2016年08月09日

矢作直樹/稲葉耶季「こっちの世界、あっちの世界」

お盆は亡くなった人があちらの世界からこちらの世界の家族の元に帰って来ると言われている。
そのために迎え火をしたりする。
亡き人たちはどこから戻って来るのか?
この時期、ちょっと考えてみたくて、この本。


矢作直樹氏は元東京大学医学部大学院教授で東大付属病院の救急部・集中治療部部長。
稲葉耶季氏は静岡や沖縄で裁判所判事を務めた。

二人の共通項は、人には体、心、魂があって、この世とあの世の境目はないというもの。
矢作氏には「人は死なない」という医師にしてはびっくりするようなタイトルのベストセラーがあり、稲葉氏には「食べない、死なない、争わない」という著書がある。
その二人の対談集がこれ。
こういう話しが駄目な人は多いだろうし、無関心の人もいるだろう。
そういう人にこそ、ロジカルな職業を持って生きてきた二人の対談を読んでみてもらいたい。

私は体と心とそして魂を信じている。
特定の宗教ではなく「神様」がいるとも思っている。
神様も魂も見たことはないので、立証はできない。臨死体験もないのでこの世とあの世の境がどうなっているのかはわからない。
でもわからないのなら、神様や魂がある、と思ってもいいのではないか?
神様や魂が、死の恐怖と向き合うために人間が作り上げた想念だとしても、それで安らかになれるのならいいと思うのだ。
アバウトな神様・魂の肯定なので特定の宗教への信仰心は持てないけど、自分としてはこれで充分だ。

二人の対談は魂の部分についてはほとんどが同意見だが、医療に関してはかなりつっこんだ対談となっている。
というのも、稲葉氏はホメオパスになるためにホメオパシーの勉強をされていて、現代医療とくに抗がん剤には否定的な立場である。
一方矢作氏は抗がん剤の効用を認めている。癌細胞分裂の速い小児がんや血液のがんには、抗がん剤の効果が認められるからだ。
このやりとりはどちらも迎合しない意見でなかなか興味深い。
矢作氏の弟さんがいっさいの治療を拒んで、がんで安らかに亡くなったというが、医師としての立場より家族として弟さんを見守った矢作氏の気持ちに心打たれる。

稲葉氏は不食ではないが、きわめて少食だそうだ。
不食や少食はある日突然に、(何かの啓示なのか)起きるという。
食欲は本能の一部だが、「欲望」でもある。美味しい物を食べたいという欲望。
生きる上で欲望を減らすと、不食・少食に行きつくのだろう。そうした人の魂は高いところにあるのだと思う。
食べものに意地汚い私にはとうてい到達できそうもないが、それでもこの年齢になると、ご馳走を毎日食べたくはなくなる。
旅行に行って美味しい食事をするのはせいぜい二日でいい。(そうした場合でも朝食は少なくする)。それ以上続くと辟易してしまうようになった。
今年は二泊三日の断食に行ってみようと考えている。
最近、皮膚に湿疹が出ることが多くなった。多分体に毒素がたまっているための症状だと思う。
内臓疾患だけでなく、関節などにも「悪いもの」が溜まりやすいので、これからの老後を健やかに過ごすためにも、デトックスが必要だ。
稲賀氏も矢作氏も玄米菜食の食生活だという。

概ね、賛成できる対談だったが、一つだけどうしても拒絶反応があったのが、矢作氏の皇国史観だ。
日本人の変質は幕末維新から始まったというのはその通りだが、日本人の高い精神性を取り戻すために何をすべきかという部分が、私には受け入れらない。
日本人の精神性だけが世界で高いわけではないし、それを取り戻すために必要なのが高天原から繋がるものだなんて思想はいやだしコワい。
現在、だんだんとまたそういう考えが張り込ぼうとしているのは、なおさらコワイです。


posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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