2017年05月04日

鎌田實「検査なんか嫌いだ」

鎌田實先生のことはかなり知られているが、その経歴をここでおさらいしたいと思います。
生年は1948年、全共闘運動を経て、長野県茅野市にある潰れかけた市立諏訪中央病院に医師として赴任した。
同じく全共闘の指導的役割を担っていた今井澄医師とともに、病院再建に力を注いだ。常に地元の人たちと歩む医療を目指した。それは佐久病院の若月俊一の姿勢と似るものだったと思う。
今井は東大紛争の際の罪で服役し、後に院長となるが、1988年に院長を鎌田實に譲る。
鎌田先生のその後の活動はみんながご存じのとおり。チェルノブイリ原発事故の被ばく患者の医療支援をしたり、イラク戦争後の難民たちの支援を続けている。
著書もたくさんあり、メディアの登場も多い。

私が鎌田「先生」と呼ぶのには理由があって、茅野市の蓼科に家を持っている頃から諏訪中央病院にはお世話になっているからだ。
鎌田先生の診察を直接受けたことはないが、毎夏行われる「院内コンサート」などでいつもお顔を合わせていた。
(ちなみにこの諏訪中央病院の「院内コンサート」は素晴らしいもので、蓼科にはたくさんの音楽家が山荘を持っていて、ある地域は「桐朋村」とも呼ばれ、外国のオーケストラに所属する音楽家が夏休みで帰国したり、また齋藤記念フェスティバルのために集まった音楽家たちが無償で開くコンサート。もちろん患者さん優先だが外部の人たちも聴くことができる)。
その諏訪中央病院の先生なんだもの、鎌田實と呼ぶには坐りが悪く、鎌田先生と呼びたいのです。

鎌田先生は「検査は嫌い」だそうだ。
これにはそのことが書かれているのだが、ちょっと歯切れが悪い。
「嫌い」と「不要」は違うというニュアンスが感じられるのだが、それはそうだろう。諏訪中央病院の名誉院長として、「検査は不要」とは言いにくい。
病院では人間ドッグを含めて健診をたくさん行っているのだもの。
かくいう私も数年前に胃カメラ検査をして十二指腸潰瘍がわかり、ピロリ菌駆除をしてもらったし、夫は前立腺検査と喉の調子が悪い時に食道がんの検査もしてもらっている。
そんな病院だもの、はっきり「検査は効果がありません」とは鎌田先生も言いにくいだろう。

でも明らかに不要な検査や手術はあるらしい。
現在、前立腺がんチェックのための血液検査が行われているが、欧米ではその検査は前立腺がんになった患者の予後検査として使われているだけだと言うが、そうした日本だけの健診もじつは多いそうだ。
先生は、「値段が高い」「苦しい」健診はしないらしい。
そのかわりいつも自分の体に耳をすまして、セルフ・チェックを怠らない。
例えば毎日の血圧測定と一日2回の体重測定。それと適度な運動。これだけでかなりの健康維持派できるのだそうだ。
大切なのはとにかく「太らないこと」。鎌田先生は食べることがお好きなので特にこれに気をつけている。

それと余命が10歳くらいの場合には、もう癌手術は薦めないと言う。
80歳で胃の具合が良くない場合、検査をして癌が見つかっても、もし初期なら7〜8年はそのまま元気で過ごせる。
それを手術をして体にダメージを与えるとQOLが下がる。抗がん剤治療は老いた体には負担が大きい。
もし末期で見つかってもそれはそれでそれが「死期」だと先生は考えている。
それは私も大賛成。こういう医師がいる病院だからこそ、私は諏訪中央病院が好きなのだ。
それに鎌田先生は薬をやたら出さない医師でもある。

あの病院の上にある食堂のたん麺、地元野菜がたっぷりで安くて美味しい。八ヶ岳を見ながら食べるのが気持ちいい。
私はもし癌になっての終末医療は、諏訪中央病院の小さなホスピスで受けたいと思っている。
(鳥取の「野の花診療所」も希望だが、あそこって遠いものね)。

とにかく日本は過医療。このところだんだん改善されつつあるが、医師側もだが患者側の意識だって大切だ。国の医療費削減のためにも無駄な検査は受けないことだ。
鎌田先生の言うように、セルフ・チェック、セルフ・ケアをしながら、毎日を元気に暮らしたい。
(ただ、ピロリ菌除去については、若いうちに除去うしておけば胃がんのリスクがなくなるので、これはした方が良いのだとか)。

「検査がイヤなら、自分で健康を維持する覚悟を」
「健康は人生を楽しむ道具」

・・この二つのフレーズが胸に残りました。
それでもそれでも、人間は病気になるんですけどね。
その時の「覚悟」にその人の人間性が現れるのかもしれないと、心しなければ。
posted by 北杜の星 at 07:34| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする