2017年01月31日

宮本輝「草花たちの静かな誓い」

久しぶりに読む宮本輝。
私の感覚では宮本輝は芥川賞というよりも直木賞に近いストーリー・テラーだ。
彼の書いたもののなかでは初期の「錦繍」が好きだ。
最初、蔵王のロープウェイで別れた元妻と出会う場面の文章の素晴らしさ。小説の導入部としてもとても映像的だった。
あの文章を読んで、「この人は残る小説家になるだろうな」と生意気にも思った。
その文章に関しては小川洋子がエッセイのなかで、同じようなことを書いて賞賛していた。
宮本輝の小説はあまり読んでいないが、彼のシルクロード紀行文「ひとたびはポプラに臥す」は大の大のお気に入りで、何度も読んだ。
新聞社のカメラマンたち、彼の息子、通訳との旅は、まだまだシルクロードが整備されていない時代、けれどパキスタンを抜けてフンザまで抜けられたある意味、平和な時代の旅だった。
今もときおり読み返すことがあるが、全然古くなっていない。

さてこの「草花たちの静かな誓い」。
ミステリー仕立てなので筋はあまり書かない方がいい。でもかなり前の部分で誰が誰なのかはわかるのだけど。
ロスアンジェルス在住の菊枝叔母さんが日本旅行中に突然亡くなった。
甥の弦矢が渡米すると、莫大な財産が彼に遺されているのがわかった。(家を含めると45億円!)
しかし6歳のときに白血病で亡くなったとばかり思っていた菊枝叔母さんの娘は、じつは生きていることを知る。
娘のレイラは誘拐されたのだった。
そこには隠された事実が。。
(この事実がどうにも落ち着きの悪い読後感を導いて理うと思う)。

この小説はロス近郊の高級住宅地が舞台。
その高級さがどんなものかの取材を、宮本輝派丹念にしたのだろう。そこに住む知り合いがいたのかな?
地元不動産屋の評価額が10億円以上という豪邸。
そこで庭を任されている日系の庭師やぷ得トルコ人女性のハウスキーパー、レイラを探すよう依頼した私立探偵、弁護士・・
脇役は少ないが、しっかりした人物像をつくっている。
アメリカの法律もいろいろ知ることができて興味深い。

菊枝叔母さんはその豪邸の庭を草花でいっぱいにするつもりだったようだ。
彼女はいつも娘に、草花には人間と同じような意識があるのだと話していた。
弦矢も庭の花々を見ながら、草花は宇宙の一部ではなく、宇宙ものものだと実感する。

エンターテイメントとして大いに楽しめる小説。
菊枝叔母さんの作って冷凍保存してあるスープの美味しそうなこと!
私も今日あたり、かぶのスープをつくろうかな?といっても菊枝叔母さんのような本格的ではなく、超簡単なものだけど。
(トロリ感を出すために冷ご飯をちょっと入れて煮込み、フードプロセッサーにかけるのがコツ)。
posted by 北杜の星 at 08:10| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月30日

森川すいめい「その島のひとたちは、ひとの話をきかない」

「精神科医、『自殺希少地帯を行く」という副題のとおり、精神科医である著者のフィールドワークがルポされている。
このタイトルに惹かれて読むことにしたのだが、かなり面白かった。
日本の自殺者の多さはかなり以前から言われているが、同じ県であっても地域によって自殺の多い土地もあれば少ない土地もある。
その差はどこからきているのか?住人たちに違いがあるのか?

そう、あるみたいなんですね。その土地土地による差が。
人にやさしくて至れり尽くせりのところが自殺希少地帯と思いそうだが、そうではないようだ。
むしろ人と人との距離が適正に守られているところの方が、自殺は少ないらしい。

例えば、人口2千人の町(村?)で、名前は知らないが顔は知っていて、挨拶はする程度。
自分の意見は相手にかまわずに述べる。(ひとの言うことはきかない)。
同意見に迎合しないので、そういう土地には派閥ができない。
クールに見えるが、自分にできないことを頼まれたら、からなず他のひとに訊いてみる。
助けるときはとことん助ける。

著者はある土地に行き、櫛を忘れたことに気付いて、町の雑貨屋さんに櫛を買いに行った。
けれどその店には櫛は置いていなかった。
あきらめて帰りかけたら、その店の主人は家の奥から4本の櫛を持って来て「どれがいいか?」と尋ねたという。
あっけにとられて返事ができないでいるとその主人は「あ、この黒いのがいいよね」と言って、水で洗って彼に手渡したそうだ。
また、自殺希少地帯の近くでヒッチハイクをしたら、車を止めて乗せてくれたのは、すべてその土地のひとの車だったとか。

クールだがあいさつを言い交わし、天気の話をしたりする関係が、人を孤独にさせない。
ある町にはいたるとこいろに「ベンチ」がある。住人は歩いて疲れたらベンチに座る。
坐っていると前を人がとおるのでちょっと話をする。
また、村や町には屋根つきのバスの停留所があるが、家を出てそこに坐って人と会話をする。
なんとくことのないちょっとした会話。でもそれが人を救うのだ。


ふだんは放っておいてくれる。
でも必要とあらば手を貸す。
・・そんな人間関係があるところがどうも、自殺希少地帯のようなのだ。
そこではみんなかなり我が強そうだ。我を通すだけの風通しの良さがあるということかもしれない。
自分勝手といえば自分勝手なのだが、助けたといって恩着せがましさはない。自分が自分の意思でしているというスタンスなのだ。

もっともある村人は「私はあの村が大嫌いだから出た。」と言う。
嫌いな人が出てゆくから、そこには自殺する人がいないのだと。
うーん、そういうことも言えるのかな?
だけど私にはなんだかそういう地帯って、心地よさそうに映るんですけど。
posted by 北杜の星 at 07:56| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月28日

ハッチの週間身辺雑記

風邪はよくなりました。
夫はまだ咳が残っているけれどど、ゴルフができるようになったので、完治に近いでしょう。
ちょうど一週間前のこと、車で3分のところにあるカントリー・クラブに隣接するホテルのお風呂に入らせてもらいに行ったのですが、そこは源泉かけ流しではなく加熱循環式ではあるものの、泉質がとても良くて体が温まって、それが寝るまで持続したのが風邪に効果があったのだと思います。
ホテルに宿泊しなくても、ゴルフ練習場を利用した後の人なら500円で入浴できるシステムになったそうで、体を洗うタオルとバスタオルを貸してもらえるので助かります。
私はもうゴルフは止めていて練習はしないのですが、夫がフロントの人に頼んでくれて、特別に入れてもらいました。ありがとうございました。

木曜日のブログに「パブリック・スクール」のことを書きました。
何十年も前のイギリス滞在中に、息子が居るパブリック・スクールに連れて行ってもらったことも書きました。
今日はちょっとその連れて行ってくれた女性のことをお知らせしようと思います。
彼女の名前はロイス・マリオット。芸名をロイス・マックスウェルというカナダ生まれの女優さんです。
といっても名がそう知られている女優さんではないのですが、007映画で秘書のマニーペニー役でシリーズ十数本に出演していたといえば、「あぁ、あの」と思い出す方がいるかもしれません。
ロイスはカナダで生まれ、、ハリウッドやイタリア映画界で仕事をした後にイギリスに移住して、アッパー・ミドル・クラス出身で映画プロデューサーのマリオット氏と結婚、一男一女をもうけました。

日本では有名ではありませんが、イギリスでは演技派としてかなり知られていました。
マリオット氏は典型的なイギリス紳士という感じで口数少なく穏やか、とっつきやすい人ではありませんでしたが、体が弱そうなところがありました。
ロイスは自分の道は自分で切り拓いてきたというリアリスト。イギリスの階級社会なんて鼻で笑う人でした。
だからマリオット氏のお母さんとは仲が悪かったとか。。これは毎日お掃除にくるおばさんの話でしたが。

週末になると娘と息子が寄宿舎から家に戻って来ます。
そこで私の出番です。
そう、私は彼らの子守をしていたことがあるのです。
子守といっても彼らは9歳と7歳。ベビーシッターではありません。
両親がパーティなどで外出する夜、彼らに夕ご飯を食べさせ、早くベッドに行かせるというのが役割でした。
でも、厳しい学校と親から離れた子どもだけの家で、彼らがおとなしく早く寝るわけはありません。もう大喜びで大騒ぎ。
廊下でサッカーをしたり、見てはいけないテレビを見たがったり、鬼の居ぬ間を満喫したい気でいっぱいなのです。
私は料理ができなかったので夕食はほとんどが冷凍ものだったけど、彼らはそれをものすごく楽しみにして「美味しい!」を連発していました。
いったい寄宿舎で何を食べていたんでしょうか?
だけど家庭でも寄宿舎でも厳しいテーブルマナーをやかましく言われながらの食事が、楽しいわけないですよね。
自由な時間はきっと彼らにとってjは天国だったことでえしょう。


やんちゃな彼らでしたが、ある日、私がなにか悲しいことがあって沈んでいたら、息子のティモシーが「●●●(私の名前)をハッピーにするために、僕は何をすればいいの?」と抱きしめてくれたことがありました。
そのとき、その彼の言葉に大感激!こんな小さな子が一生懸命に気を使ってくれている・・すごいなぁと。
これって日本ではちょっと考えれないことですよね。思いはあっても言葉での表現はなかなかできないのじゃないでしょうか。

ロイスは私をチェルシーのイタリア料理店やリージェント・ストリートのインド料理の店に連れて行ってくれたりしました。
強気の彼女も時には愚痴をいったり、弱音を吐いたりしたかったのかもしれません。
そうそう、そのイタリア料理店にオマー・シャリフがいて、彼は立ちあがってロイスに挨拶をしていました。
日本人の二人のボンド・ガールについてなど、007の裏話などもしてくれたこともあります。

ロイス・マックスウェルをwikiで見ると、もう亡くなって10年になるんですね。
母と同じくらいの年齢だったので亡くなっても不思議ではないのですがさみしいです。
マニーペニーとしての映画登場はほんの短いシーンですが、存在感はありました。
初期から中期の007映画で、彼女に会えます。
posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月26日

新井潤美「パブリック・スクール イギリス的紳士・淑女のつくられかた」

著者は幼いときから外国、とくにイギリスに長く住み、現在は上智大学で英文学・比較文学の教授をしている。

近頃は日本でも裕福層と貧困層の差が顕著になっているが、ヨーロッパ社会はどこもまだ「階級」というものが残っている。
差が激しくなったとはあいえ、私は日本はかなりの「平等社会」ではないかと思っている。
お金があれば若者でも高級なレストランで食事ができ、リッチなホテルに泊まることができる。
誰もそれに対して疑問をもたない。
ヨーロッパではちょっと違う。
上流階級だけが行ける場所があり、そこではどんなに成功したビジネスマンであっても歓迎されない。
そうした上流階級の子女が通う学校があり、そこではイギリス社会の中枢を担う人材の育成をしている。それがパブリック・スクールなのである。
パブリック・スクールといっても、いわゆるパブリック(公立)ではなく私立だ。
この本ではパブリック・スクールの成り立ちから現在までの推移を紹介している。

私が住んでいた1960年代終わりから70年代初めのイギリスは、まだまだ古いイギリスだった。
(なにしろお金の数え方からして20・12・6進法だったし、コインの裏側にはビクトリア女王の肖像があるものもあった!)
現在はパブリック・スクールには外国人の子どもも、ミドルクラスの子どもも入学できるが、当時はアッパー・ミドル・クラスまでの子どもしか入学を許可されていないところが多かった。
そんなパブリック・スクールに一度だけ見学に行ったことがある。
知人の息子があるパブリック・スクールに寄宿していて、「行ってみる?」と言われ、高級車ベントレーに乗せてもらって連れて行ってもらったのだ。
もうあまり覚えていないのだが、一つびっくりしたのは、そこには3ホールだがちゃんとしたゴルフ・コースがあったことだった。
ゴルフの上達が目的ではなく、「いかにフェア」にプレイできるかが目的だと聞いて「うーん、さすがイギリス」と感心してしまった。

しかしパブリック・スクールはそんな「オキレイゴト」だけではなかったようで、サー・ウィンストン・チャーチル氏の例がここに書かれているが、陰湿ないじめはあったし、教師のムチでの罰もあった。
閉鎖的な空間だけにその陰湿さはかなりのものがあったようだ。
ここにも書いてあるが、以前見た「アナザー・カントリー」という映画を思い出す。
男子だけのパブリック・スクールでは同性愛が少なからずあった。
同性愛はあの頃は絶対タブーとされていたので、それを強請りのタネにされることがあった。
そしてその強請りは「スパイ」を生むことにもなった。
「アナザー・カントリー」ではそうしてソ連のスパイになり、ソ連に亡命したイギリス老人の回想シーンから始まるのだが、彼がパブリック・スクールで受けた屈辱が、スパイという復讐となったのだろう。
そうした例はけっこうあって「ケンブリッジ・ファイブ」として5人のスパイが有名だ。

子息だけではない。女子のパブリック・スクールでの教育も特徴的だった。
自然科学や文学などは教えてもらえず、「たしなみ」が重んじられたそうだ。音楽や絵画、フランス語などができればそれでヨシとされたらしい。
しかもそれはつい最近まで続いていたという。
(そういえばあのダイアナ妃って、カレッジは出ていないんですよね。キャサリン妃は出ているけど)。

階級を絶対悪とするつもりはないけれど、旧態然とした教育現場から何が生まれるのかは疑問である。少しずつ改善されているならいいのだが。
せめて彼らが社会に対して「フェア」であってほしいし、「noblesse oblige」を持ってほしいと思う。

posted by 北杜の星 at 08:01| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月25日

絲山秋子「ばかもの」

印字の本だと172ページのこの本、点訳本だと2冊250ページ以上になる。しかも大判。
お腹に抱えながらゆっくりゆっくり(まだゆっくりとしか読めない)、左人差し指で文字をなぞる。
最近ちょっとだけ、上下に指を動かすのではなく、左から右に滑らせることができるようになったので、少しは読む速度があがって、これをちょうど1週間で読み切った。
一日30ページを自分に課しているのだけど、風邪だったので読めない日もあった。
だけどストーリーにぐいぐいと引き摺られて、後半はかなり読み進めた。

最初の30ページくらいは、参った、参った。
だってセックス描写がずっと続くんだもの。
しょうもない大学生のヒデと、バイト先で知り合った乱暴な言葉遣いの年上の額子の二人の性描写が濃厚なのだ。
眼で読む時よりも、点字って凸凹しているからなのか、変にリアルに感じられる。
「オッパイ」なんて胸のふくらみまで手に触るような。。

この二人、本当に「ばかもの」なんですね。
ヒデは無為に大学時代を過ごしたのはまだいいとして、次第にアルコール依存症になってゆく。
額子はヒデを酷い捨て方をして去って行く。

アルコール依存症の症状がこれでもかと重々しくて「もう、いいよ、これ以上読みたくないよ」という気分になる。
絲山秋子ファンの私だもの、当然これ、読んでいるのだけど、こんなんだったっけ?
映画や本って、覚えてないものなんですよね。こんなシーンあった?と思うことが多いし、こんな会話があったはずと確信しているのにどこにもなかったり・・

額子は優しい夫が運転するフォークリフトで左腕を失う怪我をしたために離婚。
ヒデは依存症から抜け出られたが、迷惑をかけすぎた友人から交友を切られてしまう。
失意の二人は、居酒屋をしている額子の母の仲立ちで再開することに。
額子が住んでいるのは群馬と栃木の境の「片品村」だった。

最後はすごーく感動的。
点字で読んでもその景色がズイズイと伝わって来る。
「海の仙人」に「ファンタジー」が出て来たように、ここでも「想像上の人物」が現れる。
「そんな解決法ってないだろ」という読者がいるかもしれないが、私が絲山秋子が好きな理由は、ここにあるのだと思う。
人智を超えた存在を信じるか信じないかは人それぞれだが、そうしたものが現れるかどうかは別として、そういうことを信じる作家の小説を私は読みたい。

額子は片腕だけ、美味しい料理を作る。おむすびだってできる。木にも登れる。
でも絶対にできないあことがある。
それは右腕を洗うこと。
額子がヒデに再会し、風呂で右腕を洗ってもらうところが、とてもせつない。

片品村って、5年前くらいに行ったな。
片品村へは日光から金精峠を超えて行くか、沼田の方から行くかのアクセスがあるが、私たちは友人と桐生で素敵なレストランでランチした後、黒保根あたりの山道を通って行った。
紅葉にはまだ早い季節で何もなかったけrけど、落ち着いたいいところだった。
イトヤマさんにとっては以前から「片品」は特別な場所のようで、ときおり行っているのではないだろうか。
同じ群馬県とはいえ、高崎在住の彼女にとっては決して近いところではないのだけれど。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月24日

佐藤初女「初女さんのお漬け物」

佐藤初女さんが亡くなってもうすぐ1年になる。
若い頃体が弱かった初女さんは94歳の天寿を全うされた。
晩年には最愛の一人息子さんを失うなど悲しいことがあったが、初女さんはそれにも負けなかった。
自分のなすべきことを最期までしつくし、思い残すことはなかったことだろう。

私が初女さんのことを知ったのは、ほとんどの人がそうなように龍村仁監督の「ガイヤシンフォニー2番」の映画でだった。
青森の弘前に「森のイスキア」という施設をつくって、心身の細った人々を迎え入れ、「おむすび」を食べさせて話を聴いて帰すというそれだけといえばそれだけの初女さんは、普通のおばあさんのようでい普通ではなかった。でも彼女自身はそれを特別なことと波考えていないようだった。
「できることをする」そのできることが、「おむすび」だったのだ。
どんな人が来るかわからないのが不安じゃないかと問わた初女さんは「怖いと思う時もあるけれど、でも訪ねてくるのが神様かもしれないから」と言って、いつもドアを開けていた。
私にとっての初女さんの料理はだから、「おむすび」なのだった。

けれど初女さんといえば「お漬け物」という人もいるようだ。
この本にはそんな初女さんファンのために、初女さんの94年の集大成としていろんなおつけ物の作り方が紹介されている。
弘前という北国らしいおつけ物もあるし、らっきょ漬けもある。
赤カブ漬けなどは本当に色が美しい。酢を入れることで化学反応が起きてあの色になるのだそうだが、私にもできそうなほど案外簡単だ。

でも初女さんのお漬け物はやっぱり「梅干し」につきる。
毎年初女さんのところには東北から80キロの完熟梅が届いていたそうだ。
それを一つずつ洗い、水気を拭き取り、塩漬けする。
土用干しは普通は3日くらいだが、初女さんは梅の状態を見ながら1週間も干すという。
毎日梅の入った笊を出し入れするのだ。しかも80キロ分だもの、大変なことだったはず。
「面倒」という言葉が何より嫌いと言っていた初女さん。
どんなに体がきつかろうと、端折る。。なんてしない人だったに違いない。
すぐに「あぁ、面倒」と言う私や、私に輪をかけて面倒臭がり屋の夫にとって、初女さんのような人は神様みたいに思える。

我が家ではお漬け物はそれほど好物ではないので、食卓になくっても全然困らない。(お土産などで頂くと食べるけど、お漬け物って添加物だらけのものも多いんでづよね)。
おむすびや梅吸いのときの梅干しは必要だが、それは友人から毎年頂いていた。
彼女は必ずしも料理上手というわけではないのだけれど、梅干し作りはとても上手で、自分の庭に生った梅を使って作るのだ。
もちろん変なものは入っていないので、しょっぱくて酸っぱい。でもその塩梅がちょうど良い爽やかさで、とにかく彼女の梅干しは絶品だったのだ。
しかも瓶には書をする彼女のご主人が立派な和紙に「梅ぼし」と麗々しく書いてあった。
「あった」と言うのは、残念ながら庭の梅の木が枯れてしまって、梅の実が採れなくなったからだ。
梅の木が枯れることってあるんですね。北側の目立たないところに植えてあったのもいけないのだろうか。

我が家にも南高梅が1本、植えてある。
年々実の数は増えているものの、肥料などなにも施さないので、実は小粒。とうてい梅干しが作れるとは思えない。
(梅ジュースくらいはできる)。
このあたりはもう手入れをしなくなった梅林がけっこうあって、勝手に入って採って来るひともいるようだが、私はちょっとそれはできないので、もし今後梅干しがほしければ自分で買ってつくるしかないかなと思う。
そのときには初女さんの作り方か、友人の作り方を教えてもらうつもりだ。

そうそう、お漬け物の容器も美味しいお漬け物を作る大切な条件のようで、これはある友人が行っていたのだけど、これまではぬか漬けをプラスティック容器で作っていたものを、陶器の甕に替えたら、ぐんと味が良くなったとか。
posted by 北杜の星 at 08:40| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月23日

やまぎん情報開発研究所「庄内のレストラン」

なんか、この本、熱い空気を感じる。
その熱がどこから発生するか、これを読むとわかるのだが、それはみんなの庄内への郷土愛の強さなのだ。
庄内地方は山形県の日本海側に位置し、狭いエリアに海、里、川、山がある。
自然に恵まれ、清涼な空気と水がはぐくんだ地産の食べものの宝庫だそうだ。
その庄内に奥田シェフのイタリアン・レストラン「アル・ケッチャーノ」があることは有名。
この本をはその奥田シェフご推薦の庄内の食事処がたくさん紹介されている。
といっても、豪華なレストランばかりではなく、普通の町の食堂のようなところだっていくつもjある。
(第一、「アル・ケッチャーノ」だって外観はちっとも高級ではない。国道沿いの「ちょっとハンバーグが美味しい店」風な店にしか見えない)。

私は庄内へはたった一度行っただけ。
それも山形への旅行が目的ではなくて、新潟まで来たからそのついでに足を延ばして鶴岡へでも行って、古い町を見学し「アル・ケッチャーノ」でランチをしようということだった。
鶴岡を見て食事をし、すぐにまた新潟に戻った。
でも「あぁ、いいところだな。豊かそうなところだな」という印象があった。

その豊かさのおおもとが、これを読むと理解できるんですね。
こういう豊かさを持つ人々は「強い」と思う。
基本がしっかりしているなかでの暮らしがあるからだ。そしてしっかりしたものの上だからこそできた文化と歴史に知性が感じられる。

どの店も行きたくなるが、どちらかというと洋食系ではなく普通の和食屋さんがいい。
庄内の野菜を使ってのおかずなど本当に美味しそうだ。
このなかに「平田牧場」の「とんや」という店があるのを見て、「あ、平牧って山形だっけ?!」と気がついた。
平牧の豚肉は「平牧金華豚」「平牧三元豚」で有名なブランド豚肉だ。六本木のミッドタウンにもとんかつのお店があって大人気だし、都内のレストランでも「平牧の豚肉です」と恭しくメニューに載っている。
たしかに平牧の豚肉はとっても美味しい。脂があっさりしているのでさっぱり食べられるのだ。。
我が家はいつもこの平牧の豚肉を食べているのが自慢だ。ハッチ君もミンチが大好き。
この平牧の豚肉、じつは「生活クラブ生協」で注文して届くもので、これがあるから生活クラブはやめられない、とまで思うくらいの品質なのである。
生活クラブの役員さんが平牧での豚の飼育について話してくれたことがあるが、なるほど、こんなふうに育てられた豚なら旨いはずだよなと感心した。
それと豚からの排泄物はちゃんと地産の米や野菜に還元されるようなシステムになっているのだとか。
つまり、庄内のなかでうまく循環しているのだ。

本の後ろには庄内のレストランを支える生産者が紹介されている。
この人たちとレストランが固いきずなで結ばれているからこそ、美味しい食べものを提供できるのだ。
づくづく庄内という土地の底力を感じる。
今度は是非、庄内を目的地として訪れてみたいものだ。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月21日

ハッチの週間身辺雑記

この一週間というもの、私のカレンダーは存在しませんでした。
ずっと、風邪をひいていたからです。
完全に寝込んでいたのは一日だけなのですが、毎日パジャマとガウンで過ごし、家事は洗濯とアイロンかけだけ。
料理は夫があるもので、できるものを(といっても、できるものがあまりないし、できるパスタは食べたくないので、みぞれ湯豆腐とほうれん草と玄米餅とか、まぁ食欲もないので、それでOKだったのですが)。
夫は暖炉で豚ロース肉を焼いて食べたりしていました。

このところ少し食欲がでて、先週フレンチ安食堂で食べたカスレがとっても美味しかったと夫が言うので、白いんげんを煮て、それをたっぷり入れたカスレを作って食べたところ、これがなんとも滋味豊かな味で、とたんにエネルギーが出てきました。
食べものって大切ですよね。

そういいえばお亡くなりになった佐藤初女さんが、若い頃に結核が治癒せず体が弱るばかりの頃に、「食べること」の重要さに気付き、食材を選び自分で食事を作って食べてたら、いつのまにか元気になっていたと書かれていますが、本当にそうですね。
普段の煮込みは圧力鍋で作るのだけど、今回は「治りますように」の願いをこめて、普通のお鍋でことことと1時間以上煮込みました。
手間暇をかけるということは、そこに祈りがあるんでしょうね。
最近のネットなどのレシピを見ると「簡単」「手早く」できるものがたくさん紹介されていますが、それはそれで必要な場合があると思いますが、丁寧に作ることの意味もあるのだと思います。
やっつけ仕事で料理を作ってばかりいると、食べものに対する感謝がなくなるような気がします。

風邪について、とっても面白い記事をあるひとのブログで読んで大笑い。
風邪を予防するには「手洗い」とか「うがい」とかあるようですが、その記事によると、「うがい」はあまり効果がなく、とにかく「手洗い」が重要。
一番風邪に悪いのが、
「汚い指で、鼻くそをほじること」なのだそうです!!

汚い手や指には、風邪やインフルエンザのウィルスがたくさん付着していて、それが鼻の粘膜に着くことで、そこから全身に広がるのだとか。
でもそれってそうかも。だって風邪というのは粘膜の炎症ですからね。そして粘膜の浸透性は大きいから、鼻、喉、胃腸などの粘膜に広がっていくのでしょう。

私の体の調子が悪い時には、結構熱がでるのですが、今回はせいぜい37.5度くらいのものでした。
これくらいの熱だと体の消耗が激しくなくてラクですね。
ただ咳が出たのには参りました。咳って自分も苦しいけれど、傍で聞いている方も「苦しそうだな」とすごく気になるもの。
隣のベッドで寝ているとなおさら申し訳なくて。。
風邪の咳が困るのはもうひとつあって、3週間くらいは残るんですよね。
我が家の暖房はOMと暖炉なのですが、その暖炉が問題ありで、暖炉から室内に煙いが入って来ると、それが咳を誘導して咳込んでしまうのです。
ほんの少しの煙でも反応します。
だけどエアコンにすると今度は室内が乾燥してしまうし、第一、あのエアコンって快適ではありません。

ベッドに寝ていても、愉しみはあります。
すぐ近くの小梨の木に置いた鳥の餌箱です。毎朝ひまわりの種をやると来るわ、来るわ。どこから見ていたのかと思うほど、ずぐにやって来ます。
シジュウカラ、コゲラは慣れていて、餌を出し忘れたりすると、窓の内側の私たちの方にホバリングしながらねだります。
なかには勇敢なのがいて、窓枠に乗ってくるものも。
あんな小さな頭のそのもっと小さな脳ミソで、どうして餌をやっているのが私たちだとわかるんだろうというほどで、本当にかわいいのです。
だから氷点下の朝でも外に出て、ひまわりの種をお皿に入れてあげなくては、という気持ちになります。
もっともご近所の山荘の方がいらしている時には、そこでも餌がもらえるのか、あまりこちらには来ません。あっちの餌の方が高級で好みなかもしれませんね。?
ゲンキンなやつらです。

平和なシジュウカラやコゲラを脅すのが、黄色いくちばしのイカルです。
イカルは餌皿の中に陣取って、やって来るシジュウカラたちを威嚇して追い払うのです。「仲良くしなさい、少しはあげたっていいでしょ」と言いたくなります。
そのイカルもほうほうのていなのが、ひよどりの到来。
ひよどりはかなり大きいので、ひよどりが来ると他の鳥は近寄りません。
でもひよどりは餌皿のひまわりの種を食べるわけではないのです。困ったことに小梨の花芽を食べるのです。
小梨の木はもっと標高の高い蓼科あたりにたくさん自生していて、山桜が終わる頃になるとまっしろな花を咲かせるそれは美しい木です。
蓼科にいた私たちは小梨の花が大好きでした。
だから蓼科を離れてここに越してきた時に、蓼科を思い出す「よすが」として、植えました。
小梨にはちょっと夏が厳しすぎるかもしれない環境だけど、春になると花を見せてくれます。
その大切な小梨の花芽を食べるとは、憎っくきひよどりなのですが、冬場の餌探しの大変さに思いをはせると、追い払う気にはなりません。
今年はとり年だし、夫もとり年生れだし、大目にみましょう。

風邪はだれかに移すと治ると言いますね。
どうも夫が今度は寝込む板のようです。
彼はやせっぽちでも体力がある人なので、そう大事にはならないことでしょう。


毎年「1月に会って、二人で新年会をしようね」と約束している友人がいます。
でも1月はこちらは雪が降ったり、こうして風邪をひいたりで、東京での1月集会がお流れになることが多いんです。
すごく残念。
彼女のご主人はスキーのインストラクター、しかも定年後にその資格を取得した方。いつもこの時期は新潟の湯沢のマンションに籠って、スキーに励んでおられます。
そして妻である友人は「愛弟子」として東京での仕事を終えた金曜日、新潟新幹線に飛び乗り湯沢へ。夫からスキーのレッスンを受けます。
夏はゴルフ、冬はスキー、それも素晴らしい「先生」の指導で、幸せそうです。
(スキー場で生徒さんを教えた後、ヘルメットを脱いだご主人に生徒さんから「あら先生って案外オトシなんですね」って言われたとか)。
そんなこんなの話を聞きたいのに、いつも1月はこういうことになってしまって。。

来週は元気になって、我が家でギョーザとラーメン・パーティをする予定でいます!
下世話なメニューのパーテーも気取らなくて面白そうですよね。
ラーメンが好きでない夫も「たまには、いんじゃない?」と言ってます。
このあたりの冬は長いのだし、冬の間はすることもなく退屈。なにかのイベントがあるほうが楽しいです。

ハッチ君はこの寒いのに、それでも毎日何回か「家の見回り」に出かけていて、帰ると「くちゃん」とくしゃみをします。
そんなに寒いのなら歳も歳なんだからでなければいいのにと思うのですが、猫には猫の事情があるのか、テリトリーをママ織って、ついでに私たちを守ってくれようとしているのか。
「見回り、ごくろうさん」と言ってやると、いつものようにお得意そうな顔をするのです。
猫でも誰かの、何かのためになっているのは、誇らしくもうれしいもののようです。

この一週間、誰の役にも、何の役にも立たない私でした。
posted by 北杜の星 at 07:56| 山梨 ☁| Comment(2) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月19日

岩波書房編集部「私の貧乏物語」

昔は「貧乏」だった。今は「貧困」だ。
貧乏と貧困はどう違うかと言われれば説明が難しいが、貧困は相対的な社会現象であるだけに、救いがないように感じられる。
この本は拡大する格差ーと貧困をこのまま見逃しておいてはいけないと、各界の人たちに彼らの経験してきた「貧乏」を書いてもらっているのだが、私にはこれは「昔の貧乏」だと思える。
つまり、誰もが貧乏だった時代の貧乏であって、あの頃にはまだ「頑張ればなんとかなる」という発展途上の希望があった。

蛭子能収「ピザって食べたことある?、安彦良和「私が貧乏だったころ」、武田砂鉄「まぁぼちぼちですね」、佐高信「慶応で格差を実感」、橋本治「伊達や酔狂で貧乏になる」、古賀誠「忘れられない白いご飯と生卵」、亀井静香「生かされて生きて来た」・・
彼らはその時代は貧乏でも、後にナニモノかになった人たちである。
貧乏だったあのころを笑い話にできる。
でも現代の「貧困」はそんなものではないのではないか?

森達也「窮乏のなかで芽生えた憎悪のゆくえ」、フレイディみやこ「貧乏を身にまとい、地べがから突き上げろ」、斎藤貴男「最後に奪われるものは何か」・・などの文章の方に現代の「貧困」の根源が表されていると思う。
日本やイギリスの社会構造のなかで、自分の努力だけではどうしようもない下層の人間は「ルサンチマン」を持つようになる。
そしてそのルサンチマンが過激なテロなどの温床となってゆく。

岩波書店編集部の意図はわかるとして、この本にある「貧乏物語」にはある種のノスタルジーがあり過ぎて、勘違いをしているのではないかと言いたくなる。
学校が休みになると給食がなくなって、家でご飯が食べられなくなる子どもたち・・それが現代の貧困なのです。
そんな子どもの友人たちの家庭では、ありああまる食べものを捨てているというのに。。
みんなが貧乏だったころの貧乏は耐えられても、自分だけが貧乏で食べものもない境遇は切な過ぎる。
悲惨なのはその貧困は連鎖するのである。

ここに並ぶ36人の「貧乏物語」をどう受け止めるか。
それは各人それぞれだろうが、せめてこの本が小さな灯に繋がればいいのだけれど。
posted by 北杜の星 at 08:00| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月18日

堀江敏幸「雪沼とその周辺」

お正月明けのテレビで、浅井リョウ、西加奈子、綿矢りさ、村田沙耶香が対談をしていた。
それぞれにお勧めの本を紹介したのだが、綿矢は堀江作品を挙げていた。その理由説明を彼女は浅井にしてもらっていた。
浅井は「小説にはは、いろんなことが起こって、その起こったことを読ませるものと、特別なにも起こらないけれど、その文章によって読ませるものとがあって、堀江先生は後者のほうがだ」というようなことを言っていた。
浅井が堀江敏幸のことを「先生」と読んだのには少々驚いたが、堀江敏幸が若い作家からリスペクトされているのはうれしい。
(私からしたら堀江は「中堅」という感じなのだが、若い人からすると「大御所」なのかな?)
何にも起こらなくても小説は成立するし、スペクタクルのような小説がつまんないことは多い。
(伊坂幸太郎やイトヤマさんの小説は、「起こっても」起こる以上の何かがあるから、大好き)
今回、私はこれを点字で読んだ。文芸点字本は二冊目になります。

点字で読むと印字とは異なる感想が生まれるのかもしれない。 それは一つには、私の点字を読む速度がひどく遅いためもあるのだが、もう一つは、点字はいわゆるカナ表記であって漢字がないこともある。
漢字からイメージできるものがないので、「音(オン)」が表面にぐんと出てくるのだ。
カナのオンを読むことで、文章のリズムがより強く感じられ、そのリズムで小説が成立しているような気になってくる。(主人公の名前の漢字がわからないのはつまらないけけど)。

「雪沼とその周辺」には堀江敏幸のエッセンスがこんなにも詰まっていたのかと、再読して思った。
忘れられたような山あいの小さな町の住民んたちのそれぞれのささやかな日常を描く連作短編集なのだが、道具立てがいかにも堀江敏幸なのだ。
他の誰かには価値のない古いものが、その人にとっては大切なこだわり。雪沼の人たちの生き方そのものなのだ。

以前読んだときには、もっとも好きでなかった「ピラニア」という短編が、今回はとても面白かった。
「スタンス・ドット」がこの本のなかでは読者の一番人気かもしれないし、私も最初に読んだときはそうだった。古びたボーリング場の最後の営業日、若いカップルがトイレを借りにやって来て、ボーリング場のオーナーが彼らに最後のボーリングをさせてあげることになるという話だが、これがそれだけではなく、いかにオーナーがこのボーリング場の「音」にこだわりを持っていて、それがなんとも胸に響くのだ。もし私が映画監督なら、これを原作に映画を撮りたいくらいだ。

「ピラニア」は堀江さんの雰囲気とはちょっとニュアンスが違っていて、初めて読んだときにはあまりすきではなかった。
でも今回読んだら、この意外性が面白い。
堀江さんの筆は「しつこい」んですね。
点字を指でなぞっていると、それがよくわかる。主人公が中華麺や中華丼を苦手とする様子がこれでもかとしつこく描写されているのだが、まぁ、中華麺でよくこれだけ引っ張れるもんだなとその「しつこさ」にあきれてしまう。ゲップの描写も「これでもか」というくらいのしつこさ。
でもその「しつこさ」がユーモアに通じていて、そこはかとなくおかしい。
無意味でいてでもどこかひっかかる。。無意味さのなかにうっすらと人生の隙間が見えてくる。
この「ピラニア」は他の短編と違って、そうわかりやすくはないのかもしれない。
このとぼけた味が私はなんとも好きでした。

前に読んだイトヤマさんの「イッツ・オンリー・トーク」よりは、スピードが上がったかな? 
でもまだ読むのに上から下に指をすべらせないと読めない字が多い。、この本のなかで大変だったのが、「オチョボグチ」と「ウワクチビル」だった。
その一文字を読むのに3分以上かかった。ぅもぅ、堀江さん、なんとかしてよと言いたい。
そうそう、堀江敏幸の文章って、「次はこういう言葉が来るだろう」の予想をものすごく裏切られるんですよ。それが彼の文体なんでしょう。
目で字を追うより指で追うと、堀江さんの文章が「ありきたり」の使い古された言葉でないのがわかるから興味深い。
指を上下させずに、さぁーっと横だけに滑らせて読めるようになると、スピードも上がるんだけど。
でも、ずっと前に読んだ本をこうして、ゆっくり読み返すのもいいものですね。これは新しい愉しみになりそう。

「ピラニア」の次によかったのは「おくり火」。これも描写はしつこいものがあって、でもこれが「ピラニア」とは逆の効果で、「ピラニア」ではユーモアだったのが「おくり火」では。一人息子を失った悲しみを際立たせている。

中心視力がなくなって本が読めなくなることが怖かったのだけれど、どうにか大丈夫いたい。こうやって大好きな作家の大好きな本が読めるのだもの。
雪沼の人たちと同じように、人生は捨てたもんじゃないと思える。
本さえ読めていれば、私は私でいられる。。点字を教えてくださっているK先生に感謝です!
posted by 北杜の星 at 07:54| 山梨 ☀| Comment(4) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月17日

鳥海佳代子「小児科医は自分の子どもに薬を飲ませない」

小さな子どもをもつ親は子どもの具合が悪いと、とても心配になるものだ。
周囲に育児経験の豊富な人がいないと、訊ねることもできない。
だから救急車を呼ぶことになる。
確かにほんの風邪と侮れない病気も幼い子にはおきるので油断がならないのだが、しばらく様子を見ると、症状が治まることもある。
その見極めがむつかしいし、病気になるとお医者さん、そして薬という救いを求めてしまいがちだ。

けれどそうした治療が本当に必要なのだろうか?
また、どうしても必要で医者に行ったときに、必ず質問すべきことは何か?
本当に予防接種はしなければならないのか?
・・そうした疑問を、お母さんであり小児科医である著者が詳しく説明してくれるのが、この本。

生後1年の赤ちゃんが受ける予防接種を知り、びっくりしたことがある。
ナント、10種類くらいのワクチンを注射するというのだ。
衛生状態が悪くて、医療の発達していない途上国ならいざ知らず、この日本でそれは必要なことなのだろうか?
疑問に感じるお母さん方はいて、ワクチンはうけさせたくないと言う人もいる。
そんなお母さん方を保健所の人が「絶対に受けるように」と説得するのだそうだ。
しかも「受けていないと、何が起こっても知りませんよ」と脅迫じみた言いかたで説得するという。
それでなくても不安なお母さんだ。我が子にもしものことがあって、それが自分の責任だとしたらと怖くなり、疑問に思いつつ赤ちゃんにワクチンを受けさせることになる。

最近、多動児が多いのは幼い時のたくさんのワクチンが影響しているのでは?という説があるらしい。
ホメオパシーではそんな多動児に適切なレメディを与えると、多動が減少し落ち着くと聞く。
小さな体には、ある意味毒であるワクチンはtoo muchで害をもたらすのではないだろうかと、私は心配している。
子どもは病気になると症状が激化し重症化することがある。それを避けるためのワクチンなのだが、そうした病気を経験することで免疫が強くなり、丈夫な子に育つということでもある。
どんなに医学が発達しようとも、丘ちゃんの突然死の確率は一定で起きるのだそうだ。とても辛く悲しいことだけれど。
風邪をひいたからと言って、幼い子どもに、抗生物質を処方するような小児科医には注意した方がいいと思う。
そんな小さな頃から抗生物質を摂取していると耐性ができてしまうし、そこまでいかなくても腸内環境が悪くなってしまうからだ。
腸は免疫に大切な臓器だ。その腸が弱くなっては丈夫な子には育たない。

大人も子どもも、医者にかかる時には「本当にその治療・薬が必要なのか?」と医者に問うてみるべきだ。
私の周囲で病気になる人を見てみると、検査好き、薬好きの人が多いんですよね。
医薬で治ることももちろんあるのだが医源病もあるので、注意したい。
ともかく、幼い子どもを持つお母さんは一度、こうした本を読んでみてはどうだろうか?
posted by 北杜の星 at 08:11| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月16日

吉田修一「犯罪小説集」

「悪人」は吉田修一にとっては金字塔のような作品だった。
作家が人間の底に巣くう「悪」に心動かされるのには、なるほどなと納得できるものがある。
吉田週一は「悪人」の少し前あたりくらいから、そうした小説に手を染め始めていたようだ。
最近では辻原登も同じで、犯罪に関する作品が多くなっているようだが。

それはそれで書くテーマとしては理解できる。
だけどこのところの吉田修一は、ちょっとマンネリではないだろうか。
「悪人」があまりに売れて、編集者もこの路線を継続して行きたいと考えているのかもしれない。
でも、この「犯罪小説集」はいただけない。
なんというか、新聞の三面記事をちょこっと脚色しましたという感じなのだ。

失踪した女の子と、縁日で偽ブランドのバッグを売る外国人母息子。
元同級生のスナックのママの、痴情のもつれからの殺人。
名家の男がギャンブルにはまって。
故郷の田舎に戻ったものの、閉鎖的な土地の住人とうまくいかなくなって、とうとう壊れていって、数人の村人を殺してしまう。
元プロ野球選手が落ちぶれて、借金を重ねる。

・・という5篇の短編なのだが、これをう読んだだけで「なんだかなぁ」と思いませんか?
私も、もっと思うべきだったんですよね。そうすればこんなつまんない小説を読まなくてすんだのに。
読む間からストーリーがわかっていて、しかもすごく雑に書き上げたという印象しか持てない小説集だった。

私はけっして吉田修一が嫌いではないのです。
初期の「最後の息子」や「パーク・ライフ」「春、バーニ^ズで」などは、本当に好きだった。
軽くてセンスがあって、それでいてどこかハッとするような切り口で人生を見せてくれた。
あのセンスはどこにいってしまったんだろう?
どこか面白悲しいあのユーモアも、今は全然ない。

作家にとって、ベストセラーというものはある意味、怖いものですね。
「悪人」があんなに売れなければ、もっと違う吉田修一ができたのかもしれない。。
(「悪人」はスゴイ小説だと認めますけど)。

残念です。こんな吉田修一なんて読みたくないよ!
posted by 北杜の星 at 08:20| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月14日

ハッチの週間身辺雑記

お正月が過ぎて、平常の一週間が戻りました。
大雪警報が出て心配が大きかったけれど、このあたりの積雪は10センチほど。その日のうちには四駆でなくても走れたくらいで安心しました。
数年間、我が家には四駆の車がなくて、冬の間にニュージーランドで過ごす友人から借りていたのですが、昨年の秋、古いジムニーをヤフオクで手に入れました。
ジムニーはこれで4代目という、夫のジムニー好きです。
全部のジムニーが2ストという、マニアックなもので、こんなボロ車のどこがいいのかと私は思うのですが、修理工場の人も「これは大切に乗ってください、価値が出ますから」と夫を喜ばせてくれています。

習い始めてちょうど半年になる点字講習が、この火曜日、本年最初にありました。
「読む」ことはほとんど終わったのですが、まだ残っているのが「記号」。
これが何種類もあって複雑で、とうてい覚えて使えるようになるとは思えないなぁと思っていると、先生が「覚える必要はないです。こういうのがあると知っておくだけで大丈夫」とのこと。
こうした記号は、印字を点訳する際に、点字文法として必要になるものだそうです。
それにしても、点訳ボランティアさんって、つくづくスゴイと思います。
独特の点字文法を駆使して点字を打つ、それも長編小説など大変です。出来上がったものを「校正」するのって、どうするのでしょうか?

どうも私の周りでは風邪を引いている人が多いようです。インフルエンザもかなり流行しているみたいですね。
今週は体操教室に行こうと思っていたのだけれど、私を連れて帰ってくれる人が風邪をひいて行けなくなり、私もちょっと風邪気味なのでお休みしました。
この体操教室には夫が連れて行ってくれ、友人夫婦が私を送って帰ってくれ、我が家でみんなで簡単なランチをするのです。
夫は以前は一緒に体操教室に行っていたのですが、あまりにできないことが多いので、どうもイヤになったらしく、最近は全然行きたがらない。
体操といってもドタバタする激しいものではなく、東洋の呼吸法がベースのものなのですが、それさえうまく呼吸できずに、とっても疲れるそうです。
困ったチャンです。

ここ八ヶ岳にもナント、オイスターバーが昨年からできたんですよ。
山の中でオイスター・バー?って感じなのですが、友たちと行ってみようとしたものの、何故かみんな「どうもねぇ」と気乗りがしなくって、結局フレンチにすることになりました。
フレンチといっても高級なレストランではなく、店は一応「ビストロ」と書いてありますが、ビストロというよりは「ブション(居酒屋)」という印象で、メニューはとってもベーシックなリヨン料理です。
フランスの普通の家庭でよく食卓にのぼるような、そんな料理のフレンチが、私は大好きで、例えば神楽坂のリヨン料理の「ルグドゥノム」もそうですが、気取らずゴタゴタしてなくて、一皿で充分お腹がいっぱいになる料理がいいです。
(「ルグドゥノム」というのは、リヨンの古い町名だそうです。)
風邪気味だったので、量は少しにしておきました。

私は風邪をひいても薬は飲みません。
症状はどんな病気でも理由があって出るもので、熱が出るのは白血球を増やして風邪のウィルスと戦おうと体がしているのですし、食欲がないのは消化のエネルギーを少なくして、その分のエネルギーを回復に使おうとしているからです。
そんなときに「栄養をつけなくっちゃ」とばかりにたくさん食べてると、良くなりません。
熱冷ましは、せっかく熱で体を温めようとしているのに、体を冷やすことになります。
風邪をひいたときにすぐに薬を飲んでいると、免疫力が落ちて、たびたび風邪をひく体になってしまう。
もちろん何週間も咳が止まらない、熱が下がらないというときには、肺炎や他の病気ということもあるので、その時には病院へどうぞ。
夫は風邪をひくと、とにかく眠りに眠ります。ご飯はせいぜいお粥で、それもあまり食べなくて眠り続けます。
それはまるでハッチ君のよう。ハッチは体の具合があるい時には、何も食べずに眠っています。
夫もハッチも、健康知識はないのだけれど、体がどうすればよいかを本能的にしっているようです。
だけど夫は、たかが7度5分くらいの熱で、もう死にそうな顔してます。熱に強くて39度あっても洗濯する私が少々具合悪くても、同情してもらえないのは悲しいですが。。
(今回私が風邪気味になってしまたのは、いつも摂るホメオパシーの冬用のレメディを買い忘れたからで、うっかりミスをしちゃいました。)

お正月のお煮〆の野菜の切れ端が残っているので、恒例の散らし寿司を作りたいと思うのですが、このあたりでは良い焼き穴子が手に入りません。
せっかく金時人参や牛蒡や酢バスがあるというのに。。
散らし寿司には絶対に穴子を入れなくっちゃ、美味しくない!これは鰻のかば焼きではダメなんですね。
さよりの酢〆があればもっと瀬戸内らしくなるのだけkれど、これは絶対になくてはならないものではないので、あきらめがつきます。
スーパーで売っていなくもないのですが、どうも見ただけで買いたい気にはならない代物。さりとて関西の方から焼き穴子を取り寄せするほど散財はしたくない。
だって昨今は、鰻だけでなく穴子も目が飛び出るほど高くなりましたから。
穴子の変わりをどうするか? 揚げ湯葉で代替としましょうか。。

この週末は特別に寒い予報が出ています。北日本にお住まいの方は暴風雪だそうです。
甲府でも−7度、ということはここでは−10℃まで下がるかも。
寝室に暖房器具を置いていない友人は「部屋が2度ですよ」と言う時があるけれど、この週末は0℃になりそうです。部屋がそんなに寒いなんて、私なら起きるのがイヤだ。
フトンから出るのに勇気が要りますよね。
そうでなくても、冬になると早起きができなくて、どうかすると起きると8時半ということがあります。
年寄りは早寝早起きになると言いますが、我が家では早起きは今でもできません。
就寝は11時から12時。起床は7時から8時ということろ。
若いころと違うのは、ずっと寝通せるわけではなく、手洗いに起きたりすると、1時間くらい眠れないことが多くなりました。

点字講習の宿題が出ていて、作文を2つ、書くこと。
もちろん、点字文法に沿っての文章です。
うーん、できるかなぁ?今週末はこの宿題で頭が痛いです。


posted by 北杜の星 at 08:39| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月12日

森見登美彦「夜行」

これ、今月決まる直木賞の候補作品なんですね。
候補になる前に借り出していたので、予約はまだ全然入っていなかくてラッキーだった。

十年前に京都の鞍馬の火祭に出かけた英会話スクールの学生たち6人連れ。
そのなかの一人の女子学生が突然いなくなり、以来ずっと行方不明のまま。
今回主人公の呼びかけで、残りの5人がまた鞍馬に集まった。

それぞれが語る旅先での経験談は、いつも誰かがいなくなる。
尾道、奥飛騨、津軽、天竜峡・・
みんなの共通項は旅先いで偶然見た、岸田道生という画家の版画「夜行」だった。
その版画には、暗い夜の中で一人の女性が手を振っているというもの。あたかも、あちらの世界に読んでいるような構図の絵だ、

話には結論がない。
確かにあったことかも、どうかすると定かではない。
生活しているこちらの世界と行方の知れなくなった彼らの世界が、ポジフィルムとネガフィルムのように陰と陽に思える。
しかし夜の闇は強く濃く、「世界はいつも夜なのよ」という言葉が、謎を深くする。
最後まで着地点はははっきりしない。

不可思議さに惹きつけられる作品だった。
説明のつかないことが説明のつかないままに、納得できる感じ。
ラストの主人公に起きることが、どんでん返しだとしたら、ますますすべては霧の中。
生にはぽっかり空いた穴がある。その怖さを知るひとには、これは単なるファンタジーとは受け取れないだろう。
私はこういうお話が大好きなので、これ、存分に楽しめました。

でも、直木賞にはちょっと弱いような気がするのだけど。。
まぁ賞はこれだけが対象となるものではなく、これまでの評価を含めてのものだとしたら、森見さん、そろそろ受賞してもおかしくない時期ではある。

posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月11日

深作秀春「やってはいけない目の治療」

私たち日本人は、日本の医療は世界で先端的だと思っている。
しかしどうもそうではないようで、最近各分野の医師たちが「日本の医療は遅れている」「日本の医学的常識は世界に通用しない」とか言うようになっている。
事実、アメリカなどで研究して帰国した医師が、元属した大学病院に戻らず、地方で開業することが増えている。自由に自分の診療をしたいからだ。
なぜ、いつから、日本の医療がこうなったのか?
厚生労働省の問題もあるだろう。薬品メーカーとの癒着もあるだろう。
でもなんとか、世界標準治療の域にはなってもらいたいものだと私は望んでいる。

この本の著者はアメリカで研鑚を積み、米国白内障屈折矯正手術学会の常任理事をつとめる眼科医。
現在の日本での眼科の常識をバッサリ斬っている。
コンタクト・レンズ、レーシック手術を安易に考えないこと。
網膜剥離や白内障や緑内障は最先端の治療で治癒可能なこと。
目の筋肉を鍛えるための体操は、百害あって一利なし。
目はこすったり押さえたりしてはいけない。
水を多量に飲むことを薦められるが、眼圧が上がるので、やめたほうがいい。
・・

上記についての詳しい説明はこの本を読むとわかるが、もっとも興味深かったのが「白内障手術」に関してのものだった。
白内障はいわば老化現象なので、歳をとれば誰もがかかる病気である。
さいわい、私も夫も11月の眼科検診で、白内障はまだないと言われホッとしている。
夫は加齢黄班変性症の初期症状があったので、それ以来定期的に検査をしているのだが、不思議なことに改善していてほとんど画像に所見が見られなくなってえいる。
私の場合は網膜色素変性症というジストロフィーなので、これは仕方ない。(網膜色素変性症が治るとはさすがにこの著者だって言ってない)。

この白内障、医師によって手術が早期の方がいいと言う先生と、まだまだ大丈夫だから手術はもっと後でと言う先生と両方いる。
早めの手術を薦めるのはできるだけ若いうちの方が回復力があるためかと思っていたら、そうではないらしい。
この著者が言うには、白内障手術はなるべく早くする方がいいとのこと。
その理由としては、白内障が緑内障を誘発するからなのだそうだ。
緑内障も最近とても多い。私の友人で、眼圧を下げるための「キサラタン」を寝る前にさしている人がずいぶんいるが、これも加齢現象のようだ。
緑内障にかかると、視野視力ともに失われ失明原因となるので、それを避けるために白内障手術は早く受けるべきであって、それが世界の主流となっていると言う。

そうなのか!
ならなぜ、日本では白内障手術の第一人者の医師が「手術はまだ必要ありません」なんて患者に言うのか?
日本では専門が細かに分かれていて、白内障は白内障、緑内障は緑内障と特化しているので、病気の繋がりがわからないのか?
私の周りでは、10年くらい前まで、日帰りの白内障手術を受ける人が多かったが、このごろでは二泊三日の入院をして受ける人が増えている。
あれはやはり、そのほうが体への負担が少ないのだろうか?
元々私は、出産後や術後すぐの退院には反対だったので、好ましい傾向だと思っているのだが。

大学病院が新しい治療をしていると思いこむのは危険だ。
新しければ良いというものではないだうが、正しい治療の選択肢は多い方がよい。
医師はその勉強をするべきだし、患者も自分の体だだもの、もっと自分で知識を持つべきだ。

この本のなかでips細胞の網色素上皮細胞移植のことが最後に書かれている。
この理化学研究所の手術は私にっては僥倖ではあるのだが、著者の言うように疑問も持っている。
移植手術自体はips細胞ではないものの、自分の網膜の損なわれていない部分を、悪い個所に移植するという手術は、これまでも行われている。
しかしそれが良い結果を生んではいないのだ。
(このことは私の主治医が話してくれたことがある)。
じっさいにips細胞の網膜上皮移植手術を受けた患者さんがどうなっているか?
残念だが視力が出ているわけではないようだ。ただほんのぼんやりとモノの影らしい輪郭がわかるようになったらしい。
もっとも、まったく見えなかった人からすると、ぼんやりと何かがあるのがわかるだけでもスゴイことなのかも知れないけれど、でもまだまだ課題が多い治療のようである。
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月10日

町屋良平「青が破れる」

どうも判然としない小説だった。
中途半端というよりも、どうとらえていいかわかりかねる感じ。
良いのか悪いのか、面白いのかつまらないのか、それさえもわからない。
これ、文藝賞を受賞してるんですよね。文藝賞の選者は、町田康、保坂和志、藤沢周という私のお気に入りの作家で、彼らが絶賛したとか。
本当かいな?と訝しいのだが、私の「読み」が足らないのか?
絶賛の個所がどのあたりかも理解できない。

ボクシングをしている主人公の「おれ」。
おれの友人とその難病にかかっている恋人。
おれより優秀なボクシング仲間。
ピザ宅配で知り合った女性に呼び出されてのときたまの関係と彼女の息子・・

登場人物はそう多くはない。
そのなかで起きることはけっこう起伏があって、何人かが死に、残された者たちの生が続く。。というのが一応のテーマなのだと思うのだけど、何か理由のはっきりしない反発心がこれを読むと湧いてくるのはなぜなのだろう?
私だけなのか?

ひらがなが多用される文章にも反発を覚える。
ふつう、ひらがなが多いと、ゆったり落ち着いて静かな気持ちになるのだけど、ここでは作為的過ぎるように思えて、ちょっとイラついてしまうのだ。
それでいて、全体に荒っぽいため、バランスが悪い。

うーん、私では評価できない小説です。
次作を読んだら作者の意図がわかるのかな?
少なくとも次作を読もうと思うくらいには、「読める」人なんですけどね。
この気にかかるということが、つまりは作品としては成功しているということならば、これ成功作かもしれません。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月08日

ハッチの週間身辺雑記い

「あなた、最近ブログの記事が少なすぎよ」
「だって、読書量が減ったんだから、仕方ないじゃない」
「でも、続けているなら、何かは書くべきよ」
「書くことないもん。。」
「何でも、いいでしょ。田舎暮らしのあれこれを書けば」
「田舎暮らしは毎日同じことの繰り返しだよ。、面白くも何ともないと思うけど」
「その面白くないことを書いてみれば、暮らしそのものも面白くなるかもしれないじゃないの」

厳しい友人からの、これはアドバイス?
確かにこのところ、ブログを書く回数はぐんと減っています。
目が悪くなったので、読書がかなり辛くなているし、習っている途中の点字ではまだまだ読むスピードが遅いのです。
それに点字図書館の「新刊」は一般の図書館の新刊よりも、2か月くらい遅く点訳されます。
この点訳は点訳ボランティアさんが一生懸命に点訳してくださったもので、これを点字でプリントアウトして、全国の点字図書館に行き渡るのです。
最近では「点字」ではなく「音声」でも聞けるといういか、音声の方が人気のようです。
私はまだPCにその音声ソフトを入れていないので、音声書籍(デイジーと呼ばれています)を借り出すことはしていないのですが、図書館の人は私が「デイジーでなく点字の本でお願いします」と言うと、ものすごく喜んでくれます。この喜ばれようが本当にすごくて、「私って、こんなイイコトしてるの?」と気分良くなるほど。

さて、何を書きましょうか?
今年はお客さんが来ることが分かっていれば、ケーキを焼いてお待ちすることにしました。
ケーキといってもデコラティヴな豪華なものではなく、マドレーヌとかパウンドケーキ、バナナケーキ、ベイクドチーズケーキのような素朴なものです。
ボールのなかでチャチャッとかき混ぜて、オーブンに入れるだけ。
チーズケーキにいたっては材料全部をフードプロセッサーにかけるので、簡単きわまりない。
それでも変な膨張剤などの添加物は入っていないから美味しいのです。

以前は一週間に一度はケーキを焼いていたのですが、最近は作るのはともかく、食べるのがイヤになって。
夫は素朴な焼き菓子が大好きで、もっと頻繁に作ってほしいようですけど、気乗りしない私は逃げてました。
だけど今年のお客様にケーキを作ってお出しすると、みんなとても喜んでくれて、夫もうれしそう。
だから、横着せずに今年はお客様のときには作ることにしました。
オーブンから適度な甘さの匂いがしてくるのが、お客様を待つ時間として心弾むものがあって、「あぁ、いいな」と思いました。
(街のクッキー屋さんやクレープ屋さんからの匂いって、なんであんなに甘過ぎる匂いがするんでしょうね?鼻が曲がりそう)。

いっとき、バターが無いと言われていたけど、今はどうなんでしょうね。
私は生協や生活クラブで買うので、数はある程度確保されていて、バターが冷蔵庫にないということは無かったけれど、友人のなかには困っていた人もいたようです。
バターはハッチの大好物で、といってもほんの指先にちょっとという量なのですが、朝食のとき必ずやって来て「ちょうだい」と言います。
あれはバターそのものが欲しいというわけではなさそうで、自分も朝食に参加する気分を味わいのではないかと思います。

今日の午後から雪の予報です。
穏やかな年末年始だったので、どれだけ降るか、ちょっと怖い。
寒冷地だからある程度の冬の雪は覚悟しているものの、30センチ以上の雪はやっぱり困る。
でも裏の山荘の方はまだいらっしゃるので、雪掻きはみんなでできるから大丈夫かも。彼らはヒマラヤに毎年行っている人たちで、私たち夫婦のようなヤワではなく、とてもタフな方たちなので心強いのです。

新潟の糸魚川の大火事があった晩はこちらも強風で、裏山の赤松が倒れ、電線をあわや切断しそうな状態になりました。
東電に連絡すると「今は倒木が多いので、優先順位から年明けになります」と言われ、その工事の人が今朝やって来てくれました。
このあたりの赤松は松喰い虫の被害で、倒れている木がたくさんあちこちにあります。
限界集落のため、森林の管理ができてないばかりか、なかには持ち主さえ判然としない山も。
市は予算不足のために伐ってくれなくなったし、山を背負っている家は大変です。幸いなことに我が家は山は背負っていません。
まぁ、今回はひとまず安心。

お腹のまわりについた「お肉」を減らすのが、当面の目標。このところ食べ過ぎてます。
体に余分な肉がつくと、体が重いだけでなく精神も重くなる気がして、心身の風通しが悪くなるのです。
この年齢になると、体重が増えると、腰や膝や足首などに負担がかかるし、いいことないです。
松本に初詣に行って、パルコのsaleで白いセーターを買ったのだけど、着るとすごーく太ってみえるんですね。
でもあれは「見える」んじゃなくって、太っているそのままが見えているのかも。

昨日は七草の日。いつもなら朝食べる七草粥だけど、その前の晩のメニューがきりたんぽ鍋だった。
ただでさえ鍋ものが得意ではない夫は「ベチャベチャしたものが続くのは」と渋い顔。
だから朝は普段通りのパン食。お昼は外食だったから、結局お粥は夜になりました。
夕食だったらやはり、お粥と梅干しだけというわけにはいかず、出汁巻き玉子とか胡麻和えとかいろいろ作ってしまって、デトックスにはならなかったような。。

・・というところが、この一週間。
平穏で平凡で、ありきたりの一週間ですよね。
あんまり面白くないなぁ。
posted by 北杜の星 at 09:03| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月05日

竹内早希子「奇跡の醤(ひしお)」

陸前高田に200年続く老舗醤油屋、八木澤商店はある。
しかし2011年3月11日の東日本大震災で建物だけでなく、醤油の種ともいうべき醤(ひしお)を失った。
社員たちのなかには家族を津波で失くした者もいる。
誰もが打ちひしがれて茫然とするなか、9代目の若き経営者となる河野通洋は「絶対、復活してやる」と誓った。
再建のめども立たないのに、採用予定の新入社員を受け入れた。

醤油は生きものだ。
とくに八木澤商店の醤油は「本物」の醤油として高い評価を受けて来た。
杉桶や蔵に長年住みついた微生物、受け継がれてきた醤・・
それらがなにもかもなくなり、どうやって以前と同じ醤油が造られるのか?

再建するにはもちろん金がかかる。銀行の融資、県からの融資、八木澤商店の古くからのファンからの支援を受けることで、なんとか新しい工場を造ることができた。
しかしなによりも八木澤商店の強みは社員たちの強い信頼関係だった。
そこには住む土地を愛する人間同志の絆があった。

そしてこれこそが「奇跡」なのだが、醤が見つかったのだ。
震災の一カ月前、研究のために八木澤商店の醤を取りに来て保管していた研究者がいたのだった。
その醤も津波で浸水の被害にあっていたのだが、さいわいなことに密閉度があって、波にさらわれもせずに無事な様子だった。
喜んだもののはたして本当に醤として生きているのか。これを種として増やせるのか。
不安が広がる。

苦難の連続である。しかし、帯文にあるように、これはけっして「被災の記録」ではない。「成長の物語」なのだ。
やっと工場が再建できたが、それは陸前高田ではなかったことが、社員の心を悲しませた。
高田は津波後の整地のため、町に多量の土で覆うための工事が必要で、再び人々が住めるには何年もかかる状態だったのでしかたないことだったのだが、高田から一関まで通う社員たちに、割り切れないわだかまりがあったのは否定できない。
その頃は、被災してから遮二無二頑張ってきた疲れが心身に現れる時期でもあったのだろう。ぼろぼろと社員たちが辞めて行った。
通洋も夜眠れない、食欲がなく痩せるという症状がひどくなり、心療内科を訪れている。
傷を負わない人など誰もいなかった。

そうした困難の末、やっと醤ができあがった。
それまでツユやタレを他の所の醤油を買って造っていたのだが、やはり不評で、伝統ある八木澤商店の評判を落としていただけに、醤油造りに不可欠な醤を自分たちの手でいっときも早く造りたかった。
奇跡は起こった。
以前と同じような醤油ができあがったのだ。
以前は「生」だったが、低い温度で短時間火入れしてみたら、前の「生揚醤油」とまったく同じ味の醤油となったのだ。
この不思議さもある意味、奇跡なのかもしれない。
通洋はなるべく早い時期に、杉桶とタガを作る職人を探し出して、タンクではなくやはり杉桶で醤油を造りたいと願っているのだが。。

しかし奇跡は誰にも起きるものではないと思う。
一生懸命に努力した者の上に、奇跡は起きる。神様は奇跡を起こしていいかどうかを、じっと見ていらっしゃるのだ。
八木澤商店とその社員たちには、奇跡を受け入れる資格が十分にあったのだ。
これを読むとつくづくそれがわかる。

「青い海、青い空」の陸前高田。上品で美しかったあの町がふたたび蘇るには、まだまだ時間がかかるかもしれないが、彼らが住もうと望むかぎり、必ずできると信じる。
この著者は八木澤争点と取引のあった安全な野菜宅配会社で仕事をしてきた。(このなかに「らでぃっしゅぼーや」が出てくるが、そこなのかな?私は今は山梨に住むようになったので辞めたが、「らでぃっしゅぼーや」は最初の2ヶ月目からの過員で、東京ではずっと取っ手いた)。
再建なった八木澤祖父店で「らでぃっしゅぼーや」社長が挨拶しているが、そこにも大きな信頼関係が培われてきたことがわかる。
500mlが1600円以上するので安くはないが、八木澤商店を応援するために注文してみよう。
「奇跡」の醤の味はどんなのだろうか。
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月04日

保坂和志「地鳴り、小鳥みたいな」

新年初めてのブログを大好きな保坂和志で始めらるのは、とてもうれしい。
この内容が新年にふさわしいかどうかは別として、保坂和志の小説の根底にある彼の幸福論は、はじまりの時にはふさわしいと思う。

短編集である。
いつも自分と等身大の主人公を描く作風は、ここでも変わらない。
本人そのままの名前で登場することもそうでないこともあるが、周辺の人物は実名が多い。

「夏、訃報、純愛」には、若い頃の彼が、「枯れて見える」初老の男性が「純愛」それも肉体の関係のある純愛をしていると本人から聞き及び驚く話。
まだ20代の若者からしたらそれは、ほとんどあり得ない、ことだった。
彼は男性から「保坂さんは口が堅そうだから」と告白されたのに、同僚にすぐにそのことを言いふらしている。
(保坂さん、困ったもんですね。保坂さんには秘密は漏らさないように)。

表題の「地鳴り、小鳥のように」では、これも保坂さん自身としか思えない主人公が「不倫」の相手と一緒に、山梨の母の実家付近に旅行をする話しで、えーっ、保坂さん、こんなこと書いて奥さんには大丈夫なの?と心配になるのだが、その奥さんは知りつつも騒がずというスタンスをとっているようだ。
笛吹川と釜無川が合流して富士川になるあたり、、というフレーズが何度も何度も繰り返される。
まるでブレッソンという古いフランス人監督の映画を観ている気持ちになる。(ブレッソンは映画のなかに、何回も何回も、例えば主人が店のドアを開けるというようなシーンを挟む)。
彼らが山梨に旅行したのは数年前の大雪の1週間前。よもやあのような大雪になるとは想像もしない、若い女性とのつかの間の幸せな旅行は、何かの予兆なのか。
(あの大雪、山梨県は1週間ほど除雪できなくて物資が届かず、陸の孤島となったのだった。我が家も6日間坂下まで出られなかった、ただ停電にならなかったのと、食料がたっぷりあったのが救いだった。あれを教訓に、山梨県は除雪車をたくさん購入、各集落で使えるようになっていると言うが、今年は大丈夫だろうか?)

「キース・リチャーズはすごい」、保坂が友人の湯浅学から、ストーンズのキース・リチャーズの「crosseyed heart」のアルバムはすごいと教えてもらい聴くと、なるほどこれはスゴイものだった。当時彼は外猫が行方不明で毎日寒空を探し回って気弱になっていた。
これまでもずっとロックを聴き続けてきて、またフリージャズやクラシックのドビュッシーなどにも夢中になったが、自分の人生にロックがあって本当に良かったと言う。
そう、私もロックが大好きなので、この感じは本当によくわかる。
ロックを聴き始めた頃、40歳を過ぎた人間がロックをするなんて想像もできなかった。ストーンズは今や70をとうに超えている。しかもまだバルバルの現役だ。
これを読んで早速、crosseyed heart、買いました。なるほど「キース・リチャーズはすごい」!
全然衰えていない。
私はビートルズより断然ストーンズ派なのだが(ブルースが好きだから)、ストーンズはキースでもっているとかねてより思っている。ミックはあれで案外、ビジネス的なところがあるけれど、キースは本物のロッカーだ。
昨年発売されたアルバムだそうだが、保坂さんのように毎日聴きたい。

もう一遍の「彫られた文字」は割愛します。

保坂さんももう60歳になる。
枯れたかどうか知らないけれど、この短編集にはどことなくセクシーな空気が漂っている。
枯れたくない、の願望なのだろうか?

いつか彼fが「幸せとは、江ノ電の駅のホームのベンチに座ってぼんやり山を見て感じるもの」という意味のことを書いていたが、現在はその駅のそばに高い建物が建ってしまって、山が見えなくなっているとか。。
でも保坂さんのことだもの、きっと、同じような幸せはそこかしこに見つけるはずだ。
そしてそこに猫がいればなおのこと、幸せは増す。
私はそんな保坂和志という作家を心から信頼している。
posted by 北杜の星 at 07:46| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月02日

「ハッチのライブラリー」より新年あけましておめでとうございます

佳い年明けをお迎えでしょうか?
ここ八ヶ岳はとても良いお天気で、山々が美しく輝く日々です。
この暖かさがいつまで続くか?
ある人曰く、「カマキリが70センチの高さに卵を産んでいた」と。
カマキリは降雪量を予知するそうで、卵の位置でその年の雪の多さがわかるのだとか。
70センチなんて、おー、怖っ、です。

元旦から素敵な若い知人夫婦がやって来てくれました。
それも自転車でです。
彼らは甲府から北杜市のおばあちゃんちまで、3時間半かけて自転車で来ていて、そこから我が家まで1時間のアップダウンの道を走って来たのでした。
ここは「長坂」という地名だけあって、平坦な道はありません。八ヶ岳の南麓なので当たり前ですが。
地元高校生たちはバイク通学が許可されているほどで、自転車を見かけることはほとんどありません。
だから二人の自転車姿を見た時は、拍手喝さいをしたくなりました。かっこよかったです。
お茶には「おぜんざい」か「チーズケーキ」のどちらかをと訊ねたら、「チーズケーキ」をということだったので、久しぶりでケーキを焼きました。
といっても、材料をぜんぶいっぺんにフードプロセッサーにかけて混ぜるという簡単なもの。
焼くのに50分かかるけれど、それはオーブンが勝手にしてくれることで、つまりは全然手間要らずなのです。
でもけっこう美味しくて好評でした。

彼らはちょっと面白い経歴の方たちで、男性の方はイスタンブール留学経験ありということで、いろいろ中東の話を聴けて勉強になりました。
数年前に私が友人とトルコに行ったときに買って帰った女性歌手のCDをかけたら、それはトルコのシンガー・ソング・ライターだそうで、なにしろひと言もトルコ語がわからないので、その歌手のことも皆目知らなかったので、情報が得られて助かりました。
自分とは異なる経験をした人の話を聞くのは本当に楽しいですね。
人の仕事の話を聞くのも大好き。といってもこの仕事は「儲け話」ではなくて、仕事そのもののスキルのことです。とくに職人的な仕事には尽きせぬ興味があって、それはどんな分野であっても、聞きたいことだらけなのです。
そんなこんなで、素敵な元旦を過ごすことができました。
大晦日には、富山に行った友人が美味しい海の幸のお土産を下さって、ぶりや殻つき牡蠣を楽しめました。
今日はこれから数軒のところに、お年始に伺います。お年賀はいつも「大社煎餅」です。
この大社とは諏訪大社のことで、煎餅いはピーナッツ煎餅のこと。他にも海苔とか数種類の煎餅があるのですけど、ピー煎がもっとも美味しいのです。
近くても案外知らない人が多いし、知っている人は大好きというもので、みんなに喜ばれています。

じつは今年の年賀状をもって(親しい方には甘えさせてもらって今年から)、欠礼させて頂くことにしました。
というのも、私の目では字を読むことはまだなんとかできるけれど、字を書くことが困難になったからです。
賀状は手書きでをモットーにしてきたので、宛名やちょっとしたコメントを書き添えるのが、まっすぐに書けなくなったのです。
(エクセルのようなのが、もっとも無理、枠の中に書けないのです)。
そろそろPCも音声にしようと考えています。
現在、点字を教えて下さる先生がPCやスマホも、視覚障害者のための教習をしてくださるので、点字の勉強が終わるとそちらを始める予定です。
情報も文芸書の読書もこれから先、ちゃんと得られるようなのでホッとしています。
今であって良かったと本当に思います。前向きであれば、障害者であっても普通に近い状態で生活できるのはありがたいことですね。
とにかく私にとっては、「本を読む」楽しみを失わなくてすむのがなによりです。

このように私の一年が始まりました。
夫も元気(食べ過ぎてちょっと胃もたれしているけど)、ハッチも食欲が戻って時に走り回っています。
今年の抱負というのはとくにはありませんが、強いて言うならば「短気を起こさないこと」でしょうか。
私、短気なんです。この性格を直すことはできないでしょうが、歳と共に短気が増しているようなので、少し周りを見回してみてからの短期にしようと考えています。
面倒臭いことが多くなっているのも、歳のせいですね。
(なんでも歳と目のせいにできるのが便利です)。

どうか大きな災害が起きない一年でありますように!
みんなが元気で平穏に過ごせますように!
(私の目のことを心配して、私からの最後の年賀状を見て電話してくれた友人たち、ありがとう!失明はしないので大丈夫です)。
現在、本は印字と点字を両建てで読んでます。
なかなか不思議なんですね、これが。文体の印象が、目で読むのと指で読むのでは違うんです。このあたりのことは、ブログで書くことにしますので読んでみてください。

「ハッチのライブラリー」が何年目になるのか?「ブログって何なの?」という頃からしているのでけっこう長いです。
こんな稚拙な文をいつも読んでくださって本当にありがとうございます!!
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする