2016年10月28日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

秋たけなわ。
八ヶ岳南麓の効用はまだですが、どんぐりや栗の実がどんどん落ちています。今年はとりわけドングリが多いみたいあ。
我が家の屋根はOMソーラー・システムのためか、どんぐりの美が屋根に落ちるとものすごい音がします。来訪者がびっくりして「あれは何の音?」と必ず訊くほど。
でもどんぐりの美が多いということはリスやいのししや鹿など野生動物の食べものが多いということ。今年の冬のためにしっかり貯蔵しておいてもらいたいものです。

夫の煙突掃除も終わりました。
雨樋の掃除も終わりました。
冬ごもりの木々のための枝払いも済ませました。
冬支度はこれで万全。。と思ったら、まだ割っていない薪がどっさりあるのを発見!これ、なんとか頑張ってもらわねばいけません。

今月は旅行はなし。
友人宅でのピザ・パーティや会食を楽しみました。
ピザは友人の庭にキットで作りつけたもので、昨年はピザ生地を作ることから始めたのですが、意外に大変だったのです。
作った生地の保管は冷蔵庫で場所をとるし、生地を伸ばすのもみんな下手くそ。食べる前に疲れてしまった。
それで今年からピザは既製のものを買って、焼くだけということに。
前回は雨が降ってこれまた大変だったのですが、今月はもう外では寒くて室内で運ばれてくるピザを食べることになったのです。
焼く人、庭から家に冷めないように急いで運ぶ人。。ご苦労さまでした。
今は冷凍でも、有名ピザ職人の作ったピザが宅配で届き、焼くだけで食べられるんですよね。ピザ大好きな夫にはたまりません。
それもオーブンではなく、本物の薪窯焼きなんですから。

いろんな具が乗っていいるのも多いけど、私はごくオーソドックスなピザが好き。
マルゲリータは美味しいけど冷たくなったらモッツァレッラ・チーズが不味くなる。なのでチーズ無しのマリナーラが一番好きです。
ナポリで食べたピザも、マリナーラがもっとも美味しかったです。
ナポリ・ピザはローマ・ピザと較べるとボリュームがあって、とてもあの大きな一枚は食べられない。
かと言って安価なので、二人で一枚というわけには店にも悪くていかない。
テーブルのを見ていると女性客のかなりの人たちが、外側の厚い生地部分は取り除いて、真ん中の具があるところだけ食べているのです。
こんな食べ方があったのか!と目からウロコでした。
あちfらのイタリア女性でもあのサイズは大き過ぎるのでしょうね。
それにしてもナポリのピザの安かったことったら。1ユーロ約100円の円高だったとはいえ、二人でピザ2枚と飲み物で、千円でお釣りがきた!
まさしく庶民の食べものなんですね。
ちなみにイタリアア人はピザを必ずナイフとフォークで食べます。ナイフで切ってはフォークで食べる。
まず切っておいて手で、ということはありません。
でもあれって、すごーく疲れるんですよ。焼成した生地は切りにくいんです。四分の一くらいでもう疲れて、食べたくなくなる。。
手で食べる方が絶対美味しいんだけどな。

ところで、行き届いた友人を持つのは、本当に幸せなことですね。
友人が我が家に私の大好物の虎屋の「夜の梅」を持って来てくれました。とてもうれしいけれど、ここまでは時々はあることです。(私の「夜の梅好きは知られているみたい)。
でも彼女は玉露まで一緒に持って来てくれたのです。
それには理由があって、モノをできるだけ減らして暮らしたい私が、多種類のお茶の缶や瓶の保存に辟易し、日本茶はほうじ茶だけと決めたとこのブログで書いたことがあったからです。
でも「夜の梅」にはやはり上等な煎茶か玉露がほしいところ。
気のつく彼女はそのお茶まで持って来てくれたのです。しかも「夜の梅」とほぼ同時に使いきれるほどの量の玉露を。
これなら保存する必要はなく、缶や瓶を増やすこともありんせん。持つべきものはこういう友人ですね!!
それを考えると、普段の私のいい加減さの反省点が浮き彫りになります。
そのとき思い出したのが塚本邦雄の短歌、
「馬を洗えば馬の魂冴ゆるまで ひと恋わばひと殺むるこころ」・・徹底することの大切さをドキッとする鮮やかさでを詠った大好きな短歌です。

視力視野がだんだん悪くなってPCが見づらくなっています。
画面を黒白反転にしようかどうか迷っているところですが、先日、ある人に「マウスポインターが探しにくい」と話したら、その人がなにやらPCを操作して、マウスポインターを大きくしてくれただけでなく、ポインターの軌跡がわかるようにしてくれました。
これは便利。
軌跡が動くので、すぐに見つかります。これならまだ当分の間は黒白にしなくても大丈夫みたい。(このポインターの動きが生きものみたいな動きで面白い)。
いまのPCはwindows搭載ですが、もしいまのが壊れたら次はipadにしようと考えています。というのはipadの方が視覚障害者にはいろんな機能があって、使いやすいからです。
その頃には仕事を止めて、仕事用のソフトが不要になるでしょうから。
目の見えない人はipadやiphoneを上手に利用している人が多いんですよ。
音声機能を使って何でもできちゃうそうです。
情報や連絡事項についてはPCが断然便利で役立ちます。
でも思考のためには、やはり「読む」ことにはかなわないと思って、点字の学習を始めています。
中高年の中途失明者(私は完全に失明するわけではなく、中心視野がなくなるので文字が読めなくなる)にとって点字の習得はものすごく困難らしく、もし習得して読み書きできるようになれば、中途失明者からすごーく尊敬の的となるそうです。
そういえば、10年間視覚障害者のアウトドア・サポートのボランティアをしていたのですけど、誰一人として点字が出来た人はいませんでした。
かなりの高学歴の方やバリバリ仕事人間もいらしたのに、彼らははなから点字を諦めていたのでしょうか。
「点字を勉強している」という方に会ったことがないのです。
指の感覚は年齢とともに衰えるし、その感覚が脳に繋がるのも加齢とともに衰えるもの。
けれどまぁ、いまのところは何とかなっていて、これまで40文字くらいがわかるようになりました。
50文字とあとは濁音と半濁音、数字、それとアルファベット・・まだまだです。
でも単純に、新しいことを学ぶのは楽しいです。
目が悪くなって、出来なくなったことを数え立てるばかりだったのが、できることがあるかもしれないという希望にワクワクです。
さいわい、若い女性の先生が熱心に励ましてくださいます。
遠く甲府から列車で教えに来てくださるのだから、せめて美味しいお菓子とお茶をご一緒にと、その間にお喋りするのも楽しい。
ルネサンス美術が好きだそうで、イタリア美術の話もできます。
あと1年くらい経ったら、点字で本が読めるようになればいいなぁ。(いまはまだ、超スローでしか読めません。速読の私にはとてもモドカシイ)。
文芸本もたくさん点字出版されているそうなので、一度、点字図書館に行って探索してみようと思っています。

こうなって気づいたことは、私って案外、楽天的だったんだなということ。
どんな環境や境遇にでも、それなりに順応できるとうか、そういう性格だったのか、夫の影響でそうなったのか。。
もちろんこれは、完全失明は避けられるというお墨付きがあるからのことなのでしょうね。
それほど強くはないのを神様はご存知だから、なのかもしれません。

そうそう、先日夫と一緒に映画を観に行ってきました。私の目でどれくらい見えるかの試しも含めて。
映画は「グラン・フィナーレ」。スイス・フランス・イタリア合作(イギリスも入っていたかな?」
でも言語は英語でした。それもわりと簡単な英語だったので字幕に頼らずなんとか会話やストーリーはわかったものの、大好きなハーヴェイ・カイテルの顔がよく見えなかったのは残念。
「老けちゃったな」というのだけはかろうじてわかったけれど。
この映画の終わりに、「フランチェスコ・ロージ監督に捧ぐ」とありました。ロージは私の大好きな映画監督でした。
「グラン・フィナーレ」を捧げられてロージが喜ぶかどうかは別として、いまだにロージを敬愛する映画人がいることがとってもうれしかったです。

人が出来上がる過程には、音楽とかスポーツとか宗教とかいろいろありますが、そういう意味なら私は本と映画でできている人間です。
それもハリウッドのロードショー映画よりは、ヨーロッパの小品好み。
一年に100本くらい観ていました。
中央線沿線に住んでいたので、三鷹、吉祥寺、荻窪、阿佐ヶ谷、中野、東中野、新宿、それと東西線の高田馬場や早稲田や神楽坂など、電車一本でひょいと行けたのがラッキーでした。
そんな私がシニア割引を使えるようになってから、映画が見れなくなったのですから皮肉なもの。
でも甲府にも名画座があって本当によかった!
名画座に行くとその雰囲気になんだか安心するのです。ここに来ている人達はまちがいなく大の映画好きだとわかるからです。
(だけど大丈夫かな?その甲府の映画館、午後2時45分からとはいえお客さんはたったの8人。。)
さいわいにも私たち夫婦は観たい映画がほぼ同じ。今度上映される映画も観に行こうと話しています。
画面がよく見えなくても、名画座の映画館に身を置くだけで、私は幸せなんです。
昔と違って、小さいけれどなかなかきれいで音響も悪くないし、シートも広いから疲れが少ないのは、以前と大違いですね。

本をたくさん読んでも小説家になりたいと思ったことはないけれど、映画監督にはなりたかったかも。
映画を観ながら「私なら、こうは撮らないな」とか生意気にも思っていたものです。
そういう意味でそんなこと考えもしなくてパーフェクトな映画だったのが、タルコフスキーーの「ノスタルジア」でした。
あの映画は長回しが多いので、どんな場面も全部覚えています。ほんとうに美しい映画でした。
ちなみに夫が一番好きな映画は「かくも長き不在」なのだそう。

夏が終わってからこっち、ハッチ君は元気なものの、ほとんどの時間を眠って過ごすようになりました。
耳が聞こえないので気配がわからず、ずぅーっと安心して眠れるのかな?
20歳ラインはクリアしたので、21歳を目指して長生きしてもらいたいものです。
ボブ・ディランのファンである弟に、ノーベル賞受賞お祝いメールをしたら、彼の家では「すごくヤンチャな猫」を買い始めたと返信が来ました。
ハッチもヤンチャでしたね。眠っている姿を見ながら、子猫の頃のハッチを思い浮かべいると、共に暮らした歳月がたまらなく愛おしく思えます。
夫も元気。どうかすると週に3回もゴルフをしていますが、ゴルフ・エルボーが治ってきて右腕を使うようになったのがいけないのか、最近は少々、お悩みのゴルフのようです。

短い晩秋を元気にお過ごしください。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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