2016年07月29日

伊井直行「尻尾と心臓」

伊井直行の本を読むのはいつぶりだろうか。
初期の「草のかんむり」はいまでも私の好きな小説ベスト50位くらいに入っている小説だ。
ストーリーとしてはファンタジーでカエルが出てくるのだが、心の奥底まで響く素敵な一冊だった。
しかし最近の彼はかなりリアルな「会社員小説」にシフトしているみたいで、この「尻尾と心臓」もその類。
これを面白いと思う人が半分、思わない人が半分くらいじゃないだろうか。年齢の高いひとにはIT関係のアレコレには興味がもてないかもしれない。
私は大きな会社で働いたことがないので、会社員の世界は理解できないのだが、つくづく大変だなぁとため息が出る。
でも人間は、本当にイヤなことはしないものだから、大変ななかにも歓びを見つけながら、みんな頑張っているのだろうと思う。

九州に本社を持つ関東の子会社に出向となった乾は、もともとが関東出身で親会社ではめずらしい存在。九州に妻と二人の子どもを残して単身赴任。といっても実家で暮らしている。
元経営コンサルタントの笹島は関連会社に転職して会社員となった。
乾と笹島はあるプロジェクトのために共に働くこととなった。
乾は子会社から、定年過ぎの男性社員とコミュニケーション障害のある女性のスタッフをあてがわれ、物置のようなスペースを片付けたような場所を提供され、疎外感を感じている。
笹島は同じスペースの離れた「島」に二人の男性スタッフを率いている。
このプロジェクトは営業職をサポートするためのアプリなのだが、いろいろクリアすべき問題点がある。
しかしこの製品に理解を示す人間は子会社には誰もいない。
課長、部長、そして社長・・彼らはみなIT商品には門外漢で、積極的に協力してくれないだけでなく、どこか排他的なのだ。

九州という場所柄かのか、この会社はよく言えば家族的。仕事が終わったら、会社の会議室に三々五々と社員が集まりお喋りをして帰るのだが、その場には社員の子どもも加わることがある。
乾にしても笹島にしても、そういうのは勘弁してほしい。
しかし突破口が開けたのは、じつはその「メッサ」と呼ばれる寄り合いからだった。。

組織のなかには必ず変テコリンな人、意地悪な人、言葉の通じない人がいるものだ。
パワハラをする上司や他人の手柄を自分の手柄にする人間もいる。
それでもこれまた必ず、手助けをしてくれる人がいるのが、組織。
(もしそうした助けてくれる人が皆無なら、それは「自分が悪いからだ」と悟るべき?)

一つのプロジェクトを成功させるためには、人間関係の好き嫌いを言ってはいられない。
どんなにお互いに嫌悪感をもっていいても、譲るところは譲り、許すところは許さなければやり遂げられない。
でもだからこそ、ストレスゆえの疲労感が溜まるんですよね。
当たって砕けろじゃぁ、ホントに砕けちゃう。それじゃぁダメ。じっと我慢で策を練らなければ成功しない。

だけど部長だって社長だって、みんな平社員を経てきた人たち。
見ているところは見ているものなのです。みんながワカラズヤではないのだ。

大会社じゃないこの程度の会社であっても、会社員というのは「社長」に対して、こんなにも緊張して接するものなのかと、私には驚きがあった。
タメ口をきくのは論外だけど、なにもこんなにまで・・というくらいへりくだっている。
こうした上下関係だと、黒いものも白くなって率直にモノが言えないよなと心配になる。
だから最後のほうで社長が「失敗したら責任が取れるか」と言うともろで、笹島が「責任は社長にとってもらいます」と答えたのには胸がすいた。
そりゃそうだ。だって社長って何かあったときに責任をとるために高い給料をもらっているんだもの。

私にはこれ、とってもおもしろかったです!

posted by 北杜の星 at 07:08| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

関東甲信越はなかなか梅雨明けしません。
標高の高いこの辺りは、肌寒い朝晩。
スイカを頂いたものの、なかなか食べようという気持ちが起きません。
スイカはやはり、お日様カンカンの下で食べたいですよね。

今月は特別なことがあまりない一カ月でした。
でもこれ、じつはありがたいこと。
お嬢さんの住むフィラデルフィアに行っていた遊び仲間の夫婦が戻って来たし、ご主人が具合の悪かった別の友人夫婦もひとまず平穏な生活が還ってきたし、普通の日常というもののありがたさを感じています。

クマさんをご存知でしょうか?
あのゲージツ家のクマさんです。
彼は私の住む北杜市に大きな工房を持って制作しています。鉄というマテリアルの大きな彼の作品が私は好きです。
そのクマさんが視覚障害者のための講演をするというので、夫と一緒に聴きに行きました。
なぜ視覚障害者が対象なのかの理由かはわかりませんが、なにかのご縁があったのでしょうね。
クマさんは彫刻だけでなく小説も書く人で、最近読んでとてもよかった「骨風」は泉鏡花文学賞を受賞しています。

彼は幼い時にジフテリアに罹り、片方の耳が聞こえず、匂いもわからないとか。
体のどこかが欠損すると、他の器官が敏感になって、それを武器に生きることができる。
なので、ここに居る目の見えない人も、IPSで目が再生することを考えるよりも、視力以外の感覚を鋭くして生きる方がいい。
そんな再生などと姑息なことに頼るなと。
IPSは視覚障害者にとってだけでなく、治らない疾病を持つ人にとっては希望の星です。
でもその実現はいつのことになるのか。。それを考えると、クマさんの云うことは一理あります。
クマさんんのように体に欠損部分があるひとだからこそ、言えることだと思い、それはそfれで正論だと思いました。

クマさんは平気で「めくら」と言いました。
「めくら」という言葉は差別用であり放送禁止用語となっています。
だから今現在「めくら」という言葉を発する人はほとんどいません。
「めくら」が「盲人」になり「視覚障害者」になり、「害」の字が差別だとヒラガナで書いたり、「障碍」という字を当てたりしつつあります。
私はこういう風潮が嫌いです。
差別意識があるからこそ、こうした言葉の変遷があって、それは私にとってなんだかお為ごかしのように思われるからです。
めくらやびっこやつんぼという言葉にはそれなりの歴史と文化があるし、第一、その言葉がないと、落語はできないですよね。
「おい、そこの視覚障がい者」じゃ、サマになりません。
もちろん、そう呼ばれて傷づくひともいるでしょうから、言葉の使い方は大切です。でもそれ以上に大切なのは差別のない意識ではないでしょうか。

クマさんはアフリカの砂漠で大きな彫刻作品を創ったことがあるそうです。
苦労して資材を調達し創ったそれは、今は消え失せているとか。
近くに(と言っても見渡す限り砂漠なのだそうですが)住む人たちが自分の村に持ち帰って、家の屋根したりしているみたいです。
でもクマさんはそれでいいのだと。
美術館に陳列されているような作品を創る気はないし、あんなもの「クソ」だと言い放ちます。
大きな空の下で、いつか消えてなくなるものを自分は創りたいのだと、生きている人間が消えるように。そこはとても真剣に話していました。

クマさんは70代半ば。偽悪家ぶっているけれど、人間としての本当のやさしさが感じられる人でした。
それに、とってもセクシーでした。
日本人で、しかもあの年齢でセクシーな男なんて希有ですよね。驚きました。
ただちょっと残念だったのは、夏だったためか、あれはテレビの衣装なのか、例の着流しにスカーフではなく、紺色のポロシャツだったこと。
もし着流しだったらもっとセクシーだったかも。

さて、今月から私は新しいことを始めました。
点字の学習です。
まだかろうじて本が読めていますが、不可能になるのは時間の問題。
いまは視覚障害者のためのPCの周辺機器はたくさんあります。この年齢で困難な点字をわざわざ勉強することはないと言う人もいます。
でも、情報を得るためならPCやスマートフォンの音声機能でことは足りるし、電子書籍なら全国の図書館から借り出すこともできます。
だけどそれでは満足できない。私は小説が大好きで、小説は聴くのではなく「読みたい」のです。
目で読めないのなら、指で読みたい。指で読むことは目で読むことと同じことです。
とにかく「読む」行為から離れたくない。
もし私のアタマが優秀で、耳から聴くだけですべてがアタマに入るのなら音声でいいのですが、考えながら、味わいながら文章を追うには、「読む」しかない。
そう考えて、学習を始めることにしたのです。

幸い、点字講習のために、甲府からわざわざ我が家まで月2回ほど先生が来て下さることになりました。
それまでに点字表をPCで調べて勉強していたのですが、目で見て理解してもそれは何の意味もないと気付き、まっさらな気持ちで教えてもらおうと、独習はやめました。
だって、指で読めなければなんの役にも立たないからです。
それは正解でした。
第一回のレッスンで先生は点字習得のためのメソッドには「流派」があって、先生の「流派」に沿って教えてもらったのですが、目で覚えるのとは大違い。
点字を「字」として読むよりまず、垂直と並行に正確に指を動かす訓練なのでした。

泳いだり走ったりすると足がつることがありますが、指もつるんです!
生れて初めて指がつる経験をしました。
2週間に一度のレッスンなので先生はどっさり宿題を出します。それをクリアするため一所懸命に指で点字を触っていたら、指がつったんです。
指だけじゃなく腕、肩、首もガチガチ。吐き気がするくらい凝っちゃいました。
不必要な力が入っていたのでしょう。
鍼灸の先生に、指を動かすための体の使い方を教えてもらったので、だいぶラクになりましたが。

点字をならっていて面白いことが一つ。
私は本を読むのが速い方なのですが、点字を読むのもとての速いと言われました。
生徒は私一人なので比較できなくて私にはわからないのですが、「最初からそのスピードはスゴイです」と。
でもそれって、正確さに欠けるということかもしれないので、心して勉強しなくてはと思っています。
私がヘコまないように、先生は褒めてくださったり励ましてくださったり。。

その先生はまだ30歳ちょっとの素敵な女性。
白状で歩く訓練士もされています。盲だけでなく聾唖の経験もあるようです。
大阪教育大学大学院を卒業した身障者教育のプロです。
点字学習もですが、彼女からいろんなお話しを聞けるのも楽しみです。

クマさんの話ではないけれど、このような新しい出会いがあるのは、「欠損」のおかげです。

夫はこのところ仕事がまぁ忙しく、その合間にゴルフをしています。
70を過ぎてもまだ進化できているのは、ちょっとエライかな。
歳だから飛距離が落ちたとか言う人多いけど、遅く始めてもともと飛距離がなかったので、アプローチに集中して練習するのが良い結果を生んでいるようで、ドライバーの飛距離も増えているそうです。
まるでイチローみたいですね。

ハッチも元気です。
足腰は日々弱っているけれど、それは仕方ありません。
ただ困ったことに、平田牧場の豚肉が好きなのはいいけれど、脂身ばかりを食べたがるんです。
赤身はうまく選って残す。あのテクニックはすごいです。
もう健康はいいから、好きなものを好きなだけあげようとは思うのですが、それでも心配になって、つい「血液ドロドロになっちゃうよ」と叱ってしまいます。

もうすぐ夏本番。リゾート地のここは大賑わいになることでしょう御。
私たちはひっそりと静かに過ごします。
posted by 北杜の星 at 08:01| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月26日

津島佑子「夢の歌から」

今年2月、津島佑子が肺がんのため亡くなった。
そのニュースを聞いた時は、ずいぶん気落ちした。
彼女の方が二歳年上だが同じ団塊の世代として、彼女の書くものはずっと読んできた。
初期作品から、息子を亡くした後で作風が変化した小説には切実さがあって、胸につまされるものだった。
これは津島佑子、最後のエッセイ集。

ほとんどの部分、3・11の福島第一原発事故に関することが書かれている。
放射能の恐怖、政府のありかた、社会の風潮・・
これまで世界の、とりわけアジアの作家たちと連帯してきた彼女ならではの「目」がそこにはある。
海外の作家たちは原発事故後、彼女に「すぐにこちらに来て、住め」と提案してくれたそうだ。
しかし彼女は東京にとどまった。

とどまって彼女が感じた日々は悲しみと怒りにみちている。
けれど希望も忘れてはならないものとして心に届く。

これを読む私には安心感があった。
世の中の事象に対する意見の一致がそこかしこにあるからだ。
自然神道はアニミズムとして受け入れられるが、明治以降の国家神道には怖いとか、日本の学校教育のお粗末さや日本人の歴史観のいい加減さなどなど、首肯できることが多い。
それは彼女がカトリック教育を10年間受けてきたからかもしれない。(彼女は白百合なんですね)。
(面白いのは、学校に隣接するのが靖国神社で、彼女は毎朝遅刻しないように走って境内を抜けていたらしい)。
そしてこれも私が時々思うことなのだが、「もし中上さんが生きていたらいま、何と言うだろうか」と彼女は書く。中上とはもちろん中上健次だ。

母方の祖父のこと(甲府出身。だから津島は山梨文学賞の選者をしていた)、父方の曽祖父のことなども書かれている。
津島は太宰治の次女として生まれたが、彼女自身はあまりそのことに言及しないで生きてきた。彼女がそのことに触れるのは初期からずっと後になってからだったと思う。
母親から読書から遠い幼年時代を過ごさせられたにもかかわらず、隠れて本を読んでいたというのは有名なエピソードだ。

本のあとがきは津島のお嬢さんの香以さんが書いている。
母娘で原発や社会情勢についていつも話しあっていたようだ。当時大阪に住む香以さんに頻繁にメールをし、長い話になりそうな時には電話をかけた。
母にとっても娘にとっても、今となっては素晴らしい時間となっただろう。
津島が肺がんの診断を受けた後の治療についても書かれているが、肺炎を起こしてあっけなく逝ってしまったのだそうだ。
せめてあと10年は書いていてほしかった。
同世代の作家がいなくなるのは寂しいです。
posted by 北杜の星 at 07:55| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月25日

中山可穂「娘役」

ヤクザの片桐はヒットマンとしてある組の組長の後をつけた。
組長は護衛をつけずたった一人、向かった先は宝塚歌劇場だった。
絶好のチャンスと思われたが、ラインダンスの舞台から突然飛んできた片方の靴がまるでなにかの啓示のように、片桐と組長を救った。
ある縁でその組の組員となった片桐は、靴の持ち主である「娘役」をいつも遠くから見守ることになって。。

その大鰐組というのがおかしいというか、かわいい。
組長はダンディでムッシュと呼ばれ、若頭は二番手、兄貴分は上級生、足を洗うことを卒業と呼ぶのだ。
すべてが宝塚流。
しかもヤクザとしては大変お行儀よくて、「品格・行儀・謙虚」がモットーというだけあって、シノギもまるでカタギ風。真面目な仕事をしているのである。

靴を飛ばした「娘役」は野比ほたる。相手の男役であるバラキに満足してもらうべく、日夜歌踊り芝居にと励んでいるのだが、どうも自信がもてない。
必死になればなるほど空まわり。
そんなほたるを支えるバラキとのコンビ愛が麗しい。
ふつうなら交わることのない娘役のほたるとヤクザの片桐。二人のそれぞれの物語が進んでゆく。。

中山可穂は前作「男役」に続いての宝塚ものだ。
男役があるならやはり娘役も必要だと考えたのだろう。
というのも、宝塚という特殊世界の大立役者はもちろん男役である。
しかし男役を男役として花開かせるのは、娘役がいればこそ。
女だからだれもが娘役ができるわけではない。男役が役作りをするように、娘役は娘役を作り上げているのだ。
女である男役の声とハモルために、信じられないほど高い声で歌う娘役。しかもその努力を表に出すことなく、つねに男役を立てている。

宝塚は魔法の世界だ。
その世界に幻惑されながら、贔屓の男役と娘役に夢中になる。
私はこれまでそんな宝塚に何の興味もなかっただけでなく、ヅカファン、ジェンヌファンを斜めに見ていた。
だけどこの中山可穂の「娘役」を読んで心底から「一度、是非観たい!」と思った。
なんか私、これまでの人生で損をしてたんじゃないか?
前作「男役」はいわゆるバックステージだったが今回の「娘役」は舞台の魅力にあふれている。
美しい白鳥が水面下で足を一生懸命動かし、それでも優雅な姿で泳ぐように、宝塚の人たちも努力研鑚をおくびにも出さず、舞台に上がっているのだろう。

宝塚は無理としても、東京の劇場に行ってみようかな。
でもはたして一緒に行ってくれる友達がいるだろうか?周囲で宝塚の話題がでたとことなんて一度もないもの。
といって、一人で行く勇気はない。。

この中山可穂。いつもの畳み掛ける文章は抑えて、淡々と書いている。
文体が少し変わったのだろうか?
こういう結末になるんだろうなとわかっているのは、他の作家さんなら「つまんない」のだけど、中山可穂なら、おさまりがよくて胸がスッキリ。
私はつくづく、中山可穂ファンなのです。
posted by 北杜の星 at 08:07| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月22日

アンソロジー「餃子」

この食べものアンソロジー・シリーズ、カレーライス、おやつ、そばなどが既刊となっている。
そして新作はこれ、餃子。
餃子が嫌いという人ってあんまりいないような気がする。中身のニンニク臭いのはダメという人はいても、餃子そのものが嫌いいというわけではない。
カレーライスやラーメンと並んでほとんど国民食といってもいいくらいじゃないかな。
そのほとんどが焼き餃子だが、焼き餃子というのは餃子の本国である中国ではほとんどないと聞く。水餃子か蒸し餃子。特別な祝いのの時に欠かせない彼らのソウル・フード。
この中の誰かが書いているが焼き餃子は前の日に作った餃子が残ったときにするものなのだそうだ。
そうか、あれは残り物の復活メニューだったのか。

平松洋子、南伸坊、角田光代、ウー・ウェン、森まゆみ、椎名誠、藤原正彦、池田満寿夫、黒鉄ヒロシ、片岡義男、室井佑月、四方田犬彦・・などなど総勢38人がそれぞれの餃子体験を書いている。
懐かしいところでは、鷺沢萌。(あんなに活き活きしてた人が何故?と彼女の死はショックでした)。
小林カツ代とケンタロウ親子、(ケンタロウさん、早く元気になってください!)
そしてB級グルメといえばこの人、東海林さだおはナント、マンガを含めて15ページ半を占めている。
初めて餃子を食べた日、「あの人」と一緒に食べた餃子、お気に入りの店の餃子。。

餃子の形状をした食べものはいろんな国にある。
アジアだけでなくヨーロッパにもあって、たとえばイタリアでは詰めものパスタのラヴィオリなど。あれはまさにシルクロードを通って伝えられたものだ。
日本の餃子は戦後の中国からの引揚者が広めた。
餃子は庶民の食べものだからあんまり高価な中身はいらない。
まぁ、ぷりぷりのエビが透けて見える皮の蒸し餃子というのも、私は好きではあるのだけど、パリパリの皮の餃子はやはり好き。

私の友人に、餃子を食べるときは餃子だけ、とにかく夫婦二人で餃子を60個作って、ひたすら餃子だけを食べると言う人がいる。
いつも晩酌は日本酒だが餃子の日だけはビールだそうだ。
その夫婦にはもう独立した子どもが3人いるのだが、子どもが小さい時には200くらいつくっていたという。
作るのも焼くのも大変だったでしょと訊くと、「子どもは喜んで手伝ってくれるし、焼くのはホットプレート」だったとか。
餃子ってそういう「イキオイ」が必要なんでしょうね。
だから老年夫婦の食卓のために餃子をつくることはまずないし、ましてや一人暮らしで餃子を作るってないんじゃないか。

ちなみに我が家で餃子(生活クラブの冷凍餃子ですが)を焼くのは、夫の役目。
どういうわけか、いつも出来が異なるんですね。パリッとしなかったり焦げすぎたり皮が破れたり。
コツがあればどなたか、教えてください。めったに食べないものだからなおのこと、美味しい餃子が食べたい!)
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月21日

有元葉子「毎日すること。ときどきすること」

いわゆる料理研究家と云われる人のレシピで料理をつくることはほとんどない。
絵本を見るように気楽に料理本は見るのだけれど、どうも「これ、作ろう」という気にはならないのだ。
創意工夫を凝らしたり簡単レシピよりも、少々手間はかかっても伝統的というかクラシカルな料理の方が好きだから。
とくに本を見てまでも「作ろう」とする場合には腕まくりをして頑張りたい気持ちがある。
というわけでこの有元葉子さんの本も、レシピを知りたいというよりも、彼女のセンスあるモノ選びの目や潔い生き方に興味があるから手に取る。

だけどこれ、薄っぺらのスカスカ。
写真付きとはいえ、たかだか140ページの小さなサイズ。
しかも内容はこれまでの彼女の文章の二番煎じどころか五番煎じくらいのもの。
私はまだライブラリーで借りて読んだからいいようなものの、買った人はお気の毒。だって税抜きで1300円もする。
これは出版社が悪いのか、出版を認めた有元さんも同罪なのか。
このようなイージーな本を出すから、本市場が衰退するのだとつくづく腹立たしい。

まぁそれでも気を取り直して読んでみると、有元さんの毎日の暮らしの心構えがわかりますね。
すっぱり切るところは切る。(髪を染めるのは止めたそうだし、モノを三分の一に減らしながら暮らしたり)
続けることはしっかり続ける。(1時間あったらお菓子を焼くとか)。
何を切って何を残すかに彼女の人生観が表れている。
(私は屋根のついたテラスの床は毎日拭き掃除をしているが、オープン・デッキは拭かない。有元さんは毎日それを拭いているらしい。毎日拭くテラスだと裸足であるける。そうか、それはいいと、私は早速amazonで雑巾モップを買いました!)。

書いてある文章で、まさにその通りと同感だったのが、スグレモノの「無水鍋」について書いてある部分。
無水鍋って本当にいいですよね。
アメリカ製のステンレス5層とか7層の鍋セットも持っているのだけれど、毎日活躍するのは無水鍋。2代目だがもう30年以上使っている。
日本料理にはアメリカ製のステンレス・パンの底は適していない。少し丸くなっているから『煮物」がうまくできるんです。
アメリカ製の鍋は一つ二つを残して、処分しようと考えている。重いしね。
彼女は「スロー・クッカー」の便利さも書いているが、あれはとうに捨ててしまって、私は今はシャトル鍋を使っている。

有元さんは新潟の燕市の工場と共同開発して、キッチン・ツールを販売している。
そのシリーズの名前は基本という意味のイタリア語「ラバーゼ」。
究極のパウダー缶や食器洗いスポンジはたしかに良さそう。
(だけどこういう商品の宣伝みたいな本が1300円かと、またまたプンプンしてくる。)

2〜3日あれば車をすっ飛ばして野尻湖の山荘に行くとか、ちょっとまとまった時間が取れたらイタリアウンブリア州の家に行くとか、フットワークが軽い人。
自然が彼女には必要みたいだ。
それにしても彼女は決してウンブリアのどの街に家があるのかを明かさない。
近くの街の外国人大学にイタリア語を勉強しに行ったとあるのは、ペルージャのことだろう。
とすればその近くということは、スペッロあたりかまたはトルジャーノあたりか?
まぁどちらにしてもあの周辺は「イタリアの緑の心臓」と呼ばれる土地、美しいですよね。
そこで英気を養って、みんなの憧れの有元さんでいてほしいものです。
写真の有元さん、背筋がしゃんと伸びていて、素敵でした。
posted by 北杜の星 at 06:50| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月19日

和田隆昌「まさ我が家が!?」

災害はいつどこで起きるかわからない。
地震、豪雨、台風、竜巻(昔は竜巻の被害なんてあまりなかったのに)、雹、火災・・
我が身に降りかかったとき誰もが「まさか我が家が」と驚くのではないだろうか。
自然災害の多いこの国に住んでいてさえそうなのだ。
神戸淡路、東日本、そしてつい前の熊本地震が起きてもまだ、何の備えもしようとしない人がいるのは、自分には起こらないとタカをくくっているからではないだろうか。
でも災害は起こるんです。
だからせめて、起きた時の被害を最小限にするための努力をしておきたい。
NPO法人「防災防犯ネットパーク」理事で、災害危機管理アドバイサーの著者が、その心構えや方法を教えてくれるのがこの本。
21項目に分かれていて、天災だけではなく、山で危険動物に遭遇したらとかウィルス感染を防ぐ習慣や海や山のレジャーに潜む危険などについても書いている。

まず第1項目目から驚きがあった。
火災についてなのだが、みなさんはご存知でしたか?
火災原因の第一は、たばこの火の不始末でも天ぷら鍋でもストーブでもないのを。
ナント、「疑い」を含めると、じつに2割の火災が「放火」が原因だそうだ。
そんなに放火って多いのか?
知らなかった。。

放火なら気をつけようがないと思うのは早計で、防ぐ方法はある。
まず家の周囲にゴミなどの燃えやすいものを置かないこと。(ゴミ出しの日を守ろう)。
それと家の周りを明るくすることも大切なようで、放火犯は明るいところを避ける傾向にあるという。
ソーラー・ライトをアプローチや庭に置くのがいいですね。
(ソーラー・ライトはもし停電になったときに、室内に持ってこれるという利点もある)。

異常気象で豪雨や竜巻の被害が増えている。
もう異常ではなくて、これが恒常となってきている。
だからそれらにどう対処すべきか。
竜巻は別として、台風や豪雨は来るのが想定できるので、それに備える時間があるはず。
家廻りの掃除や整理を前もってしておくと、風で飛ばされる被害が防げる。
むやみに外に出ないことも大切だろう。排水口に落ちたり田んぼの見回りをしていて河に流されたりする事故があるが、南の離島など、台風の襲来が多い地方のほうが人的被害が少ないのは、彼らが慣れていて、何をすべきかしてはいけないかをよく知っているからだ。

地震は突然やって来て避けようがないが、せめて寝室に重い家具を置かないことや、家具が倒れないような配慮をすれば、家具での圧死は免れると思う。
防災グッズの準備を常にしておくのも大切。
もっともこんなことは誰もが知っていること。でもまだまだしていない人もいることだろう。
1981年以前に建てられた木造家屋には、自治体の補助をうけて耐震補強工事をすることを考えたほうがいいという。

災害が起きた時に、「近所に最低3人の助け合う、友人知人を作ろう」とこの本にあるが、本当にその通りだと思う。
posted by 北杜の星 at 07:21| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月18日

窪美澄「アカガミ」

2030年の近未来の日本。
少子化がよりすすみ、若者の自殺率は高まり、恋人も結婚も子ども彼らの人生にはない。
生をかろうじてたもつために精神安定剤を飲ものが日常的な毎日だ。

父と離婚後うつ病で部屋に閉じこもる母と暮らすミツキは老人施設で働いているが、やはり閉塞感いっぱいで自殺を図る。
そんなとき彼女は「アカガミ」の存在をバーで知り合ったログという女性から教えられる。
「アカガミ」とは国が設立したお見合い制度で、結婚出産のためのプロジェクト。
「アカガミ」に応募すると厳密な健康診断のうえで、一緒に住むパートナーを指定され、決められた場所で国のサポートを受けることができる。
家族の面倒までもみてくれるという至れり尽くせりのシステムだ。
ミツキが結婚することになったのは、サツキという青年だった。

それまで男性と話すことも少なかったミツキは緊張する。
たぶんサツキもそれは同じだったろう。
やがて二人は少しずつ距離を縮めてゆき、ついに一つのベッドで眠るように。。

窪美澄初めてのSFと云われるが、2030年ってほんの十数年先のこと。SFとはとても思えないリアリティをもっている。
ましてや少子化や若者が恋愛しないという背景は、まさに現在のものだ。
なぜ日本の若者は恋愛をしないのか。貧困で結婚できないために前段階の恋愛を避けるのか。
本能である性衝動はないのか。

ミツキもサツキもとても怖れている。うまくいかなくて自分が傷つくことを。
でも彼らはだんだんと、お互いに触れることではじめて自分の体や心に起こるchemistryを不思議に感じながら次第に受け入れてゆく。
それはそれまで知らなかった幸せだった。
そしてミツキは完全に国によって管理された妊娠、出産をするのだが。。

少子化で「産めよ、増やせよ」の時代となりつつあるコワさを「アカガミ」と呼ぶ窪美澄の感覚が面白い。
戦時下の徴兵の「アカガミ」の絶対さを彷彿とさせる。
近未来小説であってもこれはまさに窪美澄だ。
彼女がこれまで書いてきた小説と異なるわけではない。時代設定が違うだけ。
それも十数年後の世界という現実感あふれるびだから、なお不気味だ。
政治家がポロリと口を滑らせる「女性は子どもを産むべき」論が、架空のお話しでないところがまさに「アカガミ」的。
子どもを持つかどうかは国がきめるものではない。生れた子どもはもちろん国のものではないし、親が私物化するものでもない。
。。と子のない私は思うのですが・・

これは私の見解なのすが、若者が恋愛をしないのは社会的問題もあるのでしょうが、それ以上に生物学的な変化ではないかと考えているのです。
野菜や果物の栽培に使われるホルモン剤や他の環境ホルモンなどの影響があるのでは?
生態系のなかにはそうした変化がすでに起きているのだから、人間に起きても不思議はない。
トランス・ジェンダーで生きる人が増えているのも、単にカミングアウトしやすくなっただけでなく、そうした人たちが生物学的に増えているのでは?
もしそうだとしたら、これはゆくゆく日本だけでなく人類の問題となるのではないでしょうか。
posted by 北杜の星 at 08:21| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月15日

平野啓一郎「マチネの終わりに」

三日半かかって読み終わったのは夕刻だった。
そろそろ食事の支度の時間だったのだが、しばらくぼぉーっと小説の余韻にひたっていた。
この小説世界に圧倒されて食事という日常が遠のくぐらい耽溺したのは、本当にひさしぶり。
評判は確かに聞いていたがこれほど完璧なる読物だったとは、恐れ入りました。
これまで平野啓一郎を読んできて初めて彼の作品を素晴らしいと思えた。
これまでは横書きに書いたり、ぐるぐる丸く活字を組んだり、「新しい小説」を創る意気込みは認めても、「もっと正攻法で書けよ」と不満だったし、正攻法で書いたものはどうも感心しないものが多かったのだ。
でもこれはまさに、パーフェクトな小説です。
パーフェクトというのはいわゆる「好み」の問題ではなく、構成、主役と脇役の人物設定、話の展開などの小説としての要素が盛り込まれ、しかもどこにも破綻がないということ。

恋愛、親と子、世界経済、紛争、芸術・・そしてそれにまつわる歓びや慰めや苦悩や嫉妬。
やさしさや美しさ。バカげたまでの卑劣さや企み。それら人間のすてべの感情描写がじつに細やか。
軸をなすのは、天才ギタリストの蒔野とイラク駐在のジャーナリスト洋子の恋。しかも純愛なのである。
しかしこれはヤワな恋物語ではなく、かなり硬質。
というのも背景にイラク戦争やリーマンショックなどの社会情勢が関わり、音楽や映画など芸術への言及も多いからだ。
それと硬質な印象は、どちらかというと翻訳のような文章からもきていると思う。

帯文に「結婚した相手は、人生最愛の人ですか?」とあるが、この言葉の重みが蒔野にとっても洋子にとってもせつない。

うーん、あまりに綻びがなさすぎる作品で、書くことありません・・としか言いようがない。説明など無意味と放棄したい。
読むと納得してもらえると思います。
小説のなかの小説!評判どおり。欠点を見つけようとあえてするなら、洋子があまりに完璧すぎて、男性作家の創造人物だなというくらいだけど、でも洋子という女性の説得力は大きくて、そんなにアンリアルには感じられない。

本当に美味しいものを食べた時「美味しい」以外に言葉がないように、本当にスゴイ小説を読んだら唸るしかないんですね。
とにかく私が「小説を読む人間」で良かったという想いでいっぱい。この読書体験があれば当分の間、幸せでいられます。
こんな嘘くさい恋物語をこれほど読ませる平野啓一郎って、これを書くために小説家になったんじゃないかな?
とにかく「マチネの終わりに」には脱帽です。

小説や映画には「The end」があるからいいんですよね。
でもじっさいにはそこから先がある。そこから先のほうが大変なのかもしれない。
でもこの小説に限っては、「これで、いい」。
完全に充足したので、二人がどうなるかなんて気にならない。「これで、いい」んです。
これはこの終わりかたしかなかったんです。
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2016年07月13日

星野博美「みんな彗星を見ていた」

大好きな星野博美のこのノン・フィクションは、迫害を受けたキリシタンとその時代に東と西(日本とヨーロッパ)がいかに繋がっていたかを描くもの。
歴史好きにはたまらない面白さで450ページの長大さも読み始めるとあっという間だった。
私が星野博美を好きな理由がこの本でよくわかった。
彼女はいつも自分の書こうとするものがいかに自分と結びついた必然性があるかを、自著のなかで記述しているからだ
だからテーマがいつも彼女の個人的な思い入れに根ざしていて、ノン・フィクションを読むことで星野博美という人となりが併せて理解できるようになっている。
つまり、本の中に彼女の「顔が見える」ということ。

今回もそうだ。なぜこれを書くにいたったかの経緯がよくわかった。
戸越の町工場で育った彼女の実家は曹洞宗。
通うことになった中・高はキリスト教のミッション系。
そこで彼女は激しいカルチャー・ショックを経験する。
それは宗教だけでなく、外国と初めて接することでもあった。

やがて彼女は400年前の天正遣欧使節となりローマに赴いた4少年のことを知る。
伊東マンショ、千々石ミゲル、原マルティス、三浦ジュリアン。
当時の日本は意外にも西の国々と密に繋がっていのだと知る。
彼らが不幸だったのは、キリシタン大名の名代としてローマ出発したときは織田信長の時代でキリスト教が歓迎されていたものの、8年後に帰国したときには秀吉の世となりキリスト教は禁教となっていたことだ。
それでも秀吉は彼らを呼び、彼らが持ちかえった楽器で演奏させとても喜んだという。
そのときに使われた楽器の一つがリュートで、星野博美はリュートに興味を持ち、最初はテープやCDを聴くだけだったが、習い始めることとなった。
リュートとキリシタン。
彼女の足跡は長崎からスペインのバレンシアからバスクへとのびることになる・・
遣欧4少年に関しては、今は亡きイタリア美術研究家の若桑みどり氏の「クワトロ・ラガッツィ」で読んだことがあるが、その本もここで引用されている。
(若桑さんも私は大好きだった。イタリア美術におけるジェンダーという非常に興味深い研究もされていた)。

星野博美が長崎に行ってからの本の後半からは宣教師やキリシタンへの迫害弾圧が凄惨を極め、胸が悪くなる感じだった。
あまりにも酷い処刑の仕方に、これじゃぁまだISの方がマシという感想をもった。
4少年のうちただ一人「転ぶ」ことなく、外国にも逃げずに殉教したジュリアンの死などは本当に残虐極まる。

日本は家康乃時代になって鎖国をし、西からの情報はほとんど入らなくなったが、西では日本がした陰惨な所業は報告が届き、きちんと記録されている。
現在は天草においても少年たちが学んだといわれるセミナリオは所在もすぐにはわからないほどの扱いしかされていないらしい。
この本を読むと、天草や五島には足を向けたくないような。。
だって怨念がいまも消えていないような気がしてくる。とくに天草温泉は怖いなぁ。

それにしても星野さんが制作を依頼したリュートの工房が、私の住む町にあるとは。
さまざまなアーティストや職人さんがたくさん住むことで有名なこの地ではあるけれど、楽器づくりの工房もあるんですね。
同じ町といっても私の住むのは八ヶ岳南麓、その工房は水のきれいな白州という南アルプス側ですが。。

まとまった読書の時間が取れる方、どうぞこの本、読んでみてください。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月12日

桜木紫乃「霧ウラル」

北海道は釧路を舞台に小説を書くことの多い桜木紫乃がここでは同じ道東でももっと北の根室での物語となっている。
私は北海道には一度しか行ったことがない。それも室蘭だけという変わった滞在の仕方なので、北海道の街の位置関係がよくわからないのだが、これを読んで初めて知ったのは、根室が国境の街ということ。
根室から北方領土の島が見えるんですね。
この小説のなかの登場人物の一人は結氷した海を歩いて渡って島から根室に渡り着いている。
その近さに、この小説の不穏な空気が臨場感をもって伝わって来る。

時は昭和30年代。戦後とはもう言わないようになった頃、根室の街の有力者の娘珠生は15のときに家を出て、花街で芸者になった。跳ね返りだった父の妹である叔母の置き屋だ。
そこで珠生は後の相羽組の組長となる男と出会い、恋に落ちる。
相羽は表向きは土建業だが、街のいわゆる汚い仕事を一手に引き受け敵も多い。
珠生の姉はやはり街の有力者の長男で、、近い将来国政に打って出る男と結婚。妹は信用金庫の次男を婿養子に迎えようとしている。
日本漁船がソ連にだ捕されて、北方領土返還を望む根室の街の人々の思惑が交叉する。
姉も妹もその思惑の「駒」として利用されようとしているのだが、姉は姉なりの野心で動いている。
姉妹のなかでただ一人、好きな男と結婚したとは言え、表舞台に出られない珠生は組の「姐さん」として生きることを決意するしかない。
ましてや相羽には何軒がの妾宅があるようだ。
指に一つ大きな宝石の指輪が増えるごとに、珠生の人生は翳りを帯び、やがてラストに。。

流麗な文章で、ストーリーは進むのだけど、うぅぅ、私、まったく個人的にですが、こういう筋立てが苦手。
「女の一代記」とか「女の一生」的な小説はどうも感覚的に受け付けない。
どうしても下世話な筋立てになってしまうような気がする。
それに、「こうなるんだろうな」というその通りになるのが、なんだか読み終わって腹立たしい。
でも、ストーリー・テリングを楽しむ人もいるのだから、それは好き好きなのだけど。
ただそれにしては、人物設定がどうも中途半端。せめてもう少し相羽が魅力的な人物だったらと思う。
置き屋の叔母など脇役の方が子の中ではいい。

桜木紫乃は彼女独特のセクシー場面を描くのが常なのだけれど、ここにはそうした場面は出て来ないんですね。
それはこれが女性雑誌に連載されたものだから配慮したのかもしれないけれど、それはよかったと思う。
だって花柳界にやくざという設定にそうした場面が出ると、小汚さに陥ってしまう感じがするもの。
それを排したのはさすが、よくわかっている桜木紫乃。なかなかの作家さんです。
posted by 北杜の星 at 07:55| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月11日

北條元冶「医者が自分の家族だけにすすめること」

風邪薬は絶対飲まない医者を知っている。彼は風邪をひいたらひたすら暖かくして寝ているだけで、翌日はマスクをつけて診察をする。
筋肉緩和剤を飲まない医者も知っている。「だって悪いところだけに特化して効くわけじゃないじゃない?」というのがその理由。
彼らはおそらく自分の家族にもそういう薬は飲ませないんだろうな。
患者としてを超えて本音で話してくれる医者の知り合いをもつことって大切だと思う。
でもそれには患者の側がある程度の医学知識をもつことも必要で、そうでなければ対等に話はできない。

形成外科医で医学博士の著者はここで本音を書いている。
自分や自分の家族が患者ならば「すること」「避けること」について。
なかには「インフルエンザ・ワクチンは受ける」という私とは反対意見もあるけれど。(その年のワクチンのウィルス対策効果は20〜30%にしか過ぎないが、彼はそれでも受けるほうを薦めている。高齢者や体の弱った人画』インフルエンザになると死亡したり重症化することは確かにあるけれど、ひとって必ず何かでは死ぬもの。仕方ないと思う。それよりも普通の人の体にワクチンの毒素を注入することのほうが問題だと私は考えているので、インフルエンザ・ワクチンは受けたことがない。

ジェネリック薬は使うなと著者は書いているが、それはその通り。
ジェネリックは必ずしも同じ成分のものではないからだ。効果が少ないことがある。国や健保や医師が薦めても、「いいえ、ジェネリックは要りません」という勇気を持とう。

「生活習慣」「体質」「治すべき病気」「つきあっていく病気」「がん」「薬」「健康診断」の7章に分かれている。
日本人は健康診断が大好きで、毎年からなず受ける人が多い。
病気を探すのが趣味のようなひとがいて、脳ドッグで調べるのが流行のようになっている。
ある程度の年齢になればどこか悪いのは当然のこと。知ってよいこともあれば知らぬが幸いのことだってある。
私の周囲を見渡せば、検査大好き人間ほど病気にかかっているような気がする。
MRIの磁気、CTやレントゲンの放射線量を考えると、体へのダメージが心配だ。
著者は肺のレントゲン検査の被曝量は問題ない程度だが、あの検査で病気が見つかることは稀なので受けないと言っている)。
でもまぁ、高血圧、糖尿病、脂質異常などのリスク・ファクターを持つひとは、定期的に検査を受ける方が安心かもしれない。
私は血液検査、尿検査、便潜血反応検査、超音波くらいなら受けてもいい。

「入院することになったら」「手術することになったら」は参考になった。
そんな場合は気が動転しているだろうから、こういう知識があると助かる。
この先生、入院するのなら「大部屋」が良いと言う。これまでの経験から「個室」に入った患者さんは横柄で感じが悪いことが多かったそうだ。(みんながみんなそうではないと思うけど)。
それと病院の都合で「個室」に入らされた時には、その差額ベッド料金は支払わなくてもいいのだそうだ。
他に部屋が空いてなくて個室に入るとか、病気の処置のために個室が必要となるときだ。

医学は日進月歩。でも「医源病」という言葉がある。
最新の医療に関するこういう本を読んでおけば、心丈夫でいられます。
posted by 北杜の星 at 07:59| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月08日

荒井秀典「寝たきりにならずにすむ筋肉の鍛え方」

ライブラリーに行って新刊コーナーを見るとこの本があったので、「うっ」となって早速借り出してきた。
「うっ」となったのには理由がある。
田舎暮らしはドア・トゥ・ドア全部車で、足が萎えちゃうよと、また夫と二人歩き始めたからだ。
それもただ歩くのではなく、ノルディック・ウォーキング。
ときどきノルディック・ウォーキングをしている人を見かけるが、長いポールをしゃっきり振りながら颯爽と歩いている。
スキーのストックのようなポールを持ってのウォーキングなのだが、これが全身の筋肉の90パーセントを使って歩くということで、せっかく歩くのなら脚だけでなく全身に効果があるほうがいいよねと、amazonでポールを購入。(なんと、14000円が3000円。モノの値段ってどうなっているんでしょうね)。
でもこれが難しい。ただ棒を握って歩けばいいというわけではない。多分私たちは正しい歩き方はしていないと思う。
慣れたら長いポールだが初心者はみぞおちの長さが適切とのことだが、その長さだとお婆さんの杖そのものに見えてしまう。
この辺りではときおりノルディック・ウォーキングの講習会が開かれているので、参加してきっちり正しい歩き方を勉強したい。
でもまだおぼつかなくはあるけれど、背中がまっすくになる姿勢、歩幅の大きさ、スピード・・いいみたいです。
(この本ではなく他で見たのだけど、朝起きてすぐに歩いたり運動するのは、身体がまだ目覚めていないのでよくないらしい。食後1時間か1時間半くらいしてがいいそうだ。)

誰もが寝たきりにはなりたくない。
せめて死ぬまでトイレには自分の足で行きたい。
でも筋肉が落ちたらそれはかなわないことになってしまう。
どうすればいいか?
ただ長寿ではなく、健康寿命が大切。
この本にはそのための体の動かし方に加えて、栄養のことも記されている。

ウォーキングをとってみてもいろんなものがある。
私が始めたノルディックもあれば、ステップ・ウォーキングやインターバル・ウォーキングなど。
高齢になっての激しい運動は良くないが、ちょっと負荷をかけるくらいの運動は必要とのことだ。
ちょっと速足で歩くとかちょっとキツイくらいの筋トレをするとか。つまり息が上がって心拍数が増えるくらいでないと効果がないようだ。
ここにある筋トレはジムに通ってマシンで、というものではない。普段の生活の中で、せいぜい椅子を使うくらいなので、誰でも簡単にできるものだ。(簡単なことを続けるのが難しいのですけどね)。

疲れたときはしないほうがいいし、筋トレを毎日する必要はないそうだ。
毎日するのはむしろ乳酸がたまって逆効果、週に2〜3回程度。
この本ではほとんどが下肢の筋肉の鍛え方が紹介されている。どれくらい衰えているかのチェックもできる。
自慢じゃないけど、私はほとんどクリアできた!夫に言わせると「キミは体重が軽いからだよ」とのこと。

正直に言うと、私は「筋トレ」には反対なのだ。
ある個所を特化して鍛えるのは体によくないと考えている。
たとえば武道の世界では、筋トレはしない。身体を柔軟にするのが第一だらだ。
いまの運動選手の故障の多さは筋トレが原因だと思っている。正しい筋トレ絵をしていないともいえるかもしれないが。
松坂投手がずっと故障がちなのは筋トレが原因だと思うし、タイガー・ウッズが腰痛や肘痛に悩まされているのも筋トレのせいではないだろうか?

私たちはアスリートではないのだから、あまりに一生懸命に「鍛え」なくてもいい。
一生歩けるだけの筋力、日常での荷物を持てるだけの握力や腕の力があればそれでいい。
ここには書いていないが、身体を動かす時にはその部分を意識することが大切だと思う。
意識をすることで身体はより動く。
それと足を動かす時には足が身体の中から繋がっていると思い、そこから動かすようにすると、足に負担がかからない。
これは「胴体力」の伊藤昇氏の教えだが、西洋医学のトレーニングとはまた違う効果があって面白いものだ。
一般の人にはあまり知られていないが、オリンピック強化選手やプロスポーツ選手にも、こうした古武道の先生に身体の動かし方を習う人って、案外多いそう。
呼吸法や間の取り方など、参考になるところがあるのだろう。
posted by 北杜の星 at 07:06| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月07日

ハッチ、20歳!

今日は特別ブログです。

なんと、このブログのタイトルになっている我が家の飼い猫ハッチ君が20歳になりました。
猫の20歳はすごい長生きですよね。
これまで私の知っている最高齢は22歳。それって人間でいうと120歳くらいではないでしょうか。
ハッチも100歳くらいかな。

ハッチ君と呼んでいるのは性格が男っぽいからで、れっきとした女の子。
我が家にやって来たのは、平成8年8月8日。だから夫が「ハッチ」と名付けました。
前の飼い猫を亡くして一カ月足らず、毎日ベショベショ泣いていた私がパン屋に行くと、そこに「猫、もらってください」の貼り紙が。
それがやけに気にかかり、貼り紙にある番号に電話するとすぐに、本当にものすごくすぐに、一家揃って子猫を連れてやっていらしたのです。よほどお困りだったようです。
ご両親と若い女性が赤ちゃんを抱いていました。
「あぁ、赤ちゃんがいるから猫が飼えないんだな」と納得。
ケージには小さな小さな、トムキャットと云われる黒白の生きものがいました。
猫という感じはしません。何かとてつもなく小さな生き物という印象でした。鼻がピンクでお尻の穴丸出しで、ただ目が真っ黒キラキラしてました。
いつ生まれたのかと尋ねると「7月7日です」と。七夕生れ。

私は前の猫が忘れられなくて、飼う決心がつかなかったのですが、夫が「見ちゃったんだから、もう飼うしかないよ」と宣言したのです。
まだ排せつも自分ではできませんでした。
子猫用のミルクを買って来て、スポイトでミルクを飲ませました。数日経つとオシッコとウンチができるようになり、スポイトから哺乳瓶に変わり、その哺乳瓶を抱えてミルクを飲む様子は胸がキュンとなるくらいかわいかったものです。
元の飼い主は「すごーくおとなしくて、いつも寝ています」と言っていましたが、とんでもない!
それはケージに入れられていたせいで、寝るしかなかったのです。
とにかく元気いっぱい。ハッチが歩いている姿を見たことがありません。いつも走っていました。
あんなに小さな猫でも、エネルギーはすごいんですね。一緒に居るとクタクタになりました。
すぐに人の肩に登って来て、「あれ何かしら?ネズミかしら?」と、通りすがりの人に言われたほど、小さかった。
でもネズミだなんて猫にあるまじき言われ方ですよね。

まぁ、車が好きでしたね。
毎週末に東京の杉並から蓼科に通っていたのですが、車に乗るとご機嫌で、ハンドルを持って運転する気になっていたものです。
車ならなんでも乗りたがり、宅配便車に飛び乗って、そのまま連れて行かれそうになったり、私の車の屋根の上に乗って走りだして騒いでいたことも。
それとハッチが何よりも好きだったのが、散歩です。
私たちが散歩に出かけようとすると必ず一緒について来ました。ご飯よりも散歩が好きなので、ハッチの誕生日プレゼントは毎年ちょと長い散歩と決めていたくらいです。
そのハッチ君も最近では寄る年波には勝てないのか、散歩に行こうとは言わなくなりました。
ここは坂の多い里山(なにしろ長坂という町名)なので、アップダウンがしんどくなったのでしょう。

痩せて背骨がゴツゴツ。皮膚はたるんでペロンペロン、黒い毛にはたくさんの白髪。
それでもまだご飯はしっかり食べるし、きちんと排泄もします。
老猫がかかる腎臓疾患にもいまのことこかかっていません。
垂直運動は低くなっていて時々失敗するけれど、ベッドにやって来ます。
右前足首が昔から弱かったのが、歳をとるにつれて顕著になって、痛いのか痛くないのか、最初の一歩がグラリとする時がありますが、走りまわることも多いので、まだまだ大丈夫、元気です。

でもどんなに元気でも、もう他の人に預けて世話をしてもらうわけにはいかないし、ハッチ君も私たちが留守だとすごく寂しがるので、当分長い旅行には行けません。
行けなくてもいいから、ずっとずっと長生きしていてほしいです。
お手本にしたい人間のお年寄りはなかなかいませんが、ハッチ君はあっぱれ、見事な老いを見せてくれています。

というわけで、今日のハッチの誕生日、もし道で猫を見かけたら、どうぞ「元気そうね」「長生きするのよ」「いい子だね」とかひと声かけてください。
きっと猫の世界にもシンクロニシティがあると思います。
声をかけられた猫のうれしい想念が、ハッチに伝播することでしょう。
その猫が幸せなように、ハッチ君も幸せになります!

ハッチ君がそばにいてくれる間は「ハッチのライブラリー」を続けられればと願っています。
posted by 北杜の星 at 06:42| 山梨 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月06日

三崎亜記「ニセモノの妻」

三崎亜記の作品はよくSF的と評される。
でも私はそうは思わない。
SFなら「なんでもあり」になってしまって、つまらない。
彼の作品は日常をちょっと上下逆さにしたり裏表にしたりすることで、それまで想像もしなかった世界に読者を運んでくれるから面白いのだと思う。
架空の世界であっても、ベースはあくまで「日常」なのではないだろうか。

この4つの短編集もそう。4組の夫婦を描くもの。
普通に暮らしているはずの夫婦に起こる不思議で怖いこと。ぜったいに起こらないことが起こったとき、彼らがどう考えどう行動するか。
奇想天外が起こると、それはホラーだったりミステリーだったり。
しかもそれが起こるのが夫婦になのだから、せつなくもあるのです。

買ったばかりの新築マンションに引っ越した夫婦。でもマンションにはどの部屋にも灯りがない。誰にも会わない。
ある日突然6年一緒に暮らした妻が「私はニセモノかもしれない」と言い、二人してホンモノの妻を探しに。
「あなたとは傾きが違うのよね」と「坂」主義の妻が言う。世の中は坂主義と階段主義が対立。
どういうわけかできた断層が、家族を分断する。。

・・というお話を詳しく説明するのは野暮というもの。
これを楽しめるかばからしいと思うかは読者次第だ。
ただ、三崎亜記を読んでいつも心配なのが、「いつまでこれが続けられうのだろう」「ネタ切れしないの?」ということ。
奇想天外がalwaysになると、驚きがなくなってカラクリがわかり、飽きられるんじゃないかとヒヤヒヤするのだ。
でも彼の強みがあるとしたら、上に書いたように彼が物語を「日常」から拡げていることだろう。
日常ならいくらでもどこにでも誰にでもある。枯渇することはないはず。
要はマンネリにならないことかな。

今回はこう来たのなら、次回はどう来るか?この楽しみが三崎亜記にはあるんです。


posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月05日

李龍徳「死にたくなったら電話して」

2年前の文藝賞受賞作品。
ある友人から「これ、どう思うかちょっと読んでみて」と言われ読んだのだが、反対に「あなたはどう思ったの?」と問いたい。
文藝賞の選考委員が山田詠美、藤沢周、星野智幸だから受賞したのでは?もしもっと健全な作家(?)が選考委員だったらと、ふと感じだ。(保坂和志も委員の一人ですが)。

暗いです、怖いというより気味悪いです。そういうものが苦手な人は読まないほうがいい。
なにしろ拷問など世界の残虐史がたくさん出てくる。
主人公たちの厭世感がなんとも重い。
「気分」に引っ張られる人は、読後とうぶん抜け出せないかもしれない。

それでも圧倒されるものがここにはあって、人間の暗部を切り取るのが文学だとしたら、これはまごうことなき文学ではないだろうか。
「うー、ウー」と呻吟しながら完読したけどやはり、毒にはあたりましたね。

浪人生の徳山は十三のキャバクで初実と出会う。
初美は徳山に熱心にアプローチ、二人は付き合うようになるが、初美が語る残虐な話とともに彼は初美との異常なセックスにのめり込んでいく。
あまり筋は書かない方が良いと思う。
筋よりも私が知りないのは初美の意図だ。
破滅へと人を誘う吸引力の強さが恐ろしいが、それはなぜなのか?
徳山の物語としてよりも初美の側からの物語を知りたくなる。
どんな生育環境で育ったのか?いつからそうなったのか?いったいどうしたいのか?

こんな小説を書いたら、この作者は今度いったい何を書くのか?
そのことに興味を覚えます。
毒にあてられながらも、次を是非読みたいです。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月04日

野中ともそ「虹の巣」

野中ともそを読むのはずいうんとじさしぶり。この作家さんの存在を忘れていた。
彼女の作品には(「おどりば金魚」のようなものもあるけれど)、ニューヨークとかキーウェストとかカリブ海の雰囲気が色濃い。
これは彼女自身がNYに住み、カリブ海を身近に暮らしてきたからだろう。
彼女は「犬のうなじ」であの9・11のテロを扱った作品もあり、あの時あの場所にいた人ならではの臨場感と深い傷が伝わるものだった。
この「虹の巣」にはNYもカリブ海もでてこない。
母としての女の複雑で悲しい過去を描くミステリーだ。

3人の女がいる。
1人は地味な脇役男優と結婚し引退した元有名女優の鈴子。
1人は高校を中退して鈴子の家で働くことになった少女の佳恵。
そしてあと1人はやはり鈴子の家の家政婦になり、鈴子の娘の日阿子を育てる暁子。
3人の女にはそれぞれの秘密があった。。

被害者でも加害者でも、その理由は同じ。
ただ「愛していた」だけだったのに。
ミステリーなのでストーリーを細かに説明するわけにはいかないが、年代を交叉させながら佳恵と暁子それぞれの人生をあぶり出す。
彼女たちの核にいるのが華やかな鈴子だが、彼女にも暗い過去がある。
彼女たちの過去の秘密がやがて一つになってラストへと導かれる。

これ、野中ともその新境地ですね。
これまでとはまったく違う。なぜこれを書いたのかその心情を知りたくなる。

鈴子の家でつくる暁子の料理、彼女の行きつけの干物屋の魚や蕗味噌・・
美味しそうだ。
とくに山口県から仕入れるかまぼこ!そのかまぼこにちょっと蕗味噌を乗せて。。
山口県って瀬戸内海にも面しているけど、日本海にも面している。
その山口の明るさだけではない「暗さ」が、この小説に巧く使われていると思う。

次にどんな小説を書くか、楽しみな野中ともそさんです。
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月01日

玄侑宗久対談集「中途半端もありがたい」

玄有宗久は福島県三春町の臨済宗福聚寺の住職。
東日本大震災では本堂の建物は無事だったものの、山門など大きな被害を受けた。檀家のなかには数人が震災後に自死されているほど町全体も大変な状況だった。
この「中途半端もありがたい」は対談集で、前半5人が大震災以前、後半5人が大震災と原発事故後に行われた対談である。
天災と人災後での玄有宗久がどう変わったのか?あるいは変わらないとしたらそれはどういうところか?じっくり読む価値大の一冊。
なにしろ各界を代表するような人たちが相手の対談集だ。面白くないはずがない。
それでも対談というものは「中途半端」なものというのが玄有氏の見解だ。
相手のことを知らなかったら話ができないし、さりとて知り過ぎてもよくない。だから準備も中途半端となってしまう。けれどそれが案外、対談としては成功するのかもということで、このタイトルとなったらしい。
いえいえ、中途半端とはとんdねもない。ぎっしり詰まったやり取りには、各々に蓄積された知識と経験にあふれています。

木田元、辰巳芳子、五木寛之、養老孟司、片田珠美。(これが震災前)。
山田太一、中沢新一、佐藤優、日野原重明、山折哲雄。(震災後)。
哲学者、料理研究家、作家、解剖学者、心理学者、映画監督、宗教学者、元外交官、医師、思想家・・
玄有氏が禅宗の僧侶だからかやはり宗教的な話題になってゆくのだが、彼の知識量のすごさにはおどろくばかりだ。
これは事前勉強をしたためではないと思う。玄有氏がいかに多方向に知的好奇心をもっているかの証左だろう。
だからお互いの話の広がりがじつに興味深いのだ。

西洋の哲学に輪廻観はあるのか?
母性というのは命にかかわるもの。
老年の健康法。(五木寛之はおもしろいことを言っている。俳人、歌人、小説家の順で長生きだと、小説家でも短編より長編作家のほうが長寿らしい。吉行淳之介は身体が弱い人間は短編小説家に向いていて、ロシア文学のような大長編は体力のある外国人作家だと書いている)。
日本人には日本人独特の宗教観がある。
人間はもともと多重人格。(精神医学においては、病名をつけすぎるからいけないんじゃないかと、私は思うことがあるんですけど)。

地震だけならいつかは癒えるし、元来日本人には「諸行無常」の観念で、天災すら受容して生きてきた。
しかし原発の放射能にどう向き合えばいいのか?
後半の震災後の対談には現実的な側面と、精神を支える力とはなにかが問われている。

佐藤優と玄有宗久がもしかしたら親戚かも!?
posted by 北杜の星 at 07:43| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする