2016年08月19日

池澤夏樹「沖縄への短い帰還」

池澤夏樹は1994年から2004年まで沖縄に住んだ。
最初は那覇、それから知念村に移住。二人の娘は沖縄で生れている。
この本は「沖縄に入れあげ」た彼が沖縄について沖縄から発信した文章(単行本のなかに収録sれていない)を集めたもの。
読んだ文章もところどころにあったがあらためてこれを読むと、池澤夏樹の沖縄への強い愛情が感じられる。
彼は自分のことを「帰りそびれた観光客」と呼び、半分は県民、半分は特派員として、沖縄を本土に紹介してきた。
沖縄の自然、言葉、音楽、人々、食べもの・・すべてが池澤夏樹を惹きつけていたようだ。

あの当時、沖縄に住むことはちょっとしたブームだったと思う。
いろんな有名人が沖縄に移住していた。(いまはどうなのだろう?本土に戻った人もいれば今も沖縄に住み続けている人もいるのだろうけれど)。
ただご存じのように沖縄には米軍基地がある。辺野古問題は揺れに揺れている。いいことばかりではない。
沖縄に住むということはこの問題を抜きにしては何も語らないのと同じこと。
池澤夏樹もこれに関してはいろいろ発言してきている。

これは私も東京を離れて山梨に住むようになり強く感じているのだが、日本って本当に中央集権なんですよね。
なにもかもが東京中心。日本の他の場所はすべてある意味東京の犠牲になっているところがある。(福島第一原発の事故がいい例)。
池澤夏樹も沖縄という「僻地」に住んでそのことを痛感している。
沖縄の歴史に深いシンパシーを持つとなおさらだ。

池澤夏樹の文章もだが、沖縄について書かれた書籍の彼の書評も興味深い。
彼は書評家としてもとてもすぐれているので読み応えがあるだけでなく、「この本、読んでみたい」と思わせる説得力がある。

もともと池澤夏樹は「旅するひと」だ。
若いころは南太平洋に通いつめたし、30歳からはギリシャに住んだ。(テオ・アンゲロプロス監督の映画は池澤の訳だ)。
作家という職業はどこでもできる。ましてや現在のようにネットの繋がりがあれば、世界のどこであっても仕事はたやすい。
そうして「旅するひと」は「入れあげ」た沖縄に住むことにしたのだ。
それは東京での暮らし、レストランの世界中からの贅沢な食材を使った料理や、浮かれた喧騒に飽き飽きしたからでもある。
知念村にはそういうレストランはないが、日常的に普段やお客様のときに料理をする彼には地元の野菜も魚も豚肉も素晴らしいものだったようだ。
ちなみにタコライスを本土に周知させたのは彼の貢献が大きかったよう。

その池澤夏樹が沖縄を離れ、フランスに移住。5年間をパリ郊外のフォンテーヌブローで過ごすこととなったのはやはり彼が「旅するひと」だからかもしれない。
沖縄での特派員としての役目は終わったと感じたこともあるだろうが、二人の娘の教育を日本で受けさせたくはなかったという理由もあるという。
幼稚園の頃はまだしも小学校での教育は上意下達、みんな右に倣え・・そういうふうに画一的な人間に育てたくなかったのだろう。
彼の現在の奥さんはパリに長く住んでいたのでフランス語ができることも強みだったはず。(もっとも池澤夏樹は語学の習得が素晴らしく速いひとなのだけど)。

「沖縄への短い帰還」
沖縄の人たちはきっと池澤夏樹に戻ってきて、また自分たちと泡盛を飲みながら一緒に語りあいたいと願っている。
沖縄とは真反対の北海道住まいなのかな?いまは。。
「旅をするひと」はいろんな場所に「還るひと」でもありえる。それはうらやましいことだ。
posted by 北杜の星 at 07:01| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

広告


この広告は60日以上更新がないブログに表示がされております。

以下のいずれかの方法で非表示にすることが可能です。

・記事の投稿、編集をおこなう
・マイブログの【設定】 > 【広告設定】 より、「60日間更新が無い場合」 の 「広告を表示しない」にチェックを入れて保存する。


×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。