入院。
病名は「閉塞性動脈硬化症」。いろいろ治療はしたが結局は脚を切断することになった。
それまで頑健で病気をしたことのなかった夫。検診で悪いところがあったのに軽く考え放置していたらしい。
糖尿病が進んでいた。

腹立たしい。「あれほど言ったのに」の言葉が口を衝いて出るのは当然か。
長女はアメリカ在住。この長女はずっと父から無視されて父に対してよい思い出を持っていない。
次女一家は実家のわりと近くに住んではいるが、母親にとても厳しい。(多分沖藤さんが夫の愚痴や悪口を言ってきたからなんでしょうね。)
子どもは当てにできない。

夫の入院は500日にも及んだ。
どんどん見つかる体の悪い部位。これ以上の治療は延命だと医師が言うほどになり、思い切って在宅介護に切り替えた。
夫は「ありがとう」と言うようになったが、沖藤さんにしてみればその言葉すら白々しく腹が立つのだった。

夫婦の歴史はそれぞれで、その歴史のなかで出会いの頃の感情が次第に変質してゆく。
沖藤夫妻もこの本を読めばかなり複雑な家庭環境があったようだ。
ただ思うのだけど、こんなに赤裸々に家族のことを書く必要があったのか。
社会に自分の気持ちを表明できない夫、しかも亡くなった後にこれだけのことを書くのはちょっとフェアはないのではないか?
沖藤さんは思いの丈が述べられてスッキリしたかも知れないけれど、次女はまた怒るのではないかと心配になる。

でもまぁ、「結局がんばる古女房」に免じて許してあげてもいいかな。
介護の現場を取材しつづけてきた彼女の「現実」は、これからの仕事にきっと役立つでしょう。
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月18日

きたむらひろし「北杜市の水力発電所」

2011年3月11日の大震災による福島原発事故以来、自然エネルギーへの関心が大きくなっている。
私が移住してきた山梨県北杜市には最近、いたるところに太陽光発電パネルが設置されるようになった。
はじめのうちは「とうとう自然エネルギーの時代がやってくるんだ」と喜んでいたのだが、森林の木を無残に伐り倒した後のパネルはなんとも醜く、環境破壊以外のなにものでもない。
自家用に屋根にパネルを設置するなら問題はないが、こうした業者による開発パネル設置は原発と同じ経済原理に立っているのだからやりきれない。
北杜市は全国でも日照時間の長い土地で有名だが、それが災いとなっていて、これに関して何の規制もないのが問題だったのだが、このほどやっとなんらかの規制が設けられることになりそうなのだ。
道路からセットバックの義務付けとか、周囲に木を植えるとからしいのだが、どこまで実効性があるのかは疑問だし、すでに設置されているところはそのままになるのだろう。
設置条件の規制よりも、設置そのものを規制する必要があるのではないだろうか。

原発事故が起こったとき北杜市は計画停電のエリアとなった。
山梨県知事は「山梨県は水力発電で県全電力需要をまかなえる」と言ったにもかかわらず。
数時間の停電に割り切れないものを感じた。
そして今、太陽光パネルの代替策として私が興味を強くしているのが、小水力発電なのだ。
水力発電は太陽と違って天気が悪くても夜でも大丈夫だし、風力は風が必要だがそれも関係ない。
小水力発電なら水の流れの段差があればでき、費用もそれほどかからない。

・・と考えていたときにこの本をライブラリーで見つけた。本というより小冊子。
きたむらひろしさんという個人が北杜市にある水力発電所を調べてリポートしたものだ。

車で走っているとところどころで発電所を見かける。近くには山の上からの水路がある。
見るたびにどれくらいの発電能力があるのだろう、この電力はどこに運ばれるのだろうと思っていたが、これでわかった。
それぞれの発電所の発電形式、発電方式、認可出力などが書かれている。(素人なので、出力700㎾とあっても、それが何世帯何時間分なのか見当がつかないのだけれど。)
またこれらの発電所が所属する事業所名も書かれている。
全部が東京電力というわけではなく、「峰川電力(株)」というのもあるし、北杜市役所生活環境部環境課」というのもある。
いまはすでに使われなくなった発電所もある。

北杜市所属の「三分一湧水・水公園マイコロ水力発電所」にいたっては数年前に発電を中止され、同じ場所に設置されていた負右翼発電も中止されているそうだ。
つまり観光用に造ったというだけなのか?
市役所に問い合わせても、管理担当者がわからないと言う。こんなイキアタリバッタリに税金を使うな!
(こういうのを知ると怒りを覚えると同時に情けなくなる。)

なんとか北杜市の発電所とこれから市民が設置できる小水力発電で、北杜市全体の電力をまかなえないものだろうか。
小水力発電は長野県がもっとも進んでいるらしいが、山梨県も長野県をお手本として考えてもらいたいものだ。
水の落差があればいいのだが、水路や川など水の利権は結構複雑だそうで、難しい問題を抱えている。
また小水力発電はメンテナンスが大変で、上流から運ばれた枯葉や枝や泥の管理をこまめにする必要があるという。
何年か前に読んだ松家仁之の「沈むフランシス」は小水力発電所の管理人との恋のお話しだった。あの作品の発電所は「小」といっても地域全体の電力供給ができるものだった。ああいう規模が可能だとしたら、かなり希望が生まれる。
(あれってでも、最後は壊れちゃったんですけどね。)

こういう調査をしてくれる人が市にいることに、とても力づけられます。感謝です。
posted by 北杜の星 at 07:16| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月17日

町田康「常識の路上」

久しぶりに読み応えのある町田康のエッセイ集。
このところ猫や犬(スピンク)ものが多く、それはそれで面白いものではあるのだけれど、作家らしいニュアンスのものだって時には読みたい。
1999年から2015年までの単行本未収録エッセイを集めたもの。
旅行記、書評、作家論や音楽活動、猫や犬・・テーマはさまざまだが、どれも町田康!という文章だ。
彼の文章のパンクぶりは好き嫌いが激しいようで、私の夫は全然ダメ。最初の一行から拒絶反応を示す。
なんででしょうね。。
読み始めると彼独特の文体のリズムが心地よくなって、時々これを読まないと物足らなくなるのに、もったいない。
「常識」と町田康がタイトルにしたのには、なにか彼なりのレトリックがあるのだろうか?たっぷりとそれを味わってみようじゃないかと読み始めた。

旅行記がいい。
ニューヨーク、ベルリン、上海・・
旅が大嫌いというわりには、(仕事とはいえ)行っているんですね。
そのなかでも「東ドイツで盆踊」がじつに彼らしくて、よかった。
彼らしいというのは、彼の作品を読んできたファンならわかるだろうが、彼の驚き、彼の戸惑い、いたたまれなさの生理がなんともおかしく、見方によるとなんでそこまで感じて考えちゃうの、それって自分で自分をがんじがらめにしてるでしょと、ラクに生きられくてそうなってしまう町田康だからである。
でもこういうのこそが、作家の資質なのかもしれない。
そして私は、こんな町田康が大好きなのだ。

ある日帰宅したら留守番電話が入っていた。不明瞭でかけた人間の名前は何度聞いても「指南場所」としか聞き取れない。
「指南場所」はドイツ人で、ベルリンで日本文学に関する催しが開かれるので、日本から作家たちを招きたく、町田康にも来てもらいという用件だった。
ベルリンへの渡航費用、ホテル代、少しのユーロを貰い、旧東ドイツのベルリンに赴いた。
寒い。ベルリンはとても寒い。フランクフルト空港に降り立った彼は素敵なスーツケースにハローキティのベルトをかけている。
ホテルの部屋は狭く、シャワーのお湯はうまく下に落ちてくれない。
翌朝朝食ルームに行くと、室井光広氏と多和田葉子氏に会う。(多和田葉子は在独の作家)。
夜までなにもすることがなく街を散歩してみる。
最初の文学会について指南場所は「シッパイです」と告げた。
次の日の朗読などの会が「セイコー」と告げた。

以上のベルリンの出来事のどこにどう、町田康の「生理」が現れているのか?
ファンなら察しがつくのではないだろうか?
(それにしてもドイツでは、会の後の食事会兼反省会はあっても、他の接待は皆無なんですね。街を案内することすらしないのだ。これって日本じゃぁあり得ないことだと思う)。

坂口安吾、織田作之助、久世光彦、正岡子規、岡井隆の短歌など作家や作品論が書かれているなかで、私の大好きな梅崎春生に関する「手の甲と心の」という短い文章があり、うれしくなった。
梅崎春生もかなりの猫好きの作家だった。
今は梅崎春生や木山捷平のような戦後文学を読む人がいるのかと思うが、彼らの作品は小品であっても、いろんなことを考えさせられる深いものがたくさん詰まっている。
それは「大きい説」ではない「小さい説」を書く小説家の真実があるからだと思う。
春生も捷平も一筋縄ではいかないじいさんだったけど、その風貌はなかなかのものがあった。ああいうのを人物が顔に出るということなのだろう。
彼らのような「文士」は昭和そのもので、いまは消えてしまった。

この「常識の路上」、堪能しました。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月16日

辻村深月「きのうの影踏み」

辻村深月は山梨県人なんですよね。
私が引っ越してきた山梨の人。つい応援したくなる。
といっても彼女の小説をそう多く読んでいるわけではないのだけれど、これを含めて、かなり巧みな書き手だなと感心している。
しかも、あざとさがないのが素敵だ。

この「きのうの影踏み」は初のホラーだとか。
ホラーと言っても、身の毛もよだつという恐怖ではなくて、もっ身近などこか懐かしさを感じるような怖さ。
それをタイトル「きのうの影踏み」がよく表している。
「きのうの影踏み」・・ちょっと懐かしく、どこかうっすら怖そうな気配があるではないか。

嫌いな「消したい子」の名前を書いて10円玉と一緒に寺の賽銭箱に10日間続けて入れると、その子が消えるというおまじない。(どんでん返しがあるんです。これが不支持な怖さ)。
幼稚園に通う息子が「だまだまマーク」と言い始めたが、それを言う子はわが息子だけ。そのことを先生に話すと先生の顔色が変わった。
小説家たちのところに届く同じ差出人からの手紙。そのとりとめのなさがジワリジワリと近づくなにかの予兆のような。
大学の友人たちを秋田の実家に連れて帰り、ナマハゲを経験させてあげようとしたが。

直接的な怖さは「ナマハゲとわたし」が一番だった。これは暴力的な恐怖感でいっぱいになる。
(ナマハゲって小さな子供には泣いちゃうくらい怖いですよね。私でも怖いもの。でもこのお話しのなかのナマハゲの裏話にはユーモアもあって地元ならではのおかしみがある)。
ジワリジワリと書いたけど、作家への手紙の怖さが心理的にはもっとも効いた。
ある女性から「あなたの小説は一度も読んだことがありません」と手紙が来る。ということはファンというわけではないのだろう。
彼女は「ある歌手が好きでその人がDJをしているラジオ番組をいつも聴いている」と続けているが、そんな歌手も番組も存在しない。
そしてその手紙は細かな個所で少しずつ変化し、だんだんと彼女に包囲されるような恐怖が高まる・・
これは意味がなく、訳が分からない、目的もわからないからこその気味悪さで、背中がじっとり汗ばむ感じ。
でもこれと同じような怪しい手紙を有名人が受け取ることって、案外あるのかもしれない。気の毒なことである。

怖さの感受性には個人差がある。
何を怖がるかは体験からくるものもあるだろうし、本能的なものもあるはずだ。
そして恐怖を表現する方法も人それぞれ。
「ギャーッ」と大声で叫ぶ、身がすくんで固まる、やみくもに走る。
私は叫んで走るだろうけど、足が遅いからつかまってしまうと思う。なお、怖い。

この短編集の中には作者本人のプライベートに関するできごとが書かれていて、例えば彼女がお産で山梨の実家に帰っていた時のこととか、その同じ町に占い師が住んでいるとかあって、ふーん、彼女はあのあたりの出身なのかとわかったりして楽しかった。
彼女は、占い師とかは私の住む八ヶ岳麓に住むのかと思っていたと書いていて、自分の町にそういう人が住んでいるのは意外だと書いているが、そうなんです。ここ八ヶ岳は縄文時代から「気」の良いところだったらしく、現在でも新興宗教団体がたくさん本部や支部を持っているんです。
その数を数えるとびっくりするくらい。
勧誘をしないことを条件に大きな施設を建設した団体があるし、二人組になってにこやかに(誠実そうに)各家を訪問している組織もある。
これ以上宗教法人が増えるのは、ちょっと怖い。
まぁ、それぞれ摩擦を起こしているわけではないので、害はなにもないんですけど。もしあれば、これはホラーですよね。


posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月13日

高野秀行・清水克行「世界の辺境とハードボイルド室町時代」

アフリカのソマリランドと日本の中世には類似点がたくさんあった?!
ソマリランドと室町時代がどうリンクするかがこの対談集のテーマ。
対談するのは世界の辺境を旅してきたノンフィクション作家の高野秀行氏と、歴史家で日本の中世史が専門の明治大学教授の清水克行氏。
どちらも良い意味での「異端」の人たちで、ジャーナリズムやアカデミズムとは違う方向から、時空を超えた土地と歴史の考察を行っている。
これ、とても知的好奇心をそそられる対談で、目からウロコの話題が次々に飛び出し、つくづく自分が何も知らない人間なのだと反省しつつ、おおいに楽しんだ。
とてもレアな対談集だと思う。
私は高野氏も清水氏もどちらの著作もこれまで読んだことがなかったので、先入観なしに読んだのだが、ホント、面白かったです。

ソマリランドと室町時代を一つ同じ括りにするとしたら、それは「カオス」だろう。
じつに混沌としている。確固たる法律がない。
それでもそれなりの規約はあって、例えばソマリランドで男を殺せば100頭のラクダ、女を殺せば50頭のラクダで賠償をする。
しかし室町時代の日本にはそのような「法」はなかった。
殺されたら「仇を討つ」ことで殺人は終結となった。命を金銭や物品で購うという思想がなかったのは江戸時代まで続いた。
そしてそれはおそらく現在の日本の精神性に残っているのではないかと私は考える。
先進国の中でも日本は死刑制度を持っていて、日本人のかなりの人が死刑を容認している。これは個人で仇を討つことができなくなったので、法律により命の仇を討とうとするからではないだろうか。

その他に、これはもう読んでもらうしかない、読んでもらうのが一番というしかないのだが、この本の視点にまず驚くだろう。
モノゴトというのは切り口でずいぶんといろんな見方ができるものなのですね。

カオスの日本の室町時代だが、私はかねてより日本の精神性や美意識の根本は中世に創られたと考えている。
日本人の身体性もこの時代に創られている。
茶の湯、能、古武道・・どれも腰を落とし擦り足での動きである。
そしてこれら三つの美意識は身体性とともにいまも続いている。(それらが庶民の間で花開いたのが江戸文化だ)。
つまり、日本の中世には日本人のすべてがすでにあった。それらが形を変え、形を崩し、現在に至っているのだと思っている。

高野氏の話が本当に興味深かったので、彼の他の本を是非読んでみたい。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月12日

小川洋子「琥珀のまたたき」

小川洋子の作品はいつもどこか幻想的だ。
それらにもましてこの「琥珀のまたたき」は全編ファンタジーと言っていいほど。
とにかく美しい。美しい世界が美しい言葉で描かれていてうっとりしてしまう。
でもこれは小川洋子だ。美しさのはかなさ、切なさ、怖さが潜んでいるのだ。

母は父が遺してくれた別荘に三姉弟を連れて引っ越した。
子どもたちには本当の名前を捨てさせ、姉をオパール、弟を琥珀、末弟を瑪瑙と呼び、以後この名前を使うよう言い渡す。
母がつくった約束事は他にもあって、彼らは外界と交わることなく成長することになる。
父が図鑑を出版する会社をしていたので、館にはたくさんの図鑑があった。三姉弟は図鑑で知識を得ながら、独自の「遊び」を作り出していった。

美しいものがいつまでも美しいはずはない。
大きくなればなおのこと、気づくこと、見えてくるものがある。美しさの歪みもわかってくる。
彼らには死んでしまった妹がいて、妹は彼らの傍らに存在いしている。
美しさのほころびは物語の始めからどこかに潜んでいるのだが、それでも美しさの記憶が消えるわけではない。
年老いた琥珀と思われるアンバー氏にはその記憶はいつまでも美しいままなのだろう。

私はこれを37.5度の熱がある時に読んだ。38.5度まで上がった熱が下がる途中。
(この一カ月、奈良へ行ったり富山に行ったり、東京へも何度か行って、オーバーワークだったので、久しぶりに寝込みました。)
熱で頭がボーとなっていたから、小川ワールドに浸りやすいかと思ったが、そうではなかった。
幻想世界って意外に体力が必要なことがわかった。
リアリズムの方が理解しやすいんですね、新書なども読んだけど、そのほうがわかりやすかった。
もっとも小川洋子の描く世界が緻密で凝縮されているからなのだけど、、けっこう、読むのしんどかったです。

だけど「うっとり」は相変わらずで、さすが小川洋子。
これほど息が長く、秀作ぞろいの作家はそうはいないでしょう。
夫にも小川洋子を読んでもらいたいといつも思っているのだけど、ファンタジーに酔えない彼には、絶対に楽しめないだろうな。残念です。
posted by 北杜の星 at 06:40| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月10日

片田珠美「男尊女卑という病」

「男尊女卑」というタイトルにフェミニズム社会学者が書いたのかと思ったが、片田氏は精神科医である。
だから「病」の字がくっついている。
片田氏はむしろフェミニストには反対だと言う。
日本のフェミニストたちはみな高学歴のエリート学者で男女平等をあらゆる面で唱えているが、男と女は例えば身体性が異なるのでなにもかもを同じ括りにするのには賛成できないようだ。
私はときどき「あなたはかなりのフェミニストね」と言われるが、私もフェミニストではない。
男と女という二項対立ですべてが解決できるほどには単純ではないし、女には男には備わっていない心身のなにかが太古の時代からあると考えているからだ。(フェミニストが嫌う三砂ちづる氏の言うところの女性性は大切にしたいと考えている)。
でももちろん、家庭内においてまた社会的に、男尊女卑には大反対。猛烈に怒りを感じる。

人前で妻をばかにする夫。
「男の責任者を出せ」という男。
女性上司に反発を覚える男性社員。
女に暴力をふるう男・・
いますよね。世の中にはそんなチンケな男が。
片田氏はそんな男は社会で自分が無能とばかにされ顧みられていないから、女に当たるのだと言う。
また暴力をふるうのはそれによって男の強さを見せつけようとしているからだと。
サモアリナン、です。
しかしそれがたまらないのは、男は無意識でそういうことをしているので、自分が男尊女卑だとは気付いていないこと。

困ったことに男尊女卑は男だけでなく、女にも長い歴史の間に刷り込まれてしまっている。
なんの疑問もなく結婚後夫を「主人」と呼ぶのはその表れではないだろうか。
男はエライと思い込んでいいる女は、じつは多い。
男に対して女とは違う態度をとったり、家事ができない男を「しかたないわよねぇ」などと擁護したりする女がそうだ。
それとこれは他の本で読んだものだが、女言葉を使う女にも強い男尊女卑が巣食っているのだそうだ。
「おミカン」とか言う女性はそれを言うことで自分をより女らしく上品に見せようとしているのだと。

家庭内での男尊女卑は夫婦間で解決するとして、社会における男尊女卑はどうすればよいか?
現政府は女性議員や大臣を増やすよう政策をすすめているが、それがそもそも「男性の上から目線」のような気がする。
第一、なぜ「3割」の女性登用枠を数字で決める必要があるのか。
この本にも書いてあるが、女の地位を高めるには、夫婦別姓を認めたり、シングルマザーを支援するべきだ。
そういうことが認められていないということが、男性優先、父権社会ということなのだから。

「小職」という言葉をご存じだろうか?
地位のある人間が自分を謙遜して使う言葉だ。
私はこの単語は知っていたが、使う人に会ったことがなかった。
ところが昨年、ある女性と知り合った。彼女は大企業で初の女性役員となった有能な人なのだが、彼女と私の夫との仕事のメールのやり取りの中で、彼女は自分のことを「小職」と書いていたののだ。
「小職、今週末は都合がつかず」というふうに。
私はびっくりした。
彼女の仕事の領域ではない案件でのメールである。「私」ではなく「小職」とはどういうこと?
正直、ちょっと反感を覚えた。謙遜語ではあるが傲慢な印象というか。

じっさいにお会いしてみると彼女はとてもフレンドリーで感じが良い人で安心したのだが、その時に思った。
彼女は男社会で仕事をしてきて、出る杭を打たれまいと、ずっと心して暮らしてきたのではないか。それが「小職」という言葉に表されているような気がして、彼女のこれまでの大変さを想像してしまった。

この本の著者であう片田氏にはおおむね賛成ではあるが、引っかかる点もあった。
それはある会社の飲み会において、女性新入社員が上司にお酒を注ぐよう言われ(それも他の女性社員から)「コンパニオンではない」と拒否したことで会社に居づらくなり、退社してしまったエピソードなのだが、片田氏は、そこらへんはうまくやれというニュアンスで、男性には優しくしておくのも処世術のような印象があって、そこらあたりは不愉快だった。
男にお酒を注ぐことを強要されるのは私には男尊女卑丸出しみたいで、「コンパニオンじゃない」と言った女性社員の気持ちはわかるな。


先日東京で、原宿から新宿四丁目まで明治通りを走るバスに乗った。東京でバスに乗ることはほとんどないので新鮮だった。ちょうど夫の事務所のすぐ近くを走るバスなのもうれしかった)。
隣の席に乗り合わせた女性の目がなにやら悪そうだったので、「大丈夫ですか」と思わず尋ねたところ、つい最近手術をしてよく見えないのだと。
目の悪い私なので、ちょっと話を続けた。(都会ではめずらしい出来事ですよね。こんなとき自分がオバサになったと自覚)。
注射をして手術したのだがものすごく痛かったそうで、先生は「女の患者さんは痛いと言いながら耐えるが、男の患者さんは暴れるので手足を縛ることもあるんですよ」と言ったそうだ。
彼女は「男は強い、男はエライと言われ続けてきたけど、あんなのウソなのよ」と嗤っていた。
私も「そうですよね。男は強いと女が長い間下駄を履かせてあげていただけなんですよね」と言って、二人で意気投合したのだった。
まぁずっと男は「良い目」をしてきたのだから、いま少々女から逆襲されても我慢してもらおうじゃないの、というのが私の気持ち。

こういう本は本当は男性に読んでもらいたんですよね。

posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月09日

吉村尚美「平熱37℃で病気知らず」

昔の体温計は水銀がスーッと上がって熱を測った。
37℃のところに赤いマークがつけてあって、それ以上だと熱があると判断していた。
それ以下は平熱。

現在日本人の平熱はかなり下がっている。35℃前半よという人が女性に結構多い。
私はと言えば朝は36℃を境にしたあたりなのだが、一日の中でもっとも体温が上がる夕方になると37℃を超えることもある。この乱高下がとてもキツイ。夫は私のことを「キミは変温動物だね」と言う。
体温調整は人間の基礎代謝の大きな部分を占めているので、私が太らないのは体温調整に多大なエネルギーを使っているからかもしれない。

フランス人は平熱が37℃だと聞いたことがある。ワインがいいのか、チーズがいいのかはわからないが、愛に生きる国の人らしくホットなのかな。
日本人だって1950年代には平熱が、36.89℃だtったというからびっくりだ。ほとんど平熱37℃。
いつのまにみんな低体温になってしまったのか?

理由はさまざま、ひとつだけではなく複合的なものだろう。
ストレスが多い。
不規則な生活。
運動不足。
過食。
これらが原因みたい。

よく低体温と冷えを混同しがちだが、まったく違うことだと著者は言う。
でもどちらも病気を引き起こすものなのは変わりない。
癌は低体温だと罹りやすくなるし、脳血管系の疾病もリスクが高くなる。
過食がいけないとは意外なようだが、消化にエネルギーを費やして体温維持ができなくなるというメカニズムだそうだ。
「腹八分」と思った時にはすでに満腹ということがあるので、「腹六分」を心がけよと書いてあるが、うーん、六分とはむつかしい。。

私の体温は一日のうちで変化するだけでなく、夏と冬の季節ごとにも変動があって、気温が30℃を超えると体温が上がり青菜に塩になってしまうし、冬の寒さには体がかたまってしまう。
温度差にも弱くて、温度差アレルギーのために、夏でも冬でも午前中はくしゃみが止まらない。
こんな体質を改善するために、今月からホメオパシーは体温調整のためのレメディを出してもらっている。飲み始めてまだ4日。結果がたのしみだ。
でも飲み始める前から大風邪をひいて、久しぶりに38.5℃の熱が出た。熱に強い私もさすがに本を読みながら寝ていた。
これまでは熱が出るといつも口唇ヘルペスができていたのだが、前回のホメオパシーでヘルペスのためのレメディを処方されて飲んでいたためか、今回はまったく出なかった。ヘルペス・ウィルスが弱まったのかしら。
ヘルペス対応は、もともとが自家感作性皮膚炎という湿疹だったので、湿疹関連の症状すべてを治すというスタンスなのだと思います。他にも太陽湿疹や寒冷ジンマシンにも対応してもらっています。
ホメオパシーってつくづくスゴイと回を重ねるごとに実感しています。
(今回のレメディは他にもあって、原爆の放射能の害をなくすのが含まれるそう。、私は広島の被爆二世なのです。ホメオパシーでは広島と長崎では異なるレメディがあるようですが、確かに広島に落とされた原爆はウラン型、長崎はプルトニウムですから、同じ放射能でも異なる影響があるのでしょう。)

とにかく、平熱を上げる努力をして病気知らずの体になりましょう!

posted by 北杜の星 at 07:40| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月07日

長野まゆみ「冥土あり」

東京は千住、三河島あたりで生まれ育ち、「文字書き職人」として無口で頑固に家族を養ってきた亡き父親。
そんな父にいらつきながら暮らした母、これはどこにでもいる家族やその親戚のお話し。
たぶんここに登場する人たちの中には、あなたの親戚の誰かに似た人がきっといると思う。
例えば主人公の太った双子の従兄弟。
親戚が集まると必ずどこか胡散臭い人間がいるものだ。そういうのに限って大声でほら話を始める。「あぁ、またか」と恥ずかしくて俯きながらも、つい聞いてしまう。
知人友人にはちょっと会わせたくない、いわゆる「お座に出せない」ひと。
(私の従兄にもいるんですよね。)
でも良くも悪くも世の中ってこういう人たちで成り立っている、そう思わせるこの小説、「これが長野まゆみ?」というくらい私には新鮮だった。
これまで何冊かの長野作品を読んで来たけど、これが一番というものには残念ながら出会わなかった。
彼女の美少年ものにも、のめり込めなかったし。
だけどこの「冥土あり」は、とてもよかった。
静かで、登場人物への距離の取り方がちょうどよく、なにより淡々とした文体が素晴らしい。
正直、「こういうのを書ける人だったんだ」と驚きました。

「冥土あり」と「まるせい湯」の連作中短編が収録されている。
父親を描いたものとはいえ、父親の周辺の描写の方が多い。
とくに下町三河島周辺の風景や歴史の描写は詳細だ。
私はあのあたりをまったく知らないのだが、つい数十年前まではずいぶんと水が出て被害を受けていた土地なのだと知った。
いつもそんな目に遭っていると、へこたれないというかサバサバした人間になるのだろうか。
そうしたことを話し合うのが家族の思い出なのだが、口の重い父は生前多くを語ることはなかった。
とくに疎開先の広島で被爆しているのだが、それについては誰にも何も言わなかった。だが広島時代は父に大きな影を落としていたようだ。

同じできごとや景色に出会っても、それを見た年齢や状況によって人それぞれの印象は違う。
親戚一同が葬式などで久方ぶりに会うと、「あの時」の話になる。
「あの時」「あの話」・・それはもうみんな何度も聞いているのに、それでもどこかにハッとする新しい事実が浮かび上がることがある。
この本にあるように昔の通夜や葬式には、「あの人は誰なのだろう」という参列者がいたものだ。
結局後から尋ねても、誰も知らない。。
そうした人が(とくに妙齢の女性)、黒羽二重の羽織など着て通夜に現れたら、ちょっと不穏な空気が流れるかもしれない。
(現在通夜には仕事関係の人がやって来るようになったが、それは仕事優先社会になり昼間の葬儀に参列できないからで、ちょっと前まで通夜は家族親族、本当に親しい友人、それと近所の人たちが集まるもので、「とりあえず駆けつけました」と完全喪服を着るのは用意していたみたいで失礼なことだった。)
ましてやその人がびっくりするくらいの多額な香典を包んできたとあっては、これは穏やかではない。

これが長野まゆみ自身の家族の物語なのか、それとも彼女のまったくのフィクションなのかはわからない。
けれど「冥土あり」は彼女の代表作のひとつとなると思う。
私の評価は☆5つでした。
posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月05日

羽田圭介「スクラップ・アンド・ビルド」

又吉さんと芥川賞同時受賞の羽田圭介。
これまで私は「ミート・ザ・ビート」しか彼の作品を読んでいないが、雰囲気は似ているかな。
面白かったです。登場人物の滑稽さがなんとも笑えるのだが、この笑いには「笑い」「嗤い」「苦笑」が含まれる。でも「微笑」はないようだ。

健斗は6年勤めたカーディーラーを辞め、新薬の治験や単発のバイトをしながら資格取得のための勉強をしている。
彼の仕事は4年間一緒に暮らしている87歳になる祖父の介護をすること。
祖父は子どもたちの間をたらい回しにされて、娘(健斗の母)のところにやってきているのだ。
祖父の口癖は「早く死にたい」。
健斗はそんな祖父の願いをかなえるべく、ある考えに到達しそれを実行することに。。

このおじいさん、なかなかなんです。
娘や孫の前ではいかにも弱々しく杖をついて家中を歩いたり、母から言い渡されたことをする体力がないと億劫がったりするのに、突然帰宅して垣間見ると、俊敏な動きをしているし、体重6から7キロの曾孫をずっと抱いていたり、ピザのトッピングをつくって焼いたりしているではないか。
変だと思いつつ、健斗は祖父に緩やかな尊厳死を迎えさせるために、実にまめまめしい介護をする。過剰介護は老人の身体機能を弱らせることを知ったからだ。
つまりなるべく筋肉を使わせない、膨大な量の薬を管理して全部飲ませ薬漬けにる、頭を使わせないようにする・・
傍からみるとすごい孝行孫である。
健斗自身は体を鍛え始める。隆々とした筋肉を祖父に見せつけることで、祖父に自分がいかに老いさばら得ているかの自覚をさせるために。(自覚すると気持ちが萎えるだろうから)。

健斗の母は自分の父にすこぶる厳しい。
娘だから甘やかさない。リハビリのためとせっせと祖父を使うのだ。
健斗か母か、どちらが祖父にとっての「よい介護」なのか?

それにしても健斗の単純さが滑稽だ。「早く死にたい」の年寄りの言葉を額面通りに受け取る素直さはまるで幼稚園児。
その滑稽さをこれでもかと描写する羽田圭介の筆力がスゴイ。
これはもうユーモアの域を越えていて、真摯さを感じてしまう。じっさい健斗は大真面目なんですよね。なにも生産性のない暮らしの中で自分の体を必死に鍛えるのも真面目。
じつに「いまどきの若者」の健斗なのかもしれないが、単純な一生懸命さはある切なささえある。
でももちろん健斗には、滑稽さも切なさもなにもわかっていないのだけど。。
真面目を続けていると結果的には良いことが起こる。ラストの健斗は少しは報われたのかもしれない。

ただ健斗は単純だけど、羽田圭介は単純ではない。彼は曲者です。
ただの介護小説には仕立てない奥深さがここにはあって、「スクラップ・アンド・ビルド」のタイトルの真の意味を考えさせてくれます。

これを芥川賞に選んだ選考委員たちに敬意を払います。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月04日

酒井久美子「街角の記憶」

この本は友人のM子さんが送って来てくれた。
彼女は友人から贈られたという。
そしてその友人はこの本の著者の酒井さんと友人で、酒井さんから直接にもらったそうだ。
まさに「友達の輪」を回って、私の元に届いたという、うれしい本。

これは写真集です。写真のそばに短い文章が添えてあって、この文章があることで写真の印象がなお鮮やかになっている。
犬や猫がたくさんあるので最初は犬猫写真集だと思った。
でも馬や羊もいるぞ。
そのうちわかってきた。動物が写真のどこかに居るとしても(居ない写真もある)これは動物写真ではないのだと。
これはやはり「街角の記憶」なのだ。
訪れた場所を写真に撮る。美しかったり懐かしかったりする風景。
その風景の中に小さな生き物がいると、風景にいのちの「気」のようなものが入り込む。
活き活きととしてくる。
時を経ると、その想いはより強くなり、思い出として定着する。
だから風景だけの写真よりも思い出がよみがえりやすくなる。
。。そういう意味の犬や猫なのだと思う。
(もしその土地を再び訪れることがあったら、ついあの猫を探すかもしれない。)

それにしてもこの酒井さん、ワールドワイドに神出鬼没。
ミラノのつぎはアトランタ、そのつぎはアラスカ、そのまたつぎはパラオ。
(世田谷の砧公園というのもありますが)。

このなかでもっとも好きだったのが「ハワイの猫」。
カメラ目線の犬や猫もたくさんいるけれど、この猫は後ろ姿、じっと海を見つめていいる。
「おまえ、何をそんなにいっそう賢明見ているの?」「何を考えているの?}と言いたくなるほど、猫ってじっと海や川や雨をみていることがある。
水に濡れるのは大嫌いなくせに。
太古の何かを思い出しているのだろうか。それとも自分がいつか還ってゆくところをみているのだろうか。

これは2008年6月から2010年6月までの2年間、SANKEI EXPRESS 紙に週一で連載されたものをまとめたのだそうだ。
サイズが大き過ぎも小さ過ぎもせずちょうどよい。
(大きいと手に余るし、小さいと写真が映えない)。

posted by 北杜の星 at 07:26| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月03日

柿沼由彦「心臓の力」

心臓は一日10万回もの拍動を続けている。
それなのになぜ疲労死しないのか?
これまで定説とされてきたその理由が、著者とそのグループによって覆された。
それはミトコンドリアから始まる生命30億年の進化の過程で心臓に備わった、奇跡のようなシステムだった。

この本、とてもとても興味深かったのだけど、医師でも薬剤師でも化学者でもない私にはかなり難解でした。
10数年前にエクステンション・カレッジで分子生物学を勉強していた頃には、スポンジが水を吸うようにとまではいかないけれど、ボロ雑巾でちょっとずつ沁み込ませるくらいには理解できていたと思うのだけれど、60歳半ばになるとダメですね。
もともと完全文系人間の私のアタマにちっとも入ってくれない。まず物質や薬の名前が記憶できない。
それでも頑張って食らいつきました。

アクセル(交感神経)とブレーキ(副交感神経)、この二つにコントロールされて心臓は働いている。
その割合を調べると圧倒的に交感神経が多いという。
交感神経というのは頑張ったり元気いっぱいのときに張り出すもの、副交感神経はその反対にリラックスするときに出るものという知識はある。
割合は交感神経の方が大きいが、この本の二つの主役の一つは「副交感神経」なのである。
「副」とあるから補助的、二義的な意味や役割しかもっていないと勘違いするかもしれないが、これは日本語訳の間違いから「副」とされているだけで、いかに副交感神経が大切かがこの本で述べられている。

心臓が極端に弱った時、強心剤の注射を打つ。
それで蘇生したりたすかったりすると誰もが考えていた。
しかし最近、強心剤を使用すればするほど、心臓は弱り、寿命が短くなることがわかってきた。
それは何故なのか?

著者とそのグループは心臓には疲労死しないNNCCSというシステムがあることを発見した。
そのシステムがあるから、心筋梗塞のマウスに薬剤を投与しなくても生存させることができる。
これは将来もちろん人間にも適用できるのだ。心臓だけでなく脳の伝達物質を介してアルツハイマーなどにも有効になるかもしれない。

・・この稚拙な私の説明では、この本の10分の1も理解できないと思うので、ご自分で読んでみてください。
すごーく知的好奇心が満足させられます。
子の中に、拍動の多い動物は寿命が短いとある。ネズミの寿命が短いのは脈が速いから。
これはずっと以前読んだ名著「象の時間、ネズミの時間」にもあった。
実は私はとても脈が速いんです。反対に夫は緩やか。これって私が短命ということ。
ま、いいんですけどね。

ところで、髪の毛や爪以外、人間の体って血液すら癌になるのに、どうして心臓は癌にならないの?
心臓癌というのは聞いたことがない。
あれはどういう理由からなのか、知りたいです。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月02日

岩城けい「MASAT0」

前作「さよなら、オレンジ」一冊で大ファンとなった岩城けい。
今回も舞台はオーストラリア、母国語と現地語のはざまで揺れる人たちを描いている。
今回は小学生が主人公だからか前作ほどシリアスではなく読めるが、それでもひしひしと「言語」に苦しむもどかしさが描かれるのは同様だ。
「さよなら、オレンジ」は太宰治賞と大江健三郎賞を受賞。芥川賞と三島由紀夫賞にノミネートされた。

Masato(真人)はお父さんの転勤に伴ってオーストラリアに住むことになった小学6年生だが、オーストラリアの小学校では5年生に編入した。
一緒に来たお姉ちゃんんは来年の日本での高校受験を控え日本人学校に入学した。
お母さんは英語があまり話せない。日本とオーストラリアを較べて不平ばかり言っている。

日本とオーストラリアの学校はかなり違う。
例えば算数で答えが正解でもそれはあまり評価されない。どうしてそういう結果がでたかを説明しないと賢い生徒とは認められないのだ。
Masatoはまだ英語ができないので、唯一得意のはずの算数もだんだん苦手になってくる。
Masatoを見ると「スシ、スシ」となにかにつけていじめるエイダンとは我慢できずに取っ組み合いになってしまい、校長室に呼ばれることに。そのたびにお母さんも呼ばれて謝るのだ。
そんなときにも英語ができないので何も言えない。くやしさは募るばかりだ。
(英語ができないから、学校でのパーティにdishを持ってゆくのを、Masatoのおかあさんは一枚のお皿を彼に持たせるのだが、それはいわゆる料理の持ち寄りパーティで一皿の料理という意味だったのだ。これもまたエイダンのからかいのネタになった。)
彼が助けを求めるのは台湾人のケルヴィンだが、ケルヴィンはクールというかちょっと変人。

しかしジェイクと一緒にサッカーをするようになってというもの、Masatoはしだいに英語やオーストラリアに慣れてゆく。
日本語より英語でのほうが表現しやすくなってもきて、英語のできないおかあさんの通訳をするように。
お姉さんは日本の高校に通うために日本に帰った。
おかあさんもオーストラリアが嫌いでMasatoを連れて日本に帰ると言う。
けれどMasatoは決めたのだ。オーストラリアに残ると。残って中学に通うと。
彼と同じようにオーストラリアにこれからも住んで仕事をしようとするお父さんとお母さんの激しくなるケンカ。。

私、わからないなぁ。
なぜMasatoのお母さんはそう好きでもない日本人社会のおつきあいばかりして、現地の人々と交わろうとしないのか。
それでいて、英語が上達しないと苛立っている。
そればかりか Masato をオーストラリアに盗られてしまったなどと言う。
もっと努力しなくっちゃと言いたくなるが、でもお父さんは「努力と我慢は違う」「きみに我慢はさせたくない」とお母さんを理解するのだが。。
でもあともうちょっと、もうちょっと長く住んでみると、変化が生まれて楽しめたかもしれないのに。

でも寂しいことだろうなと思う。
自分の息子が日本語でなく英語で話す方が得意になるのは。
人生の選択の善し悪しなんて、まだMasaatoにはわからないけれど、前を向いて走る彼にはこれから先も後悔はないはずだ。
おかあさんもその時になってはじめて、あれでよかったんだと納得できるだろう。

「言語」だけでなく教育とか他にもたくさんのテーマを含んだこの作品、今回の岩城けいも素敵でした。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年11月01日

ハッチの「図書館考」

ハッチの身辺雑記とは別に、この数日考えていることを少し。。

ある出版社社長が「本が売れないのは図書館のせい」と、出版社や書店や作家を保護するために、図書館が新刊本を一年間置かないよう求めました。

出版不況が言われて久しいです。
バブル期の1990年ごろをピークに、出版界は大変になっています。
それでも一年に約8万点もの本が発刊されているのです。
各部数は少なく、重刷も減っています。文芸本、それも純文学などは初版がたったの数千冊と聞いたこともあるくらい。
これでそうやって作家は食べて行くのだろう?と心配になります。
あのイトヤマさんですら生活が厳しいとブログに書いていたことがあるほど。
本が大好き、作家が大好きな私ですから、本屋さんや物書きをなんとかまもってあげたいと思います。

でも、「本が売れないのは図書館が悪い」というのは本当でしょうか?
私はほとんどの本を図書館で借りて読んでいます。
ネットで新刊本チェックをしながら予約をします。私の住む小さな町の図書館で新刊本は1か月半〜2か月遅れくらいでやって来ます。
人気の本はすぐにウェイティングができ、あの又吉さんの「火花」は、この町にして前代未聞の80人以上。これまで20人を超えることはほとんどなかったので驚きです。
今はどこの市町村の図書館も予算不足ということもあり、また著作権を守るために、一館一冊が基本なので、評判になった本はこのような「長い列」ができるのです。
図書館を利用して読む人が多いということでしょう。

それでも「火花」は250万部を超えたそうです。
本当に読みたい本があれば、みんな本を買うのです。
あまりに多い本が出版されるし、そのサイクルがどんどん短くなることもあって、読みたい本が何か分からない、何を読んで良いかわからない・・ということが起こっています。
同じような本も多いですね。ダイエットの本などそのよい例ではないでしょうか。
つい最近、数年前に読んだ本を友人にプレゼントしたくてAMAZONで注文しようとしたところ、すでに廃刊になっていて、結局古本で入手するしかありませんでした。
こんなことが結構、あります。

つまり、出版社自体が作家や本を大切に扱っていないのではないか?
作家を使い捨てにしているのではないか?
例えば、今人気の作家さんがいるとして、その生命期間は10年ほどにしかすぎません。
その間たくさんの本を次から次へと出し(だから当然つまんない小説やエッセイも多くなる)、結局は飽きられてしまう。
それでもいいのです。替わりの「新人」はたくさん出てきますからね。

出版不況はけっして図書館のせいではないと思います。
インターネットの世界が当たり前になってから、本だけでなく新聞の購読も減っています。
そういう時代になったのです。馬車の時代が終わって自動車になったようにもう後戻りはできません。
それでも本を書く人、本を読む人がいるとしたら、それは心底、本が好きだから。
そういう人を対象に、数は少なくとも「良品」を創るしかないと私は考えるのです。

図書館はむしろ、本好きの人間を増やす役割を持っていると思います。
各図書館では小さな人たちに読み聞かせをしたりして、読者人口を増やそうとしています。
それにもし図書館に新刊本がないとしたら、図書館に足を運ぶ人は減ります。
1年間も新刊本(それはもう今の世の中で新刊とは呼べません)がなかったら、その本は忘れ去られてしまうでしょう。

本を買うのには理由があります。
ベストセラーだから、作家や著者が好きだから、興味ある分野だから、面白そうだから・・
本を買わないのにも理由があります。
お金がないから、本が家に増えるのが嫌だから、そして消極的理由ですが、「買うまでもないから」。
この「買うまでもないから」というのが案外多くて、つまりは、買いたいと強く思わせる魅力がないのです。

もちろん、作家を守るために有効ならば、新刊本が来るまで4〜6カ月くらいは待ちましょう。
でも本にも旬がありますよね。そのことを忘れないようにしてもらいたいです。
私が本を購入するのは一カ月に2冊くらい。読むのは25〜30冊。申し訳ないほど買うのが少ないです。
(今日届いたのはイトヤマさんの「街道を行く」で、これは群馬新聞社刊です)。
好きな作家、応援したい作家、どうしても今すぐ読みたい本は買っていますが、それもだんだん少なくなっているのが実情です。

新刊本が図書館にないと、図書館は活気づきません。
図書館は本好きが集まるところ。
そういう人たちに新しい風を当てないと、本読み人口が少なくなりそうです。
出版社は敵を間違っていると思うのだけど、みなさんはどうお考えでしょうか?

文字を読めるうちはKINDLEなんかじゃなく、紙の本で読みたい私です。hz
posted by 北杜の星 at 08:07| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする