2016年09月30日

山根明弘「猫はすごい」

裏の山荘のYさんが「あなた、猫好でしょ。これは知人が書いた本なんだけど、よかったら読んで」と、朝日新書のこれを持って来て下さった。
数年前まで犬を飼っていたYさんだが「猫歴のほうが本当は長いの」とのことだ。
早速読んでみた。

空前の猫ブームだそうだ。もうすぐ猫の数が犬のそれを上回るらしい。
招き猫など独特の猫文化をもつ日本は世界でもかなりユニークな猫好きの国のようだ。そしてこの文化は今に始まったことではなく江戸の時代から続くものだと言う。
動物行動学が専門の動物学者である著者は、九州の相島という小さな島で数年間ノラ猫の行動を観察した経験を持っていて、そのときに猫の能力の高さを知り、猫の魅力にぞっこんとなったようだ。
幼いころに飼っていた小鳥を猫に食べられた過去から、猫は嫌いな動物だったにもかかわらず。

彼の観察した相島のノラ猫とペットである飼い猫の間には相似点も相違点もある。それは当然だ。
しかし飼い猫であっても猫の身体能力は見事に発揮されている。犬とは違い、野生が残っているのだと思う。
嗅覚は犬にはかなわないものの人間の10万倍だというし、視覚はご存じのように真っ暗闇でもちゃんと見える。なによりスゴイのが動体視力。そして動体視力に合わせて動ける跳躍力は1.5、メートルだし走るスピードは時速50qにもなるから、ほとんど野生そのものといっていいくらい。
そんな能力の高い猫と一緒に家で暮らしているなんて、ちょっとびっくり。
家でゴロゴロ眠っては食べている飼い猫からは想像できないかもしれないけれど、そんな飼い猫がときたま見せる昆虫や鳥などの小動物を捕獲する動きの俊敏さに驚いたことのある飼い主は多いはずだ。

能ある鷹は爪を隠すというけど、その爪もスゴイんです。木登りができるし、獲物をしっかり押さえて放さない。
猫が噛めば犬より深い傷を負うらしいが、その牙はおそろしいほど。
それと、これは長年猫を飼っていてづくづく感じて来たのだが、猫はじつに辛抱強い。じっと待てるし、要求は必ず貫徹させる。
この辛抱強さは、痛みや苦しみにも発揮されているようで、どんなに体がきつくてもへこたれない。これもじっと我慢している。
弱みを最期まで人に見せない猫の態度に、これまで幾度も教えられたような気がする。
今は20歳で年老いた我が家のハッチ君にだって、いろいろ学ぶ毎日だ。

相島では著者が研究観察していた20年前には島民500名、ノラ猫およそ200匹だった。今ではどちらの数も減っている。
島では島民と猫が共存していたそうだ。猫を飼い猫化するのではなく、ノラはノラのままの猫の暮らしをしていたという。
その共存の仕方を町や都会にも応用できないものか。殺処分は減っているとはいえたくさんの猫が毎年殺されている現実を考えるとき、著者の相島での体験が行かされれば良いと思う。
不幸な殺処分を少なくするための去勢手術も最近では改善されているようで、オスは睾丸を取るのではなくていわゆるパイプカット手術を施す方向になっているし、メスは卵巣を摘出するのではなく子宮を摘出する手術が施されるようになっているのだそうだ。
そうするとオスはオスのまま、メスはメスのままの従来の性衝動や性行為を持ちながら、子どもは生まれない。
ノラ猫はその性格や行動を変えることなく生きていけることになる。
(もっともこうした手術そのものが不必要になればいいのだけれど、それは今のところ理想論だ)。

≪朗報≫
いつも私は高齢になってからこそ、日々の慰めと尾生きがいのために犬や猫と一緒の生活をしたいものだと思っているのだけれどl、人間の方が先に死んだ場合を考えると飼うのを諦めざるをえないと思っている。
でも著者はこの本で、『ペット信託』というシステムを紹介してくれている。
これは飼い主が病気になったり亡くなったときのことを考えて、猫の養育費を第三者に委託して資金管理するもので、福岡の行政書士の服部薫さんが始めたものだ。
こういう組織や団体が日本各所にあればいいですよね。
最近のイタリア中部の地震において、動物保護団体が飼い主の家族から依頼を受けてがれきを探したところ、15日ぶりで脱水症状の猫を救出したとニュースで知ったけど、そうしてシステムがあるのは羨ましいことだ。

ノラ猫に優しい社会は人間にも優しく快適な社会だと私は信じている。
まず猫がどんな動物なのか?ということをこの本で知って飼い始めても、飼い始めてこれを読んでも、どっちにしても面白くて勉強になること間違いなし。
猫って強く、美しく、そしてメッチャかわいい生きものです!
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

加門七海「たてもの怪談」

夏は過ぎたけれど、タイトルに惹かれて怪談小説を読んだ。私、ホラー好きなんです。
日本では幽霊がでる場所は、墓場とか寂しい道やトンネルとかいろいろあるが、「家」というのも多い。
怖いですねぇ。もし引っ越した家に「出る」としたら、どうすればいいのか?ましてや借家ではなく購入した家だとしたら。

加門さんは実家住まいだったのだが、かねてより自分家が欲しいと考えていた。
最初は古い一軒家が希望だったが一生住むとしたら築年数が不安材料となるので、あきらめた。
次はマンションだ。物件を探すが急いでいるわけではないので、決定までに時間を数年かけた。
というのは、彼女は風水を香港に行ってまで勉強した人。どうしもそうした条件に合うところを見つけたかったからだ。
そのうえ、建物だけではなくその土地も問題になる。

加門さんはこれまでもいろんな「モノ」が「見える」人だった。それを書くのが彼女の仕事でもある。
「見える」だけではない。「呼ぶ」人でもあるのだから、私などは「怖ーい」こと甚だしいのだが、そこは「見る」のにも「呼ぶ」のにも慣れている加門さん、引っ越したマンションの部屋にたくさんの「見える」人が現れて宴会状態になっても動じない。どころか面白がっているのだから腹が座っている。
「いい気になるんじゃない」などと彼らに言う余裕。

加門さんはマンションに引っ越して、家財道具を運び込む前に、氏神様になる神社に部屋のお祓いをしてもらった。(この神社が実は彼女にとって曰くつきだったのだけど)。
それでも、「出た」のは、彼女が「呼ぶ」人だったからなんでしょうね。
私たちもj今の家を新築して入居する前に、神主さんに来ていただいてお祓いを受けた。
地鎮祭ときお願いしたその神主さんの目がとても澄んでいたのが強く印象に残っていて、ぜひ家が出来上がった時には・・と思っていたのだ。
お願いして正解だった。その神主さんはこう仰ったのだ。「今からこの家には神様がおられます。神様を汚すことのないように」とたった一言。
私が「どうしたら神様を汚すことになるのですか?」とお尋ねしたら、これもただ一言、「悪い想念をもつことです」。
もう完全にノックアウトされてしまった。
それから当分はその言葉を旨として暮らしていたが、いつの間にか忘れてしまって、いまでは悪い想念がウジャウジャしているのではないかな?
他人の悪口は言うし、悲観的になることもあるし。。

こういうのを読むと、「霊」ってそう怖いものじゃないのかもと思う。
中には邪悪なのもいるかもしれないが、他愛ないのもいるんみたい。
(でもやっぱり怖いというか気味悪さはあるのだけど)。
彼女が平然としていられるのは慣れだけでなく、知識もあるのかもしれない。
風水や気学など、半端じゃなく勉強してきている。

さて、加門さんのマンションがどうなったか・・それは読んでのお楽しみ。

この本は小説というよりも長いエッセイのよう。
後ろのページには東京都庁の建物の風水について書かれている。
うーん、都庁を設計したのは日本を代表する建築家の故丹下健三氏だ。数社による設計コンペで勝った建物。
それがあんまり風水では、良くないようなんですね。。
都知事たちの不祥事や今回の豊洲市場の件をみると、そうかもと納得できる気もするが。。

イギリスびいきの井形慶子さんが話していたが、イギリスでは幽霊の出る家(haunted )は高い値段で売買されるらしい。
つまり幽霊が出るほどその家には歴史があるということで、それが評価の対象となるそう。
幽霊が投資になるなんて、所変われば、ですよね。
posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月27日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

今年の夏はおかしな夏でした。
ここ八ヶ岳南麓は昼間の暑さはあっても、いつもなら高原の風が爽やかなのですが、その風が湿っぽかった。
それもそのはず、10日間ずっと曇りと雨続き。朝起きてびっくりするほど暗いんです。
夏の初めは日照りのため、農家は野菜がダメ、今は日照不足でお米の収穫が心配。
そのうえ猪や猿の被害が広がっているようで、弱り目に祟り目です。
知人がシャイン・マスカットを栽培していて、「出来たら友人たちを呼んでおくから、引き売りに来て」と頼んでいたら、ナント、長雨でぶどうが病気にかかって全滅したそう。
お気の毒で慰めようがありませんでした。
こちらも大きくて美味なるシャイン・マスカットはまだ珍しいので、友人たちに宅配便で送ろうと思っていたのに残念でした。

それでも今年の夏もたくさんのお野菜を頂きました。
朝の遅い私たちが起きて玄関ポーチを見ると、トマト、きゅうり、いんげん、ピーマン、トウモロコシ・・
夏にもサンタさんがいるんですよ、このあたりには。
夏前に頂いた玉ねぎとジャガイモは冬の初めまでもちそうだし、その頃には白菜と大根とネギが到来します。
今はちょっと野菜は端境期かな。その代わりに果物が続々・・

今月のビッグ・イベントは、友人夫妻たちと計6人で岐阜の長良川に行ったこと。
往復が同じ路なのは面白くないと夫が言いだし、往路は松本経由で上高地の脇の安房トンネルを抜けて飛騨高山へ。
東京に住んでいた頃は、飛騨高山と聞くととっても遠いところという印象でしたが、ここからは2時間ちょっと。
朝8時に出発して10時過ぎには高山でコーヒー・タイム。
そこから郡上八幡へ。
郡上八幡は一度ぜひ行ってみたかった町です。夫は以前に行ったことがあって「いつか連れて行ってあげよう」といつも言っていたのに、今までなかなか行けなくて。。
郡上踊りが終わった後で、町には提灯がまだ残っていました。祭りの後の静けさと言いたいところですが、結構観光客がいました。
想像通りの美しい水辺を散策できて、幸せでした。
美味しい鰻も食べました。ここの鰻は関西風で蒸さないんですね。

そして宿泊は長良川のほとりの、普段私たちがあまり泊らない大きなホテル。
大きいからなぁ、どうかなぁと懸念していた通り、食事は熱々の鮎の塩焼き以外はイマイチでした。「ゆこゆ子、ネット」での高評価は今回始めて食事に関してはハズレ。
だけど夜、きれいな鵜飼の船を遠くから見られて、風情を楽しみました。
鵜飼船が出る間は川の両側のホテルやマンションでは電気を消すのですね。だから暗い川に篝火というか漁火のたいまつが本当にきれいでした。
さすが源氏物語にも書かれた鵜飼です。

岐阜っていいところです。交通の便があまり良くないのが幸いして、古き佳きものが残っている感じ。(東海道新幹線の駅のほとんどには乗り降りしているけど、岐阜羽島駅には縁がありません)。
ホテルから徒歩5分の川原町の古い町並みが素敵でした。
今回は行かなかったけれど、美濃や多治見や関なども訪れたいものです。

復路は土岐ジャンクションを経由して中央高速で帰ったのですが、途中土岐プレミアムアウトレットに寄りました。
6人みんな田舎暮らし。お店に飢えているので久しぶりのショッピング。
といっても「これが欲しい!」というものは私にはなく、カットソーとパンツを買ったくらい。他お人は靴や食器などいろいろ買っていましたけど。
口惜しかったのは、swatchのお店があったこと。というのは現在swatchでは、切れた電池を無料で交換してくれるそうなんです。
我が家には電池切れで止まったswatchが数個あります。まるでアラブの王様のように、電池が切れたらついそのままで新しいのを買ってしまう。(アラブの王様はガソリンがなくなったら、車を買い替える、なんて言われますよね)。
イタリアに行くと必ずswatchを買います。イタリア人はみんなswatch大好き!老いも若きも腕にしています。日本では売ってないデザインも多いんです。
「アウトレットに行くんならswatchのお店あるかもよ。持って行こう」と話していたのに、忘れてしまったのです。。
ま、新宿高島屋にでも行くことにしましょう。

岐阜旅行の前後に過食したせいで免疫が落ちていたのか、ウィルス性胃腸炎になってしまったのも今月のトピックです。
まだ暑い季節だとういうのにウィルス性胃腸炎?と訝っていたら、いま流行っているのかな?「私も」とか「私の友人が」とか聞くんです。
私のウィルスは強いものではなかったようで、吐き気だけで吐くまでにはいたらない、お腹がシクシクするけど痛くて下すまでではない。。そんな状態がでも、2週間くらい続きました。
現在もまだ本調子ではないみたい。
玄米をしっかり噛んで噛んで食べるのが一番効くようで、それとお白湯と梅肉エキスがいいですね。
ちなみにウィルス性胃腸炎でも私は病院には行きません。だってウィルスでは対症療法しかしてもらえないし、その対症療法もしない方がいいくらいのものです。
悪いものは体から出し切ることが大切。
微熱が出ましたが、熱というのはウィルスを退治するために白血球が頑張っているといいうこと。熱をむやみに下げるなんてもったいない。自然治癒力がなくなるだけです。
脱水症状にならないように気をつけながら、普通に暮らしていました。
ある友人は自己免疫疾患系の病気で治療中なので、ウィルス性の胃腸炎によく罹るのですが、昨年秋に罹って2カ月くらい治りきらなかったと言っていました。
でも、私は8割方は回復しつつあるようで、朝食の時にしばらく食べていなかったナッツ類を食べたいと思えるほどになりました。

先週の土曜日に東京から友人が甲府まで来てくれて一緒にランチしたのが、日本橋たいめい軒で修業したという料理人の洋食フレンチ店。
前菜にスープにメインはスズキ、それにデザート。ちゃんと食べてもお腹は平気でした。
甲府には美味しい店がないのか、私が知らないだけなのか。。でもそのお店はかなり美味しかったです。アラカルトは夜しかないそうなので、今度は夜に行ってみたいです。
だけどそのお店がある甲府の繁華街、土曜日だというのにシャッターの閉まった店舗の多いこと。駐車場のない市内を避けて、みんな郊外のショッピング・モールに行くんでしょうね。
なんだか薄寒い光景でした。

食後は山梨の伝統工芸である鹿皮をうるし型染めした「印伝」のお店に。
最近はデザインが若向きになっているのか客層に若い人が増え、その日もかなり若いカップルたちが財布やバッグやメガネケースなどを見ていました。
なんでもあのティファニーともコラボするのだとか。
着物用に大きめの合切袋が欲しいのだけど、印伝って高くてなかなか手が出ません。
ちなみになぜ「合切袋」というのかご存じですか?持っている一切合財のものを入れるから、なのだそうです。(小さな合切袋もあるんですけど)。

夏の間は暑くムシムシしたところへ行く気がしないのですが、やっと明日、2か月ぶりの東京です。
最近はお上りさん気分でキョロキョロ、ウロウロ。目まぐるしく変化し続ける東京がだんだん遠くなる。
でも行くと、やはり美味しいものがたくさんあるので楽しみ。
明日は週に3日だけお昼に「バラ散らし」を出す四谷の鮨屋へ。7月に行ってあまりの美味に今一度と出かけます。予約が大変なこともある店のようです。
ウィルス性胃腸炎、生もの食べても大丈夫ですよね?

夫は超元気。仕事がそこそこ忙しい中、ゴルフはお誘いがあれば断ることなく行ってます。
「まるで、それって小学生ね」と私は笑ってしまうのだけど、プレイのお誘いだけでなく「練習、これから行くんだけど」とのお誘いもあって、「じゃぁ、僕もこれから行くよ」と。
これってまるで「●●君、遊びましょぅ」の世界ですよね。

ハッチ君は最近、時々(一日に2回くらい)、大声で「ゥウオーン、ゥウオーン」と鳴くようになりました。調べてみると、高齢の猫に多い「甲状腺機能亢進症」みたいです。
たくさん食べて排出もしっかりして、時折無意味に走り回る「元気だね」と思っていたのに、病名のつくものだったようです。
でももう20歳、獣医さん二連れて行く気はありません。
麻酔をしての手術はもってのほかですし、薬もすでに経年拾うしている腎臓などに悪いに決まっていますから。第一、病院に行くだけですごいストレスだと思います。
好きなものを食べさせ、自由に機嫌よく暮らさせてあげたいですy。

。。というのが今月のできごと。

10月は秋晴れになりますように!
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月26日

室井佑月「息子ってヤツは」

室井佑月の本を読むのはこれが初めて。
でも彼女がテレビのコメンテイターとして出演しているのを見る限りでは、ストレートに意見を述べ、それが私とほぼ同意見なこともあって、わりと好きな女性である。
彼女が作家の高橋源一郎と結婚してて子どもを産み、すぐに離婚というのは知っていたのだが、その息子さん、今はすでに高校生だとか。
シングルマザーとして仕事をしつつ子育てをしてきた彼女の、これは子育てエッセイである。
それも「お受験」エッセイ。

私に子どもがいないせいか、「お受験」にはなんとなく反発を覚えるところがあって、なにも小さな時から塾へ行かせなくてもと考えるのだが、室井さんには室井さんの考えがあったようだ。
それは、親として子に残せるものは教育だけ。前を向いて「自分は何のために生れてきたのか」を問い生きていける人間になってほしいと願ったからだ。
それで小学3年生のときから学習塾へ通わせ、お尻をたたき、中学受験に挑んだ。

でもやみくもなお受験ママではないんですね、彼女。
一人息子を盲愛してはいるが、盲信しているわけではない。自分のこともちゃんとわかっている。
息子は自分という母親といつも一緒ではよくないと、地方の中・高一貫校にターゲットを絞ったのである。
こういう理性は本当にリッパ。

とはいえ、息子は勉強嫌い。ゲームをしたり、ダラダラしてなかなか勉強に熱が入らない。(まぁ、これが普通だと思うのだけど)。
だけど、ここが彼女のユニークな点。
「勉強しろ」とは言わない。(最初は言ったようだが)。
「あんたって、勉強すきだから」という言葉を繰り返し言い聞かせたのだ。
学校から帰ってふてくされながら宿題をしているときには、[宿題をするのは当たり前と思っていても)、「へぇ学校から帰ってきたのに、また勉強しているの?ほんと、勉強が好きなんだから」とつぶやいて見せる。
するとあらあら、「オレって、勉強好きなのかも」と言うようになった!

この洗脳戦略は室井さんが銀座の高級クラブのホステスをしていたのきに学習したのだそうだ。
男って、洗脳されやすいらしい。
息子にもこれは成功したようだ。
(でも、母息子のバトルはこれからもおおいに続く。。)

巧いなぁ、室井さん。
私も夫にこの戦法をつかってみようかな。「あなたって本当はすごーく料理が上手なのね」とか毎日言っちゃって。。

中学合格、地方から休みに帰って来てもあの年齢の男の子が母親にやさしい言葉をかけてくるはずがない。
返事すらしないもの。内心「うるさいなぁ」「面倒だなぁ」と思っているのが、ときおり言葉や態度に表れる。
それでもやはり、そこは母と息子。絶対に切っても切れない「ナニカ」は横たわっているような気がして、息子っていいじゃん!と思う。
現在彼女の息子はソフトボールとギターに夢中な高校一年生。
これから大学受験が控えているが、もう母親の言う通りにはならないでしょう。自分で自分の道を考え見つけるしかない。
そのための「道」をつけてあげるのが親の役割。そしてその役割をしっかり果たした室井さんだと私は思います。

エライし、巧い。人間操縦法に長けているひとですね、室井さんは。
でもそれ以上に、息子を愛し、そして信じているのだと思う。なんやかや言っても、二人の信頼がつたわってくるエッセイでした。
子育中の方にはお勧めです。
posted by 北杜の星 at 07:45| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

岸本葉子「週末介護」

穏やかではあるが認知症の父の介護を家族とともにすること5年間。
父が逝き1年して書かれたこのエッセイには、父の老いの変化とそれへの覚悟、日常生活の支援の方法、家族との連携などたくさんの経験が書かれている。
物書きという自由業の時間の遣い方は自由業だからこそのやり繰りが必要となるのだが、岸本さんは自分の住まいの近くにローンでマンションを買うことでそれを解決。
歩いて10分という距離でできる介護生活を始めることとなった。

恵まれている方だと思う。
介護要員がしっかりローテーションしながら担当できている。
兄、姉、姉の高校生の息子二人、そして岸本さん。誰かが必ず夜、泊まっていた。
この本で初めて知ったのだが、お兄さんという人は地の繋がりのない人で、岸本さんが成人して家を出てから養子になり、ずっと数十年お父さんと暮らしてきたそうだ。
それゆえの気兼ねが最初はあったものの、このお兄さん、じつに良い人でお父さんのことを第一に考えケアしている。
これはなかなかできることではない。他人が他人にできる優しさの良いお手本だ。

ここに書かれているのだが、年寄りは転ぶ。
段差や物につまづいて転ぶのではない。何にもないところで突然ドタッと転ぶのだそうだ。
だから一人では置けくて、いつも誰かが傍に居る必要がある。
その時に「こうしてほしい」と柔らかい言葉で言っても、普段は穏やかな父が断固、拒否する。それはおそらく、介護する人間の「強制」を感じるからで、強制されることがイヤなんだろうな。
どんなに言葉が柔らかくても、介護される側は敏感に察知してしまうのだ。

歳を取ると、あれはどういうわけか風呂嫌いになるんですね。そして着替えをしなくなる。
岸本さんはある日お父さんの来ている服を見てギョッとした。食べこぼしなどで汚れたカーディガンを着ていたからだ。
以来、散歩に出かける時などのためにできるだけこぎれいな格好をさせることに。
けれど介護する方はだんだんと、濡れてもいい服、汚れてもいい服を着るようになったとか。。

不思議だったのは介護保険を使うのがずいぶん遅かったこと。
兄や甥っ子二人の男手があったとしても、もっと早い段階から介護保険を使ってもよかったと思う。
じっさいに岸本さんも、ケアマネージャーから教えてもらう介護用品とか介護の仕方など、大いに役立つことを知り驚いている。
ケアマネはプロだもの。介護の知恵の宝庫だ。
認定を受けたところ、「要介護3」が出た。
もっとも介護する側とされる側には相性があるし、そもそも他人が家の中に入り込むのを嫌がる人だっているから難しい。
私の経験からいうと、優秀なケアマネさんは本当にスゴイし、なにがスゴイってその知識もだが、本当に本当に親身になって行動してくれたことだった。それがどんなに心強かったことか。
介護は先が見えないことが多い。誰かが「終身刑になったみたい」と書いていたけれど、そういう感じはわかる。
希望が見えないのがなによりつらいし、寄り添ってくれる人間がいないとなおつらい。
仕事とはいえ、ケアマネさんの寄り添いに私は今でも大いに感謝している。

介護中、漂白剤ワイドハイターにどれだけ助けられたかという文章に、介護の現実をわかる。
洗うだけでは「シモ」の匂いは取れない。漂白剤が環境に悪いと罪悪感を抱えながらも使うしかない。
曽野綾子だったか、彼女も母親介護の時に、部屋がタイルかアルミかなにかで出来ていて部屋中をホースの水できれいにできるなら。。と書いていたけど、切実な問題だ。

在宅での介護をしようという人にこの本、お勧めです。
これほど恵まれている条件は参考にならないかもしれないけれど、日常生活のあれこれには教えられるものが多かったですよ。
posted by 北杜の星 at 07:57| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月22日

木村紅美さんのコメントへ

作家さんご本人よりコメントを頂くことが稀にあります。
驚きつつ恐縮しますし、緊張します。
とくに辛口を書いたものへのコメントは気が重く、申し訳なさでいっぱいになります。

私は木村紅美さんの愛読者と自認しています。単行本になった作品はデビュー作からすべて読んでいます。
半分は自費で買ったもの、半分は図書館で借りています。今回の「まっぷたつの先生」は図書館のネットの新刊案内で見たので、これはラッキーと借り出したのでした。
木村さんの小説はいつもテーマが異なっていて、シリアスなものから軽い印象のものもあり、そのなかに「音楽」があって「今度はどんな曲が挟んであるのかな?」を探すのが楽しいのです。

全部読まないで批評するのは確かに、フェアでないかもしれないなと自分でも思いながら記事を書きました。
ときたまですが、年に一冊くらいはこういう形になりますが、その場合も書くことにしているのです。
それは、「読めきれなかった」というのも感想のひとつの表現だと思うからです。

本は作家が書きます。
作家との相性は当然ありますし、好きjな作家の作品が全部気にいるわけではありません。
それはお気に入りのレストランと同じではないでしょうか。
どんなによく通うレストランでも嫌いな一皿はあります。
新メニューに首を傾げることもあります。素材や味付けが好みでない時も、こちらの体調ということもあるかもしれません。
残念だけどそれは仕方ないこと。
好きな作家さんの新作が好みでないのは私の問題だと思います。単に私と相性が良くなかったのです。

その感想を正直に書いてはいけないのか?
作家への批評ではなく作品への批評なのです。それは私の感性から出るパーソナルなものです。
誰からも依頼されたわけではなく、報酬も受けていません。
提灯記事を書く必要はないのです。
(最近の作家による書評や書評家の書評には提灯記事が多いですよね。帯文ならともかく、あれはとっても気持ち悪いです。批評になっていない。パーフェクトな小説がそう存在するはずはないのに、狭い業界の住人が軋轢なしに生きていくために書いているとしか思えません。。そんな書評が多いです。
たまにはっきり物申す人がいて、それは作品というよりも「純文学」に対する批判だったりして、それには笙野頼子が徹底抗戦していて、それはそれで胸がすき応援したくなります)。

でも私のようなシロウトが書いたものが、作家さんにはそれほど気になるものなのでしょうか?
作家さんはそんなにナイーブなのですか?
私が書いたことが木村さんを傷つけたのなら、本当に申し訳ないです。
ましてやそれが本の売上に関わるとしたら。。

私が読み切れなかった理由の一つに、字が小さかったことがありますが、木村さんのコメントにあるようにそれは出版のさいの経費削減なのですね。
字が大きければページ数も多くなり単価が高くなる。。
本が売れない昨今の事情がこういうところにも反映されているのですね。
作家さんの生活が大変なのは柳美里さんが書いているし、あのイトヤマさんのブログを読んでもその大変さにつくづく身につまされます。
初版本が5千冊とか3千冊とか聞くと、作家さんの生活とともに本の存在が消滅してしまうのではないかと心配になります。

私は本が好きです。60年以上ずっと本を読んで生きてきました。
本と同じくらい、本を書くひとも好きです。自分を違う世界に運んでくれるひとを敬愛しています。
だから本が売れない、作家さんが苦しいという現実は悲しいし口惜しいです。
もっと本を読んでもらいたい。、願わくばkindleではなく、活字の紙の本で読んでもらいたい、そう思っています。
だって電子図書には「佇まい」がないでしょ。佇まいというのは大切です。良い本には美しい佇まいが感じられます。
(だけどそれさえも、経費節減が関わってくるのですね。)

木村さん、先生だけでなく本の好みも「まっぷたつ」です。
全部読まなくてごめんなさい。
4年待って待って、待ち焦がれていたんです。
木村さんに書く必然性があったのでしょうが、読む私には理解できなかったのす。
どうか次はせめて1年後くらいには出してください。それくらいなら、まだ、私の目はもつと思うので。
楽しみにしています!

そうそう、私はほとんどの本は図書館で借りて読みますが(これまで本にはすごく投資しているんですけど、素敵な本は親しい友人にプレゼントしたくなって購入します。
木村さんの「春待ち海岸カルナヴァル」も大好きで、若い友人に買ってプレゼントしました。
とても喜んでもらえて、私もうれしくて鼻が高かったです。
図書館はいわば、本の広報のようなところだと思います。そこから広がる「何か」があります。
だから木村さんのコメントにあるように、買ったのなら謝るが図書館で借りたのなら謝らないというのはちょっと変。
第一、上にも記したように、本の評価は読者によって「まっぷたつ」なんです。作家さんが謝るべきものではありません。

嗚呼、疲れました。。
コメント欄で返信することも考えたのですが、みなさんのお考えも伺ってみたかったので、記事にしました。
posted by 北杜の星 at 15:26| 山梨 ☀| Comment(3) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月21日

新保泰英「1日300歩ウォーキング」

この辺り、ウォーキングするシニアをよく見かける。
寿命が長くなり、なんとか死ぬまで健康でいたいという願いが「ウォーキング」に繋がっているのだろう。
じっさいに歩くことは体に良いばかりではなく精神にも良い。最近では歩くことが認知症予防にもなると言われる。

でも問題がある。
良い姿勢で歩くことが肝心。そうでなければ、歩けば歩くほど体のバランスが壊れてしまう。
健康のために歩いているのに、足首や膝、股関節や腰を痛めてしまうのだ。
私の友人にも歩いている人は多いが、長く歩いている人ほど関節が悪くなっているようだ。
ましてやここ八ヶ岳南麓はアップ&ダウンの道ばかり。平坦な道はほとんどない。(なにせ町の名が「長坂」だ)。

それでは良い姿勢とはどういう姿勢か?どうすれば良い姿勢で歩けるのか?
最近の私の課題は「正しく歩くこと」、だからこの本、読んでみた。
まず、歩き方のチェックを。

・膝が曲がっている。(ほとんどの日本人の歩き方です)
・左右に体が揺れている。(太った女性に多い)
・足首を使って歩いている感覚がない。(私もないです)
・猫背になっている。
・全体が力んでしまっている。(歩こうという意識が強すぎる?)
・歩くとき脚の付け根が伸びている感覚がない。(股関節をちゃんと使うということ)。

この本の著者は「足首」の重要性を説いている。
足首が歪んでいると正しい姿勢で歩けないのだそうだ。そしてそれが諸悪の根源。
たしかに足首はあの細い部分で、全体重を支えているものなぁ。
私のように外反母趾だと足首に悪い影響を与えているにちがいない。
足首の歪みを矯正するためには、1日300歩(たった5分)の「新保式ボールウォーキング」をすればいいという。
ボールといってもボールを使うわけではない。ボールが坂を自然に転がるように歩くことが目的。
どうすればいいかは、この本を読んでみてください。
でもまずは、「階段の上り下りはしない」「筋肉トレーニング禁止」を守ることみたいですね。

長い時間歩くと、ただでさえ正しい姿勢でないのが、だんだんもっと悪い姿勢になってしまう。
前かがみになって膝が曲がり、大股で歩けなくなる。
そうするといろいろな故障が発生する。
整形外科系の病気だけでなく、頭痛や胃痛など様々な内科系の不調も誘発するのだそうだ。

私は「インターバル・ウォーキング」で20〜30分を目安にしている。それ以上は歩かない。これはある友人に教えられたのだが、心肺機能も上がるし短い時間だが消費エネルギーは多いし、速足大股で歩けるのがいい。ノルディック・ウォーキングは大股でしっかり歩けるのでいいのだが、まだマスターしていないんですよね。
なにごとにも無理をしないのが旨の私は、今はちょっと歩くのはお休み。家の中でストレッチ。でも涼しくなったのでそろそろまた始めます。
でも掃除や窓ふきなどの家事はしっかりしているので、運動量はまずまずではないかと自己判断していますが。
posted by 北杜の星 at 07:51| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月20日

木村紅美「まっぷたつの先生」

あのぅ、すみません。
これ、半分ほども読めませんでした。
読めないものについてこうして取り上げていいのかどうかわかりませんが、とにかく何が読めて読めなかったのかは私なりにはっきりしておきたい。
これまで大好きな木村紅美だっただけに残念。

正社員と派遣社員の女性二人の小学生の頃と、彼女たちの担任だった女性教師二人が主人公となっている連作短編集。
まったく面白くなくはない。幼いときの言動への悔いもわかるし、教師といっても一人の人間、それなりのそっれぞれの感じ方がある。
でも、なんというんだろ?なんかリアリティがちっとも感じられない。
主人公たちがどうしてもそうしなければならない理由がわからない。

小学生の時のできごとをこんなに引き摺って生きるものなのかというのが、まず疑問。
その時の担任だった先生と今も親交のある人って、そんなにいるもの?
高校生ならわかる。でも小学生ってまだ小さな子ども。生徒である子どもと先生である大人の境界ってあって当たり前だと思う。

・・だんだん退屈になってきて、でも普段めったに本を途中で止めない私が止めたのは、放り投げるほどの駄作だからではないんです。
文字が小さいんですよね。この本の文字が。
なぜふつうの本の大きさにしなかったの?
私の目にはこの字の小ささは苦しすぎた。

だけど本音を言うと、もっともっと面白かったら、字の小さいのを我慢しても読んだと思う。。
木村さん、ごめんなさい。
前作の「夜の隅のアトリエ」から4年、待ちに待っていたのに、本当に悲しいです。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(2) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月19日

山田詠美「珠玉の短編」

タイトルを見てぎょっとした。
自分の本に「珠玉」ってつけるか?
私が読んでいる時にたまたまこれを見た夫も「スゴイ題だな」と言った。
まさか、いかに奔放な山田さんでもそれはないでしょ。

はい。なかったのです。
このタイトルには深い(深くもないか)意味があったのです。
夏耳漱子という小説家は文豪の格調高さをあえて避け美文などもってのほか、エログロ小説を書いている。
ほとんどの人は眉をひそめるのだがカルト的な存在として、熱狂的なファンもいる。
そんな彼女が文芸誌に短編を載せたのだが、その目次の彼女の短編タイトルの横に、あろうことか編集者が「珠玉の短編」と添え文を付けていたのだ。
自分の小説が「珠玉」!?
驚き腹立たしい彼女は編集者をののしるが、しだいに「珠玉」に絡め捕られていき、文章文体が変化する・・
(作家にとっての「言葉」というものがどんなものか、「あとがきにかえて」を読むとよりわかりますが)。

滑稽なのだが作家という職業の苦労も垣間見れて、笑い飛ばせない気の毒さがひしひしと。。
でもやっぱり笑っちゃえるところが、山田詠美のスゴイとこ。
私のまわりで山田詠美を読まないひとってずいぶんいる。
多分彼女のあのイメージで作品を判断しているのだと思う。
だけど彼女の小説は本当に繊細で、性を描いてもそこには人間の根っこがあるため、決して薄汚くないのだ。
大好きな大好きな作家だ。

その山田詠美が第42回川端康成文学賞を受賞した。
川端賞は優れた短編に贈られる賞で、日本の文学賞のなかで私がもっとも評価している賞。(あの西村賢太がこの賞を欲しくて欲しくてしょうがないと聞く)、
その受賞作の「新鮮てるてる坊主」もこの本のなかに収録されている。

たしかに「新鮮てるてる坊主」はオチといい、物語といい心理描写といい緻密で、その緻密さがラストの怖さに繋がっているのだが、面白い短編だった。
これを受賞作にした選考委員のセンスに脱帽します。

11の短編は概して「奇妙な小説」というジャンルになるのでしょうね。
こういうのが好きな私は思う存分堪能しました。
posted by 北杜の星 at 08:05| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月16日

長尾和宏「認知症は歩くだけで良くなる」

「病気の9割は歩くだけで治る!」の著者のネクスト・ヴァージョン。
今回は「認知症」に特化している。

認知症予防そして認知症と診断されてから、もっとも効果があるのが歩くことなのだそうだ。
65歳以上の4人に1人が認知症とその予備軍と言われる現在、歩くだけでそれが防げるのならこんなに安上がりのことはない。
しかしなぜこんなにも認知症が増えているのだろうか?
原因は高齢化だと言われているが、著者はそうではなく、糖尿病患者が増えているからだと言う。
糖尿病は体のあらゆる部位に合併症を起こす怖い病気だが、痛くも痒くもないのでなかなか病気に配慮できない。まさしく生活習慣病。
糖尿病には運動と食事が大切だから、単純に考えても歩くことはいい。
けれどそれだけではない。歩くと脳内から良いホルモンが出てくるのだ。
糖尿病だけではなく、メタボリック・シンドロームも認知症のリスクが4倍高いというから驚きだ。
男性の内臓脂肪、女性の皮下脂肪。どちらもよくないが、歩くことで内臓脂肪は取りやすいと言う。皮下脂肪はなかなかとれないみたいだが。

認知症はでも、20代のころから始まっているというから、私のような年齢なって気をつけてもムダなのかと絶望しかかるが、認知症になってからでもできることはあるようだ。
そもそも認知症になりやすい人の特徴がここに書かれているので、参考にしてほしい。
・足幅が狭い・
・歩く速度が遅い。
・重心が揺れるように歩く。
こういう歩き方の人は要注意。
また、片足でソックスが履けなくなったり、片足立ちを1分続けられないのも不安材料。

悪い姿勢で長時間歩くのもよくないそうだ。よく1日1万歩と言われるが、そんなに歩く必要はなく、5000〜8000歩で充分。しかも家の中とかでも歩いているのだから、それを差し引いて歩けばいいのだ。歩くな時間の中で、中速足をするともっといい。
肘を後ろに引きながら歩くと、肩関節や肩甲骨がストレッチされて柔らかくなる。(腕を前に降るのはたやすいけど、後ろに引くのはけっこう大変)、
しっかり歩くためには、ノルディックやポール・ウォーキングも良い姿勢が保てるそうだ。
著者は「ながらウォーキング」を薦めている。
川柳をつくりながら歩く(つくった句を家に帰るまで覚えておくのは脳トレになる)、計算をしながら歩く・・とか。

認知症になってからは、認知症の種類によって、歩き方の違いがある。
アルツハイマー型、レピー小体型、前頭葉側頭型(ピック病)、脳血管性ではそれぞれ認知症の表れ方が違うし対処も異なる。
認知症と一つにかんがるのではなく、どのタイプかを考慮しつつ介護することが必要らしい。
けれどどの認知症にとっても、認知症の本質には「不安」が潜んでいるので、安心させてあげるのが一番のようだ。
安心させてあげながら一緒に歩くと、安心感と疲労で夜よく眠れるようになるとか。

そうそう、性格が認知症の誘因となる場合もあるそうだ。
楽天的な人よりも、心配性の人のほうが認知症に何倍もなるリスクが高くなるという。
「起きていないことはまだ起きていない。起きてしまったことはもう起きてしまったこと」。。30数年前に村上春樹の本を読んで以来の私の「座右の銘」です。

もう一つ、これは歩きとは違うのだが、やはり認知症を防ぐ上で大切なことが著者によって記されている。
それは「噛む」こと。
咀嚼することは脳への刺激ににとてもよいのだ。現代人は江戸時代の人に較べて、噛む回数が半分に減っているという。
美味しいものを表現するときに「柔らかい」と言うアレは良くないんですね。
我が家は玄米を食べていて、しっかり噛む。30回とか50回噛めと言うけれど私は80回くらい噛んで食べている。だって噛めば噛むほど美味しいのだもの。
白米は「マイルド・ドラッグ」と呼ばれるようにある種の中毒性があるし量も多くなるけど、玄米は少しで満足できる。
50歳過ぎたら炭水化物を控えるほうが認知症予防となると最近聞くようになったが、玄米なら大丈夫。

それとこれは自画自賛なのだが、我が家ではきちんと毎日出汁をひく。
昆布とかつお節の出汁は、骨や筋肉や髄などにとても言い作用があるし、血液サラサラになる。それに精神を落ち着かせてリラックスさせるのだそうだ。
カツオ節だけなら「陽」が強すぎるが、「陰」の昆布で中和している出汁は、日本の先人たちの素晴らしい知恵だと思う。
でもどんなに体に良いからと言っても、美味しくなければ続かない。玄米も出汁もとっても美味しいんです。
歩くのだってそう。義務感で歩くのではストレスになるだけ。
なにごとも楽しむのが一番!
認知症になった人にはとにかく、その不安を取り除いて、明るい気持ちにしてあげること。そうすれば不安行動が少なくなる。
記憶がなくなっても、人間の感情はずっと残っているんですものね。



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2016年09月14日

長嶋有「三号室の隣は五号室」

ひさかたぶりの長嶋有。
じつは私、長嶋作品はほとんどすべて読んでいるものの、彼をしっかり理解把握できていないような気がしている。
なんということのない時間が流れ、意味のない会話が交わされ、時として退屈。
「なぜこれを書いたのか?」の疑問を抱きつつ読み進むうちに「まぁ、人生ってこういうもんだよね」と私なりに納得してしまう。
そしてそれは悪い感じではないので、ついつい次の作品も読むことになるのだ。
今回のこの「三号室の隣は五号室」はちょっと面白い設定となっている。

第一藤岡荘の五号室に1966年から2014年までの間に住んだ歴代住人の物語。
13組が入居してきた。
一平、二瓶、三輪、四元、五十嵐・・歴代住人たちの順番はその名前でわかるようになっている。
11番目は霜月さん、12番目はイラン人のダウアーズダさん(イラン語で12の意味)というのが洒落ている。
2組を除いて彼らのほとんどが学生や単身赴任や勤めの女性などの独り暮らし。
同じ部屋に住んだといってもお互いに交流があるわけではない。

この五号室、変わった間取りなのが特徴で、ほとんどの住人が「なんか、変」と感じながら暮らしている。(そうは思っていない人もいるけれど)。
間取りが言葉で説明してあるのだが、よくわからない。不動産屋の契約以外の部屋があったりもする。
でも心配は不要。ちゃんと間取り図が載っているので住人たちの暮らしが想像できる。
おかしな間取りの部屋にしては彼らの暮らしは平凡で概ね平穏。
(引っ越しして去った後で殺される者がいて、びっくり)。

住んだ13人、それぞれの時代の出来事が書かれていて、「あぁ、この人が五号室に住んだいたのはあの頃なのか」とわかるので、彼らに親しみがわく。
この物語の主人公はやはりこの五号室という部屋なんだろう。
同じ舞台でも人それぞれ、生き方の違う人生。でも所詮は人間の人生。違うようで同じ、同じようで違う。
その事実がこの五号室の個性に集約されているような気がする。

長嶋有の小説にはキーワードがあって、軽井沢、父親などがそうなのだが、麻雀もそう。
これにも麻雀が登場する。
長嶋さん、麻雀好きなのかな?
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

子島進む・五十嵐理奈・小早川裕子編「館林発フェアトレード」

2004年、子島進氏は京都から群馬県館林に移住した。
館林に隣接する板倉町にキャンパスをもつ東洋大学国際地域部で教えるためだ。
この本は子島ゼミで行われる社会活動をまとめたもので、机上の勉強でなく社会、それもアジアの国々との「フェアトレード」を通じて深く関わることになった経緯が書かれている。
こんなゼミ、面白くて楽しいだろうな。

途上国の発展と自立をうながす活動が目的ではあるが、じつはこれ、館林の町の活性化にも役立っている。
ショッピングモールで催されるフェアトレード商品の販売は、地元の新聞やケーブルTVで紹介されて大々的なイベントとなった。
物品を売って得た利益は途上国に還元される。
商売などと無縁な学生たちが品物を仕入れて売るのは大変なことだろうが彼ら、頑張ってけっこうな売上となっているのが立派だ。

じっさいにバングラディッシュに行ってもいる。
そこで書かれた詳細な「日記」には、現地をじっさいに見聞した人間ならではの感想があって、「あぁ、みんないい体験をしたんだ」とこちらまでうれしくなってくる。
それにしてもバングラディッシュにはさまざまなNPOやNGOが活躍していて、たくさんのフェアトレード商品が生産されているのですね。

フェアトレードは発展途上国の搾取されている底辺の人たちの自立を支援する経済活動で、伝統的な手工芸や食べもなどの生産品を公平適正な価格で買い取ろうという運動。
搾取するのは国の内外の企業である。
またこの活動には、子どもを労働から解放しようという目的もある。
ユニセフやアムネスティなどのNGO、自然食品店などでフェアトレード商品を買うことができる。
我が家ではアフリカからのフェアトレードのチョコレートが好きでときどき買っているのだが、残念なことに夏場は扱っていないんですよね。
融けちゃうからかな?

このような活動が大学であるというのは学生たちにとって大きな意味のあることだと思う。
まず、達成感の歓びは大きい。仲間たちと企画から販売まですべてを受け持つのだから。
活動で出会うたくさんの人たち、買いに来てくれる館林の人たちへの感謝、そして会ったことのない遠くで物を作る人たちへ馳せる想いは、学生たちのこれからの人生にきっと何かの影響を与えるはずだ。
いいなぁ、こんなゼミがあるなんて!子島先生のようなひとがいて!

現在は東洋大学国際地域部は館林を離れ東京に移ったのだが、「館林フェアトレード」は館林のショッピングモールにおいて続いているという。
大学生だけでなく、地元の中学生ボランティアの参加もあるそうだ。

思い出した!子島進先生の本、以前にも読んだことがあった。
「イスラムと社会活動」というタイトルだったと思う。3・11時に被災したムスリムの人たちに物資を届ける活動が書いてあったと記憶している。
そうか、あの子島先生なんですね。。
posted by 北杜の星 at 07:37| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月12日

穂村弘「鳥肌が」

日常のちょっとした「怖さ」に関する穂村弘のエッセイ集。
怖さといっても、命の危機というシリアスなものではなく、ある人にとっては怖さだけど、ある人にとってはなんでもないというもの。
高所恐怖症の人もいれば高いところが大好きという人だっているし、怖さの感性は人さまざまだ。
ここには穂村さんの「鳥肌が」立つ怖さが集められている。

まず、この本のイラストが私は怖かった。気味悪さが何ともジワリと来る。
本の佇まいが美しいだけにイラストの不気味さが際立っている。
それに較べると、穂村さんの怖さの文章は抑制が効いているというか穏やかだ。
でもその穏やかさに騙されてはいけないんだろうな。だってあの穂村さんなんだものね、と思いながら読んだ。

「うん、うん、なるほど、この怖さってわかるよな」
「えー、穂村さんは、これが怖いんだ」

京都、こわい・・これ、どこかちょっとわかる。
強い母性愛がこわ・・これもある意味の怖さだ。
小さな子どもが大きな犬と遊んでいる・・これは本当に怖いです。何が理由で犬が突然怒って噛みつくかもしれない怖さは、噛まれた経験のない私でも想像ができるし、現実にそういうことって起きているから、その光景を見ると無防備だなと思ってします。
(所詮犬は畜生、そんなに信頼するなと言ったら、顰蹙を買うんでしょうけど)。
小さな子どもに関しては、駅のプラットホームでお母さんが子どもの手を放しているのを見ても同じ恐怖を感じてしまう。
頭が重くて体のバランスがとれない子どもが、もしホームから落ちたらどうする?とやきもきしてしまうのだ。
あれは子どもを守るのを放棄しているとしか思えない。

常連客がたむろしている喫茶店とか、道で立ち話をしている主婦のグループというのも私にはこわいなぁ。
あの「群れる」感覚がどうにもいけない。他人が群れているのを見るのの、自分賀群れるのもご免蒙りたい。
これは多分、穂村さんも同じではないかと思う。

軽く読めて、ちょっと気になる。。そんな一冊。
不思議なのはこの本にはブック・マークというのかな、読み途中のページに挟む紐、あれが3本ついていること。
ふつうは1本。ときとして2本というのは見たことがあるけど、3本というのはめずらしい。
ちょっとした小噺ふうに誰かに話すときに、ページいを探す手間が省けていいかも。
まさかこの紐がこわいという人はいないでしょうね。
posted by 北杜の星 at 07:07| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月09日

たっく「必要十分生活」

「少ないモノで気分爽快に生きるコツ」が副題。
かなりの殺数のミニマリズムの本を読んでいるのにまた読んだということは、私のミニマリズムはちっとも進んでいないということでもある。
ちゃんと実践できていれば、もう読む必要はないものね。
わりと何でも捨てるのが好きな性質の私たち夫婦でさえこうなのだから、モノに執着したり「もったいない」で捨てられない人の家はどうなっているのだろうと、他人さまの心配までしてしまうのは、余計なおせっかいか。

それでもこうした本を読めば、家から20〜30アイテムのモノが消えてゆく。
今回のこの本は男性が書いていて、男性なりの視点から排除すべき対象物が決められるので、それならば我が夫にやってもらおうじゃないのと捨てさせ始めたのだが、まず「ペン立て」jは不要というところでつまづいた。
たっく氏はペンは万年筆とボールペンの2本あればよしとし、ペン立てはもたないこととある。
夫のペン立てには3本のシャープペンシル、数本のボールペン、数本の色鉛筆、数本のサインペン、ペーパーナイフ、はさみ、三角スケールなどが入っている。耳かき棒まである。
「このなかで捨てられるものがあれば、捨てて」と言うと、「うーん」としばらく考えた結果、竹ペンを1本私に手渡した。
「えー、これ1本!?」と尖った声が出たが、「だって全部要るんだもの」とのこと。

たっく氏は仕事場のデスクに置くものはすべてバックパックに入れて家に持ち帰るそうだ。家に帰ったら中のものを傘以外全部出して家の机にまた並べる。
だからいつもどちらかのデスクには、モノがなにもない状態となるそうだ。
そうなると机の引き出しなるものは要らないよね。

その他にもバスタオル、掃除機、プリンター、思い出の品などは不要。靴は3足あれば十分。
そう、バスタオルは我が家でもナシにしている。バスタオルは厚くて大きいので洗濯しても乾きにくいし、収納も嵩張る。
掃除機は私一人になったら、多分使わないと思う。(現在は掃除機は夫の担当)。
考えてえ見るとプリンターもFAXも使う頻度を考えれば、私一人なら不要だ。
問題は靴、、服は減らせても靴が大好きな私にはこれが最大課題となる。3足ということは何を残せばいいのか?黒い皮靴、茶色の皮スニーカーと白のスニーカー?それともブーツ?
靴に関しては夫が私にとvがった声を出します。

そうそう、今年になって台所から「お茶」の種類を整理した。
何種類かのエスプレッソ・カプセル、普通の珈琲豆、紅茶、何種類かのハーブティ、ほうじ茶、薬草茶、煎茶の瓶がずらりとカウンターに並んでいた。
それがだんだん増えてくるのがイヤになって、カプセルはデカフェの1種類、ハーブティや薬草茶はルイボスティだけ、日本茶はほうじ茶だけと決めたのだ。
時々煎茶を頂くが、一度飲むとあとは(申し訳ないけれど)捨ててしまう。
でもこれを決意しただけでずいぶんとカウンターがすっきりしたし、何を飲もうかと迷うことがなくなってすっきりした。
夏の間だけ、はと麦茶を毎日煮出しているけれど、これもそろそろ終わり。
ただ大好きな虎屋の「夜の梅」を食べる時には、やっぱりお煎茶が欲しくなるようなきがする。

モノを減らせば単純明快に生きられる。
起きて半畳寝て一畳の基本的な人間ん暮らしに、たくさんのモノは必要ないのだ。
なかなかそうとわかっていてもおもいきれないのだけれど、こうした本を読むことは「反省」の気持ちを起こさせてくれるので、私にとっては必要なこと。
もっとも本を購入するとモノが増えるので、ライブラリーから借りて読むのですけどね。

たっく氏はモノは少ないけれどモノにはこだわっていて、ひとつひとつがどれも使い勝手が良さそうだし美しいです。
モノを減らすと言っても、美意識はもたなければいけません。
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2016年09月08日

島田雅彦「筋金入りののヘタレになれ」

相性の悪い島田雅彦のこの本を読んだのは、タイトルに惹かれたから。
なにせヘタレでは年季の入った私、「筋金入りい」とはどんなヘタレかが気にかかる。

でもこの本、ヒドイ本だったなぁ。ますます私と島田雅彦の距離が大きくなった。
軽く読めるにもほどがある。
島田もヘタレなら編集者もヘタレなんでしょうね。
それもヘタレ具合が、どうにも私の気に入らないんだよなぁ。
本物のヘタレはそんなに高みからモノ申さないんじゃないか。エラソーにするな!と言いたい。

まぁ賛同できるのは彼の言うように、世の中が寛容でなくなったことだ。
政治家の失言も、東京都議会委での「産めないのか」のセクハラ・やじのような許せないものもあるけれど、昔なら苦笑でおわったものだってある。
罪を犯したならわかるけど、不倫しただけでどうしてあれほどのバッシングを受けなきゃいかないのか?
不倫を怒こるのが妻や夫やその子どもならわかる。でも赤の他人が鬼の首を取ったように非難するのはヘンだと思う。
つい最近では強姦罪で逮捕された男優はその罪をしっかり償うべきで、どれほどバッシングされてもいいが、母親の会見が必要だろうか?
ましてやマスコミがその母親に、息子の性癖を問うなどなんの意味があるというのか?
笑っちゃうよね。
だって、自分の性癖を母親に話す息子なんているわけないでしょ。そんなこと、いちばん隠したいものでしょ。

私はテレビをほとんど見ないので、最近の俳優や歌手やタレントの名前も顔も知らないのだが、つくづく気の毒だと思う。
人気があって成功していればいるほど、何か不始末を起こした時の反動が強くなって、みんなして叩く風潮になっている。
それってなんなんだろ?結局は嫉妬心からでたものなのか?
そういうことに付和雷同するのだけはご免蒙りたい。

島田さんも、女子大生と大学教授のあれやこれやを考える暇があったら、新しい小説の構想でも練ってください。
そして無駄遣いじゃなかったと思える本を読ませてください。(私はライブラリーで借りたからよかったようなもの、これをお金を出して買った人がいるとは、、)。

posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月06日

長谷川裕也「靴磨きの本」

「靴磨きの本」ではあるが、これは単なるハウツー本を超えているのではないだろうか。
わかりやすいのはもちろんだが、本の雰囲気がとてもいいのだ。
それは著者の靴と靴磨きに対する愛情が、こちらに伝わってくるからだと思う。

著者は以前は東京駅前の路上で、日銭を稼ぐために靴磨きをしていたそうだ。靴磨きの道具は100円ショップで揃えた。
あるとき客から、君は靴磨きが下手だと言われ、ベテランの靴磨きのおじさんの道具や手順などを盗み見しながら勉強に励み、靴磨きの奥深さに気づいて、現在では青山に靴磨きの店を構えるまでになった。
あの東京の一等地の青山で、靴磨きの店?と訝る向きがあるかもしれないが、この本を読み、著者の靴磨きにかける思いの強さを知れば「一度行って、磨いてもらいたい」と思うに違いない。
かくいう靴フェチの私も、少し上等な冬のブーツを磨いてもらいたいと思った。

でも著者は磨いてもらうより、まずは自分で磨いてみようとこの本を書いているのだ。
靴磨き必須道具の数々、例えば、シューツリー、馬毛ブラシ、クリーナーやクリーム、油性ワックス、布(繊維の短いものとネルなどの柔らかいもの)などが並んだ写真がある。
磨く前のアドバイスもまずある。
靴は玄関に置いてあるので玄関でする人が多いが、玄関は暗いので明るい場所に移動すること。
姿勢もたいせつ。かがまないでいいようにすれば疲れない。
もちろん汚れてもかまわない格好で・・など、言われてみるとなるほどのアドバイスだ。

磨き方の他に、ちょっとした修理の方法も書かれている。
女性のヒールは傷つきやすいが、それを目立たなくするテクも紹介されていて、これは役立つ。
ヒールの傷って自分では見えないけど、後ろを歩く人にはけっこう目立つものだもの。
靴が好きでも、靴磨きはほとんどしないなぁ。恥ずかしながら、ワックスを沁み込ませたスポンジでさっと拭くだけという体たらく。
これで靴好きとは情けない。
私の夫は以前東京に住んでいた頃には仕事場が西新宿だったので、京王プラザホテルの靴磨きのおじさんに磨いてもらっていた。
さすがプロの仕事、ほれぼれするくらい美しく仕上がっていた。
でも最近では半分リタイヤ状態で毎日スニーカー。靴磨きの必要がなくなったが、少しさみしい。

イタリアは靴で有名な国だが、彼らは本当に靴好きだ。靴屋の多いこと。
(タルコフスキーの映画「ノスタルジア」のなかで主人公の亡命ロシア人がそのことを話すシーンがあったのが印象にのこっている。)
若い人たちも夏はスニーカーでも、秋から冬には皮靴を履く。
ヨーロッパのホテルやレストランでは、着ている洋服より履いている靴を見るというくらい。
ただ値段が高くて質の良い靴を履いているというだけでなく、手入れがちゃんとされているかも見るらしい。
そういえばホテルの部屋の前に夜靴を出しておくと、朝には磨かれて元のところに置いてあったものだけけど・・

小学生だったか中学生の頃だったか、よく母から父の皮靴を磨くように言われたものだ。
茶色の靴には茶色の靴墨、黒い靴には黒い靴墨。それを間違ってすごく怒られた記憶がある。
でも今考えると、母は自分が靴磨きが嫌いで、だから子どもにさせていたのではないか?

靴磨きといえば、私よりもっと年上の世代なら、敗戦直後の子どもたちの靴磨きを思い浮かべる人もいるだろう。
それがいま、青山に靴磨き店!
世の中は変わったけれど、一つのことに精進すればかならず成功するというお手本でもあるような気がする。

靴だけでなく財布などの革小物のお手入れもあります。
posted by 北杜の星 at 06:58| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月05日

吉田修一「橋を渡る」

デビュー当時の作風からはずいぶん変化した吉田修一だが、このところはずっと「悪」についての小説を発表している。
この「橋を渡る」の3章に登場する3人の主人公たちも、悪に直面している。
その悪は誰が見てもわかりきった悪もあれば、「良心」の領域とも言える悪もある。

人は自分が正しいと思いたい生きものだと思う。(私がそうだから)
また正しくないことに出会ったとしても、みないふり、知らないふりをする場合がある。
ビール会社の営業マン、都議会議員の妻、婚約中のTVディレクター。彼らは悪とどう向き合うのか、または避けるのか?

東京都議会での女性議員への「産めないのか」のセクハラやじ、血液からips細胞をつくりだす研究、香港の反政府学生デモ、マララさんのノーベル平和賞受賞・・
まだ記憶に新しいニュースがこの作品には出てくる。
そしてそれが最終の4章につながってゆく。
4章で話はそれまでの日常的な雰囲気から突然、70年後の近未来に飛ぶ。
あれらのニュースの「その後」がどうなったか?70年後に生きる人たちにそれがどう影響を与えたか?
70年前の微妙な関係性のなかでの生きかたに、光はあるのか?

「橋を渡る」というタイトルは大きな意味を持つ。
人はある決意をもって橋を渡る。もしくは渡らない。
私たちは渡ったこと、渡らなかったことを悔いるのだろうか。無理に正当化するかもしれない。
でももしその橋そのものが、いつまでそこにあるのか。もし橋が流されたとしたらどうなるのか。

最初は4章の唐突さに戸惑いながら読んでいたが、だんだんと、あぁ世の中というのはこんなふうに繋がってゆくものなんだと思った。
あのとき言わなかった言葉、しなかった行為。
もしかしたら、あのとき未来が変えられたかもしれない・・
それを考えると、なんだかむくむくと闘志がわいてきて、社会に対してちゃんと意思表示をしよう!と云う気になる。
そう思わせるのが、この作品の「希望」なのかもしれない。、
posted by 北杜の星 at 06:56| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月02日

井上ユリ「姉・米原万理」

ロシア語通訳家米原真理が亡くなってもう10年になるという。
月日の流れる速さに驚くばかりだ。
彼女のようにはっきり自分の意見を言えるひとが最近は少なくなった。
意見を言って批判非難されると、舌の根も乾かないうちに言を翻し簡単に謝ってしまう。つまりは責任回避と迎合してるだけ。
つくづく米原真理が恋しい。

この本の著者は米原真理の妹で作家の井上ひさし夫人のユリさんだ。
副頽に「思い出は食欲と共に」とあるが、ユリさんはイタリアで修業した経験のあるイタリア料理研究家。
「食べる」ことに並々ならぬ興味を持つのは米原家全員だったようで、美味しい物をちょっとだけというのではなく、美味しい物はどっさり食べたいというグルメでグルマンが真理だった。

米原真理の食欲の旺盛さがあのエネルギーにつながっていたのだろう。
なにしろ7歳のとき、お正月うお雑煮の餅を9個も食べたそうだ!
すごいなぁ。。と驚くばかりだが、これは序の口。
家族や親族揃っての会食ではみんなの食べる速度に、お店の人はまだ料理がきてないと思い込み、同じ料理を二度出してくれたこともあったほど。
先に席に着いていた他のテーブルの客よりもずっと速く食事は終わるのが常。

米原家は姉妹が小学生の頃、チェコのプラハで数年を過ごした。父親が日本共産党の幹部だったので、当時世界各国からの共産主義者が集まっていたプラハで仕事をすることになったためである。
母親も次第に東ドイツに行って仕事をすることが多くなり、姉妹二人で食事をすることもあった。
日本共産党とソヴィエトとの折り合いが悪くなってから、彼らは帰国したのだが、日本に帰って懐かしかったのがあのライ麦パンだった。

あのころの日本ではまだちゃんとしたパンを売るパン屋はなかった。フランスパンでさえほとんどなかった時代だ。ましてや黒パンを手に入れるのは不可能だった。
神戸の友人が上京するときにフロインドリーブのドイツパンを持って来てくれたのには大感動だったとか。
それって、わかるような気がする。
亡命したロシア人がもっともノスタルジーを感じるのがやはりあの黒パンだという。
私は南ヨーロッパに行くことが多く北ヨーロッパのパンを知らないので、黒パンを食べる習慣がないのだが、ときどき食べると噛みしめるほどに美味しいと思う。
貧乏旅行で昔はよくアエロフロートを利用したが、機内で出る黒パンは唯一好きなものだった。
(今は富ヶ谷か上田市の「ルヴァン」のコンプレ100か、甲府の「バルト」のライ麦パンが好き)。
それと米原家がもう一つ懐かしかったのが、ソーセージだった。プラハではよく屋台で、黒パンにソーセージを挟んだのを買って食べていた。
そうだよね、当時の日本でソーセージというと、真っ赤なウィンナー・ソーセージだったもんね。
これは銀座の老舗のドイツ店のソーセージが満足できるものだったとか。

これまで未収録だった写真がたくさん載っている。
幼いころから石の強そうな顔をしていた人だ。きれいな一重まぶたはそのまま。
それにしても、幼いころの同じ思い出をもつ姉を失うのはどんなにつらいことだろう。
「あのとき」を話し合えない寂しさ。。
せめて食べもので思い出を辿るしかない。
そういう意味では、思い出がたくさんあってよかったですね、ユリさん。

私が死んだら夫は私の何の料理を思い出して懐かしがってくれるかと、いつか訊ねたことがある。
イタリア料理が好きな彼のことだから、そういうものかと思ったら、なんと意外にも意外、「きみの煮物」なんだそうだ。
ご飯のおかずにはならないくらい薄味なので、最初のころはあまり喜んでいなかったはずなのに、慣れちゃっていつのまにか好物になっていたのだろうか。
昆布とかつお節でひいた出汁の味噌汁が好物に加わるともっと嬉しいのだけど、味噌味が苦手なのでダメかな。

「思い出は食欲と共に」というのは、きっとよくあることなのでしょうね。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月01日

川上弘美「このあたりの人たち」

26の掌編小説集。
帯文に「8年の歳月をかけ、丹精込めて創り上げた」とある。
8年かかったのは、これだけにかまっていたわけではないからだと思うのだけど、まぁ8年は8年なんでしょう。
掌編とはごく短いという意味で使われるが、ショートショートというジャンルとどう違うのか?どちらが短いの?

おそらくは東京近郊の架空の小さな町。その住人が「このあたりの人たち」だ。
どこにでもいる人もいるが、いやいや、絶対にこういう人はいないというケースもある。
何編かは川上弘美らしく、現実をポンと超えたお話し。

小さな町だから、みんながどこかで繋がっている。
再々登場するのが「かなえちゃん」。
小さなころから意地悪で、中学生になると暴走族、不純異性交遊の「不良」だったが、パリに行ってファッションデザイナーとなり、「郷土の誇り」に変身。
アメリカ帰りの一家の娘は最初、ドリーとロミと呼ばれていたが、いつの間にか緑と浩美になっていた。
ある子だくさんの一家は末子を育てられなくて、町の各家が3カ月に一度くじ引きでその子を引き取り育てるという。その子がまたワルの大飯喰らい。

とにかく26の物語の多様さには驚く。そしてどれもがすこぶる面白く味がある。
でもこれはやはり川上弘美。
ストーリーだけではない。文章が本当に素晴らしい。
登場人物につかず離れずの距離で、クスリと可笑しく、どこかシンと描いている。
こんな短い小説でもけっして手を抜かない。

この本は本の佇まいが美しい。
文字配列、余白、表紙・・本が美しいとなんかうれしいですよね。
ただ残念なのは、この値段。この薄さこの小ささで税抜き1500円はないでしょう。
小さな物語なのだから、値段も小さくしてほしい。
これでは、本離れ、したくなりますよ。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする