2016年10月21日

木内昇「光炎の人(下)」

上巻の読後感が覚める前に下巻が届いてよかった。
あまりに時間を置くと、なんだか気が抜けるんですよね。
(不思議なことに、上巻を読まないうちにライブラリーに下巻を予約する人がいて、あれは困りものです)。

徳島の貧しい農家の三男坊に生れた音三郎は町に出て煙草葉刻みの工場の職工となる。
電気の可能性に心ひかれ、技術を高めたいと熱心に彼なりの研究に没頭するようになる。
そんな彼は職場を代わり、そこで教えてくれる先輩やライバルとなる技術者に出会う。
当時の社会は日露戦争後の高揚感がしぼみ、満蒙侵略の足音が大きくなっていく。・・というのが上巻。

音三郎は業界の実力者の推薦で、東京の軍部所属の研究機関に学歴を詐称して技術者として勤務することになる。
そこでは彼が望む無線機開発に没頭できたのだが、商品化には至らない。
大手会社に先を越されたり、四国時代のライバルの開発した製品が海外でも売られたりして、音三郎の焦りは大きくなるばかり。
そんな彼にやがて満州派遣の話が。
満州には彼の幼友達で軍に入った利平がいるのだったが・・

音三郎はどこで間違ったのか?
町工場に居る頃の彼は確かに、技術は人に役立つものとの信念があったはずだ。
それが技術開発がなににも優先する一義となって、人を忘れていった。
ひどく下品ではあるが叔母を見放したり、恋人を捨てたり、自分に面倒なことすべてを冷酷に切り捨てるのだ。
しかも音三郎はそれに何の疑問も持っていない。
とにかく技術、技術、研究、研究なのである。

なんのための技術かを音三郎は忘れてしまった。
そこには彼の欲望しかない。
それは科学の進歩というものの課題でもあるのだろう。
科学とは何か?技術とは何か?を考えさせてくれる作品だが、自業自得とはいえ音三郎の哀れさが痛ましい。
驚愕のラストである。

満州侵略の日本軍の歴史がよくわかる。
海軍と陸軍の軋轢などを読むと、「そんなことで軍同士が争ってどうするの」と暗澹たる気持ちになってしまう。
あんな軍部が国民のことを忘れて戦争していたのだから、勝てるわけがないし、そもそも自分の国に資源がないから他所の国の資源をと侵略するのは泥棒行為というしかない。
元同僚の信次朗や研輔、東京での大家の島崎老人の見解を聴いても、音三郎は理解できなかった。
彼らの言葉はとりもなおさず作者の木内昇の言葉なのだと思いながら読んだ。
でも恐ろしいのは、この社会の原理が今現在も、原発や紛争となっているのだからやりきれない。

木内昇の力作です。
posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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