2016年08月30日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

うっかりしてたら、もうこんな月末になってしまっていました。
身辺雑記を書き忘れるところでした。

迷走台風10号の被害が少なければいいのですが、今年の日本の夏はおかしなお天気でしたね。
西日本は酷暑、北海道は連日の大雨、そしてここ八ヶ岳でも天候不順で雨が多かった。気温はそうでもなかったけど湿気も多かったです。
それでも高原の夏を過ごしに観光客や山荘族の車で、スーパーの入り口は混雑してました。
私たちは外出を控えて、ひっそり静かに、、といつもの夏。

いつもほどには来客のない夏でした。
でも予定しない友人がやって来て、「何もないのよ、でも一緒に食べよう」が結構あって、ご馳走はなくて申し訳なかったけれど、こういうのも気取らなくていいですね。
若い友人夫婦が生後4か月の赤ちゃんを連れて来た時も、ありあわせで夏野菜のパスタを作って出しただけなのに、とても美味しいと喜んでくれてホッとしました。
その赤ちゃん、腕も脚もプチンプチンに太っていて、おとなしくて、久しぶりに見る赤ちゃんに思わず見とれてしまったほど。
なにしろ私の友人たちはみんなシニア。そんな赤ちゃんを見る機会がないので、めずらしかったです。
あんなに小さいのに、イッチョマエに目も鼻も口もあって(当たり前ですが)、その当たり前になんだか感動でした。

胸ふさぐこともありました。
イタリア中部での地震です。
あの周辺は地震多発地帯で、ラクィラでの大地震はまだ記憶に新しいし、もう20年近く前だったかアッシジの聖フランチェスコ教会で神父さまが亡くなった地震もありました。
今回のアマトリーチェは、塩漬け豚肉パンチェッタと玉ねぎで作るアマトリチャーナというパスタで有名な山間部の小さな町。
私はマルケかアブルッツォ州かと思っていたのですが、ローマと同じラツィオ州だそうです。(ラクィラはアブルッツォ州)
余震の震源地となったノルチャはウンブリア州で、夫の友人にはノルチャに実家がある人もいます。
彼はfacebookで友人たちの無事を確かめていましたが、さいわいみんな元気で被害はないとのこと。
ノルチャは黒トリュフの産地、美味しいサラミも作られています。
中田英寿がイタリアサッカーセリエAのペルージャに属していたときは、夏の合宿は避暑地のノルチャで行われていました。
私は一度しか行ったことがないけれど、いい町でした。
8月のヨーロッパは夏休み。バカンスを過ごす人たちの被害もあるようです。どこで災害に遭遇するかわかりません。

イタリアは石造りの家が多くて地震が起こると崩れてがれきになってしまいます。
そしてがれきの下敷きになる。
木造なら倒壊しても軽いし、倒れた柱の空間だと助かるケースがあるけれど、石の家はそうはいかない。
もっと困るのは、石造りの家は後から耐震工事が不可能だということ。補強しようがないのです。
イタリアの山岳都市は本当に美しいです。
どんなに小さくても、広場があって、教会があって、人が集まるバールがあって。(こうした集落を見ると、「あぁ、イタリアでは直接民主主義制だったんだな」とその歴史を思います)。
けれどこれは世界中で起こっていることですが、そこでは仕事がない。若い人は出て行って高齢化してしまう。
それでも住民同士は幼いころからの知り合い。みんなで支え合って暮らしています。
その暮らしはとても質素なものですが、自分で作った野菜を食べ、育てた山羊からチーズを造って、豊かな生活をしていると私には思えます。
とにかく一日もはやく復興して、元の美しい町が再建でき、みんなの生活が戻ればと願っています。

あるニュースで見たのですが、スパゲッティ・アマトリチャーナをレストランで注文すると、2ユーロが義捐金として現地に送られるとか。
こういう支援っていいですね。
日本でもあるといいと思います。

毎朝、夫が作ってくれる人参ジュースが飲める平穏な生活に感謝しなくては。
その人参ジュース、このところブルーベリーを入れてくれています。
群馬の友人がいつもこの季節になるとブルーベリーを送って下さるのです。これまでは冷凍してつまんでいたのですけど、今年はフード・プロセッサーで前もって砕いておいたものを人参ジュースに加えると、その酸味が朝の目覚めにぴったり。
ブルーベリーは私の目にもいいんですよね。

静かに過ごした8月。9月はいろいろ予定が決まっているので、楽しいご報告ができそうです。
まだまだ暑い土地の方、どうぞあとひと踏ん張り、お気をつけください。
ハッチは暑さに負けず、食欲も衰えることなく、20歳の夏を乗り越えられたようです。これにも大いに感謝です。
(私の親しい友人は今年、2匹の猫を亡くしたのです。彼女の悲しみを想像すると、とても他人事とは思えません)。


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2016年08月29日

東邦出版社刊「自然栽培VOL7」

このところ玄米を食べている。
というのは、7月に湿疹が出て、それは昨年苦しめられた自家感作性皮膚炎とは違うものなのだが、湿疹が出るという症状は同じ。
病名は蕁麻疹と医師から言われ、病院が処方してくれた抗ヒスタミン剤は1日半飲んだだけでギブアップしてしまった。
だって吐き気、胃重、身体の倦怠感んがひどくて、よくみんなあんなに強く副作用の出る薬を飲めるなと思うほど体にダメージを受けた。
抗ヒスタミン剤でこうなのだから、ステロイドならどうなっていたことか。。
まぁ、薬が体に合わないと知りつつ飲んだ私が悪いのだが、ちょっとした人体実験のつもりもあったのだ。
でもやはり薬は私にはダメと納得。一日半のデトックスと湿疹を治すために私がとった療法は、玄米菜食だった。

さいわい私の家のすぐそばにはとてもいい自然食品店があって、完全無農薬の野菜(今年は人参が不出来で大きくならないばかりか、繊維ばっかり水気がない。でもお天気と相談しながらの野菜作りなのでしかたないのです)や米、その他ムソーやオーサワジャパンの商品を扱っている。
米は同じ北杜市のたんぼで、最近増えた「農業女子」3人組が作るものを購入。炊いてみるとこれがすこぶるの美味!
醤油をつけて焼きむすびにしたり、黒ゴマ塩をかけたり、梅干しで食べたり、あとは昆布と干し椎茸や煎り大豆の出汁で炊いた野菜。
それを食べ始めて三日目に、もうスゴイ大量の排便があって、「これは治ったな」と確信。
その日以来湿疹は消えていった。

この本の副題は「もう病気と闘わない 食で治す」というもの。
もちろん、すべての病気が食だけで治るとは限らないかもしれない。人間は必ず死ぬ生きものですからね。
でも食はとても大切だ。
私の湿疹がでた原因は、このところの過食だったのだ。しかもフレンチやイタリアンの外食が続くだけなく家ごはんもご馳走が多かったから。
内臓が悲鳴をあげていたのだ。
年齢を考えに入れないでバカバカ食べているから、こうなる。いくつになってもこの繰り返しで、とてもハズカシイ。。
(だけどこのように体が反応するのはいいことなんですよ。鈍感だともっとシリアスな病気になるまで気がつかない)。

だからこそ私にはときどきこういう本や、東城百合子さんの「あなたと健康」などを読む必要がある。読んで反省しなくっちゃ。
もっとも玄米と野菜ならどんなものでもいいというわけではない。スーパーで「安全・安心」などと書いてあるものはほとんどが失格である。
きちんとJAS規格の「有機野菜」や「自然農法」で作られた米・野菜を食べるべし。
すると免疫力がアップ、腸内がきれいになり、体内の酸化物質が減って アトピーや化学物質過敏症が改善される。つまり体が浄化される。いや、体だけではなくそれは精神にも作用するから不思議なのだけど。

この本にはあの青森で無農薬のりんご栽培をすることで有名な木村秋則さんも記事を書いている。
彼はたんに無農薬ではなく自然栽培でりんごを育て、自然栽培を広めるためにも尽力されている人だ。
ところで、「有機栽培」と「自然栽培」の違いをご存じでしょうか?
「有機栽培」というのは無化学肥料、無化学土壌改良剤、無化学農薬で栽培されているが、堆肥などの有機肥料は与えている。
しかし「自然栽培」は肥料もまったく使わずに栽培する農法である。
木村さんは有機栽培の害について別の本で語っておられたが、「有機」ならと選択した米や野菜や果物より「自然栽培」で生産されたものの方が、パワーがあるみたいだ。

「自然栽培」といっても、ほったらかしというわけではけっしてない。
草取りをするかしないかは自然栽培に従事するひとによっても違うらしいが、いろいろ手はかかるようだ。
怠け者の農法ではないのです。

私の家の近くのある田んぼは草ボーボー。
でもこれが自然栽培の田んぼか、はたまた単に人手がなくて草取りできないためなのかの判断がつかない。
限界集落なのでおじいちゃん、おばあちゃんばかり。
うーん、どっちなのかな?
posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月26日

森まゆみ「昭和の親が教えてくれたこと」

タイトルを見ると、なんだか教訓を垂れている印象を受けるかもしれないが、全然んそういうことはない。
あの森まゆみさんだもの、そんな上から目線があろうはずがない。
1954年生まれというから私よりは数歳若い。でも育った時代はほぼ同じ。日本が戦後からようやく抜け出そうとした頃、まだまだ貧しくて暮らしはつましかったが、そこにはささやかな「庶民の哲学」がった。
それが人と人との間の潤滑油になっていた。
ましてや「東京の下町」の駒込動坂下の長屋で育った森さん、ご近所さんとの付き合い、助け合いのなかで自然と身についたことがたくさんある。
私もそうだが私たちの親は大正末期から昭和の初めに生れた人たちだ。戦後の新しい時代いとはいえ育児法は古いものだった。
その古さに抵抗反抗したものだったが、今思うと懐かしいし、ある意味ありがたかったかな。

森さんの幼いころを描くこのエッセイ集にはいろんな「言葉」「言い回し」が章の題になっている。
「起きて半畳、寝て一畳」「すまじきものは宮仕え」「遠くの親戚より近くの他人」「お百姓さんが汗水たらして・・」「お里が知れる」「明日ありと思う心の仇桜」「親しき仲にも礼儀あり」・・
あった、あった。私の親も何かにつけてよく言っていたなぁ。
言われるたびに「ぅんもう、またか」と思っていたけど、幼いころに聞いた言葉は今でもちゃんと刷り込まれている。

私の時代には子どもは家の手伝いをしていた、というかさせられていた。母親が買い忘れたモノをちょっと買いに行かされたり、玄関周りの掃除もさせられた。
森さんも同じで、掃除をする時には彼女のお母さんはいつも「隣の半分まで掃くんだよ」と言ったそうだ。
「自分の前だけきれいになればいいというのはいけない。しかし隣の前を全部掃くのはおこがましい。やりすぎだ。」というのがその理由。
いいですねぇ、こうした「程の良さ」。
これぞ人とのお付き合いの「間合い」というもの。「庶民の哲学」の深さです。

森さんの両親はどちらも歯科医師だった。当然おかあさんはとても忙しい。
だからご近所さんが助けてくれた。隣の家でご飯を食べさせてもらったり、学校から家ではなく他所の家にランドセルを置いて遊んだり。。
当時は働く女性を専業主婦がよく助けていたものだそうだ。
仕事を持つ女性がともすれば専業主婦を見下して、両者が敵対するバカなことはなかった。(それはある一時期あったけど現在は少なくなっていて、女性同士の連帯が強くなっていると思う)。
隣の家でご飯を食べる。その代わりに風呂を立てて入れてあげる。(隣は銭湯に行っていた)。

(余談だが、ある有名な女性の学者が書いていたのだが、仕事関係で知り合った人はどんなに親しくなっても距離があって、例えば入院したとして、お見舞いには来てくれるが、下着までは洗ってくれない。でも子育てで知り合ったお母さん仲間の友人はパンツまで洗ってくれた、と。それに主婦の人脈の深さ太さにはつくづく感嘆するものがあったという。仕事を通しての友人がどんなに多くても、そこまで深くはなれないと思う。)

「風呂を立てる」という言葉も今はなくなりましたね。
消えた言葉というのも結構ある。
以前は「弁当をつかう」とか「出汁をひく」「米を研ぐ」と言ってたけど。。

私はとても森まゆみが好き。
彼女の価値観、社会に対するスタンスと行動など共感するものは多い。
そうした彼女をつくりあげたげたのが、彼女の生まれ育った界隈ということがこれを読むと再認識できる。
そして今でもその地を愛し続けられる彼女の幸せを思うと、土地に執着しなくて生きて来た私には、本当にうらやましいものがあります。
原田氏病にかかったいうけど、大丈夫なのかな?
私と同じで、自然療法の自然治癒で治そうとする彼女、いつまでも元気でいてもらいたいです。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月24日

サラーム海上「メイハネで中東料理パーティ」

NHKFMに「音楽世界遊覧飛行」という番組がある。
数人のパーソナリティが交代でそれぞれ得意の分野を語り、音楽を紹介するものだ。
そのなかで私たち夫婦が一番楽しみにしているのが、このサラーム海上さん。
落ち着いた静かな彼の語りとエキゾティックな食べものと音楽に、「これはどんな食べものなのかしらね?」「一言も言葉がわからないけど、なんかこの歌いいよね」と言い合いながら聴いている。
そのサラーム海上さんの本をライブラリーで見つけた!

タイトルにある「メイハネ」とはトルコ語で居酒屋のことだそうだ。
サラーム海上さんが初めての海外旅行で訪れたのがモロッコ。次がトルコだった。
人って最初に行った外国に強い印象をもつものだけどサラームさんもきっとそうだったのだろう。
他にもいろんな国々を訪れているが中東にすっかり魅せられ、その味や音楽が彼の日常となった。
音楽評論家、DJ、中東料理研究家として活躍。
彼はレストランやイベントにおいて30人程度の出張料理もひきうけているそうだ。

この本に並ぶ料理のカラフルなこと!
トマト、茄子、インゲン豆、じゃがいも、玉ねぎ、アボカド、ぶどう・・
日本でもたやすく入手できる材料。オリーブオイルを多用するがそれだっていまの日本では普通となっている。
ただハーブやスパイスがちょっと違って、ミントやイタリアンパセリや青唐辛子などがキリリと味を引き締めている。
スパイシーなものもあるがほとんどイタリア料理というか地中海料理っぽい。
私がこの本の料理で気にいったところは、なんといっても料理にパワーが感じられることだ。
チマチマしていない。こねくりまわしてない。変に飾り立ててない。食材が食材としてお皿から香がたちこめているのがわかる。
料理とは野菜や肉の生命を頂くということ。だからパワーがもっとも大切だと私は考えるのだが、サラームさんの料理にはその生命があるんですね。
いいなぁ、こんな料理を食べるときっと元気になれる!

中東を知らない私。
トルコにしか行ったことがない。それも初めてのツアー旅行での10日間。トルコは広大な国だしトルコ語がわからないからツアーにしたのだけど、若かったら個人旅行してたと思う。
決められた食事は不味くはなかったものの、世界三大料理の一つとされるトルコ料理がこんなものではないはずと、食べながら思っていた。
この本を参考に一つずつ作ってみよう。日本流じゃない中東料理が食べられそうだ。
東京でトルコ料理のレストランにも何回か行ったがやはり「こんなもんじゃないんじゃないか」という抑えきれない気持ちがずっとあったのだ。
サラームさんお勧めのCDを手に入れるまで、料理を食べながらアルジェリアの歌手のシェブ・マミの歌を聴くことにしよう。
この本、ライブラリーに返却したら、購入します!

ムスリムではハラルした食材を使う。ハラルとはムスリムの教えに従って処理(修治と日本語ではいうのかな?)すること。
本の後ろにはハラルされた食品やハーブ類が購入できる店が紹介されている。(現在ではネットでも入手可能)。
イタリアンやネパールカレーの他にも、中東料理が我が家の定番お客様料理になる日も近いかも。
ホントにホントに、美味しそうなんですよ、中東料理!

ところで少し意外だったのが本に載っているサラーム海上さんの写真のお顔。
ラジオのソフトなお声から想像するのと違って、すごーくタフそう。
でもまぁ、そりゃそうですよね。中東やアジアなどをメインに旅する人だもの、ヤワなわけないですよね。
これからそのお顔を思い浮かべながら、番組を楽しみましょう。
posted by 北杜の星 at 07:29| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月23日

吉田篤弘「台所のラジオ」

12の短編をゆるやかにつなぐものがあるとすればそれは、台所のラジオ。
人生で足踏み状態の人たちの肩をそっと押してくれるこの短編集には、いつもの吉田篤弘らしいあたたかさがみちている。
台所のラジオというなんだかレトロっぽい雰囲気にぴったりの文章が、とても素敵だ。

でも、でも、私はあえて吉田さん二苦言を呈したいのです。
決して嫌いな作家さんではない。むしろ彼の小説がへこんだ心に作用して元気になったことだってある。
だけど、なんといえばいいんだろ?
私には、吉田篤弘という人はもっともっと骨の太いものが書けるのじゃないかと、ずっと思っているんです。

本職の装丁家としてのセンス、小説家としての文章・・どちらも本当に素晴らしい。
それでも、小説に関してはどこか食い足らない。吉田篤弘の力量はこんなもんじゃないでしょ、と思うからだ。
彼の小説、悪くないんですよ。全然悪くない。
だけど表層的というか、上っ面をさらりと撫ぜただけって印象があって、読後感はいいんだけど、後から思いだすと何も思いだせない。
空気感が伝わってくるだけ。
もったいないなぁ。

・・これはけっして悪口ではないのです。期待しているんです。
この「台所のラジオ」はタイトルどおりの雰囲気がどの小説にも流れていて、好きだった。

要はもうちょっと、「ガツン」が欲しいだけ。
もっともあまり「ガツン」だと吉田篤弘じゃなくなるというファンもいるでしょうけどね。

posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月22日

篠原悠希「狩猟家族」

就職浪人の遼平はニュージーランドの山中で迷っていたろころに、ライフルを持つ少女とその父親に出会った。
彼は彼らの家に泊めてもらい、翌日は彼とともにうさぎ狩りに出かけた。
ライフルの撃ち方を教わり、始末の仕方を習った。彼らは隣のグレタの牧場を手伝うことで家を安く借りているらしい。そ家には少女の姉もいたが、彼女はオタクで狩りはしない。
彼女たちの母親は日本人のようだが、彼らと一緒にはいなかった。
遼平はグレタの家にホームステイすることになった。。

ニュージーランドでの「狩猟」について、細かく取材している。
その狩猟は「趣味」のハンティングではなく、「食べるため」または農作物を守るためである。
もし作者が「狩猟」だけを書きたいのだったら、ノンフィクションでよかったと思うが、これは小説仕立てとなっている。
小説にしたのには作者の書きたいことがニュージーランドの「狩猟」のみに限らなかったからだろう。

作者は生きるために狩りをすることを頭では理解しても、やはりそこは日本人。
無宗教であっても日本人のDNAに組みこまれている仏教の「不殺生」に、どこか縛られているのかもしれない。
父娘のようにスッパリとは割り切れない気持ちを抱いている。

生きものを殺すということ、野生の動物はペットとどこが違うのか・・
遼平は彼らと暮らすことで、自分との違いを少しずつ埋めようとする。
彼自身の家庭の問題もからまって、彼はだんだん「世界」を知り、大人になってゆく。

冒険小説でもあり、青春小説でもあり、成長小説でもあるこの本、なかなか読ませます。
そして読む間、こちらもいろんなことを考えさせられます。
作者はニュージーランド在住とか。
ニュージーfランドを一度も訪れたことのない私には、本のなかの自然に驚いた。ニュージーランドってそんなに自然の土地なのか。
これはニュージーランドでも南島が舞台だそうだ。
ずっと前のことになるが私の友人と一緒に車山高原をドライブした時に、時々ニュージーランドに遊びに行っている彼女が、「ここってニュージーランドみたい」と言った。
「えー、そうなの?!」と意外だったのはニュージーランドは平坦な島というイメージがあったため、車山のような山とか高原というのが腑に落ちなかったのだ。
でもこれを読んでわかった。しっかりした山もあるんですね。
そこには別の私の友人が毎年冬を過ごすクィーンズタウンのゴルフ場とはまったく違う顔があって、ワイルドな生活がある。
ほんの数十年前の日本もそうだったように。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

池澤夏樹「沖縄への短い帰還」

池澤夏樹は1994年から2004年まで沖縄に住んだ。
最初は那覇、それから知念村に移住。二人の娘は沖縄で生れている。
この本は「沖縄に入れあげ」た彼が沖縄について沖縄から発信した文章(単行本のなかに収録sれていない)を集めたもの。
読んだ文章もところどころにあったがあらためてこれを読むと、池澤夏樹の沖縄への強い愛情が感じられる。
彼は自分のことを「帰りそびれた観光客」と呼び、半分は県民、半分は特派員として、沖縄を本土に紹介してきた。
沖縄の自然、言葉、音楽、人々、食べもの・・すべてが池澤夏樹を惹きつけていたようだ。

あの当時、沖縄に住むことはちょっとしたブームだったと思う。
いろんな有名人が沖縄に移住していた。(いまはどうなのだろう?本土に戻った人もいれば今も沖縄に住み続けている人もいるのだろうけれど)。
ただご存じのように沖縄には米軍基地がある。辺野古問題は揺れに揺れている。いいことばかりではない。
沖縄に住むということはこの問題を抜きにしては何も語らないのと同じこと。
池澤夏樹もこれに関してはいろいろ発言してきている。

これは私も東京を離れて山梨に住むようになり強く感じているのだが、日本って本当に中央集権なんですよね。
なにもかもが東京中心。日本の他の場所はすべてある意味東京の犠牲になっているところがある。(福島第一原発の事故がいい例)。
池澤夏樹も沖縄という「僻地」に住んでそのことを痛感している。
沖縄の歴史に深いシンパシーを持つとなおさらだ。

池澤夏樹の文章もだが、沖縄について書かれた書籍の彼の書評も興味深い。
彼は書評家としてもとてもすぐれているので読み応えがあるだけでなく、「この本、読んでみたい」と思わせる説得力がある。

もともと池澤夏樹は「旅するひと」だ。
若いころは南太平洋に通いつめたし、30歳からはギリシャに住んだ。(テオ・アンゲロプロス監督の映画は池澤の訳だ)。
作家という職業はどこでもできる。ましてや現在のようにネットの繋がりがあれば、世界のどこであっても仕事はたやすい。
そうして「旅するひと」は「入れあげ」た沖縄に住むことにしたのだ。
それは東京での暮らし、レストランの世界中からの贅沢な食材を使った料理や、浮かれた喧騒に飽き飽きしたからでもある。
知念村にはそういうレストランはないが、日常的に普段やお客様のときに料理をする彼には地元の野菜も魚も豚肉も素晴らしいものだったようだ。
ちなみにタコライスを本土に周知させたのは彼の貢献が大きかったよう。

その池澤夏樹が沖縄を離れ、フランスに移住。5年間をパリ郊外のフォンテーヌブローで過ごすこととなったのはやはり彼が「旅するひと」だからかもしれない。
沖縄での特派員としての役目は終わったと感じたこともあるだろうが、二人の娘の教育を日本で受けさせたくはなかったという理由もあるという。
幼稚園の頃はまだしも小学校での教育は上意下達、みんな右に倣え・・そういうふうに画一的な人間に育てたくなかったのだろう。
彼の現在の奥さんはパリに長く住んでいたのでフランス語ができることも強みだったはず。(もっとも池澤夏樹は語学の習得が素晴らしく速いひとなのだけど)。

「沖縄への短い帰還」
沖縄の人たちはきっと池澤夏樹に戻ってきて、また自分たちと泡盛を飲みながら一緒に語りあいたいと願っている。
沖縄とは真反対の北海道住まいなのかな?いまは。。
「旅をするひと」はいろんな場所に「還るひと」でもありえる。それはうらやましいことだ。
posted by 北杜の星 at 07:01| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月17日

多田俊哉「そのオリーブオイルは偽物です」

オリーブオイルの消費が日本でずいぶん増えているが、これは日本だけでなくアメリカや韓国それに中国などでも需要が伸びているそうだ。
オリーブオイルにはエキストラ・ヴァージンとそうでないオイルがある。
エキストラ・ヴァージンの方に偽装が多いとは、ここ数年知られるようになった。
なぜなのか?
イタリアの南部プーリア州に旅行した時、見渡す限りずーっとずーっとオリーブ畑だった。
あんなにオリーブの樹があっても足りないのか?と不思議に感じるのだけれど、世界中で消費されれば、そりゃぁ足りなくなるのかも。

値段の高い、「有機」とラベルに書いてあっても、信用ならない。
この本の副題は「値段が高くても本物はごくわずか」とあるのだ。
トルコあたりから安価なひまわり油を輸入して混ぜる手口。
緑色で香がいいのが「本物」とは言えない。色も香も科学的に添加できるのだから。
偽装のための技術はどんどん進んでいて、そんな開発努力をするくらいなら、本物を売る努力をするほうがラクなように思えるが、儲けのためには悪い人間はどんなことでもするのでしょうね。
値段を高くして売るエキストラ・ヴァージンに細工するほうが利益率が高いと言うから、何を信じていいのかわからなくなる。

この本の著者はこよなくオリーブオイルを愛する人だ。
日本人に本物の質の高いオリーブ・オイルを知り、使ってほしいと願って「日本オリーブオイルソムリエ協会」を立ち上げた理事長。
彼がどのように安全安心なオリーブ・オイルを選べばいいかを教えてくれるのがこの本だ。

まず、大きな工場で生産されるメーカー、例えばイタリアの「ベルトーリ」や「カラベッリ」は(どちらもスーパーの棚でよく見かけますよね)名指しで「偽装」と書かれている。
まぁ、こうした安いものには手を出さないとしても、JAS規格と書かれていても信用してはいけないそうだ。
なぜならJASにはオリーブオイルに関する基準がまったくないから。
ますます消費者泣かせですよね。
イタリアでは偽物を取り締まる役人が業者と結託していることもあるというから絶望的だ。

もっとも信頼できるのは「生産者の顔が見える」ものを選ぶこと。
つまりワインと同じで「銘柄」に注意して買うとよいらしい。
ちなみに私があるイタリア食材専門店から買っているのは、その店の店長が自らイタリアに行ってオリーブ畑を視察し、栽培と生産を行う畑主から輸入しているものだ。
値段は500mlで2700円。
安くはないが最高級品の値段ではない。(ラウデミオなどは6000円するし、ラウデミオ以外にも素晴らしいオイルはそれくらいするのがたくさんある)。
(イタリアでも本物のエキストラ・ヴァージンは高いです)。
消費量の多い我が家で選べる最上のものを選んでいるつもりなのだが、これはもう、そのイタリア食材店を信頼するしかない。

イタリアン・レストランでも本物のオイルを知らないシェフやサービスの人が多いそうで、レストランのテーブルに置いてあるオイルのほとんどがヒドイものだと著者は書いている。
オイルについて勉強していないのだ。
この本の終わりには「日本オリーブオイルソムリエ協会」主催の「OLIVE JAPAN」で賞をとったオイルとそれを売っている店が紹介されているので、確かなオイルを求めたい人は参考にしてください。

イタリアに居た頃に、夫が働いていた設計事務所のボスの庭には古いオリーブの樹がまるでジャングルのようにたくさんあった。
秋になると地方から渡り職人がやって来て実を収穫していたそうだ。実はすぐに近所の圧搾所に運ばれてエキストラ・ヴァージン・オイルとなっていた。
濾す場合も濾さない場合もあるけれど、あれぞまさしく「本物」だったのだ。
そのボスの家ではオイルだけでなくワインも自分の庭で採れたぶどうから作っていた。
ああいう暮らしがまだあるのがイタリアだと思いたい。

オイル・ソムリエ協会で賞を獲得しているのは、スペインのものも多いです。
今度試してみたいです。
posted by 北杜の星 at 08:08| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月16日

原田ひ香「虫たちの家」

原田ひ香は「はじまらないティータイム」が大好きで、以来ずっと気になって読んできた。
でも本当に気になるのはその「ひ香」という名前かもしれない。
駄洒落じゃないけど、なーんか、ひっかかるんですよね。

ネットで傷つけられ、仕事や居場所や家族さえも失った女性たちが棲む「虫たちの家」は九州の離島にある。
そこでは女性たちがお互いに本名を明かさず、テントウムシ。ミミズ。オオムラサキと呼び合って、畑仕事をしながら静かに暮らしている。
虫たちの家を創立したのはマリアという年配の女性だ。
その虫たちの家にある日本土から母娘がやって来た
高校生の娘はアゲハ、母親はミツバチと呼ばれるようになった。
アゲハはボーイフレンドにあられもない写真をネットでばらまかれたうえ、母ともども刺されて、それは刑事事件になって日本中に知られることになった。
マリアはそんな身を潜めたい彼女たちを「虫たちの家」に迎えたのだった。

しかしアゲハは奔放で、島の男たちの気をひくことになる。
「虫たちの家」が唯一の居場所であるテントウムシにとって、アゲハの行動は見過ごすわけにはいかない。。

・・というストーリーに並行して、一人の女の子の幼いころの両親との海外生活が描かれているのだが、最後のほうにきて「えーっ、この女の子はあのあの女の子だったの!」と驚く展開になる。
これってほとんど、ミステリー?
これまでの原田ひ香にはない趣です。

テントウムシやアゲハはよく描かれているのだが、アゲハの母がちょっと弱いかな。
それとマリアがもっと訳ありかと想像しながら読んだのだけど、アッサリし過ぎで終わってしまった感じで物足りない。
引っ張られたわりには肩透かし。

ネットで傷つく人は多い。
とくにネットで住所や名前を出されて中傷されると立ち直れなくなってしまう。
それは犯罪だと思う。
悪いのは傷ついた人たちではないはずなのに、家族さえも守ってくれないとしたら、なんて不幸なんだろう。
テントウムシたちの悲しみはそこにある。。
posted by 北杜の星 at 07:32| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月15日

桶野興夫「がん哲学外来へようこそ」

日本人の二人に一人がかかるといわれる癌。
それほど多い病気になっているにもかかわらず、癌を告知されると他の病気とは大いに違う反応をしてしまう。
患者本人だけでなく患者の家族も周囲の人たちも、平静ではいられない。
癌になったからこその苦しみや悩みがある。

どんなに先進医療が受けられても、「正しい選択をしているのか?」という疑問を持つ患者がいる。
セコンド・オピニオンを受けるだけではどこか不安で納得できない。そんな悩み。
会社だけでなく家族との人間関係の変化に苦しむ患者もいる。
お互い気を遣いすぎて疲れてしまったり、無理解な夫やお節介過ぎてうるさい妻などへの不満。
残り少ない時間をどう生きればよいのかという焦り。

誰にも言えないことを「がん哲学外来」でお茶を飲みながら話し、話をじっくり聴いてもらう。
来た時の暗い顔が明るくなって帰って行く。
そんな「外来」があればどんなにいいことか・・という癌患者や家族の希望をかなえたのが桶野先生の「がん哲学外来」だ。
30分から1時間、じっくり向き合う。
しかも無料なのだ。
たくさんの人たちが押し寄せるのもわかろうというもの。

桶野先生は現在、順天堂大学の病理の教授だ。
元は(現在は有明に移ったが、以前大塚にあった癌研の病理の先生だった。
桶野先生は医学部卒業後一度は臨床医を目指したが、対人関係が苦手で病理に移ったという。
(癌研の病理は日本一優秀で、今はどうか知らないが国立がんセンターで判断付けかねる組織を癌研の病理へ持って行っていたときいたことがある。)
そんな話し下手の先生がなぜ?というのはこの本でよんでもらうとして、つくづく、癌患者の悩みは人それぞれなのだと痛感する。
それはまさしく癌という病気そのものの性格のようだ。

癌は外部からのウィルスや菌ではない。自分の正常細胞がなんらかの原因で遺伝子を傷つけられて変異したもので、増殖を止めない、アポトーシスしない、とてもやっかいな細胞が癌なのである。
だから癌という病気は個性豊か。同じ胃がんであってもまったく違う経緯をたどることが多いという。
だからこそ、苦しみや悩みも人それぞれなのだろう。

桶野先生はこうした「がん哲学外来」では、なにも医師でなくてもかまわないと思うと書いているが、医師だから患者さんは安心できるのだ。
普通の服を着て、お茶を飲みながらリラックスして前に坐って話を聞いてくれるのが、癌を知りつくした医師だからこそ、何でも話す気持ちになれるのではないだろうか。
ここで桶野先生は南原繁、新渡戸稲造、内村鑑三など先人たちの言葉を伝えることもあるという。
南原繁のことは予備校生のときに予備校の先生から教えられ、またその先生自身から「将来、自分が専門とする分野以外の本を、寝る前に三十分読む習慣をみにつけなさい」と云われたのことも頭に残っているそうだ。
そうした積み重ねが「がん哲学外来」の誕生の基本となっているのだろうか。
といっても、桶野先生は全然、上から目線ではありません!

東京のみならず日本全国から「がん哲学外来」にやって来ます。
興味のある方は「がん哲学外来メディカル・カフェ」で検索してみてください。
現在「がん哲学外来」は一般社団法人で、桶野先生はその理事長です。
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2016年08月12日

安西巧「広島はすごい」

日本経済新聞広島支局長となった著者が、着任後一年で書いたこの本、広島大好き人間の私にはとてもうれしいのだが、「コソバユサ」がないでもない。
だって過大評価じゃない?と思われる個所が多々あるからだ。住んで一念で時期尚早では?と心配してしまう。
安西さんはきっと、前世かご先祖さまが広島だったのだろう。

最後に広島を訪れたのが2年前。
原爆ドームと厳島神社という二つのユネスコ世界遺産があるのが理由なのか、ものすごい外国人観光客だった。
私が泊ったホテルにはポーランドからのツアー団体が泊っていた。
そのときに感じたのは、「広島は明るくなった」ということ。
中心部は相変わらず緑は多くはないものの、美しく整備され清潔感いっぱいだった。
そして広島の人々の親切で優しい印象はなによりもうれしかった。
このやさしさはつまりは、余裕ということかもしれない。
(私の東京の友人が広島観光で宇品へ行こうと、電車の行き先を停留所で訊ねたら、その中年女性は「宇品なんか行っても何にもないよ、かわりに市美術館に行きんさい」と教えてくれたそうだ。その「おせっかいさ」こそが広島女。まるでラテンの国の人みたいに黙っていられない)。

地方再生が云われて久しいが、成功しているところがそう多くない。街の中心部がシャッター通りという地方都市も多い。私の住む山梨県甲府市もそうで、これが県庁所在地なの?というくらい悲しい光景なのだ。
けれど広島には活気がある。
その理由としては、広島の街に中心性があることだと思う。悪く云えば街に広がりがないということでもあるのだが、東京のように大きなターミナル駅ごとに繁華街があるのではなく(渋谷、新宿、池袋、東京駅に近い日本橋や銀座など)、賑わう場所が一つというのがいいのだと思う。
そう、街のサイズがちょうどいいのだ。旧市内の東から西まで徒歩で歩けるサイズ。

この本に書いてあるように、広島の人口は日本で10番目。
中四国地方でもっとも大きな街だが「都会」というイメージはなく、あくまで「地方都市」。
それがまた心地よい。

著者は広島人の特徴を「群れない、媚びない、靡かない」と書いている。
うーん、そうかな。そうかも。。
反骨心はけっこうあるようだし、成功してもどこまでも「イケイケ」になるのではなく、欲がないというのも、そう感じる。

この本で面白いことに気づかされた。
それは倒幕が長州人によって為されたのは事実だが、しかしそれら長州人は広島の毛利が関ヶ原後に山口に移藩されたのであって、彼らのメンタリティは広島人だったのだということ。
そう言われればそうだよね。
広島の人たちは今でも、浅野のお殿様よりも毛利の方が好きみたいだ。

これは知らない人が多いのだが、パンの「アンデルセン」は広島の企業。
かっぱエビセンのカルビーもそう。
それと家電量販店の「EDEON」も本店は広島だそう。
「アンデルセン」は私が幼いころは「高木のパン屋さん」だった。現在のようにトレイにトングでセルフサービスでパンを買うシステムを日本で最初に考えたのが「アンデルセン」だ。
パンん冷凍技術の特許を持ちながらも、ライバルの同業他社に惜しげもなく解放したのは、パンの市場を広げるためだったそう。
広島に行くことがあったら是非、本通り商店街にある「アンデルセン」に行ってみてほしい。
爆心地から400メートルくらいなのに、旧帝国銀行だった石造りの建物は残ったのだ。それを買い取りバンケットホールやイートインが併設されたショップとなっているものだが、被災地ヒロシマにとってはとても大切な建物なのである。

もちろん広島でもっとも大きな企業は、マツダだ。
マツダの景気が悪いと広島全体の士気が上がらない。その意味で最近のマツダは好調で、広島が明るいのはそのいい影響なのだろう。
それと今年の広島カープ!
いつもは5月の鯉幟りの季節が終わるとポシャるのに、今年はスゴイですねぇ。ぶっちぎりの首位ですよ!
なんとかこのまま走りきってほしいものです。

「広島はすごい」。
都会の亜流にならないように、いつまでも地方都市の良さを持ち続けてほしいです。
posted by 北杜の星 at 07:09| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月10日

柳美里「ねこのおうち」

NHKの岩合さんの世界猫歩きの番組が火をつけたのか、最近はすごい猫ブーム。
猫好きな私はそれはそれで嬉しいのだが心配もある。
ブームに乗って飼い始めたはいいが、事情が変わって飼えなくなった時には、たくさんの猫たちはどうなってしまうのだろう?と危惧するからだ。
犬を捨てるひとがいるが、猫はもっと捨てやすい生きものなんですよね。だから心配。

この「ねこのおうち」にもそうした捨てられた猫たちが描かれている。
まず、ある夫婦に飼われているチンチラが家出した一時期に野良猫と交尾し生れた雑種の猫が捨てられる。まだピンクのネズミみたいな生れたて。
でもやさしいおばあさんに拾われてミーコと名付けかわいがられる。いつもおばあさんと一緒。ミーコもおばあさんもとても幸せそうだ。
しかし蜜月は続かない。おばあさんが認知症となって子どもたちがどこかへ連れて行ってしまったのだ。
ミーコは再び公園で野良猫となり、そこで6匹の子猫を産むものの、猫嫌いの人に毒まんじゅうを仕掛けられて死んでしまう。
公園に残された子猫たち・・

登校拒否の引きこもりの女子高校生。
一人暮らしの若い男性。
離婚し夜の仕事をする母と一緒の男の子。
癌で死を告知された妻と彼女に寄りそう夫。
老人ホーム。

猫はそこにいるだけで、大きな慰めとなる。何にもしなくていい。ただそこにいてくれるだけでいい。
人間だとそうはいかない。
何もしない、役に立たないと、文句の一つも言いたくなる。
猫に話す声はだれもが甘いが、配偶者にそんな声はとうてい出せない。(出すと気持ち悪い)

猫は犬とはなにかが違う。同じペットという生きものとして見ても、猫と犬は絶対違うのだ。
犬は飼い主とその家族の「役に立とう」と健気に自分で勉めているいるところがある。自分の役割を果たそうとするように。
でも猫は猫であることが存在の全部。猫でいることが役割なのだ。
猫は猫でいるだけで完結している。
あのサイズも人間が触れるのにちょうどいいし、あの毛の柔らかさ、からだのあたたかさもいい。
癒されるという言葉はあまりに多用されすぎて好きな言葉ではないから使いたくないけれど、猫は本当に癒され慰めになる生きものだ。

それにしても柳美里がこんな胸がキュンとなる小説を書くなんて意外だった。
どこかヒリヒリ痛くて、東由多加の闘病三部作は読んでいられないほど緊張したものだ。
彼女の生活がそれなりに落ち着いてきたのだろうか。
生きにくい、生きるのが下手な彼女に、それでもいろんな人たちが手を差し伸べてなんとかやれてきたのだと思うけど、そんな彼女に猫という支えができたのならよかったと思う。

最終章にあるように、老人ホームで犬や猫と一緒にお年寄りが最期の日々を過ごせるならうれしい。
殺処分になる犬や猫も少しは救われる。
現在は捨て犬や猫の支援施設では、飼いたいという申し出があっても70歳以上だと引き渡してくれないケースが多い。
でもこれまでの人生を生きものと共に過ごした人だからこそ、晩年も一緒に暮らしたいはず。
ここらあたりの改善を社会でなんとかできないものかと思うのだけど。
だからせめて老人ホームなら世話をするスタッフもいることだし、可能なんじゃないかな?
動物嫌いの人は別棟に区分けすればいいし、食堂などの共有スペースに入れないようにすればいい。
私、そんな老人ホームに入りたいです。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月09日

矢作直樹/稲葉耶季「こっちの世界、あっちの世界」

お盆は亡くなった人があちらの世界からこちらの世界の家族の元に帰って来ると言われている。
そのために迎え火をしたりする。
亡き人たちはどこから戻って来るのか?
この時期、ちょっと考えてみたくて、この本。


矢作直樹氏は元東京大学医学部大学院教授で東大付属病院の救急部・集中治療部部長。
稲葉耶季氏は静岡や沖縄で裁判所判事を務めた。

二人の共通項は、人には体、心、魂があって、この世とあの世の境目はないというもの。
矢作氏には「人は死なない」という医師にしてはびっくりするようなタイトルのベストセラーがあり、稲葉氏には「食べない、死なない、争わない」という著書がある。
その二人の対談集がこれ。
こういう話しが駄目な人は多いだろうし、無関心の人もいるだろう。
そういう人にこそ、ロジカルな職業を持って生きてきた二人の対談を読んでみてもらいたい。

私は体と心とそして魂を信じている。
特定の宗教ではなく「神様」がいるとも思っている。
神様も魂も見たことはないので、立証はできない。臨死体験もないのでこの世とあの世の境がどうなっているのかはわからない。
でもわからないのなら、神様や魂がある、と思ってもいいのではないか?
神様や魂が、死の恐怖と向き合うために人間が作り上げた想念だとしても、それで安らかになれるのならいいと思うのだ。
アバウトな神様・魂の肯定なので特定の宗教への信仰心は持てないけど、自分としてはこれで充分だ。

二人の対談は魂の部分についてはほとんどが同意見だが、医療に関してはかなりつっこんだ対談となっている。
というのも、稲葉氏はホメオパスになるためにホメオパシーの勉強をされていて、現代医療とくに抗がん剤には否定的な立場である。
一方矢作氏は抗がん剤の効用を認めている。癌細胞分裂の速い小児がんや血液のがんには、抗がん剤の効果が認められるからだ。
このやりとりはどちらも迎合しない意見でなかなか興味深い。
矢作氏の弟さんがいっさいの治療を拒んで、がんで安らかに亡くなったというが、医師としての立場より家族として弟さんを見守った矢作氏の気持ちに心打たれる。

稲葉氏は不食ではないが、きわめて少食だそうだ。
不食や少食はある日突然に、(何かの啓示なのか)起きるという。
食欲は本能の一部だが、「欲望」でもある。美味しい物を食べたいという欲望。
生きる上で欲望を減らすと、不食・少食に行きつくのだろう。そうした人の魂は高いところにあるのだと思う。
食べものに意地汚い私にはとうてい到達できそうもないが、それでもこの年齢になると、ご馳走を毎日食べたくはなくなる。
旅行に行って美味しい食事をするのはせいぜい二日でいい。(そうした場合でも朝食は少なくする)。それ以上続くと辟易してしまうようになった。
今年は二泊三日の断食に行ってみようと考えている。
最近、皮膚に湿疹が出ることが多くなった。多分体に毒素がたまっているための症状だと思う。
内臓疾患だけでなく、関節などにも「悪いもの」が溜まりやすいので、これからの老後を健やかに過ごすためにも、デトックスが必要だ。
稲賀氏も矢作氏も玄米菜食の食生活だという。

概ね、賛成できる対談だったが、一つだけどうしても拒絶反応があったのが、矢作氏の皇国史観だ。
日本人の変質は幕末維新から始まったというのはその通りだが、日本人の高い精神性を取り戻すために何をすべきかという部分が、私には受け入れらない。
日本人の精神性だけが世界で高いわけではないし、それを取り戻すために必要なのが高天原から繋がるものだなんて思想はいやだしコワい。
現在、だんだんとまたそういう考えが張り込ぼうとしているのは、なおさらコワイです。


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2016年08月08日

角田光代「わたしの容れもの」

わたしの容れものとはつまり、自分の体のこと。
この容れもの、とくに女性の容れものには、アラフィフともなると変化が起こる。
そう、更年期だ。
私からすると「若い作家」と思っていた角田光代も50歳目前。
いろんなことが起こるんですよね。

しかしこの変化は、加齢現象も含んでいて、更年期症状との境目がわかりにくい。
これまで考えられなかったような転び方をする。しかも二度も。
集中力や記憶力がなくなる。
それまで好きだった霜降り肉より赤身が好みとなる。
増えたら容易に減らない体重。
老眼・・
列挙にいとまがない。

でもまぁ、そういうのをとっくに通り越した私としては、ここでの角田光代はカワイイもので、「そんな変化、ごくごく順当」と言いたい。
むしろ「まだまだアナタ、立派なものよ」と。
だって32歳でボクシングを始め、その後走りだし、いまやフルマラソン完走の彼女の体力、精神力はスゴイこと。
能力のある人は努力の人でもあるのだ。

作家という座業だからこそ走ったり、考える前の瞬発力が必要なボクシングが必要なのかもしれない。だから彼女にとってはスポーツではなくて、小説を書くために必要な行為なのかもしれない。
小説を書くということは眠っていてもどこかが覚醒して、絶えず文章のことを考えているはずだ。芯から休んではいないと思う。
村上春樹も走るひとだが、走りたくなるのはわかるような気がする。

角田光代、健全な人だと思います。
美味しくお酒も飲めるようだし、ね。
その酒好きにもいろいろあって、酒の味が好き、酒席が好き、酔っぱらうのが好き(困ったもんだ)など人それぞれらしい。
彼女は自分では、酒の席でワイワイ楽しいのが好きだと思っていたが最近わかったことは、酒を飲まないと離せないからだそうである。
いわゆる天気の話しなどの世間話が苦手なので、「本題」「本音」を話したいのだが、それには酒の力を借りるのが一番らしい。
私も世間話は苦手で、音楽や映画や文学や政治の話をとことんしたいのだが、そうはいかない場合が多いのでつい聞き役となってしまう。そのほうがラクだからだ。
そうすると相手は私にいつも聞き役を求めることになるのだが、それはそれで結構フラストレーションがたまるのだ。
人との会話って案外ムツカシイ。お酒が飲めない私にはことさらにムツカシイです。
でもまぁ、人の話を聞くのも面白い物ではありますけどね。観察できるし。。(こういうのが、下戸の嫌がられるところなんでしょうけどね。)

角田さん、あなたは大丈夫。
作家が健全と呼ばれてうれしいかどうかは別として、心身ともに健やかなのは人間として素敵なこ、とです。
posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月05日

白澤卓「長生きできて、っ料理も美味しい!すごい塩」

よくぞ言ってくれた!とうれしくなる本。
しかもこの著者は元順天堂大学大学院加齢制御医学講座教授である。
私はかねてより「塩は悪くない」とずっと信じてきた。
だって生命は海から生まれたのだ。血液だって汗だってショッパイではないか。
「減塩」「減塩」と世の中はうるさいが、ことさらに減塩した料理を美味しいと思いますか?
塩を適切に摂らないと私たちの細胞は活き活きとしない。
入院患者や老人施設に入所しているお年寄りは、減塩食事を食べさせられてその不味さにますます食欲が減退する。
美味しくない食べものを食べて元気になるとはとうてい思えない。
「塩は怖くない」と、私は大声で言いたい。

しかしどんな塩でもいいわけではない。
専売公社が売っているあのサラサラと真っ白な精製塩はダメ。
あれは化学物質であって、本物の「塩」ではないからだ。
ああいう塩を摂っていると高血圧になってしまう。
だから塩を選ぼう、というのがこの本だ。

海の塩、湖の塩、岩塩・・
それらの塩はナトリウムの他にカルシウムやマグネシウムなどたくさんのミネラルを含んでいる。
日本の土壌は火山灰質なのでミネラルが少ない。だから昔から日本では塩からいものを食べることによって、塩からミネラルを摂取してきた。
また東北地方では塩蔵食品を多食するが、それは東北が寒いからで、塩には体を温める作用があるからだ。つまりあれは自然の摂理。
東北に脳出血が多かったのは事実だがそれは漬物と白米を主として副菜のたんぱく質をあまり摂らなかったからだ。つまり栄養不良だった。
塩がなければ寒さに震えていたことだろう。
反対に砂糖は身体を冷やす。
塩の害ばかりを言いたてるが、私は砂糖の害の方がよほど大きいと思う。

ただ塩に敏感に反応する体質の人はいて、10%から20%くらいの人は塩を多量に摂ると高血圧になるという。
また腎臓疾患のある人も塩分は抑える方がいい。
それ以外では「塩が悪者」という根拠はないそうだ。
著者は将来、「塩は健康に良い」と言われる時代が来ると書いているが、私もそう思う。現代の栄養学はコロコロ変わるからあまり信用しないほうがいい。
立場上「塩は身体に良い」と言いたくても言えない医師がいるのだそうだ。
戦時下においてリンゲル液が不足した場合には食塩水の点滴をして、患者を助けることがあったというし、私は何かの本で読んだのだが、広島で被爆して瀕死の状態にある人に生理食塩水を注射したところ、みるみる元気になったとそうだ。放射能の害を身体から排出するには多量の「塩」を摂ると効果があるときいたこともある。放射能はすごい「陰」なので「陽」である「塩」を多量に摂ることで中和できるらしい。

外食をするときやお惣菜を買うときなどは「塩」に注意しよう。
良い塩が使ってあればそう喉が渇くことはないだろう。
私は塩フリークで、昔から旅行に行くとその地の「塩」を買い求めることにしている。それを知る友人たちは私へのお土産に「塩」を持ち帰ってくれるのだがとてもうれしい。
隔年に南仏カマルグの塩をプレゼントしてくれる友人もいて、これは容れ物のラベルデザインがその都度違っているので楽しみにしている。
これまで私が経験した「塩」で「これは、すごい!」と驚いたのは、山形のアルケッチャーノという著名なシェフのイタリアン・レストランで出た「塩」だ。
そのシェフはオリーブオイルと塩しか味付けに使わないそうで、いかに塩を重要視しているかが、その塩でわかる。
「月の雫」という名のその「塩」は手に入らないのでその代わりに、近くの日本海の藻塩を買って帰ったのだが、それもすこぶる美味だった。
塩は沖縄とか言うけれど、能登とかの日本海の「塩」の方が私は好きだ。なんか深い力を感じる。
ただ日本には本当の意味での「生塩」はあまりないんですよね。釜で煮てつくる塩がほとんど。
「雪塩」というパウダー状の塩があって、あれは煮ないで作るようだが、でも乾燥は電気。太陽に当てるわけでないのが惜しい。(「雪塩」は味は良いのだがすぐに湿気るのが困る)。
この本では「輪島の塩」と「青が島の塩」が紹介されているが、どちらも美味しいです。

「塩」についてはまだまだ言いたいいことがたくさんあります。
どんなに新鮮な野菜や魚や肉を買っても、調味料が悪かったらなんにもなりません。
真面目に作った、アルコール(酒精)などの入っていない、ちゃんとした「塩」を使ってつくった醤油や味噌を選びましょう。
醤油がどんなに高価でも、ガブガブ飲むものではないので、健康のことを考えると安いものです。
不味くて薄い味噌汁ではなく、充分な量の味噌の味噌汁はかえって血圧を下げると著者は言っていますよ。
この本には言い塩を使ったレシピがついています。
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月03日

天然生活ブックス「家しごと、わたしのルール」

イラストレーター、料理研究家、フローリスト、エッセイスト、布物作家、挿花家・・
女性の憧れの仕事をもつ人たちが、自分の家仕事のちょっとしたルールを教えてくれるこの本、文章を読み写真を見ていると、つくづくため息が出る。
彼女たちみんな、上手に美しく暮らしているんですね。
いつもやっつけ仕事でお茶を濁している私は、とてもとてもと反省ばかり。

色や型や材質の揃った台所用品、きちんと整頓されたワードローブ、完璧にアレンジされたブーケ。。
そしてそれらの前でにこやかに微笑む彼女たち。
だけどこういうことを可能にするには、たゆまない努力をしているのだと思う。それを決して他人には見せず、「なんでもないわ」という顔をするのもこれまた努力。
そうしているうちに、これが生活の「普段」「普通」になるんでしょうね。
皮肉ではなく本当にエライと思う。

どんなに小さくともルールはルール。ましてや家事は手を抜こうと思うとどこまでも抜けるし、家族以外には迷惑もかからない。
しっかりとルールを守るためには自分を律する力が必要となる。
だからエライんです。

「朝は早起きをして、足りない時間をお補う」
「朝は9時、夜は8時半で家事終了」
「ボタン、ほつれた裾はその場で直す」
「食材の気持ちになって調理する」
・・どれもごく簡単に思えるけど、じつは簡単じゃない。
つい「ま、いいか」になってしまう。
いい加減な私など、「明日にしようっと」で終わっちゃうと思う。
一つ、これはいい!と実行しようと思うのが、「家のなかで一番いいものを日常的に使う」ということだった。
いいものはともすれば大切にしまいがち。戸棚の奥のほうにしまわれて、出番は年に一度か二度。
でも考えてみれば、老い先短いんだもの、いいものは毎日使って日々満足できるほうがいい。
我が家にある一番いい食器は、江戸中期の柿右衛門、それも藍柿右衛門というレアな蕎麦猪口のおおぶりなもの。つけ麺の汁を入れたり、すり流しなどスープ類を入れている。
貧乏性なので、もったいなくてほとんど使わないのだけど、これからはほうじ茶をそれで毎日飲もう。
もし割ったとしても、もう金継ぎの修理はしない。捨てる。それならモノも減ってスッキリするものね。

美しく暮らすにはテクニックが必要だけど、それ以上に意思の強さが必要。
笑顔の陰の見えない部分が大切なんです。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月02日

川上弘美「大きな鳥にさらわれないよう」

川上弘美の時間や空間の領域を超えた独特の世界は、「川上ワールド」と呼ばれる不思議な感覚を持ち、それがふうわりとした文章で綴られるとますます現実より遠いところに運ばれる気がする。
けれどあの3・11以降、彼女の書くものは少し変わったような気がする。
本質は変わらない。でもどういえばいいのだろう?一生懸命に希望を探し、確かなものを信じようとする気配が強くなっている。
大学で生物学を学んだ彼女だから、生命の根源を見据えて小説を書こうとしているのかもしれない。
この変化が「大きな鳥にさらわれないよう」にもはっきり出ていると思う。

もっともっと先の未来の、滅亡の危機に瀕した人類が住む時代。
人々はいろんなグループに分かれて暮らしている。
人間も植物も工場で生産される。その人間もイルカやウマやウシ由来でつくられていて、人間由来の人間はめずらしし存在だ。
またあるグループ内では、女はたくさんいるのに男はたった十数人。生れる子どもはほとんどが女の子で、その女の子たちを女が「見守り役」として面倒を見る。
湯浴みに出かけたりどこか牧歌的なのに、クローンや人工知能が出てくる。

と書くとSF小説のようだが、雰囲気はまったくそうではない。
未来小説なのに、むしろ太古とか原始を感じさせるのだ。
短編集ではなく長編小説だというのは、読み進めて行くとだんだん繋がりが出てわかるようになる。
人類がなんとか再生しようとする軸が見えてくる。

ええっとですね。これ、うまく言い表せません。とても説明が難しい。
感覚を鋭くしないとこれは理解できないし、その感覚を言葉で説明するには私は力不足。それに私ごときが説明するよりもなによりも、読んでみるのが一番。
これまで以上の川上ワールドが出現している。
とにかく、これは素晴らしい!
これまで私は「舞鶴」が彼女の最高傑作だと信じていて、「センセイの鞄」が好きなんていう川上ファンを「フン」「わかっちゃいないなぁ」と思ってきたけれど、これからは迷います。
それほどこの「大きな鳥にさらわれないよう」は彼女にとっても川上ファンにとっても、大きな意味を持つ作品となることでしょう。
スゴイものを書いちゃったな、川上弘美は。。

先だって窪美澄の同じく少子化の日本を描いた「アカガミ」を紹介しましたが、あれはほんの十数年後の近未来のお話しだった。
でもあれにはどこにも希望がなかった。ただただ怖い世界が描かれていた。
作家の資質が異なるのか、何を書くかの目的の違いなのか、表現方法が異なるのか、それぞれの作家の個性というものなのでしょう。
しかし、あえて言わせて貰うなら、作家の力量という問題もあるかもしれませんね。
関脇と横綱くらいの格の差を感じます。同じ土俵に立つと、その大きさの違いがわかります。
でも世の中には関脇を応援する方が好きという人もいるのだから、それはそれでいんですけど。

素晴らしい読書体験ができる一冊。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月01日

宮坂信之「ステロイドがわかる本」

この本を読んだのには二つの理由がある。
一つは、友人が自己免疫系病気の治療にステロイド投薬を受けることにしたのと、もう一つは2週間前から私の皮膚に湿疹が出始めたこと。
昨年の皮膚病は自家感作性皮膚炎というもので、それはホメオパシーで治ったのだが、もしかして再発かとビクビクしていた。
この暑いのに東京のホメオパスの先生との相談会に行くのはいやだなぁと思い、でももしこちらの病院の皮膚科に行くとなると、ステロイドを使われるんだろうなと、これはもっといやだとビクビクしていた。
でも昨年とは微妙に異なる症状で、自家感作性皮膚炎は左右対称なのに右側だけにしかでていない。だけどそれはそれで帯状疱疹という可能性もある。。
診察の結果は、蕁麻疹とのこと。食べものアレルギーの蕁麻疹ではなくて、古い蕁麻疹の「種」のようなのが体の中に残っていて、それがストレスや疲れで出てくるのだそう。
もし慢性化すると厄介みたい。(皮膚疾患ってアトピーを見てもわかるように、どれも厄介なんですけどね)。
放っておいても数日すれば消えるし、もし慢性化を防ぐのなら抗ヒスタミン剤を服用してくださいと言われて、かなりホッとした。
私は幼いことから蕁麻疹がよく出る子だった。今でも太陽湿疹や寒冷蕁麻疹に悩まされている。
(症状、とくに肌の症状というのは体の内の毒素を出しているのだから、出し切るのが本当の治療だと思っている。)

ステロイドは怖い!というのは今では誰もが知っていて、できるならば避けたいと思っている。
でもステロイドは医師がきちんと経過を観察しながら塗布したり服用すれば、安全とも言われている。
薬はどんな薬にも、漢方薬にも副作用はあるのだから、ステロイドだって諸刃の刃。
じっさいに私のまわりにも、副作用で困ったというひともいれば、ステロイドで湿疹が消えて痒みから解放されたと喜ぶひともいる。
それでは、どうすればいいか?
膠原病・リウマチ専門医である著者が、病気別にステロイドとどう付き合うかを教えてくれるこの本は、これからステロイド治療を始めようとするひと、治療中のひとが読めば、役立つかもしれない。
専門だけあって自己免疫の病気が大部分を占めているが、皮膚科、耳鼻科、呼吸器内科、腎臓内科など多くの病気にステロイドは対応している。

ステロイドはご存じのように副腎から出るホルモンである。
投与される量にもよるが、2週間くらい服用すると、副腎からのステロイドは出ることをストップしてしまう。人間の体って怠け者なんですね。外から入ると内ではつくらなくなる。
一度つくるのをストップすると再びつくれるようになるには時間がかかる。つまり体にステロイド・ホルモンがまったく供給されなくなる期間ができるということ。
これがよく云われるような「急にステロイドを止めるのはよくない」の原因なのである。
自己判断ではなく、医師の管理の元に量を少しずつ減らしながら終わらせることが肝心。

しかし服用中にも副作用が起こる場合はある。
ムーンフェイス、肥満(手足は細くなる)、皮膚が薄くなったり血管壁が弱くなるので打ちあざがでやすくなるなどなど。
けれどこれは軽度副作用なので普通は治療は継続される。
(私にはこれが「軽度」とは思えないのだけど。これらを起こすかなりの異変が体のなかで起きているのだと思う)。
重症副作用は深刻だ。
感染症にかかりやすくなる、糖尿病、消化性潰瘍、骨粗しょう症、無菌性骨壊死、筋委縮、精神病(気分のムラやうつ病など)、脂質異常、白内障・・
挙げればきりがないくらいの副作用がある。

この本にはこういう副作用は「長期」「多量」に続ければとあるが、どれくらいの期間を「長期」と云うのかは、明記されていない。
人間には個体差があるし、年齢によっても副作用の出方はことなるはずだ。
日本では病気になると「標準治療」が行われ、ステロイドの投薬もそうした「標準治療」のガイドラインに沿って行われるのだろうが、そこではちゃんと個人差がはっきりしているのだろうか?
(多分わかっていないから、「経過観察」なのだと思うのだけど)。
ただこの標準治療というのがあるから、他の外来に行ってセコンド・オピニオンを得ようとしても、同じ意見しか返ってこない場合が多いため、「やはり、この治療しかないのね」ということになってしまう。

ちなみに「一つ目」の私の友人のステロイド治療は、医師から薦められたものではなく、あくまでも「自己判断」でステロイド治療を受けるかどうかを自分で決めさせられたのだそうだ。
「えー、それって医師はなんのためにいるの?」「責任回避じゃない?」と私は納得できないのだが、イマドキの医師ってそうなの?
でもそれってやっぱり、ステロイドの副作用があるってことですよね。
何を選択して、何を拒否するかを患者にゆだねるということは、患者にもっともっと知識をもちなさいということである。
しっかりいろんな資料を調べて研究する必要があるのかも。
さいわい最近では大学の研究室や専門医の意見がネットで調べられるようになってきた。
重度であっても軽度であっても、副作用が私の友人に出ないことを祈ります。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする