2016年01月29日

ハッチの身辺雑記



月に一度のハッチの身辺雑記です。

明け方から雪予報だったけど、いまのところは雨でホッとしています。
今夜半からどうなるか・・

西日本を中心に何十年に一度の寒波が襲いました。なにしろ115年ぶりに奄美大島で雪が降ったのだとか。石垣島では海水温が低くなり魚が仮死状態で浜に打ち上げられたとか。
また台湾の高地でも雪が降り、二万人もの人たちが雪見物に出かけたとか・・
ここ八ヶ岳南麓も数日マイナス7℃〜マイナス10℃の朝が続いて、18日に降った雪が屋根のOMソーラー・パネルに積り、太陽熱暖房が効かなかったのがやっと、昨日から作動してくれて家中がポカポカになってます。

18日の雪、こちらは35センチ強で大雪なのですが、2年前のあの140センチを経験した後では驚きは小さい。
それでも2日間市バスは運休、学校も2日間休校となったので、まぁ山梨県としては大雪と呼べるでしょう。(私の家のある下の坂道はバスが通るのですが、そこだけ3日間バスが運休しました。ということは私の住むところって北杜市のチベットなのか?)
今回は裏の山荘の方々総勢6人だったので雪掻きが順調で、そのうえたまたま通りかかった市の除雪車にここの私道を頼んだので、助かりました。
(除雪車の運転手さんのアルバイトとしてお願いしたのですが、たった5分のあっという間の除雪で1万円は高いよなぁと、喉元過ぎれば何とやら・・で恩知らずなことを思っています。)
雪掻きは腰に来ます。みんな雪掻きの後は「腰が痛い」「腰が張る」と言い合っています。私も毎晩お灸が離せません。

この雪のために、東京での友人とのランチ、お茶がキャンセルになってしまい残念でした。
二人ともなかなか会えない友人なのでなおさら残念。でも暖かくなってのお楽しみとしましょう。
もうひとつ、これはこちらの友人とのランチでしたが、これもキャンセル。雪道の運転が苦手な方なので、何もKこんなときに無理をすることはないですよね。
お店をキャンセルするのは悪いので夫と、友人夫婦も誘って、それはそれで別の楽しい昼食となりました。
みんな雪で退屈しているのでこういう集まりは本当に気分転換になっていいものです。

やっと東京に行けたのが昨日。友人3人との日本橋の老舗の鮨屋での新年会でした。
「トロ」という言葉を初めて使ったとして有名な鮨屋だそうですが、老舗といってもちっとも気取らない店で、ネタは新鮮そのうえ安いのです。
モコモコと着ぶくれた私でしたが、昨日の東京は暖かかったです。

昨年の秋くらいから調子の悪かった井戸、これまで何度か電気屋さんに来てもらって応急処置をしてきたのですが、今回本格的にポンプ屋さんに来てもらったところ、やはり水が枯れたのでも、管に砂利が詰まったのでもなくて、単にポンプが経年疲労を起こしているのだそうで、ポンプを新しくすればいいだけのことみたいです。
これなら40万円ちょっとで済むそうで安心しました。
見積もりが出たらお願いする予定です。これで数か月来のストレスが消えるでしょう。
40万円かかるといっても我が家だけが負担するのではなく、ここの7軒の山荘全員で負担するもので、自主管理の年会費でこのお金は貯まっているそうなのでそれで賄えるとおもいます。
なにしろある意味、電気よりは水の方が大切。水がなければ水洗トイレが使えませんからね。
災害用にミネラル・ウォーターは充分用意してあるけれど、生活用水はどうしようもありません。
大寒波のためにいまも断水している北九州の方々はお困りでしょうね。
電気はソーラー・ライトやロウソクでもしのげるし、料理だってガスでできる。暗くなったら寝ればいいだけのこと。早寝早起きは体にいいかも。
パソコンだって数日無しで暮らすのは、案外精神衛生上悪くないかもしれません。

早起きができな私なのは友人たちがよく知っていることなのですが、このところハッチ君が7時になると大声で鳴きわめいて起こすのです。
寒くて暖炉を点けてもらいたいのか、ご飯が欲しいのか、トイレがうまく出ないのか、理由はよくわからないのですが、とにかく大きな声なので、夫も私も目が覚めてしまいます。
歳をとった猫にはときおり夜中にこうして鳴き通しに鳴くのがいるそうですが、そういう感じではなく、私たちが起きてやるとすっかり機嫌がなおるのです。
最近ハッチは耳が遠くなったので、それで鳴き声が大きくなったのかもしれません。人間だって耳が遠くなると話す声が大きくなりますよね。
それにしても猫という動物のパンクチュアルなこと。いつもちゃんと7時なのにはあきるほかありません。

そうそう、雪が降っての楽しみがもう一つ。
庭の木に置いた鳥の餌箱に毎朝ひまわりの種をやること。雪で自然の餌がとれない鳥たちはひまわりの種を待ちわびているのです。
窓のすぐそばまでやって来て最速するのもいるくらい。
どこから見ているんだろう?と不思議なのですが、餌をやるとすぐにものすごい数の鳥たちがやって来るのです。
どういう決まりがあるのか、ちゃんと順番にひまわりの種を一粒咥えて木の枝にとまり食べています。それを何度も何度も繰り返す。
あっという間にひまわりの種がなくなるんです。
マイナス8℃の外に出るのはつらいけど、鳥たちの喜ぶ姿のためにはガマン、ガマン。
あんなに小さな生き物でも自分が幸せにできるって、うれしいです。
(ちなみに今鳥にやっているひまわりの種は、裏の山荘のYさんが去年庭に咲いたひまわりの花から採取した種を頂いたもので、市販のものよりずっと小粒なのだけど、鳥さんたちには好評のようです)。

バタバタして気持ちが落ち着かず、今月はじっくり小説を読むことができませんでした。
せっかく芥川賞と直木賞も決まったというのに、受賞作や候補作品のほとんどをまだ読まずじまい。
夫はというと、図書館からもう4回も続けて借りている(ということは3カ月連続で借りているんです)「気持ちが伝わるイタリア語リアルフレーズBOOK」がやっと終わりました。
こんな本、他に読む人がいないのか予約が入っていなくて、まるで彼の蔵書のようになっていて、私はひそかに司書の方に気が引けていたのです。
あんなにイタリア語が話せていた夫なのに、いまや錆ついてしまっていて、この本が復興支援となればいいのですが。。
でもハッチが今年は20歳。もう他人に預けて長期の旅行は何が起こるかわからないので無理なので、当分イタリアには行けそうもないから、彼のイタリア語はますます衰退の一途をたどることでしょう。
だけどボケ防止のためには外国語を話すのは、脳のシナプスにとても良い効果があるそうなので二人して頑張りたいと思っています。
いまさら新しい言語は難しいので、「昔とった小さな杵柄」で頑張るしかありません。


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2016年01月28日

澤田瞳子「師走の扶持」

これ、面白かった。
時代小説を年に10冊も読まない私だけど、「澤田」と聞いて澤田ふじ子を思い浮かべるくらいのことはわかる。瞳子さんはそのふじ子さんのお嬢さんだという。
でも親の七光りなどでは全然なく、お母さんに負けないくらいの時代小説家だと応援したくなる。

真葛は二十歳。京の「鷹ケ峰御薬園」に引き取られ育てられた、医術と薬学に精通している女性。
彼女はもともとは新興公家の出なのだが、祖父に結婚を反対された母と医者の父が死んだため、薬園で育ったのだが、養父母や義兄から慈しまれ成長した。
6つの短編は江戸から始まり、春夏秋冬の季節がめぐりながら中京、京の都と場所も移る。

謎解きや人情噺がなかなかの展開で、真葛の周囲の登場人物も個性豊か。
でもそれだけではなくここはやはり真葛の漢方の知識の深さが興味深いのだ。
江戸時代、病気になるとひとびとは漢方薬に頼った。漢方薬の材料の植物を求めて薬師は全国を歩いた。珍しい植物を採集すると遠く自分の薬園に大事に持ち帰り育てた。
日本の西と東では植生が異なり、真葛の見たことのない植物が他の地方にはあった。
江戸は最大の都であったが、医術の中心は京都だったようだ。

堕胎の薬も梅毒に効く薬もあった。
(江戸時代に梅毒があれほど多かったとは知らなかった。市井に蔓延していた。抗生物質がない時代なので特効薬とはいかなかったが、漢方薬で症状が抑えられたり進行がゆるやかだったりすることはあったそうだ。))
薬師にとりもっとも重要なのが「診たて」だろう。
真葛は医術も修めていたので、そのあたりはかなり優秀だった。
表題の「師走の扶持」では「仮病」を診断しているのだからたいしたものだ。

読み終わって「これ、シリーズになるといいのにな」と思ったら、すでに第一作があって、これはシリーズ第二作だった。
なるほどね、同じ希望を持つ読者がいるのですね。
それと作者が真葛のこと、好きなのでしょう。

遅ればせながら第一作の「ふたり女房」も読んでみたい。
心地よいエンターテイメント時代小説です!
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月26日

橋本治「いつまでも若いと思うなよ」

はい、思いません。
「いつまでも若い」はずがないもの。
私は目のジストロフィーがある以外は体のどこも悪いところはないし、健診はもう何年も受けていないが、時々測る血圧に異常はないし、家族的にも血糖値はとても低い。
足腰だってまだまだ速く距離も歩いて足腰どこも痛まない。
疲れもぐっすり眠ればまぁとれる。
それでも老いの足音が近づいているのは感じるし、周りを見回していつなんどき何が起きるかわからないと覚悟している。
私のような年齢になれば、健康と若さほど当てにならないものはない。

日本人は世界的にとても長寿の国。
それはめでたいのだが、いまの年寄りを見ているとなんだか若さにしがみついているような浅ましさを感じることがある。
これは自分を含めての話で、若い頃と同じ欲望を持ち同じことをしようとし過ぎるためではないだろうか。
昔の年寄りは違った。今からすると年寄りとは言えない50歳半ばで仕事を辞し、次の世代に引き継いだ。引退する潔さを知っていた。
だけど今は「生涯、現役」がさも美徳のように言われ、年寄りが年寄りらしくできなくなっている。
それって、どうよ?と私は言いたい。(私の夫もまだ仕事を続けているんですけどね)。

橋本治は私と同世代。
だから彼も「老い」が他人事ではなくなっている。
しかも彼は大変なのだ。彼の小説は読んでもエッセイはしばらく読んでいなかったので知らなかったのだが、「貧・病・老」の三重苦らしい。
「貧」は多額ローンを抱えていること。これはバブルがはじける直前に事務所マンションを買ったために、月150万円の返済をしているからだ。
「ひぇー。月150万!」と驚くが、私の友人にも家のローン月70万円を抱えてどうにもならず家を売ったひとがいるので、あれはそうした狂った時代だったのだ。
「病」の方は何万人に一人という難病に罹ったこと。
「貧」と「病」のダブルパンチの暮らしを続けていると、ことさらに「老」がまとわりつく。
なんてことだと、私なら悲観してしまうのだが、そこは橋本治。小説家の目が活きていて、どこか客観的に己を見つめているのがスゴイ。

「源氏物語」や「平家物語」を現代語訳しただけあって、歴史や古典のなかの人物の老いも考察している。
昔だって長寿の家系というのはあったようだ。
いま日本人の健康寿命(健康で暮らせる年齢)は、平均寿命より10年短いそうだ。
ということは、「あと10年」をどう生きるか?
「貧・病・老」の「貧」はともかく、「病」と「老」は避けて通れないし、その先には「死」がある。
「楽な人生を送れば長生きする」のが本当なら、ストレスを溜めず欲張らず、ゆっくりゆったり暮らさなくっちゃ。

橋本さん、ローンは70歳までだそうなので、あともう少しの辛抱です。「貧」がなくなると人生きっと明るくなりますよ!
(といっても、この本、けっして暗くはないんです。大変な橋本さんになんだか励まされた気がしているくらいです。)


posted by 北杜の星 at 07:54| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月25日

町田康「スピンクの壺」

表紙のまっ白いプードル二匹。なんてかわいい。ぬいぐるみのようという言葉そのもの。
町田康といえば「猫」だった。なにしろたくさんの猫たちのために東京から熱海の山中に引っ越したくらい。
でも熱海に住むようになり、町田夫妻は犬も飼うようになった。
といTっても猫も犬も、彼らはペットショップで買ったわけではない。いつも気の毒な状況にある犬猫を飼う羽目になってしまう。町田康もだが夫人の敦子さん(本では美微さんとして登場)がめっぽうやさしい人だからだ。
最初はスピンク、そしてキューティが加わり、シードも一緒に暮らすことになった。
この「スピンク・シリーズ」はスピンクが作家の飼い主を「ポチ」と呼び、犬の目から飼い主の日常を描くというもの。
なにしろあの町田康が飼い主だ。スピンクにしてみれば変てこな理解不能なことだらけ。言いたいことはたくさんある。

町田康、なにをしてもうまくいかないんですね、いつものように。
それを冷ややかに傍観する美微さんはしごく真っ当な常識あふれる正常人。スピンクたちはいつも美微さんの味方だし、美微さんもスピンク達の味方。どんな場合もポチだけが孤立している。
ポチは側庭をなんとかしようと、砂利を敷いた。
けれど砂利はスピンクたちの足裏には痛かった。それで芝を張ることにしたのだが、砂利をちゃんと除かないで張ったものだから枯れてしまった。それではと庭業者に依頼して張ってもらったのだが、これもどうしたことが枯れてしまった。
スピンクたちの足は泥で真っ黒になってしまい、いつも洗う必要が生じて、美微さんのストレスに。そしてそのストレスはポチに向かう。。

と、あらゆることがこんなぐあい。
そのくせポチは反省しないし、訳のわからないことばかりを言ったりしたりする。
桜が嫌いと言いながら、河津桜を見に行ったりする。しかも葉桜になったのを見るために。
(熱海っていろんな種類の桜が植えてあるので、1月から4月まで桜が楽しめるらしく、ポチはそれが潔くなくて嫌いらしい)。
でもカワイイのは桜を見たポチは、桜はいいな、やはり桜はきれいだなと感嘆するのだ。

春、夏、秋と熱海での季節はめぐる。
それは東京暮らしでは体験できないことばかりだ。ちょっと大変だけど充実している。
仕事がもっとはかどればいいのだけど、でもまぁ、町田康はあれこれブツクサ言いながらも、ちゃんと書いているんですよね。
それにしても奥さんの美微さん、あっぱれな女性です。彼女がいるからこそ町田康ありき、なのです。
女性は立派。犬たちも犬をわきまえながら立派。
だけど女性や犬に花を持たせるポチがじつはリッパだったりして。。
私は町田康の大ファン。彼の書く小説の文体も大好き。(夫は「読めない」と敬遠するけれど)、パンク・ミュージシャンとしての彼は知らないのだが、彼のすることにはブレがないと思う。
若いときからずっと同じスタンスで暮らしている人だ。彼の含羞が好き。あの含羞こそが彼の文学をつくったのだと思う。

スピンク・シリーズ、次回も楽しみにしています!
posted by 北杜の星 at 07:42| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月22日

吉田恵理子「ランチタイムが楽しみなフランス人たち」

著者はパリと東京に拠点を置くワインとフードライター。
フランス国立ランス大学高等美食学研究院に学び、大学院資格同等のディプロマをもつ。
(大学に美食研究院があるとは、さすがフランス)

フランスはワインとグルメの国といわれる。
そんなフランスに住むひとたちがどんなランチを食べているのか、ちょっと興味がある。
日本人のランチ事情とどう違うのかも知りたい。

ランチするところとしては、レストラン、ビストロ、ブラッスリー、カフェ、セルフサービスやファストフードなどの簡便な店・・
そのときの腹具合や懐具合によりその選択はさまざま。(でもまぁ、普通のサラリーマンやOLが高級なレストランにランチしに行きはしない)。
もし日本人が観光客としてそうした場所に行くとしたら、どんなことに気をつけ、どんなふうに注文すればよいのか?
いつも隣のテーブルの人の食べているお皿を指差して、「あれと同じもの」と言うのはあまりに能がない。
美味しいものをたべたければそれなりのちょっとしたお勉強も必要だ。
少なくともメニューの肉か魚の区別くらいはできるフランス語を知っておきたい。
(食事処にきているのだから、何か食べたいのだろうとわかるので、そう心配はしないでいいと思うけど)。

マナーが気がかりという人もいるだろう。
カトラリーの置き場所は国によって違うし、パンをナイフで切るところも切らないところもある。
もっともしてはいけないことは、音を立てて食べること。
日本人はお茶や汁をすするし、蕎麦は盛大な音を立てて食べるが、あれを外国でするとレストラン中が凍りつきますよ。
もうひとつしてはいけないのは、お皿を手に持つことだ。
これも日本人はお茶碗を左手に持ったり、小鉢を持ったりして食べるので、つい持ってしまうが、あれはとても悪いマナーだ。
左手に持っていいお皿は、ソーサーだけ。
それとこれは日本人がおおいに戸惑うのだが、ラテンの国の食堂には、よほど高級なところは別としてパン皿は置いていない。
じゃぁどこに置くか?
テーブルの上にそのまま置けばいいのだ。
汚い?いいえ、汚くはありません。テーブルクロスは客ごとに替えるから。
それにもし替えてなくても、外国人は日本人ほど神経質ではないので全然気にしない。

ここに写真付きで紹介されているランチのなんと美味しそうなこと!
気取ったものはまったくない。ステーク・エ・フリットなどはステーキ肉の上にどっさりフライドポテトが乗っているだけ。じつに愛想がない。でもこれこそ、フランス人の普段の食事なのである。
フランス人は太っていない。たしかに、イタリア人と比べるとスリム。
それはランチ時にしっかり食べて、夕食は軽くの習慣があるからだそうだ。(イタリア人もそうなのだけどイタリア人はパスタ喰いだからなぁ、太るよな)。

ランチの値段は約1500円程度か。
日本人がコンビニのおにぎりで済ますのとは、やはり値が張る。
でも美しく、美味しく、パン食べ放題で、ワインは2杯までなら大目にみられる・・というフランス人のランチは、恵まれている。
ランチタイムが待ち遠しくなるのがわかる。

だけどね、4年前に我が家に一週間近く泊りに来たエリックというフランス人は、日本滞在中、ラーメン屋、牛丼屋、てんやの天丼などが500円くらいで、しかもすこぶる美味しくて、日本のように素敵な国はない、と言っていたんですよ。
うーん、どちらを評価していいものか。。
お国変われば品変わるなのか?
でも彼はフォアグラは大嫌い、ワインは全然飲まない、カフェもあんまり飲まないという「変なフランス人」だったな。

どちらにしてもランチタイムが楽しみと感じられれば、いいのですが。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月20日

原田宗典「メメント・モリ」

これが原田宗典、10年ぶりの長編小説とのこと。
そういえば彼の小説は長編だけでなく短編すらとうぶん読んでいない。
どうしているのかと思っていたら、2013年には覚せい剤所持で逮捕されていた。
彼の名前は忘れられ、そのかわりに妹の原田マハさんが有名になっていた。

この「メメント・モリ」は長編小説というよりは、彼の私小説に限りなく近いものだ。
時系列ではなく時代はバラバラに、大学生以降の人生を振り返りつつ、書けなくなった頃から書きたいと再び切望するまでを綴っている。
「メメント・モリ」とは「死を想え」という意味。
自らが招いたこととはいえ、不遇の暮らしを余儀なくされた彼には「死」を想うことが少なくなかったのかもしれない。
女性問題と子どもの養育費、家庭崩壊の危機、妻子と別れての家賃4万円の神田川沿いのアパートでの生活、ウツ病、自殺未遂、そして逮捕・・
まぁなんと、これでもかということが次々起こった。

彼は私の住む北杜市に山荘を持っていたのだが、それもとっくになくなっているのだろうな。ポルシェをかっ飛ばして通っていたのに。
ドラッグにしてもかなり昔からしていたようだ。
私自身はマリファナやハッシシはそう悪いこととは思っていない。こう書くと「えーっ」と驚かれそうだが、1960年代終わりのヒッピー文化最盛期のロンドンに暮らし、それらの軽いドラッグは日常的に周囲にあったし、買うのも吸うのもイリーガルではなかった。煙草をかうのと同じ感覚で若者は手に入れていた。
現在でもオランダでは合法的にマリファナを買うことができる。
しかし問題は、マリファナがマリファナだけでは終わらなくなることだ。より強い刺激を求めてコカイン、覚せい剤に手を染めることになる。これが怖いのだ。
原田宗典もその轍を踏んだのだと思う。

この「メメント・モリ」にはこの30年くらいのことが書かれている。明るい話ではない。
でも読んだ印象としてはそう暗くもないのが不思議なのだが、変に感情過多にならず、自分という対象を冷静に見つめ描く文章には、うっすらとユーモアさえ感じられる。
それと交換が持てるのは、ここにはいやらしい自己憐憫がないことだ。自虐のナルシズムもない。
自殺未遂に関しても、渋谷区笹塚での逮捕と留置場の様子にしても、じつに淡々としている。

あまり彼の書くものを読んできた私ではないが、「メメント・モリ」をよい足がかりに、また「書く人」に戻ってほしい。
彼の熱烈なファンが待っていることだろうから。
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月19日

綿矢りさ「ウォーク・イン・クローゼット」

「いなか、の、すとーかー」と「ウォーク・イン・クローゼット」の2中編が収録されている。

えーっとですね、どちらも全然感情移入できないものでした。
「いなか、の、すとーかー」は、東京から地方の郷里の小さな町に戻った新進陶芸家に、年上の女性ストーカーがまつわりつくという話で、幼馴染の男友達と女友達が絡む。
途中の展開にも「?」だし、結末がこんなにベタでいいのかという感じ。
つまんなかなったなぁ。

それに輪をかけてつまんなかったのが表題の「宇オーク・イン・クローゼット」だ。
28歳のOL 早希はガーリーな服を着る。自分のテイストとようりも「対男用」の武装としての服を選んでいるからだ。
彼女には幼稚園の頃からの、今は人気タレントになっている友人のだりあがいる。当然、だりあはたくさんの服を持ち、そのウォーク・イン・クローゼットにはぎっしり服がぶら下がっている。
モノがあふれ、お金を出汁させすればいくらでも服が買える世の中。
早希とだりあの微妙な関係。
・・読んでいてどんどん空虚になってくる。
もちろんその空虚さを描くのがこの作品の目的なのなら、それは成功しているのかもしれないが、私の感じる空虚さはちょっと方向性が違う。

彼女たちのあまりにも社会意識のなさが虚しすぎるのだ。
18歳じゃない。28歳だよ。
バッグパッカーとして世界を旅する早希の男友達のユーヤにしても、世界をどういう目で見てるんだと言いたくなる。

私の若いころもそうだったのかなぁ?
早希やだりあのようなおバカさんだったのかなぁ?
いつだったか池澤夏樹が日本の若い作家の社会意識のなさに言及していたことがあるが、つくづく同感だ。
もちろん文学はなにも社会性が第一義ではない。個人的な問題をえがくものだと思う。
だが個人は社会と繋がっているし、社会なくしては存在できない。
社会に問題がなにもないのならまだしも、こんなにもたくさんの問題を抱えているときにこういう小説を読まされるのは嘆息してしまうよなぁ。
(個人が掘り下げられているわけでもないから、よけいつまんない)。
獄本野ばらの「お洋服」の小説にはまだ世相を切り取るなにかあったし、まったく個人的なことであってもどこかに時代性が感じられたんだけど。

今年初めての「投げ出したくなる本」でした。
これが2年ぶりの作品だなんてあんまりな。。綿矢さん、頑張ってください。
posted by 北杜の星 at 07:26| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月18日

池澤夏樹「砂浜に坐り込んだ船」

起きたら雪ですべてが真っ白!
35センチくらいの積雪です。
雪かきをしないと坂道が登り降りできないので、今週の水曜日の東京での友人との約束2件が、行けるかどうか心配です。
無理なようなら、池澤夏樹のこの船のように、どっしり坐って雪見をしまするしかなさそう。。

池澤夏樹というと長編小説が多いような気がするのだが、これは8つの短編集だ。
連作ではないし物語はバラエティに富んでいるのだけれど、全体に漂う雰囲気には強く「死」の翳がある。
池澤はもう70歳。これまで親族や友人知人の死をたくさん経験したことだろう。
死は遠いものではなくなってきている。

私はかなりの池澤夏樹ファンだと自認している。
彼の書くものには、環境などそれが社会的、政治的問題を扱っていても、いつも宇宙に繋がるなにかを感じられる。
理系と文系がうまく重なった人だなと思う。
しかも理系も文系も超えるもの、宗教ではないのだがそれよりももっと大いなるものを信じる人だとも思っている。
そしてこんなになってしまった世界であっても希望を捨てず、前に歩もうとする姿勢に励まされている。
(このなかに福島原発事故で東京に避難した元教師の話があるのだが、声高の脱原発運動とは異なるもっと強い意志をもつ抵抗を感じる。政治の問題ではあるのだがそれ以上の「土地」への帰巣感覚は理屈ではなく伝わってくる)。

ファンタジーあり、SFっぽいものあり、恋愛ものあり・・長いものも短いものもある。
表題の「砂浜に坐り込んだ船」がやはりもっとも印象に残った。
主人公は新聞に載った写真を見る。そこには座礁した船が写っていた。彼は札幌から車を飛ばして座礁した船を見に行く。
船は困った風情ではなく、さんざん世界を回ったのだからちょとと休むという感じでどっしりと坐り込んでいた。まるで生きもののように。
彼は写真を撮って家に帰ってながめながら、亡くなった友人を思い出す。
そこにその友人の声が聞こえて、二人は語り合い始めるのだ。
友人は古い家で母と二人で暮らしていたが、母を火事で亡くした後に癌にかかった。婚約者がいて家を建て直そうと計画をしていたものの、生きる意欲を失った彼は生に執着することなく静かに消えて行ったのだが、その頃には主人公と疎遠になっていた。
当時のことを語り合う会話がもの悲しくも美しい。

必死に生きようと闘病する姿は立派だが痛々しい。
その反対に執着しないで死を受け入れる姿にはある意味、崇高さを感じる。諦めではあるのだろうが。。
もちろん年齢もあると思う。主人公の友人は生をあきらめるには若すぎた。

「先に逝ったひとへの哀悼に満ちた短編集」と帯文にある。
でも私の受け取ったのは「生きるもよし、死ぬもよし」という想いだった。
彼岸に行った人も此岸にまだいる人も、どれほどの違いがあるのか。。
哀悼というよりも、死者への寄り添いのような気がする。

posted by 北杜の星 at 08:01| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月15日

徳永進「野の花診療所まえ」

野の花診療所は鳥取市にある。
地域医療と終末医療に関わり続ける医師徳永進先生の診療所で、19床のホスピスがある。
野の花診療所の前には何か特別なものがあるのかと思ったら、それは私の勘違いで、BEFOREの意味だった。
自分の診療所を開く前、徳永先生は鳥取赤十字病院の内科医だった。
もう15年近く前のことだ。
この本は先生がまだ勤務医として仕事をしていた頃の、患者さんやその家族との出会いが綴られたものである。

なぜ私が徳永先生が好きなのか?
理由はいくつかある。
患者や家族への親身な寄り添い、ハードワークのなかでいつもユーモアがあること、あれでよかったのかの反省・・
しかし深く共感するのは、先生の死生観だ。
生きるための治療は精一杯以上に尽くすけれど、その先に死があることを見据えて、死を受容していることだ。
死は生と繋がり、死をもって生が完結することを知っている人だ。
その完結のために一生懸命患者と共に頑張っている。
でも、もう頑張らなくてもいいよという正直な気持ちもあるのではないかと思う。

それはこの本のなかにあるように、徳永先生は自死しようとした患者が救急で運ばれてきた場合は、宿直をしていても、できるだけゆっくり白衣を着け、時間をかけて廊下を歩くのだそうだ。
死にたい人は死なせてあげよう。。
医師としての倫理には反するかもしれないが、これが先生の正直な気持ちなのだ。
自殺はそう悪い死に方ではないとまで書いてある。癌の闘病で苦しみ死んでゆく患者を長い間見てきた故の達観なのか。この文章はちょっと怖かった。

広島に住む古い友人のSさんは昨年の秋、ミニ・クーパーを購入した。生涯最後の車と彼女は言っている。
車の運転に慣れたら広島から鳥取までドライブして、野の花診療所を見学に行きたいと言う。
それを聞いて「私も行く!」と名乗りを上げた。野の花診療所がどんな病院か見たいし、徳永先生に一度お会いしたい。
お忙しいだろうからお話しは長くはできないだろうが、なんなら健康保険証を携えて行って診察してもらってもいい。
そんなことを別の友人のYちゃんに話したら、「私も徳永先生が大好きなので、一緒に連れてって」と希望者が増えた。
それならどこか一泊、温泉にでも入って美味しい日本海の海の幸を愉しむのも・・という話になりつつある。
この旅行、実現するといいな。

みんな、徳永進先生のファンなんです。
癌になっての週末ケアは野の花診療所でと願う友人が多い。
でも困るのは先生は私とほぼ同年齢。あんなに多忙で健康は大丈夫か。どちらが先にくたばっちまうかわからないから心配だ。
だけど、先生のように善き人間には、神様のご加護があるからきっと長生きなさると信じたい。
野の花診療所、どんなとこかな?
posted by 北杜の星 at 07:55| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月13日

松浦寿輝「黄昏客思」

帯文に「己を人生の客となし 背後に時間はたゆたう
怜悧な思索と生の官能とが 反響しあう二十編の随想」とある。

この帯文が十二分にこの本を説明いしていて、これに付け加えることが何もない。
人生のなかで人はときに「主」となり、ときに「客」となる。
主として客をもてなし、また反対に客として歓待を受ける。
相反する経験や感情が人生をつくる。

人生の黄昏にさしかかった作家であり詩人の松浦寿輝。
希望と失望、愉しさと悲しさ、陶酔と覚醒・・
これまでの時間の流れの中で、静かで寂しく、それでいて豊かに生きて来た彼らしい文章を読んでいると、こちらまで深い想いに浸ることができる。
抽象的なことだけでなく、この本には社会性のある文章も多いが、それを含めてのものごとへの諦念というものを感じる。

このところ彼の小説を読んでいない。(詩はまったく読んだことがない)
でも「あやめ 鰈 ひかがみ」や「花腐し」の初期の作品には、帯文にあるような「官能」が漂っていて好きだった。
けれど以前一度「散歩のあいまにこんなことを考えた」というエッセイを読んだことがあるのだが、小説とまったく異なるあまりの凡庸さに「?!」と戸惑い驚いた。
なんというか。。松浦でなくてもいいじゃないかという文章が並んでいたのだ。
あまりに普通すぎるというか、貴公子が平民になったような感じで、イメージが狂っちゃいました。

「黄昏客思」はとても松浦寿輝らしい随想で、読み応えあり。満足でした。
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2016年01月12日

伝統的町並み研究会編「一度は歩きたい日本の町並み」

旅行をする目的として古い町並みを見学するのは、日本でもヨーロッパでもとても楽しみなことだ。
私は近代的な街を歩くのも嫌いではないのだが、古い町の落ち着いた佇まいはやはり心が静まる。
昔の家々が並ぶ町の雰囲気はどこか懐かしい。
ただ残念なのは、日本の場合、町全体ではなくスポット的に保全されていてそこは美しいのだが、あとはそうでもなくてがっかりすることがある。
それに保全された町並みは撮影セットのようだったり、テーマパークのような印象を受けることもある。
生活の場としての町ではなく、たんなる観光地となっているからだ。
むつかしいものがあります。

それでもやっぱり行きたい。行って歩きたい。
そういう人にはこの本は参考になるだろう。
ほとんどが写真で文章が少ないため歴史などの説明が不足しているが、でも本当に行きたいのなら自分でいくらでも調べられる。

江戸、明治、大正、昭和・・
昔の町は美しかったのだなとつくづく思う。
日本の町並みに変化があったのは、アルミサッシ以来だと私は考えている。
木造の家とその建具は隙間風で冬は寒かった。それを改善するためにアルミサッシは大きな役割を果たした。劣化しないのも受け入れられた。
けれどあの色、ペラペラ感、、自然素材でない建材には機能はあっても美はなかった。
それからどんどん新建材が現れ、今では真っ黄色のサイディングの家があっても驚かなくなってしまったが、それらを目にするたびに心理的ストレスは覚える。
この本に載っている町々にはそんなストレスは皆無。
いつか行きたい・・の想いが強くなる。

北海道や東北はほとんど知らないがが、他の地方はかなり訪れている。
大好きな町の写真があるのはうれしい。
奈良の今井町は何度も行った好きなところ。奈良市内のならまちが今は人気だが以前は「ならまち」なんて呼ばなかったよね。その点今井町は江戸時代がそのまま息づいていて、人々が普通に生活しているし、あまり観光地化していないのでホットする。(ボツボツカフェとかができつつあるけれど)。
山陰の倉吉ももう一度行きたいところ。
足助は二度ほどホタルを見に行った。
長野県の中山道の宿場町にもよく行った。それこそテーマパークみたいになったところもあるけれど。
宿場町は田舎っぽいけど、金沢のような文化薫る城下町を散策するのも素敵だ。
ここに岡山県の吹屋が出ていて、アッと思った。つい最近ある友人夫婦とこの町のことを話したばかりだったからだ。
吹屋は岡山県の山間部、高梁というところにある町で、ふるくから銅の産地で知られていたが、江戸中期からはベンガラ生産をするようになりずいぶん栄えた。
町の家々はベンガラ色。壁や格子がベンガラ色に塗られているのだ。
ちょっとびっくりする風景なのである。
美しいのだけれど、美しさの中にちょっとそこはかとないコワさがあって、そのコワさは横溝正史的。
まるで夢を見ているような不思議な風景。うなされそうな夢かもしれません。

私としては三重県の松阪も入れてほしかったな。
松阪といえばみんな「松坂牛」しか思いうけべないけれど、城跡近くの武家屋敷の並ぶ一角は本当に素晴らしいのだ。
槙の高い塀が毅然と並び、関ヶ原の合戦以来ずっとそこに住んでいる家族も何軒かあるという。
近くの関宿は関宿でいいのだけど、松阪も載せてもらいたかったなぁ。

これから行きたいのは、九州の旧い町。
これは夫と二人でゆっくり老後の楽しみとしたい。(もう充分老後、なんですけどね。)
posted by 北杜の星 at 08:16| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月11日

姫野カオルコ「謎の毒親」

姫野カオルコはけっして嫌いな作家ではないのだけれど、どういうわけかあまり縁がない。
いつも違うストーリーの違う文体の彼女の小説は巧みで(巧みすぎて)、好きなものと嫌いなものが私の中ではっきり分かれる。
「ハルカエイティ」なんて、気持ち悪い小説だたなぁ。

でもこれはよかったです。とてもよかった。
ほとんど私小説だそうだが、こんな両親に育てられた子どもの痛ましさがやりきれないほどにリアルに響いてくる。
「毒親」と自分の親を表現しているが、そうした表現ができるのは大人になってからで、子どもの当時は自分にどこか落ち度があるのではないかと自分を責めたに違いない。それがなお痛ましい。
幼い子供にとって親は絶対的な存在。世界そのもの。
その親が父も母も、じつに不可解で理不尽な言動を子どもに対してするのだから、これは「謎」としてミステリーでありホラーでもある。

主人公のヒカルは以前よく通った古書店の壁新聞「打ち明けてみませんか」というコーナーに、幼いころの親とのあれこれについて相談の手紙を書く。
そして古書店「文容堂」から返事をもらうという構成でこの小説は書かれている。
両輪ははっきりと虐待やネグレクトをするわけではないものの、小さなことを含めどうしてこんな反応ができるのかという「謎」に満ちている。
そのころ珍しいテッキンの大きな家に住みながら、モノをけっして捨てないために狭い、ゴキブリなどの虫がウヨウヨいる。(家の設計自体もじつに奇妙)。
運動会の100メートル競走で初めて一等賞をとっても褒めてくれないどころか、罵倒される。
一緒に外食をしてトイレに行って帰ってみると、親はどこにもいない。
お小遣いを貰えない。
女らしさを排除させられ、いつも男の子の服を着せられ頭も坊主同然に刈られていた。
自由度がまたくない生活・・
一番不可解で気持ち悪かったのは、中学生になったカオルが寝ていると母親がカオルの胸をまさぐっていたこと!
(子どもが成長するの認めず、女らしくなることを嫌悪していたためか?)

この両親っはたんに子どもを愛せないだけではないのだと思う。
人間として、何かが足らないか、何かが多すぎる性格破綻者のような気がする。
ヒカルの不幸は親のどちらもが同じ性格だったこと。かばってくれる人、わかってくれる人が家の中に誰もいない。
一人っ子だったことも不幸を大きくしている。
たぶんヒカルは何を言っても虚しい。。と子ども心にわかっていたのだ。
何を言われても何をされても、説明や抗弁しようとはしない。言っても無駄なんだもの。

こんな親に育てられたらネガティヴになってしまう。
でも文容堂からのあたたかい励ましと慰めはカオルの心の硬い塊を解いたことだろう。
誰か一人でもいい。自分を理解してくれ(少なくとも理解しようとしてくれ)、そこに行けば自分の逃げ場があるとわかることは、おおきな救いだ。

「毒親」であっても、親であるなら捨てられない。
幼いころの割り切れない思いは、親が老いると違うかたちでその割り切れなさが増すと思う。
ふうぅと重いため息の出る作品だったけど、文容堂の手紙にホッとでき、これが毒を撒き散らす小説ではないので、読後感は悪くなかったです。
posted by 北杜の星 at 07:30| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月08日

瀬戸内寂聴「わかれ」

90歳を過ぎての短編集、その筆力に驚くばかり。
力強くしなやかで、記憶の確かさだってたいしたものだ。なにより「書きたい」という意思がビンビンと伝わってくる。
人間は歳をとってもこのように生きられるのは、恵まれた体力と才能があるからなのか?

この元旦に友人のお宅でお節をご馳走になりながらダラダラと過ごし、普段は見ないテレビを見ていると、夜のBSで瀬戸内寂聴の特集を放映していた。
霜降りの牛肉にシャンパを美味しそうに食べる姿、必死にリハビリに励む姿、若い秘書と笑い合う姿、東北の寺で法話をする姿・・
どの寂聴さんを見ても、楽しそうで、いまだ人生の真っただ中という印象だった。
テレビの画面を見ながらみんなで「スゴイ、スゴイ」の連発で、そのうちにはあまりのエネルギーにため息をついていた。

でも人間、90歳を超えると、そうばかりではないのだ。
楽しみよりも苦しみの方が大きいのだと、この本を読んで知る。あの寂聴さんでさえ。。
この短編集には女性の同性愛を取り上げた創作や私小説らしきものなどの他に、エッセイとも言うべきい文章がいくつかおさめられている。
「約束」では吉行淳之介とのあれこれが書かれているのだが、彼女は70歳になったばかりで逝った吉行を可哀そうとも惜しいとも思ったが(吉行と寂聴さんはほぼ同年齢)、今では羨ましい想いが強いと言う。
また「去年死んでいれば、この喜びに逢えなかったという僥倖よりも、去年死んでいるとこの憂き目は見なかったものをと思うことの方が多い」と書いている。
嗚呼。。歳をとると言うのはそれほどつらいことなのか。
あの寂聴さんでさえそうなのだ。
それを考えると案外、ボケるというのは幸せなことで、神様が下さる「許し」みたいなものかと思ってしまう。

「紹興」ではテレビ取材で中国へ行き、紹興を訪れた際の、武田泰淳との思い出が語られている。
私は戦後作家のなかでは泰淳がもっとも好きなので、彼のことを少しでも知ることができて有意義だった。
泰淳の妻の武田百合子が泰淳の死後、あれほどの書き手となりさまざまな作家たちに影響を与え、今なおたくさんのファンを持っているのを考えると、大きな男は大きな女を自分の生きているうちには背後に隠して自分のためだけに存在させていたんだなと、「それってスルイヨ」という気持ちにもなる。
(これはやはり戦後作家の木山捷平にも言えることで、捷平の死後奥さんのみさおさんは立派に捷平の本を編纂している)。

肉親が死に、友人が死に、愛した男たちも逝ってしまった。
独り残され、死者の気配を感じつつ暮らす日々がいつまで続くのか、それは人間には決められない。
望むと望まないにかかわらず、生きてゆくしかないのだ。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月06日

藤田紘一郎「パンが危ないカラダが危ない」

「ボケない!病まない!老いない!」ための健康食の新常識を教えてくれるのがこの本。
藤田先生といえば寄生虫博士として有名だが、このところの先生は健康を守るための食事法についてもいろいろな本を出している。
どんな油を摂取すればいいのかとか腸内細菌を増やすための食事とか炭水化物を減らせとか。
タイトルを見ればわかるようにこの本は基本的には炭水化物を減らそうと言うものなのだが、炭水化物の中でも小麦由来のパンに特化している。
その理由は、パンが加工品だからである。加工品として体に危険な添加物が使われているからである。

炭水化物は三大栄養素の一つとして重要視されてきた。
しかし最近の研究で、それは若い人のエネルギー源としては必要でも、50歳を過ぎた人間には必要でなくなるだけでなく、たくさん摂ると害を及ぼすことになるとわかってきた。
炭水化物の過量摂取は肥満、糖尿病、認知症、癌の原因となっているという。
歳をとったから肉の脂を控えてと注意する人は多いが、炭水化物の食べ過ぎを気にする人はあまりいない。
でも米飯、パン、麺類(うどんやパスタ)の炭水化物にこそ、50歳を超えたら心配すべきなのだ。
反対に肉や魚のたんぱく質を充分に摂る方が健康寿命が延びるという。(あの聖路加病院の日野原先生はいまでも週に2回はステーキを食べている)。

「パンが危ない」と言われると、私の夫は困るだろうな。
なにしろパンは大好物。世の中で一番好きな食べ物がパンという人だもの。
もっとも彼の好きなパンは天然酵母で作られたしっかりどっしりしたヨーロッパの昔ながらのパンで、菓子パンは食べない。(さいわいにも私の住む八ヶ岳南麓では、こだわりのパン屋さんの激戦区なのでありがたい。こういうパン屋さんは添加物なしのパンを作っているから)。
でもランチにパスタとパンを一緒に食べるので、「それって、ラーメン・ライスと同じだよ。止めたほうがいいよ」といつも私は言っている。

どうして50歳以上に炭水化物が害になるかのメカニズムはこの本を読んで理解してもらうとして、ひとまずはより良い炭水化物の摂り方を知っておこう。
白い米や白い小麦を避けて、玄米や胚芽米や雑穀米、全粒粉のパンやパスタを選ぶこと。
白い炭水化物はその糖質が体に吸収されるのが速すぎて、糖尿病リスクが高まる。ということはもちろん白砂糖も同じこと。
炭水化物は昼食時に少量を。(夜は食べない)。

私たちはもう何か月も夜は炭水化物を摂らない食生活を実行している。
とても調子がいいですよ。
お腹がスッキリしてもたれない。(体重は変わらないけど)。
ご飯がないので自然に薄味になるし、野菜スープの登場が多くなった。
私はここのところ朝は人参とりんごのジュースと金時ショウガ入りミルクティとドライプルーンだけで、パンを一切食べなくなった。2時間後くらいにはお腹が空くのでそのときには塩無しミックスナッツをポリポリして、お昼までもたせている。
(この本の中にもおやつには塩無しナッツをあった)。
昼食時にはパスタを、夫は70〜80グラム、私は50〜60グラムくらいを食べる。
以前にくらべると炭水化物はかなり減ったと思う。
ちなみに炭水化物過量摂取の悪影響が体に現れるのは、70歳から75歳ごろらしい。

炭水化物のなかでもパンが危ないと言うのはその生産過程で使われる多種大量の添加物にある。
全国流通の大手メーカーのパンの添加物を見ると、たしかに「危ないよ、これ」と怖くなる。だって食パンなど毎日食べるものだから。
この本にはそれらのパンをヤマザキなど名指しで言及してあるし、炭水化物の代わりに何を食べればよいか、糖質フリーの食品なども紹介してある。

とにかく肝に銘じておくのは、50歳を過ぎたらなるべく炭水化物を避けること、酸化した油やトランス脂肪酸を排除すること。
このトランス脂肪酸がじつは曲者で、いろんな加工食品にもぐりこんでいるのだが、マーガリンやショートニングは危険と覚えておいてください。

私はずっと前からマーガリンは使っていない。あの味が安っぽくて嫌いだったから、上等のバターを少し使うという方法を健康のために選んでいた。
低脂肪牛乳とか低脂肪ヨーグルトも一切使わない。
ああいうのは人工的に一手間加えた加工食品で、それなら純正のものを少しというのが私の食のポリシー。
なるべく食品はナチュラルであ
それとどんなにもったいなくても、一度使った油は絶対に二度使わない。
汚れた油をきれいに濾す容器があるけれど、そんなものにお金を使うのなら新しい油を買うべきだ。油は熱を加えただけで酸化するのだ。
悪い油の害は内臓や血管、骨や筋肉にまでに影響するから怖いのだ。

日本人の平均寿命と健康寿命のあいだには、約10歳いの差があると藤田先生は書く。
あと10年を元気で過ごすためのアドバイスとして、この本をお勧めします。

posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月05日

武田砂鉄「紋切り型社会」

この本は昨年夏くらいに評判になった本で、私もライブラリー予約していたのだが、すっかり忘れたころになって順番がやってきた。
「言葉で固まる現代を解きほぐす」の副題を持つ。
ちょっと機を逸した気もするのだが、読んでみた。

紋切り型のフレーズってありますよね。
新聞やテレビなどのメディアの文章はほとんどが紋切り型だ。紋切り型と言って悪ければ「定型」か。
言葉はある意味恐ろしい。
言葉、それも紋切り型のフレーズによって、私たちが不自由な縛りを社会から受けることがあるからだ。
言葉は私たちの意識そのもの、その意識が社会をつくって、いつのまにか全体主義の方向へ流される・・ということにならないようにしたいと思う。

部分的に章の紹介を。
「乙武君」(障害は最適化して伝えられる)。
「全米が泣いた」(『絶賛』の言語学)
「国益を損なうことになる」(オールでワンを高めるパラドックス)
「カントによれば」(引用の印籠的信頼)
「逆にこちらが励まされました」(批評を遠ざける『仲良しこよし』)・・

上記の倍ほどの章があって、どの章にも全面的に同感というわけではなかったのだが、もっとも「そうよね」と感じたのは「若い人は、本当の貧しさを知らない」という章。
これは体験した人間は本当に強くて正しいのかというこを論じている。
例えば昨年は戦後70年と言われた年だったが、「戦争を経験していない世代にはわからない」といったことを言う人間がよくいる。
しかし経験していればそれでエライのか?
たまたまその時代に生れそこにいただけじゃないのか?
と思っても、若い人間はそれを口には出せない。
世の中では体験経験がもっとも重要視され、その言葉の前にはひれ伏す以下ないからだ。
では、体験したけれど、その体験を今に生かしていない人間と、体験してはいないが、深くそのことを考えている人間と、どちらがエライのか?
またそれを行動として表しているかどうか?
私も若いころには「今の若いもんは」とよく言われたものだ。だから(なるべく)その言葉は言わないようにしている。
だって反感をもたれるだけで、何の説得力もないから。
。。それでもそれでも、これが歳をとるということなのでしょう。言いたくなることがあって、そのときには夫婦間でそっと言っている。

未経験は経験に絶対勝てない。
いますよね。秋になって日本の中華料理店で上海蟹を食べて美味しかったよと言うと、「あぁ上海蟹の季節。でも日本にくるのはもう痩せていて美味しくないんだよな。香港で食べる上海蟹はやはりさすがだよ」とか言うヤツが必ずいる。
そんなとき、この章を思い出したい。というか、自分がそんなこと言わないように気をつけたい。

ひとは言葉で考える。
紋切り型の言葉はその考えることを阻んでしまう。自分のアタマでモノを考えることが大切。

私が大嫌いな紋切り型の言葉が二つあります。
一つは「ご自愛ください」。
これを必ず毎度、メールの最後に書く若い人がいるが、あれってものすごく気持ちが悪い。
どうして自分の言葉で書けないのかと悲しくなるし、その人のIQを疑ってしまう。
それともう一つは「ご愁傷さま」という言葉。
これは私はどうしても使えない。使ったことがない。
でも一度だけ、言われたことがある。母が亡くなったと伝えた時、ある友人が「それはご愁傷さま」と言ったのだ。
背筋が凍った。
彼女に悪気はなかったのかもしれないが、他人から受けた言葉でこれほど傷ついたことはなかったし、相手の人格が地に墜ちたこともなかった。
紋切り型には心が見えないから、寒々としてしまう。

つい口から出てしまう紋切り型フレーズ。
言うのも聞くのも、心して。。
posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月04日

石田千「家へ」

石田千は私の大のお気に入りの物書き。
その彼女の作品から一年の「ハッチのライブラリー」を始められる幸せは大きい。
・・この文章、いつかも書いたような気がして調べてみたら、3年前の2014年の1月4日に書いていたことがわかってびっくり。
そうか、彼女の文章を年末年始にかけて読む至福の時をこうして持てているのだなと思った。
しかもこの「家へ」は今月決まる芥川賞の候補となっているそうだ。

石田千はエッセイも書くが小説も書く。
小説はエッセイほどたくさん発刊されていないが、私は彼女の「あめりかむら」などの現実と非現実のあわいのような小説が好きで、なぜもっと小説を書かないのかなともどかしかった。
「きなりの雲」や、エッセイか小説か判じかねる「みなも」なども悪くなかった。
やっと待望の小説がこの「家へ」だ。
正直、ちょっと戸惑った。あまりにこれまでの小説とは趣が違う。
故郷、家族、友人、将来の仕事など、現実感でいっぱいだったからだ。
しかも舞台は新潟。(彼女は福島育ちなので新潟には地縁ななさそうなのだけど)。

けれど読み進めるうちに次第に物語に没頭していた。
静かでそれでいてどこか激しく(激しいという表現が正しいかどうかはわからないのだけれど)、悲しく、寂しく、それでいて希望がある。
いろんなことが詰まっている小説だ。
最初は人間関係が分かりづらかった。
東京の美大院生の新太郎が故郷新潟の小さな町に帰京する。彼は木彫刻家を目指している。実家には母の律さんとおいじさんがいる。
そこへ対岸の島から倫さんが島で捕れた魚をもってやって来る。
彼らの結びつきが複雑なのだ。

律さんは若いころ倫さんの子どもである新太郎を産んだ。倫さんは強く結婚を望んだが律さんはそれを拒絶しシングルマザーとなった。
それからしばらくたって「おじいさん」という男と同居するようになった。おじいさんは歳が離れてはいるがそれはあだ名である。
つまり律さんは二人の男と結婚をしないでいるのだ。
倫さんは今では島で家庭を持ち妻と息子がいるのだが、律さんと新太郎の面倒をなにくれとなくみてくれている。
のみならずおじいさんにイカを渡し、そのイカを加工したものは海辺の町の名産となりつつある。倫さんとおじいさんの間も良好だ。
摩訶不思議な関係はそれなりにバランスを保っていた。
けれど新太郎がドイツに留学したいと言い始めたことから、その微妙なバランスが崩れはじめてきた・・

誰もがみなやさしい。でもだれもがみな胸に小さなわだかまりをもっている。
我慢なのか諦めなのか。それが切なく読む方に伝わってくる。
スパッと割り切れているのは、新太郎の母の律さんだけなのかもしれない。だから彼女が「いい女」に見えるのだろう。
倫さんの奥さんはほんの少ししか登場しないれど、彼女もアッパレ。見事に出来た女性だ。
男は女に支えられているんだなぁと、つくづく思いますね。
まぁ男はそれをわかっているのだけれど。

新太郎の制作活動の描写も面白い。一生懸命彫刻家になろうとする彼を地元の人間はなかなか理解しない。
郷里に帰って美術教師になれだとか、バイトをしていた子どものいない画材屋の夫婦は店を継いでほしいと願っている。
そういうしがらみを振り切って、新太郎は自分の道を歩こうとしているのだ。
もっと祝福し応援してあげてよ、と言いたい。
最後の出来事はかなりショッキングだが、これは読んでのお楽しみ。

「家へ」というタイトルは意味が深いと思う。
「家」が家であるうちは「家へ」と帰るところ。でもひとはいつか「家から」出て行く。
そうなったとき「家へ」の気持ちが膨らむのは、どんな場合なのだろうか。
そのとき「家へ」向かう足取りは重いのか軽いのか?

大好きな石田千なので芥川賞受賞してもらいたいのですけれど、他の候補作品を読んでいないので。。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年01月01日

ハッチより 新年・・

あけまして おめでとうございます!

甲斐駒ケ岳に輝く初日の写真を、と思っていたのに起きるのが遅くて、太陽はとっくに高いところに。
今年も早起きは無理なような私。。
初頭の計など唱えなくなってはいますが、8時までには起きるようにしようと、夫婦で話しております。

写真もなく、文章にも際立つところがなく、ごく地味なこのブログをいつも訪問してくださって、本当にありがとうございます。
読んだ本や社会のことなど、「私の考え」が皆様といつも同じとは限らないと思いますが、100人いれば100様の意見があるのが当たり前。
その当たり前をちゃんと認めつつ、なおも「私の考え」はきっちりと、このブログでお伝えしたいと思っています。

今年は申なのですね。
私のまわりの申・・いました、いました。弟が申年でした。
彼は今年還暦、私とは7歳違い。うーん、まだまだ若いなぁ、弟は。
姉というものは弟妹にはいつも嵩高く感じられるところがあるのかもしれません。別に威張っているわけではないのですけど。

私たちはこれから友人宅で、お節をご馳走になりに伺います。
このところ数年の習慣で、京都の丹後半島のお料理屋さんから届く見事なお節を頂くのです。
このお節、お重箱にびっしり詰まっていて、逆さに振ってもなんにも落ちないくらい(振ったことはないのですが)。
海の幸、里の幸、山の幸・・見目も麗しく並んでいます。
お節らしくじっかとした味ながら上品で、いくらでもお腹にすんなり入るので、何時間も食べ続けることになります。
おかげで私はお節はなんにも作らずにすんでいます。本当に感謝です。

いろんなひとに助けられながら、こちらもなにかしらお役にたてるように、この田舎暮らしを楽しみ暮らしたいと思っています。

この一年がみなさまにとって、 穏やかで幸せでありますように!
posted by 北杜の星 at 09:07| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする