2017年05月15日

よしもとばなな「毎日っていいな」

誰にでもある日常。
その日常のあるがままを慈しみ感謝できる人は幸せだ。
何ごともない人生はない。ましてや数十年を生きた人間にとってはなおさらのこと。
それでも自分の日常にマイナス感情を持たずに暮らす人、それがよしもとばななだと思う。
だから彼女の小説やエッセイの読者は、彼女から安らぎや慰めを得られるのだ。

このなかにはいくつもの別れが書かれている。
仲良くしていた近所の友人が、夫の転勤で離れ住むことになる。
遠くの友人への最期のお見舞い。
そして父母の死。。

過去が折り重なってゆく。年齢を減れば減るほどその重なりは増す。
「昔とは父母のいませし頃を云い」という川柳があるが、親を亡くすと、つくづくその想いが強くなる。
けれどそれはつらいことだけではなく、楽しかった「昔」でもあるのだ。自分が絶対的に守られる安心感に包まれていた幼い頃。
そうした「昔」を懐かしむことで、毎日が豊かになってくれる。

それにしてもよしもとさん、立ってごはんを食べるほど、五分きざみでスケジュールが押しているほど忙しいにもかかわらず、いろんなところに行っている。
もちろんそのなかには仕事もあるのだろうけれど、けっこうプライベートな旅行もある。
なかでもおかしかったのは、お姉さんと一緒に行ったある温泉宿のこと。
この宿は知人に紹介されたのだが、フツー、こんな宿を人に教えるかというヒドイもの。
出されたご飯は黄色だった。米が古かったからだ。(黄色くなる米ってどれくらい古いの?)
風呂場はヌルヌル。これは温泉成分でヌルヌルしてたんじゃなくて、あきらかに掃除がしていなかった。。
布団は埃っぽく、喘息が出そうだった。。
でもさすが、よしもとさん。
こんな宿のこんなことが、結局は思い出になるのだと善意に解釈している。

そう、旅ってそういうものなんですよね。
ヒドイこと困ったことが起きて、その時はどうしようと思うのだけれど、終わってしまうと、うまくいったことよりも、うまくいかなかったことの方が印象に残っているもの。
だから旅はあまり計画しすぎない方がいいし、偶然が多い方がいい。
それにはあまりに高級な旅行はしないことだと思う。
至れりつくせりの旅は偶然が絡むことが少なくなって面白くない。快適かもしれないが思い出が少なくなる。
よしもとさんは流行作家なのだから経済的には恵まれていると思われるが、こんな旅行をしているのだから、素敵なひとだ。

ところで、先週我が家に筍を届けれくれた若い友人は、この春の大学卒業旅行を二度したそうで、その一つはナント、プレミアム・エコノミーのシートだったとか。
大学生のブンザイでそんなこと許されるのか!?と私はまるで佐藤愛子のように憤った。
その席のチケットしか残ってなかったというのだけどね。
一度目は友人と一緒のイタリアツアー、帰国して4日したらすぐに二度目のフランス・スペインへの独り旅。
まぁ社会人になったらそんな時間は取れなくなるから、今のうちと考えたのかもしれないけれど。

このエッセイは毎日新聞の「日曜くらぶ」で連載されたもの。(だからこのタイトル?」
「あとがき」にもあるように、日曜日の朝には、悲しいことや重いことは読みたくないだろうと、なるべく楽しい話を集めてみたそうだ。
だから、いろんな人たちとの別れも、その思い出は暗くはなくて救われる。
彼女がイタリアで「banana」「 banana」と人気なのが理解できる。
元気になりたいときには、よしもとさんを読もう!
posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする