2016年04月11日

西加奈子「まく子」

直木賞受賞後第一作目のこの「まく子」は意外な展開をみせる小説だ。
受賞作の「サラバ!」とはまったく別の趣がある。
それでも読んでいくうちに「あぁ、西加奈子だ」と思わせるいつもの彼女の人間肯定が、こちらの心に響いて多幸感に包まれる。

ひなびた小さな温泉街。
小学5年生の慧はこの温泉街の旅館の息子だ。
一学期のある日、とても美しい少女コズエが転校してきた。彼女のオカアサンは慧の旅館の仲居として働くことになり、隣接する寮で暮らすことになった。
でもコズエとオカアサンはどこかみんなとは変わっていたし、母娘とは思えないほど似ていないだけでなく、普通の親子の情愛も感じられなかった。

「まく子」というタイトルに最初、変な名前だなと思ったが、まく子は「撒く子」、つまり水を撒く、砂を撒く、葉っぱを撒くの「撒く子」だったのだ。
そう、コズエは撒くのが好きな少女だった。
慧と並んで、石垣の砂粒を撒くとき、彼女はとてもうれしそうだった。
なぜそんなにも撒くのが好きなのか?

私たちはみんなみんな「粒」で出来ている。
人間も鳥も魚も石も・・
粒は命の根源。それはきっと地球だけでなく他の星でも同じこと。
コズエと一緒にいるうちに慧はいろんなことに気づくようになる。

11歳という男の子の年齢は微妙だ。
どんどん体が変化していくのに、その変化についていけない。むしろ自分の体が変わるのが不安だしうっとうしい。
「ウワキ」をして街中のみんなから噂される父親のようにはなりたくない。そもそも大人になんかなりたくないのだ。
まわりの友達が少しずつ変わっていくのもいやでたまらない。

「意外な展開」と最初に書いたが、それがどういうものかは読んでのお楽しみ。
でも私がはっきり言いたいのは、これはファンタジーではないということ。少なくとも西加奈子はファンタジーを書こうとしたのではないと思う。
ファンタジーのかたちをとってまで、書きたいことがあったのだ。
すべての生命体は宇宙の彼方からやって来た。そして我々は「一つ」だし同時に「みんな」でもあること。
西さんがこういうことを書く人だったのが、とてもうれしい!
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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