2016年10月26日

イヴ・ジネスト/ロゼット・マレスコッティ「『エマニチュード』という革命」

何カ月か前、夫の観ているテレビの画面にある老人施設が映っていた。
車椅子の高齢者の前に一人のフランス人男性が同じ目線にひざまずいて、静かに微笑みかけていた。
何なんだろう?と画面を観ていると、その高齢者の顔がだんだん穏やかになり、笑みさえ出るようになっていった。
番組で知ったのだが、これが「ユマニチュード」だった。

ユマニチュードは高齢者や障害者に「人間らしい」ケアをすることを目標にしている。
その基幹にあるのは「優しさ」だ。
優しさをもってケアすると、見違えるほどの効果が表れる。
看護師や介護士が想像もしない結果が生まれる。
暴力的な言動をしていた人や何もする意欲がなかった人や、鼻からチューブで栄養を摂っていた人が、穏やかになり笑い、自分の口から食べられるようになるのだ。
何も特別な医療行為を行うわけではない。

ユマニチュードには4つの柱がある。
「見る」・・水平の視線は相手に平等な関係を伝える。
「話す」・・穏やかに、ゆっくり、前向きな言葉を用いて、言葉を絶やさないように話しかける。
「触れる」・・最初から手や顔ではなく、広い範囲の体の部位(肩や背中)をまず、ゆっくり柔らかく触る。
「立つ」・・立つことで、軟骨や間接に栄養を行き渡らせ、呼吸器系や循環器系の機能が活発になる。立って歩くことは知性の根幹んであり、人間であることの尊厳を自覚させる。

ユマニチュードの根っこは優しさではあるが、それはプロフェッショナルの技術に裏打ちされたものである。
介護の半分の時間は「保清」に費やされるのだそうだが、その時間を大切なコミュニケーションの場としている。
まず、保清は立って行う。4つの柱にもあるように「立つ」ことをユマニチュードでは大切にしているからだ。(どんなに高齢になっても総計で一日20分間立っていられれば、死ぬまで立っていられるそうだ)。

この「保清」に関しては、数十年前まではフランスでもどこでも本当にひどかった。
病院や施設の患者は糞尿まみれで、拘束されて寝かせされていた。今のような優れた大人用のおむつがなかったせいもあるが、保清の知識もなかったか間違っていたのだろう。
日本の高齢者施設の善し悪しは、その建物に入った時の「匂い」でわかると言われる。
少しでも糞尿の匂いがしているところは、ケアが悪いと判断していいのだそうだ。

施設入居者への虐待が問題になることがあるが、イヴたちはそれは高齢者や認知症患者に関する知識がないのが大きな要因だと言う。
高齢者や認知症患者がどういうものか、その「現在」を知ることで、ケアの目的がはっきりし、方法もわかってくる。
まず、確かな知識を持つこと。
(以前イタリアの高齢者施設で虐待があり、大勢の職員が逮捕されたが、彼らのほとんどには専門知識がなかったそうだ)。

この本の中で私が勇気づけられたことがある。
私には目にジストロフィーがあり、日々視野と視力が欠損されている。
何でも自分でしたいし、してきた私には、誰かのサポートを受けないと生活できないことに忸怩たる思いがある。
自律(この本には自立ではなく自律という字が使われている)できない人間としての口惜しさは、不便さを大きく上回っていて、尊厳が失われる気持ちになってしまう。
しかしこの本には、「身体的な依存は自律を妨げるものではない」と書いてあった。

例えば寝たきりの入院患者が病室でテレビを観ようとしたとき、自分ではスウィッチをONにすることもチャンネルを変えることもできないが、看護師を呼んで依頼することができ、チャンネルを選ぶことができる。これは身体的ンはケアを受けるのであって、自律を損なうものではないというのだ。
つまり、自律とはあくまで知性的なものであって、身体的なものではない。

「委託された依存関係の中で、あなたの自律のために行動する。これがケアする人の役割」と、介護する側から書かれている。
ケアしているからといって、ケアする人間が決定したり選択してはならないのだ。
それをするのは、身体的ケアを必要としていても、自律している「本人」なのだから。。
この言葉に私は大いに気持ちがラクになった。
ケアされることで、私の尊厳が失われるものではない。ケアしてくれる人に感謝しつつ、卑屈になることなく堂々としていればいいのだ。

日本でもユマニチュードのケアを学ぶ人が増えている。
何年かするとイヴとロゼットの始めた介護が日本中の施設で実行される日がくるのかもしれない。
ベッドに括りつけになったり、車椅子に拘束されたりする必要のない高齢者や認知症の人が、ニコニコ笑顔で過ごせる日がくると良い。だって私だってあと15年くらいするとそういう立場になるんだもの。
それにしても政府は介護報酬をまた下げる方向のようだ。
優れたケアをするプロに対して、何故、正当な報酬が与えられないのか?
何か政治家に邪悪な目論見があるとしか考えられないですよね。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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