2017年01月25日

絲山秋子「ばかもの」

印字の本だと172ページのこの本、点訳本だと2冊250ページ以上になる。しかも大判。
お腹に抱えながらゆっくりゆっくり(まだゆっくりとしか読めない)、左人差し指で文字をなぞる。
最近ちょっとだけ、上下に指を動かすのではなく、左から右に滑らせることができるようになったので、少しは読む速度があがって、これをちょうど1週間で読み切った。
一日30ページを自分に課しているのだけど、風邪だったので読めない日もあった。
だけどストーリーにぐいぐいと引き摺られて、後半はかなり読み進めた。

最初の30ページくらいは、参った、参った。
だってセックス描写がずっと続くんだもの。
しょうもない大学生のヒデと、バイト先で知り合った乱暴な言葉遣いの年上の額子の二人の性描写が濃厚なのだ。
眼で読む時よりも、点字って凸凹しているからなのか、変にリアルに感じられる。
「オッパイ」なんて胸のふくらみまで手に触るような。。

この二人、本当に「ばかもの」なんですね。
ヒデは無為に大学時代を過ごしたのはまだいいとして、次第にアルコール依存症になってゆく。
額子はヒデを酷い捨て方をして去って行く。

アルコール依存症の症状がこれでもかと重々しくて「もう、いいよ、これ以上読みたくないよ」という気分になる。
絲山秋子ファンの私だもの、当然これ、読んでいるのだけど、こんなんだったっけ?
映画や本って、覚えてないものなんですよね。こんなシーンあった?と思うことが多いし、こんな会話があったはずと確信しているのにどこにもなかったり・・

額子は優しい夫が運転するフォークリフトで左腕を失う怪我をしたために離婚。
ヒデは依存症から抜け出られたが、迷惑をかけすぎた友人から交友を切られてしまう。
失意の二人は、居酒屋をしている額子の母の仲立ちで再開することに。
額子が住んでいるのは群馬と栃木の境の「片品村」だった。

最後はすごーく感動的。
点字で読んでもその景色がズイズイと伝わって来る。
「海の仙人」に「ファンタジー」が出て来たように、ここでも「想像上の人物」が現れる。
「そんな解決法ってないだろ」という読者がいるかもしれないが、私が絲山秋子が好きな理由は、ここにあるのだと思う。
人智を超えた存在を信じるか信じないかは人それぞれだが、そうしたものが現れるかどうかは別として、そういうことを信じる作家の小説を私は読みたい。

額子は片腕だけ、美味しい料理を作る。おむすびだってできる。木にも登れる。
でも絶対にできないあことがある。
それは右腕を洗うこと。
額子がヒデに再会し、風呂で右腕を洗ってもらうところが、とてもせつない。

片品村って、5年前くらいに行ったな。
片品村へは日光から金精峠を超えて行くか、沼田の方から行くかのアクセスがあるが、私たちは友人と桐生で素敵なレストランでランチした後、黒保根あたりの山道を通って行った。
紅葉にはまだ早い季節で何もなかったけrけど、落ち着いたいいところだった。
イトヤマさんにとっては以前から「片品」は特別な場所のようで、ときおり行っているのではないだろうか。
同じ群馬県とはいえ、高崎在住の彼女にとっては決して近いところではないのだけれど。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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