2016年06月30日

宇多川久美子「その1錠が脳をダメにする」

日本人は薬好き。それと検査好き。
私は常々、検査のための放射線量や電磁波の強さを心配していたのだが、ようやく医療被曝が問題になってきたようだ。
CTで1ミリの癌が見つかったということはつまり、1ミリ単位で放射能を浴びていると言うことだと著者は書いているが、ホント、その通り。
MRIにしたってあの狭い小さなスペースで強い電磁波を浴びて、身体に良いはずがない。
健康になるための行為が病気を作っていることを、少しは考えてみる必要がある。
日本人の癌の原因に、じつはこの医療被曝が大きいと、取り沙汰されているのだから。

個人的なことを言えば、私は小さなころから病気の巣だった。とにかく弱くて、歩くことすらできないくらいの時もあった。
結核や腎炎、メニエル病など病名がつけばまだ対処の方法があるが、すぐに疲れて熱が出る体質はどうしようもなかった。
その頃の私は薬をたくさん飲んでいた。
それが25年くらい前からだろうか、数年間玄米菜食にし、鍼灸や整体治療を始めた。気功や西野式の呼吸法も併せて始めた。
変化は少しずつ現れた。身体が元気になっただけでなく、精神も強くなって、あまり気に病まなくなった。
こうして医師や病院と縁が切れて、今では友人から「あなたはどうしてそんなに元気なの?」と言われる。

私だって感染症になれば病院に駆け込んで抗生物質をもらう。でも治ったら出来るだけ速やかにその毒を出す努力をする。つまりデトックスである。
動物性の食品を控えて、小食にすると、数日で具合が良くなる。ホメオパシーもいいと思う。
この本には食べもの、インナー・マッスルを鍛える運動などについても書かれている。
薬剤師だからこそ、薬が諸刃の剣ということを知っているのだろう。
びっくりしたのは、薬学部で最初に習うのが、「薬は人間にとって異物である」ということだそうだ。
そんなこと習ったのなら、もっと早く声を大にして教えてくれればよかったのに、、と言いたい。
posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月28日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

ショックでした。
イギリスのEU離脱。
それが世界にどう影響するのか、ファイナンシャルに疎い私にはそちら方面への懸念はまったく予想できていないのですが、EUといういわゆる理想理念が崩壊するかもしれない現実に、衝撃を受けました。
その理念とは、大一次世界大戦、第二次世界大戦で多くの犠牲者を出したヨーロッパが、もう戦争はしないで連合しようよというものです。
だからこそEUがノーベル平和賞を受賞しだのです。
でも経済優先の現実の前にはそうした理念は形骸化してしまったのでしょうね。
離脱の選択をしたイギリス人たちでさえ、これから起きることは、わかっていないのかもしれません。
とにかく若い人たちが将来に希望の持てる結果になって、それが世界にも広がればいいのだけど、そんなことにはなりそうもない気がします。

自然災害も年々ひどくなっているみたいで、九州など西日本の豪雨被害は本当に気の毒です。地震の後始末もできていない熊本はとくに気にかかります。
中国では竜巻のために約100人もの方が亡くなったとか。
とんでもないことが、普通になっているのが怖いです。

私たちの親しい友人が腎臓が悪くて入院し、退院後は一カ月の自宅安静を余儀なくされていましたが、やっと運転くらいはできるようになって、外食が楽しめるようになりました。
まだ快癒のお祝いとはいきませんがそれでもみんなでワイワイお喋りをしながらのお鮨には、ホッと一安心。
元気でいることがだんだん難しくなる年齢ですが、だからこそなおのこと、貴重な時間だと感じます。

GW前に我が家に新しい車がやって来たのは以前にも書きましたが、「車が来たら旅行に行こうね」と夫と話していました。
でも車でお金を使ったのと、外構工事もしたことっで、すっかり金欠になってしまって、なかなか旅行というわけにもいかず、心がモヤモヤしていたのですが、安いところなら大丈夫と、ゆこゆこネットで探して、新潟の上越市の山の中にビュイーンとすっ飛ばしてきました。
なにしろ宿泊したのが、キューピッド・バレーというスキー場に隣接したゆきだるま温泉というところ。
キューピッドにゆきだるま?なんというネーミングかと笑っちゃったのですが、泉質はこれまで経験したことのない炭の匂いのする塩からい温泉で、丁寧に手づくりされた料理の美味しさがなによりでした。日本海がすぐそこなのでお刺身が新鮮でした。
宿のサービスはすべて男性。女性のスタッフは全然いませんでしたが、とてもみなさん親切でフレンドリー。大満足でした。
それで一人、8250円!これまででもっとも安い宿でした。(土曜日の宿泊は14000円ほどだそう)。
朝夕のご飯がついて、温泉に入って、緑いっぱいの景色を見て、こんな値段でいいの!?と、世の中の値段設定というものに疑問だらけです。

その上越市への途中、久しぶりに小布施に寄りました。10年ぶりくらいかなぁ。
かなり昔から宮本さんという建築家が小布施の町並み保存に関わっていらして、きちんと保存計画がなされているので、変にテーマパークのようではなく、素敵な自然さで散策ができます。
以前より見るところが拡がっていたのもよかったです。
行きたかった蕎麦屋で昼食をし(蕎麦狂いの私も納得の美味しさ!)、その後にこれまた評判のフランス菓子店「ロント」でお茶しました。
この店のシュー・ア・ラ・クレームは絶品でした。しかも一つ300円しないんですよ。
あまりの美味しさに、翌日上越から家への帰りに高速をわざわざ下りて、またお茶しに行ったほど。
ケーキを二日続きで食べたいことは生れて初めて。
帰りに買ったブリオッシュも美味しかったな。だけどちょっと買いに行くには遠すぎるのが残念です。

雨が降ると猫はとことん眠いと言われますが、梅雨の今どき、ハッチ君も毎日よく眠ります。
最近は耳が遠くなったせいで、とくに眠りが深いようです。
よく眠り、たくさん食べて、しっかり排便。元気の素が揃って、来月には20歳の誕生日を迎えます。
老いの受け止め方など、ハッチに教わること、大です。

私は来月から一つ、新しいことを始める予定でいます。
これがどうなるか、またの機会にお伝えできればと思っています。

最近、遅寝遅起きになった我が家。ブログのアップも8時過ぎてしまうことも。
早寝早起きが健康に良いと言われますが、あれ、どうも本当かな?と疑問に思っています。
だって早寝をすると、夜中の1時か2時に目が覚めてしまい後がなかなか眠れなく、悶々とベッドの中で要らぬことを考えてしまう。
12時頃にベッドに入って寝ると、そんなことなく(トイレには起きますが)ぐっすり眠れるのです。
まぁ遅く寝ると当然起きるのも遅く、どうかすると目が覚めると8時半ということもあって、これはさすがに反省ですが、体調はすこぶる良好。
年寄りは早起きという定説はどうも我が家には当てはまらないようです。
私の周りを見ても、元気な老夫婦は案外ゆっくり起きて、遅いブランチを楽しんでいるみたい。
朝起きてすぐの散歩や運動はあまり身体には良くないと聞くので、怠け者夫婦の私たちにはこうした朝がぴったりのようですね。

早起きの方も遅起きの方も、この鬱陶しい季節をどうぞハッピーにお過ごしください!


posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月27日

石塚修「納豆のはなし」

年々好きになるものが二つあって、一つは林檎。
毎年11月の終わりになると友人たちと長野の松川まで買い出しに行く。それがなくなると今度は信州中野から一箱求める。この中野の林檎園では60年も前から除草剤を使わないで、可能な限りの減農薬で作っているだけあって、注文がいっぱいで入手が難しい。
それともう一つが、納豆!
世の中になくてもちっとも困らない食品だったのに、このところにきて毎日のように食べているが飽きないんですね。というかだんだん「美味しい」と感じるようになってきた。

納豆をいろんな食べ方をする人がいる。ある友人は醤油と砂糖を入れると言うから驚きだ。ジャコや青菜、胡麻や海苔はまぁ定番か。
私はシンプルに納豆と芥子だけ。それともネギを入れるだけが好きで、ご飯にはかけず、そのまま食べる。
銘柄はいつも決まっているが、友人のなかに小淵沢で納豆を作って販売している人がいるので、ときおりそれも食べるが、それは発酵が強くなくて、豆のサラダのようにオリーブオイルと塩がいいみたい。
でも納豆ほど好き嫌いが分かれる食べものはないかもしれない。
東日本では好きな人が多いが、西ではそもそも納豆を食べる習慣がなかったので、食べず嫌いの人も多いのではないだろうか。

この本の著者は人文社会学者。納豆の研究をしている方だ。
ここでは江戸の俳句や川柳から近代明治から昭和の文学のなかに登場する納豆を紹介している。
納豆って昔から庶民の味方。きどったtものではないから、川柳や小説に取り上げやすいのだろう。
昔は納豆というのは、一年中あるものではなかったのですね。知らなかった。
9月のお彼岸ころから11月くらいまでしか出回っていなかったようだ。
それが江戸の寛政年間、夏の土用あたりから売るようになったらしい。そのことを季節感がなくなっていやだと書いてあるものがあって、ちょっと笑ってしまった。
一年中あるのが当たり前になっている現在、当時の人はどう思うのだろう?

芭蕉、一茶、蕪村、永井荷風、北大路魯山人、夏目漱石、泉鏡花、小林多喜二、林芙美子、齋藤茂吉、古今亭志ん生などなど・・なかには正岡子規や宮本百合子のように納豆が好きでないひともいる。
正岡子規は病床で納豆売りの声を聞き、好きでない納豆を買いに家人を走らせるのだが、そこには子規のやさしさがある。
魯山人の納豆茶漬けのための納豆の混ぜ方が半端じゃない。混ぜること、混ぜること。混ぜれば混ぜるほど旨くなるそうだが、疲れそう。。

友人が難しい病気になってある医師に診てもらいに行ったら、「とにかくいま服用している薬を全部止めるように」と言われた。
彼女はそのときコレステロールを下げ薬を摂っていてそのことを話すと医師は「だったら納豆を毎日食べなさい」と。
その通りにしたら、コレステロール値は下がったそうだ。
西日本は納豆をあまり食べないと書いたが、納豆の消費量の少ない土地では、高齢者の骨折率が高いという。
安価な納豆で健康維持できれば、こんないいことはない。
年金暮らしになってだんんだん好きになるものがステーキじゃなくて納豆でよかった。

この本、楽しく軽く読めるが、軽く読んではもったいない感じで、著者はかなりの研究調査をして書かれていると思う。

私が不思議なのは、なぜ納豆菌は大豆でないとダメなの?
なぜ白いんげんや金時豆ではできないの?ということ。
誰か教えてください。
posted by 北杜の星 at 08:23| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月24日

熊谷達也「希望の海」

東北に生まれ育ち、いまもその地に住む熊谷達也の小説には「森」「海」がつくタイトルが多い。
森や海を身近に生活してきたからだろう。
「希望の海」は仙河海叙景」と副題にあるが、仙河海とは宮城県気仙沼がモデルとなっていて、これまで数作のシリーズがあるらしい。
それらを私はこの連作短編集ではじめて読んだので、この中の登場人物たちには初対面なのだけど、読み続けて来た人には彼らの相関関係がより理解できることだろう。
でも私のように読んでいない読者にも充分読み応えのあるもので、熊谷達也の筆力が感じ取れます。

3・11の津波で、人々をのみこんだ海のそばの仙河海町。
希は3年前に町に戻り、母が経営するスナック「リオ」を、病気になった母から任されている。
彼女は社会団長距離ランナーとして活躍していた時期もある。今でも走ることを忘れまいとしている。
そんな彼女のリオには、高校時代に付き合っていた同窓生や同級生などが毎夜集まって来る。
水産会社経営者、リストラされそうな男、役場に勤める男・・

仙河海は小さな町だ。誰もがどこかで繋がっている。
誰が何をしているか、みんなが知っている。そっと救いの手を伸べようとする者もいれば、静観するだけの者もいる。
そんなさまざまな事情を抱えながらも日常はそれなりに続いていくし、この先もどうにかやっていけるはずだった。
あの日までは。

9編のうち、7編が震災前の物語。
2編が震災後の物語。
「あの日」は出て来ない。

ジワリジワリと災厄の足音が近づいてくるが、誰もまだ知らない。
読んでいるとこちらの胸がドキドキしてくる。だってこちらはもう知っているのだから。起こったことの凄まじさと起こった後の悲惨さを知っているのだから。
どんなに苦労であっても普通の日常の貴さとかけがえのなさがいとおしい。

震災後、仮設住宅で暮らす兄妹を描く短編にはおもわず涙しました。(あの結末には意表をつかれたけれど、悲しくも美しい再生がせつなかったです)。


posted by 北杜の星 at 08:04| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月22日

一宮茂子「移植と家族」

力作である。
20年の間、移植の医療現場でスタッフの一人として働いた人ならではの渾身のレポート。
この本に関しては立命館大学大学院先端総合学術研究科上野千鶴子ゼミにおいて公開書評会が行われているが、医療に関わるひとにぜひとも読んでもらいたい一冊である。
日進月歩の医療だが、ともすれば「病気」を診て「人間」を診ないことが起こりがちだ。
著者はそんな医療現場の看護を通して、移植ドナーが移植後どのように感じ、生きているかの聞き取り調査をし研究結果をまとめた。それがこの本。
副題は「生体肝移植ドナーのその後」。

移植を受けるのはレシピエント。移植のための臓器を提供するのがドナー。
これまでレシピエントの追跡は行われてきたが、ドナーの体や心は顧みられることが少なかった。
はたしてドナーはどんな気持ちでいるのか?
移植手術の成功や失敗の結果により、ドナーは何を思うのか?
自分のしたことはよかったのか?
ドナーが自分の行為を肯定できるには何が必要なのか?
著者は17家族をここで取り上げている。

さまざまな理由で、このままでは死んでしまうという肝機能の衰えに、肝臓移植しか方法がない場合に生体肝移植は行われえる。
生体肝移植のほとんどが親族間によるものだが、複雑な環境だってある。
例えば、自分の夫が姉に生体肝移植をする場合だとどうだろうか。夫は実姉を助けたいとの一念だろうが、その妻からするとまだ幼い子どもがいるのだ。ドナーのリスクを考えると不安が募る。はっきり「止めてください」とも言いかねる。
じっさいにドナーの術後の危険性は個人差はあるが、ないわけではなく、生活に影響のでることがある。年月が過ぎれば過ぎるほどその影響は判然としないかもしれない。
そんなとき、医師か看護師か、誰がドナーのケアをしてくれるのか?またドナーの家族の精神的サポートをしてくれるのか?

私の友人に片方の腎臓を30代の息子に移植した人がいる。彼は70歳に近かった。
そんな年齢の腎臓がどれだけ機能するのか、大丈夫なのかと、私は心配だったが、親として働き盛りの息子の透析をなんとかして食い止めたいとの願いがあったのだろう。
「親なればこそ」のその気持ちがせつなかった。
手術は成功した。息子さんも透析を免れて社会復帰した。
しかし数年後、その友人は膠原病になった。それから1年後、胃がんになった。
もちろん膠原病と胃がんが腎移植の結果とは言えない。
だけど移植が体にとって大きなストレスであったことは間違いのないこと。
彼のこともだが、レシピエントの息子さんの胸中を思うと、気の毒でなっらない。
移植というのは、輸血を含めて、簡単なものではないのだと思う。
(ときどき想像するのだけれど、自分の血液がすっかり入れ替わるほどの輸血をした場合、「自分」という組成はどうなるのだろうか?輸血前と輸血後の「自分」は同じ人間なのかと、)

一宮茂子さんに敬意を払いつつ、この本を読みました。
posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月21日

魚住陽子「菜飯屋春秋」

魚住陽子を読むのはずいぶんひさしぶり。
最後に読んだのがいつだったか思い出せないくらいの寡作作家さんだ。
あの頃の作品とはかなり作風が違っている気がした。前のはもっと純文学っぽかったよううな記憶がある。
でもこの「菜飯屋春秋」、とてもよかった。
ある年齢にならないと書けない人生の深みが感じられる。輝くことも翳りのあることもどちらも経験し、それを受け止めている人の、今は静かになった心・・
そんな印象だ。

離婚後、小さな店を開いている夏子は北関東の出身。
店は居酒屋でもなく定食屋でもない。
「お惣菜を食べられる喫茶店みたいな店。お酒より煎茶やほうじ茶を出して、ハレの御馳走は無理だけれど、定食やより、もうちょっと非日常的な店」。
春夏秋冬、季節の野菜がメインに料理され供される。

夏子に料理を教えてくれた水江は一まわり近く年上の、今では大切な友人だ。
水江は料理だけでなく俳句の世界に夏子を誘う。
この本にときおり差し挟まれているいくつかの俳句が、ハッとするほど鮮やかなのは、魚住陽子自身が俳句をする人だからだろう。
これらの俳句が素晴らしいスパイスとなっている。(菜飯屋の佇まいならスパイスというよりは「薬味」かな)。

店に来る客たちも、それぞれ人生を背負っている。
彼らの一人として「ただの客」などいない。
突然店を手伝いに故郷の町からやってきたサヤは箸にも棒にもかからないほどおかしな子だったが、紆余曲折を経て少しずつ成長する。
そこに介在するのは「食べもの」である。旬の野菜である。

旬の野菜は生命力にあふれている。
その命をより引き出すのが、料理。夏子の料理はそういうものだ。
このような命と対比させるように魚住陽子はこの作品で、病や死を描く。
人の命の脆さ、心の壊れやすさ。どうすることもできないことが夏子や水江の傍らを通りすぎてゆく。
諦念と、それでも続く時間へのかすかな希望。
それらをつなぐのもやはり、夏子にとっては食べものを拵えることなのだ。

夏子さんの作る料理を食べたいのはもちろんなのだけど、ここに出てくる野菜を使って丁寧に料理をしてみたくなる、そんな小説。
菜飯屋の客になるより、夏子になりたくなる。
部屋中にお出汁のいい匂いを漂わせて、鍋にたっぷりのお湯を沸かして青菜を茹でたくなる。
私の若い友人で丁寧に料理をし食卓を楽しむ人がいる。彼女にこの本を薦めたところ、夏子の野菜の下ごしらえに対する姿勢にはとても共感できているようだ。

上半期の芥川賞・直木賞候補が決まったが、なぜこの「菜飯屋春秋」が入っていないのか。。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月20日

荻原浩「海の見える理髪店」

短編6つが収録されている。
人生におけるちょっとした奇跡のような出来事、それは誰にも必ず起きている。
その奇跡の「時」を切り取って、父と息子、母と娘、夫と妻などの複雑な関係を描いている。

表題の「海の見える理髪店」がやはりもっともよかったかな。
年配の男性が一人でやっている理髪店。そこには大きな鏡が客の目の前にかけてあって、後の海を映していた。
その理髪店にある日若い男性が調髪にやって来た。いつもは美容院で髪をカットしてもらうような男性だ。
店の主は彼に、これまでの自分のしてきたことを語り始めた・・
戦後父親の跡を継いだこと、有名な俳優が客になってきてくれていたこと、結婚をし息子を授かったこと、信頼していた片腕が独立すると聞きその男を殺めてしまったこと。
やがて仕事が終わり、店の主は若い男を送り出す。。

読み進むうちに、「多分、そうなんだろうな」とうすうす感じた通りの結末となる。
悪くない。全然悪くない。
そのほかの5編も読後、しんみりと家族というものを考えさせてくれるて、胸底がキュンとなる。

でもこれは荻原浩の小説を読んでいつも感じることだが、「これって悪くはないんだけど、なんだかなぁ」と思ってしまうのだ。
あざといとまではいかないのだが、このボタンを押すとこうなるでしょという感じがあり過ぎるというか。
独創性もないというか。
こういうのって、よくあるよね、という筋立て。落とし所が決まり過ぎ。
これは小説に対してひねこびた私だから感じるのかもしれないのだけれど、もっと無骨でもいいいんだよと言いたくなる。

そういえば「明日の記憶」も好きじゃなかった。リアリティのなさ以上に私のなかで「これ、絶対的にダメ」なものが生理的にあった。
私がこれまで荻原浩で好きだったのは、「押し入れの中のちよ」というこれも短編集の「お母様のロシアのスープ」だ。
ちょっと不気味なお話しなのだがおもしろかった。
ことさらに読者を感動させようとは思わずに書けば、もっと素敵な小説が書ける人だと思う。それだけの筆力はある人だから。

すみません。今日は辛口となってしまいました。でもこれが好きという方はいると思うので、そういう方は是非楽しんでください。
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月17日

町田康「リフォームの爆発」

町田康が東京都心から熱海の山のなかに引っ越したのは、当時飼っていた10頭の猫のためだった。
買ったのは中古の家でかなりたくさんの部屋数があり、茶室までついているもの。それを入居にあたって改築をした。
猫たちのうち何頭かは死んで現在は、猫6頭と犬2頭がいる。
それらすべてが保護の必要のある見るに見かねて飼うことになった犬猫たちだ。
町田康、それ以上に彼の奥さんはやさしいひとで、気の毒な生き物を見過ごすことができないのである。

そして今回、また家をリフォームすることとなった。それも大々的に。
家中に不具合が出たためだ。
まず、人と寝食を共にしたい居場所がない二頭の大型犬のため。
人を怖がる猫6頭のための茶室・物置小屋や連絡通路の傷みによる逃亡と倒壊の懸念。
そして細長いダイニングキッチンで食事をする苦しみと悲しみ。
ダイニングキッチンの暗さによる絶望と虚無。
これらを改善するためのリフォームなんですね。
(この家、ずいぶんとイレギュラーな造りのようで、私に言わせると「町田さん、なんでこんな家を買ったのよ」と言いたくなるんですけど)。

町田康はこれまでも自分でもいろいろ側庭などの工事をしている。
彼のことだもの、すればするほど失敗の穴が拡がり、奥さんからはあきれられ、自分も嫌気がさして不貞腐れることとなる。
ならばプロの職人さんたちに依頼をしよう!と考えたのは正解。まぁ自分で手に負える規模のリフォームではないのだからそれは当然。
でもこれが一筋縄ではいかないのは町田康ファンなら誰もが想像できる。
職人さんたちとのあれやこれやの折衝が大変なのだ。
彼らの一挙手一投足にビビってしまう。でもちゃんと自らお茶出しもしているんです。

でもかなりリフォームというか建築のことを勉強したものと思われる。そうでなければこのような詳細なリフォーム・エッセイは書けないだろう。
もし「リフォーム文学」というジャンルの賞があるならば、これは間違いなしの大賞受賞だ。
まずただのエッセイではなく、本の導入部はエッセイではなく小説といってもいいくらいの構成となっている。
町田康はこれを書くにあたって、新しいエッセイのかたちを作ろうとしたのではないか。意欲作ですね。

リフォーム後のスピンクたちがどう感じているか、それは次の「スピンク・シリーズ」でわかることでしょう。
楽しみです。
posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月15日

浅羽通明「反戦・反原発リベラルはなぜ敗北するのか」

自分とは反対意見であっても一応、その意見を聞く耳は持っている。
相手がどのような論旨かを知りたいと思うからだ。人間と言うのは自分が聞きたいことしか聞かない傾向があり、そればやっぱり良くないことだし、どんな反対意見であってもすべてバツということはなく、どこか「ナルホド」と賛成できなくとも理解はできる点が探せるからだ。
第一、反対意見に対して理論武装するうえでも、相手を知ることは大切である。
だからこの本を読んでみた。

不愉快ですねぇ。
「なぜ敗北するのか」の検証がロジカルに書かれていると期待したのだけれど、そういう知的作業はどこにも為されてなくて、ここにあるのは理由なき「せせら笑い」だけ。
どこに著者がリベラルに優越感を持つのかの根拠がわからないのだが、とにかく「せせら笑う」ためにこの本を書いたとしか思えない。
検証などしていなくて最初から結論が出ているのだ。
ほとんど感情論だけの中身のない文章の羅列は虚しいだけ。

「愚劣」で「バカ」で「嘘つき」の政治家に、反省と改心を期待する方が愚劣でバカなのだそうだ。
そんな期待を抱かずに、実力は実力によってしか倒せないことを知るべしだと。
実力ってなんだ?
市民運動を浸透させ成功させるには長い時間がかかる場合がある。その間、あまりの歩みの遅さに絶望的になることだってある。
それでも、何かを信じて希望を持って歩むしかないのだ。
歩みを止めることは、愚劣でバカで嘘つきの為政者の思うつぼにはばることだから。

著者のような日本人がいることは知っているし、アメリカでも下品なトランプ氏を担ぎあげる人間がいるのもわかっている。
でもそれが世界のスタンダードでは決してない。
すぐには勝てないかもしれない。いっけん、敗北に見えるかもしれない。
けれど歴史のなかにおいては、必ず市民の力が勝利する。
いまその運動を嘲笑っている人間はそのとき、何を語るのだろうか?

これは筑摩新書の本だが、筑摩ってもっとちゃんとした出版社だと思っていたんだけど、このような感情論だけの本をセンセーショナルに売ろうとするのは、残念ですね。
もっとしっかりと(どちらの側であっても)首肯できるものを出してください。

posted by 北杜の星 at 08:05| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月14日

中島京子「彼女に関する12章」

60年以上前、伊藤整が婦人公論に寄せた随筆「女性に関する12章」をもとに、中島京子が現代に生きる50歳代になる女性を主人公とし書いた小説を、同じく婦人公論に連載した。
それがこの本。
中島京子はこういうものを書かせるとまさに真骨頂。巧いです!
以前にも田村花袋の「蒲団」をベースにしていたが、レトロっぽい雰囲気を「今」に結ぶ技はなかなかのものだ。
「ぢいさいお家」も昭和初期が背景だったし、ああした空気感は中島京子という作家の素敵な個性だと思う。
軽いなかに、ちょっとした教養小説のような知識も顔をのぞかせているのが楽しいし、そこはかとないユーモアが散らばっているのもいい。

聖子はそろそろ閉経?という年齢。
編集プロダクション経営の夫はライターでもあるのだが、その夫が仕事で伊藤整の「女性に関する12章」を資料とすることになった。
聖子はタブレットでそれを読む。
60年前の女性論は古めかしい個所もあるものの、今でもリッパに通用する部分もあるような。。
読みながら聖子は守との夫婦の微妙なせめぎ合いを思うのだ。

夫の守の弟はセクシャル・マイノリティ。
一人息子の勉は一生女性には縁がないのではと、聖子は悩んでいた。
ところが、勉はある日何のノーティスもなく、しばらく前から同棲しているという女性を連れて実家に帰って来た。
勉は京都の大学院で、聖子にはわけのわからない哲学を専攻しているが、その女性も同じらしい。
このガール・フレンド、無愛想でニコリともしない。むろん会話もない。
二人が帰った後で守は彼女のことを「鰯で精進落とし」だとノタモウタ。

私、恥ずかしながら「鰯で精進落とし」ということわざは知らなかった。
せっかくの精進明けに鰯のような安い魚でいいのか?それはつまらないじゃないかという意味だそうだ。
長い間女性の影もなかった勉の最初の彼女が、あの人でいいのか?という親の気持ちの表現。
(こういう可笑しさが随所にあるんですよ)。

聖子の初恋の息子、非営利団体で仕事をすることになって知りあう「お金を遣わ何で暮らす」男性、長野県に住む旧友・・
彼らとの関わる聖子の日々が、どう60年前のエッセイと繋がるのか?
面白いです!
何歳になっても、人生は新鮮な驚きに満ちているんですね。
ストーリーを楽しんでいて見過ごしてしまいそうだけれど、社会問題への提起も旧友のボンゴさんからしっかりされています。

大笑いしてしまったのが、スゴイことを言う婆さん作家の「アノヤヤコ」が夫婦の会話に出てくるところ。
「アノヤヤコ」って、さて、誰のこごとでしょう?
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☔| Comment(2) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月13日

木田元「闇屋になりそこねた哲学者」

木田元は日本を代表をする哲学者。
ご存命だと思っていたのだが、2年前に他界されていた。
彼の本はたった一冊しか読んだことがない。
20代の終わりのころに「現象学」という岩波新書を読んだのだが、理解できたのかどうかの記憶も失せている。
覚えているのは、「私もこれ、読んでみようかな」と言う友人に貸したのが、結局戻ってこなかったということだけ。
あの本、彼女はモノにできたのだろうか?
それなら貸した甲斐があったのだけど。

木田元が哲学者としてはかなり異色な経歴の持ち主とは知っていたが、詳しくはこの本で初めて知った。
そう、かなり変わった人だ。
いわゆる机上だけで生きてきた人出ないのが面白い。

この本は木田元へのインタビュー原稿を起こしたものらしい。前半は敗戦直後をどう生き抜いたかが語られている。そして後半には東北大学で哲学を勉強して以降のことが書かれている。
人生は「もしあの時・・」ということの重なりで成り立っているものだが、木田元の人生もまさに「あの時」があったからこそだ。
広島から15キロ離れた江田島の海軍兵学校から目撃した原爆投下。戦後テキヤの手先となり闇屋で儲けた金で農林専門学校に入学。父がシベリア抑留から帰国して入れた大学。
ともすれば道を外したかもしれない綱渡りがあったようだが、大学で一冊の本に出会うことで木田元の本当の人生が始まった。

大学を出てもどうせ就職口のない時代。
法学部を出ても経済学部をでても同じなのだから、哲学を勉強することに焦燥感はなかったそうだ。
だから思う存分哲学に没頭できた。良い師と友人にも恵まれた。
しかしまず言語からだった。というのも彼は二つの言語を学ぶ旧制高校出身ではなく農業専門学校出なので英語しかしていない。哲学を学ぶにはドイツ語、ギリシャ語が必要となる。
彼の勉学の集中力はものすごい。すぐにそれらで読み書きができるようになった。

彼が出会った一冊の本とは、ハイデッガーだった。

哲学門外漢の私にはよくわからないのだが、ハイデッガーならやはりフッサールをまず、というものか。
だから木田元には「現象学」の著作があるのだ。
でもフッサールって人はずいぶん考えの変遷があって、つかみにくところがある。
私やちょっと上の世代がフッサールに興味を持ったのは、サルトルやメルロ・ポンティ経由だと思う。実存主義者たちがこぞって「現象学」について研究していたからだ。
そのあたりの経緯を木田元はこの本で語っている。
私が木田元を好きなのは彼が「日本人には西洋哲学はあ理解でいない」と言っていることだ。
こう正直に言われると、私なんかがわからなくても当たり前、とホッとする。
でも近代の西洋の哲学者のなかに、仏教を学ぼうとした人が多いということは、彼らにとっても一神教の土壌で育った哲学の限界を感じていたのかもしれない。

波乱万丈の人生の哲学者。しかもすこぶる美形(写真がかなり掲載されているが、すごく美しい顔なんですよ)。
これで道を踏み外さなかったとは、硬派だったのでしょうね。

日本の「哲学者」について私には一つ、大きな疑問があります。
それは、彼らは西洋の哲学者、たとえばヘーゲルやカント、あるいはニーチェなどの研究者ではあるけれど、それはあくまで研究者であって、「哲学者」と呼べるのかということ。
単なる「哲学解説者」でしかないのではと。
哲学というのは(よくわからないけれど)、自分のアタマで考え、考え、答えが出なくても考えて、考えた果てになんとか自分の考えに到達するものではないでしょうか。先人たちはあくまで参考にしか過ぎなくて、いかに「自己」を見出すかだと思うのですけどね。
そういう意味において私が日本で評価する「哲学者」は、西田幾太郎と大森荘蔵です。
posted by 北杜の星 at 08:10| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月10日

穂高明「青と白と」

「どうしておまえは、そうなの!」
幼いころ何かに夢中になると他が見えなくなる悠子に、母はいつもそう言って叱ったものだった。
悠子は花の色がきれいなら、どうしてこんな色をしているのか、ちゃんと調べてわかって「きれい」と思いたいというような子どもだった。
理系の院卒で医学部の研究室に勤めていた彼女だったが、小説を書いていこうと決意。
研究室を辞めてアルバイトをしながら、貧しい暮らしを続けていた。
そんな折り、2011年3月11日の東日本大震災が起こった。
悠子の実家は仙台だ。両親、祖母、妹夫婦、叔母は無事なのか?

この連作短編は悠子が飛行機で山形経由で仙台に向かうところから始まる。
山形で叔母を荼毘にふすのだが、それは仙台の焼き場がいっぱいのためらしい。
叔母はいつも母から叱られている悠子をかばってくれていた。
叔母の他にも親類縁者のなかにはいまだ津波で行方不明の者たちがいる。

そんな状態の故郷になにができるのか?
小説を書く無力感が悠子を包む。
バイトの都合で初盆にすら帰省できない自分に、罪悪感を感じる。
それでも彼女は「小説を書く」ということを人生の目的とした自分と、なんとか折り合いをつけようとするのだが・・

「東京ホタル」というアンソロジーのなかで一編の短い小説を読んだだけの、独立した単行本は初めて読む作家さんだ。
痛々しい。
すごく真面目で真摯な人なんだなと思う。
そんな自分を少しでも俯瞰してみようとするのか、この連作短編集は作家本人と思しき悠子と、母親、そして妹の立場から震災のむごさを描かれている。
あんなに自分を叱った母が、妹や弟を亡くした後で、ぼんやりするようになったこと。
その反対にしっかり者の妹が悠子に対して抱く歯がゆい想い。
そこには三者三様の、あの震災の受け止め方がある。

仙台に住む人たちは、こんなにもたくさんの友人知人を失ったのか。。
その事実に茫然としてしまう。
無傷の人なんていないのだ。
それを知っているから悠子の苦悩は大きい。

娘を失くした高校時代の友人に、心ないことを言う人がいる。
実家が仙台と知りながら、悠子になんの気遣いすら見せない人がいる。
かと思えば、偶然乗ったタクシーの運転手さんが本当にやさしかったりする。
人が人に話すこと、すること。それらちょっとしたことが大きな感情を引きだし、傷つけたり癒したりするのだと、つくづく思う。

熊本でも(津波はないけれど)、同じことが起きている。
遠く安全な場所にのうのうと居て、暖かいご飯を食べ、ふかふかの布団で眠る私。
東北、フクシマ、辺野古、熊本・・考えれば考えるほど、重いです。
posted by 北杜の星 at 06:51| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月08日

筆子「1週間で8割捨てる技術」

我が家を訪れたひとが「モノが少ない、整理整頓された家ね」と言ってくれる。
言われるたびに頭を抱える。
ロフトの衣装箱には衣替えのたびにうんざりするほどの服。
下駄箱には私の靴(靴フェチの私でも、思い切って捨ててはいるんです)。
台所には使わない調理器具や骨董の器・・

この本を片手に、著者の書く通りに「捨てる」ことをしてみた。
まずはゴミ袋を片手に、15分で服を27枚、捨てる!
(4月の衣替えのときにかなり捨てているので、7枚しか捨てられませんでした)。
つぎに台所で同じ作業。ヘラや金たわしや化学繊維のクロスなど、20点ばかりを捨てた。
でもノルマに達していないなぁ。

筆子さんはカナダ在住の日本人。夫と娘と三人暮らし。
モノに振り回されない人生を送ろうと、ブログに自分のミニマリズムについて投稿しはじめた。それが多くの共感を呼び、この本の出版につながったそうだ。
モノを持たないということは、たんにモノを持たないことではない。
モノが少ないと、決断が速くなる。人生の価値観がシンプルになる。
ストレスが少なくなって心身の健康が保たれる。

いいなぁ。いいことづくめだ。
といっても彼女の家でミニマリストは筆子さんだけ。夫と娘に自分の考えは押しつけない。
(家族のモノに眼がいかないのかな?私には夫のモノはやたら不必要で目障りで捨てたくなるんですけど)。
ミニマリストとして彼女の成功は、彼女がカナダ住まいということも影響しているのではないだろうか。
外国って日本人より服に無頓着でカジュアル。
彼女も書いているように、Tシャツとジーンズでたいてい間に合う。
日本ん女性って毎日、とっかえひっかえ大変だよね。同じ服を続けてきていると「あの人、外泊?」と勘繰られたりするらしい。

はい、不要なものは確かにまだ我が家にはたくさんあります。
なぜ捨てられないのか?自問自答している。
その筆頭は着物で、これは母が娘のために誂えてくれたものという意識が強いのだと思う。
母とうまくいかなかった娘としてはせめて、着物を介して母に想いを寄せたい、いわば「よすが」としたいのかもしれない。
でも着物も、数年したらすべて若い友人にもらってもらえれば、と思っている。
歳を取ってもっとも自分を狭めるのは、執着することだと私は思っている。
着物に関する感情にも見切りをつけて、解き放たれたい。
ここにも書かれているように、死ぬときに持って行くのはモノではないのだ。
モノでない「なにか」があれば、それでいい。

・・と言いながら、夫と行ったセール店で、ロング・カーディガン2枚を買ってしまった。。
自戒を込めて、こういう本を時々読む必要のある私です。
posted by 北杜の星 at 07:43| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月07日

石田千「からだとはなす こころとおどる」

からだの弱いひとだ。
風邪をひく。熱をだす。
幼いころからかわらない。
でもそんなひとは、病気をするとからだが身近になることを知っている。
丈夫なひとなら意識しないからだのいろんな部位が、はっきり存在の声をあげるから。
眼、鼻、喉、おなか・・からだじゅうの粘膜が騒ぐ。
熱でぼんやりしたあたまの一点がやけに鋭くなったりもするのを知っている。
病気になると、からだと話せるんですよね。

石田千はひとりぐらし。
病気になったらじっと寝ているしかない。寝て回復をまつしかない。
彼女は熱がでると冷たく甘い飲みものがのみたくなるという。
それって、わかる。私も真水は飲めなくて、ふだんは苦手な甘い飲み物が欲しくなる。
それとあれはどういうわけか寝込むと太巻き寿司が食べたくなる。おいなりさんじゃダメ。

タイトルどおりに、からだとはなし、ことばとおどっているこの本。
ふれる わたる ふりむく なおる えらぶ はしる はなす まつ うたう わすれる なく おちる かく きる かえる おす ひく とぶ ねる やむ きく おどる
22の章は22のひらがなの動詞。
柔らかく軽やかでいて、まわりに気配りをして、でもあんがい頑固かもしれない彼女がいる。
銭湯に行き、いっぱい飲み屋でビール、お気に入りの木にしがみついてする体操。デカダンなのに彼女の文章にはほんものの品がある。
また彼女の文章には昔に引き戻されるような郷愁を感じてしまう。

ほんとに石田千が好きです。
読んでいると、これがいつまでも終わらないでほしいと思うほど。
それだけ浸らせてくれる作家さんはそうはいない。

各章にはモノクロの写真がはさんであって、石田千の姿が写っている。下を向いたり遠くを見たり、カメラ目線がないのが彼女らしい。
ますます独特の文章書きになってゆく石田千にのぞむのは、小説も書いてくださいということ。
不思議な空気感の小説を読みたいものです。
けれどこの本にもかいてあるけれど、「書く」という作業はとても大変で、書くためにはからだやこころや他にもさまざな準備が必要なようで、これじゃぁ気の休まることがないだろうなと、彼女のからだが心配になります。

posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月06日

藤原章生「湯川博士、原爆投下を知っていたのですか」

ずいぶん強烈なタイトルだ。
いまでこそノーベル賞受賞の日本人はめずらしくなくなったが、私の小さい頃の湯川博士というとただ一人の金字塔の「ノーベル賞」だった。
原子力の平和利用をと、戦後世界の科学者や文化人らが創立した「世界連邦」運動にも熱心だった。
(私の家も世界連邦会員で、よく父が「湯川博士が日本の会長さんなんだよ」と言っていたものだ。)
とにかく湯川秀樹博士というと日本人みんなが尊敬するひとだった。
その湯川博士が広島への原子爆弾投下を知っていた?戦時下にどうやって情報が入手できたのか?
とても興味をそそられて、この本を読んでみようと思った。

興味をもったのには別の意味もあった。
それは藤原章生というジャーナリストが私は大好きだからだ。
彼は毎日新聞記者で、外信部よりヨハネスブルグ、メキシコ、そしてローマに駐在した。
ローマから戻り、福島の郡山支局に転属となった。私は3・11以降の彼の福島からの通信を読んでいろんなことを考えさせられていた。
また彼は新聞記者としてだけでなく著作を持っていて、「絵はがきにされた少年」や「ガルシア・マルケスに葬られた女」はなかなか読みごたえがあった。
彼の書くものにはいつも、小さき人たち、表舞台に出ない人たちへの彼の想いが感じられた。
その彼がこんなにショッキングなタイトルの本を書くのか?という意外な気持ちがあったが、福島に生れ、福島の原発事故後を「見た」彼だからこそ、原子力がどうあるべきかをこの本で問うたのではないかと思った。

この本は森一久という人に関するノン・フィクション。
森一久といっても知る人は少ないだろうが、彼は「原子力村のドン」と呼ばれた人だった。
ドンというのは必ずしも良い言葉ではない。むしろフィクサーというか、暗躍する大物を指す言葉の印象があるのだが、森はそういう人ではなかったようだ。
彼は恩師湯川博士から「原子力の監視役になれ」と言われ、それを旨として日本の原子力開発の中枢となっていった。
(湯川博士も森も日本の原子力発電は日本が開発するのだと思っていたのだが、正力松太郎らの政治家や財界人たちはアメリカから「買う」かたちをとった。そうしたアメリカ一辺倒主義に彼らは最後まで反対した。森も原子力村の中枢にいながら、安全神話や隠ぺい体質に疑問を呈してきた。)

森一久は広島生れ。戦時中に京都帝国大学入学。湯川秀樹の元で理論原子力を学ぶ。
戦後も湯川博士からかわいがられた。
その森が晩年になり、ある記事を読んで、湯川博士が「知っていたのでは」と猜疑心に苛まされるようになった。
その記事は森と同じ広島の出身校の同窓会会報にあったもので、書いたのは森と同様当時京大学生。
彼は彼の教授に呼び出され、「広島に近々、特殊爆弾が落とされるので、家族を疎開させなさい」と言われたという。そしてその場には湯川博士も同席していたと。
学生は教授の言う通りにし、家族は8月6日、無事だった。
森は爆心地から近い家で父が即死、母は行方不明。
森自らも2週間母を捜し続けた後に、生死をさまよう重篤な症状に陥った。

「なぜ、湯川博士は自分には教えてくれなかったのか」
森はずっとそのことで苦しむようになる。
そして戦後、湯川博士が自分にとてもよくしてくれことを思い出し、あれは湯川博士の自責からだったのではないかとも思うのだった。

結論を言うならば、この本には「知っていた」との真実は書かれていない。
それは「藪の中」。
ただ信頼し尊敬していた師を人生の終わりになって、疑い苦しまなければならなかった森という人の悲しさ苦しみが伝わってくる。
いま向こうの世界で、森は湯川博士とそのことを話し合って納得できていればいいのだけれど。。
posted by 北杜の星 at 07:26| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月03日

荻原博子「隠れ貧困」

荻原博子さんって時々コメンテイターとしてテレビに出るあのふっくらとした女性ですよね。
ファイナンシャルのことをサジェスチョンしているのを聴くことはあるけれど、著作を読むのは初めて。
彼女のあのお顔を思い浮かべながら読んだ。

「中流以上でも破綻する危ない家計」というのが副題。
これは最近よく言われるようになったことで、インカムが少ない家庭よりもむしろ多いほうが破綻しやすいのだそうだ。
それには理由があって、バブルがはじけた後になっても浪費癖が抜けなかったり、老後も住宅ローンが残っていたり、教育費など子どもにお金をかけすぎたり・・ということらしい。
年収が1千万くらいあっても、貯金がゼロという家庭も少なくないというが、これではちょっとイレギュラーなことが起これば、家計破綻は必定。
だからここで荻原さんの登場となる。
ローンや保険の見直し方、お金の殖やし方などを指南してくれる。

貯蓄はね、なかなかできませんよね。
それこそ余るほどなければ、余らない。
だけど余ったものを貯金しようと考えるのが間違いで、まず貯蓄分を取って残りを生活費にするようでなければ、お金は貯まらないのだと思う。
享楽的に生きる私たち夫婦はだから、貯金ができていない。
それでも小心者の私なので、備えがなくては安心できなくて、ごくごく平均的なものだけど老後への計画は(十分かどうかわからないけれど)それなりにしてきた(と思いたい)。
これから先がどうなるか?まぁ荻原さんの言う「お金の生活習慣病」にかからないように注意しながら暮らすしかない。
(でもこれは私の経験則からいうのだけど、お金というのはよく言われるように天下の回りもの。出さなければ入らないんですよ。ケチな人にはケチな分しか入らない。これは本当に不思議なこと。人のためにお金が使える人に「福」も「金」もやって来るものなのです。)

「老後破綻」という言葉に強く反応してしまうのは、私たち夫婦の友人知人に破綻した人がいるからだ。
3人いるのだが彼ら全員がほんの10年前までは、裕福と言ってもいいくいの暮らしをしていた。
Aさん夫婦は世田谷の家のローンが毎月70万円。グルメの彼らは毎日のように人を集めて宴会をしていたらしい。
だが自由業の夫に仕事が来なくなり、糖尿病で足を切断、妻は腎臓透析を受ける身となっていて、生活手段を模索している。
Bさんは東京下町の名士の親の代から千葉に別荘を持っていたが、なにかの投資に失敗したのかすべてを手放し、奥さんから三行半となったうえに胃がんを罹病してしまった。唯一救われるのは年金があることで、今は息子と二人部屋を借りて暮らしている。
Cさん夫婦はこれまた億ションを買ったものの、やはりバブルがはじけて仕事がなくなった。それなのに奥さんは栄華が忘れられずに贅沢を続けた。
結果、マンションを維持できなくなって現在は売り出し中だが、値段が下がっているため、売ってもなお借金は残ってしまう。
これで仕事がまったくなくなった場合には生活保護だと言っているそうだ。

。。なんでこうなってしまったのか。
おそらく、本人たちもよくわからないのではないだろうか。
彼らのことを思うと暗澹たる気持ちになるけれど、ある意味自業自得の輪にはまったのだと思う。
もし「あのとき」がわかるなら、きっと「あのとき」に戻ってやり直したいに違いない。

彼らのようにならないために、自分を戒めるためにも、この本を読んでみたけれど、お金のことって、日々のことだけによくわからない。に
私も荻原さんに家計診断をしてもらいたいです。
posted by 北杜の星 at 07:25| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年06月01日

稲垣栄洋「植物はなぜ動かないのか」

つねづね私は植物は動物よりずっと霊性が高いと思っている。
その理由は動物は厭ならその場を動くが、植物は動かずどんな悪条件にもじっと耐えているからだ。
大木や古木のそばに居ると涙がでてきて、おおいなるものを感じて畏怖の念に包まれる。
こらえ性のない私は植物の偉大さにひれ伏すのみなのである。

でもこれはスピリチュアルな本ではありません。自然科学の本です。
ひさしぶりに面白い自然科学の本を読んだという感じ。
しかもこの本はたんに植物だけでなく、人間にとっても示唆に富んでいる。
それは「強さ」「弱さ」とは何なのか?という命題を考えさせてくれるからだ。

雨が降らなくても植物はそこにいる。
害虫に葉っぱを食われても動かない。
それでは植物は何もできない弱い存在なのか?

動物の進化のスピードはとても緩やかだが、植物のそれは速い。
環境の変化に適応し生き延びるために、どんどん形態を変えて来た。それが植物が生き残る術だったのだ。
植物連鎖の最底辺にいる植物は食べられない工夫をしてきた。変な匂いを出すこと、毒をもつことなどがそうだ。
それでも毒に強い草食動物はいるし、その匂いを好物とする動物もいる。
そこはうまく共存しながら進化してきたようだ。

私たちは「雑草は強い」と思っている。
確かに雑草はすぐに伸びる。抜いても抜いても生えてくる。
我が家の庭は夫が今肘痛のため草刈りができないので、草ボーボーとはこのことかというくらい、伸び放題になっている。
植えた草花を完全に凌駕している状態だ。
しかし、脳学者で「雑草生態学」専攻の著者は雑草は弱いからこそ生き延びたというのだ。
「雑草の成功戦略を一言でいえば「逆境×変化×多様性」なのだそうだ。
例としてオオバコが紹介されているが引用すると長くなるので、興味ある人はぜひ読んでください。

どんなものにも生存理由があり、価値があり、強さと弱さを兼ね備えている。。
ね、なにやら人間っぽいですよね。
別に植物を擬人化しているほんではなく、れっきとした自然科学の本なのだけど、いろんな意味で面白かったです。
「ちくまプリマー新書」(820円+税)。

posted by 北杜の星 at 07:41| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする