2017年01月24日

佐藤初女「初女さんのお漬け物」

佐藤初女さんが亡くなってもうすぐ1年になる。
若い頃体が弱かった初女さんは94歳の天寿を全うされた。
晩年には最愛の一人息子さんを失うなど悲しいことがあったが、初女さんはそれにも負けなかった。
自分のなすべきことを最期までしつくし、思い残すことはなかったことだろう。

私が初女さんのことを知ったのは、ほとんどの人がそうなように龍村仁監督の「ガイヤシンフォニー2番」の映画でだった。
青森の弘前に「森のイスキア」という施設をつくって、心身の細った人々を迎え入れ、「おむすび」を食べさせて話を聴いて帰すというそれだけといえばそれだけの初女さんは、普通のおばあさんのようでい普通ではなかった。でも彼女自身はそれを特別なことと波考えていないようだった。
「できることをする」そのできることが、「おむすび」だったのだ。
どんな人が来るかわからないのが不安じゃないかと問わた初女さんは「怖いと思う時もあるけれど、でも訪ねてくるのが神様かもしれないから」と言って、いつもドアを開けていた。
私にとっての初女さんの料理はだから、「おむすび」なのだった。

けれど初女さんといえば「お漬け物」という人もいるようだ。
この本にはそんな初女さんファンのために、初女さんの94年の集大成としていろんなおつけ物の作り方が紹介されている。
弘前という北国らしいおつけ物もあるし、らっきょ漬けもある。
赤カブ漬けなどは本当に色が美しい。酢を入れることで化学反応が起きてあの色になるのだそうだが、私にもできそうなほど案外簡単だ。

でも初女さんのお漬け物はやっぱり「梅干し」につきる。
毎年初女さんのところには東北から80キロの完熟梅が届いていたそうだ。
それを一つずつ洗い、水気を拭き取り、塩漬けする。
土用干しは普通は3日くらいだが、初女さんは梅の状態を見ながら1週間も干すという。
毎日梅の入った笊を出し入れするのだ。しかも80キロ分だもの、大変なことだったはず。
「面倒」という言葉が何より嫌いと言っていた初女さん。
どんなに体がきつかろうと、端折る。。なんてしない人だったに違いない。
すぐに「あぁ、面倒」と言う私や、私に輪をかけて面倒臭がり屋の夫にとって、初女さんのような人は神様みたいに思える。

我が家ではお漬け物はそれほど好物ではないので、食卓になくっても全然困らない。(お土産などで頂くと食べるけど、お漬け物って添加物だらけのものも多いんでづよね)。
おむすびや梅吸いのときの梅干しは必要だが、それは友人から毎年頂いていた。
彼女は必ずしも料理上手というわけではないのだけれど、梅干し作りはとても上手で、自分の庭に生った梅を使って作るのだ。
もちろん変なものは入っていないので、しょっぱくて酸っぱい。でもその塩梅がちょうど良い爽やかさで、とにかく彼女の梅干しは絶品だったのだ。
しかも瓶には書をする彼女のご主人が立派な和紙に「梅ぼし」と麗々しく書いてあった。
「あった」と言うのは、残念ながら庭の梅の木が枯れてしまって、梅の実が採れなくなったからだ。
梅の木が枯れることってあるんですね。北側の目立たないところに植えてあったのもいけないのだろうか。

我が家にも南高梅が1本、植えてある。
年々実の数は増えているものの、肥料などなにも施さないので、実は小粒。とうてい梅干しが作れるとは思えない。
(梅ジュースくらいはできる)。
このあたりはもう手入れをしなくなった梅林がけっこうあって、勝手に入って採って来るひともいるようだが、私はちょっとそれはできないので、もし今後梅干しがほしければ自分で買ってつくるしかないかなと思う。
そのときには初女さんの作り方か、友人の作り方を教えてもらうつもりだ。

そうそう、お漬け物の容器も美味しいお漬け物を作る大切な条件のようで、これはある友人が行っていたのだけど、これまではぬか漬けをプラスティック容器で作っていたものを、陶器の甕に替えたら、ぐんと味が良くなったとか。
posted by 北杜の星 at 08:40| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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