2017年08月31日

内田洋子「ジーノの家」

このところ夫が内田洋子に凝っている。続けて数冊読んで、まだ飽きないらしい。
とくにこの「ジーノの家」は良かったたらしく、内容をあれこれ私に話してくれる。
聞いているのはかったるいので、ならば私も読んでみようと読んでみた。

これ、日本エッセイストクラブ賞を受賞しているんですね。
彼女が経験した10の物語はエッセイというよりは、短編小説のようだが、じっさいにあったことだからこそのリアリティはさすがのものがある。
人間が体験することが同じであっても、それをどう受け止めるか、そしてどう表現するかはその人の感性と能力にかかっている。
これを書いた時に彼女は在イタリア歴30年以上(現在は40年弱)、イタリアという国、イタリア人という人間への観察眼が緻密なだけでなく、彼らに気持ちを添わしながら暮らしているのが心地よく伝わって来る。

ミラノを書いても、それは華やかなファッションの街ミラノではない。
ミラノには遠く南イタリアからの移住者が多いのだが、彼らの貧しさゆえの闇の世界を覗き見る文章は、ジャーナリストとしての彼女の「眼」ではあるけれど、そこにそれ以上の感情移入があるのだ。
悪の巣窟の中で生きるしかない人達へのシンパシーがそこにはある。

久しぶりにナポリに行って、駅からタクシーに乗る話しがある。「初めてで最後のコーヒー」だ。
タクシーの運転手は彼女をたんなる観光客のいいカモを乗せたと思って、遠回りをしてメーターを稼ごうとした。
しばらくしてそれに気付いた彼女は「運転手さん、そこはもう通ったから、●●をいったん通って上に登って行ってください」と言う。
ここで運転手とケンカしてもお金は戻ってこないし、気まずくなるだけ。それならナポリの街の見物をしながら目的地まで行こうと、彼女は考えたのだ。
彼女はナポリ大学に留学して数年間ナポリで暮らしたことがあるのである。
ギョッとした運転手はおそらく、そうした彼女に敬意を払ったのだろう。●●というところは自分のシマでもあったので、彼女をバールに案内しコーヒーをおごってくれた。
コーヒーを飲んだ後で彼は会計をしたが、チップには多すぎる金額を置き、釣銭を受け取らなかった。
それは「ツケ置きのコーヒー」と呼ばれるもので、もしお金がなくてでもコーヒーを飲みたい人間が来た時のコーヒー代金だったのだ。

ナポリ人はこすっからいと言われる。
確かにそうだ。私たちはナポリで泥棒にあったし、乗る前に決めたタクシー料金だって降りると上乗せで請求されたりした。
でも私はナポリが嫌いではなかった。彼らのこすっからさには陰湿なところがなくて、「多分、彼らなりのロジックがそこにはあるのだろうな」と感じられたからだ。
上乗せ料金を請求した運転手は「早く空港に着くために、一方通行の道を逆走してやったんだぜ」と得意顔で言うのだ。
そんなこと頼んでないよと言いたいのだが、「でも、まぁ、いいか」という気になるから不思議。
だって彼らの日常は厳しい。私たちは金持ちではないがはるばる日本からナポリに旅行する余裕があるのだから。
もし同じことをミラノやフィレンツェでされていたら、猛烈に抗議したと思う。
南の人間はああしてお金を稼いで、「ツケ置きコーヒー」代を稼ぐ。それはそれで良いじゃないかという気になるんですよね。
内田洋子はそういう機微がわかる人間だ。
(私もイタリア渡航歴がけっこう長いので、そういうの、ちょっとはわかる。これは私が歳をとったせいもあるのかもしれないが。

これはイタリアではなくエジプトの話しだが、元NHKアナウンサーの下重暁子さんが夫の赴任先のエジプトに住んだ時、現地運転手さんに市場に連れて行ってもらい、彼女は値切ってしなものを買おうとしたのだが、その運転手は「彼は僕より貧乏だから」と言い値だ買ったと言う。そのとき下重さんは自分がとても恥ずかしかったとか)。
値切るのが当然で、思い通りに値切って買うと「してやったり」と思ってし、言い値で買うのはバカだとか、ゲームを知らないと言われることもあるが、そうばかりではない。
いろんな場所のいろんな人間の事情が分かれば、違う行動ができることもあるのだと私は考えるが、そういうことを私はイタリアで学んだ。

内田洋子の本を読むと、本当にイタリア人がよくわかる。
本音で、衒いのない暮らしのまっとうさは、大変だけど風通しがいい。

別の章に、ある貧しいシングル・マザーが出てくる。ミラノの暴力夫からリグーリアの寒村に逃げて来た母と息子だ。
その母親が内田洋子をランチに招く。
そのランチ、そこらへんに生えているバジリコを摘んでオイルでペスト(リグーリア州だからジェノバのペストソース)を作っているのだが、松の実は高いのでピーナツが入っている。パルミジャーノも高いのでチーズなし。それをスパゲッティに合えている。ランチはそれだけ。
普通、日本人ならそんな貧しい食卓に人は招かないと思う。しかもほとんど知らない人なのだ。
貧しいことはは困ったことだが恥ずかしいことではない。そういう気概が感じられて、そのペストソースで和えたスパゲッティのバジリコのいい香がこちらまで漂ってきそうで、私も一緒に食べたくなる、

内田洋子がこの本で書くイタリアはほとんどがミラノではない。
ミラノは夏は不快で、冬は半年続き、湿気を含んだ寒さが骨にまでこたえるらしい。
ミラノの人たちは新しい展覧会やレストランやクラブやパーティで忙しい。
この春が終わったら日本に帰ろう、夏が終わったら帰ろう・・そう思いながら30年以上が過ぎたと言う。
だからなのか、彼女はミラノを離れて、リグーリアの小さな村に住んだり、修復した船に6年間住んだりもしている。
イタリアに住むのは難儀なことが多くて、と言いながら、その難儀さを自ら求めているようなところがある。

埋もれてしまう人たちの日常をすくい取る内田洋子、夫ならずとももっと読みたくなるもの書きさんです。
posted by 北杜の星 at 07:35| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月29日

神尾哲男「がんで余命ゼロと言われた私の死なない食事」

まずお断りするとこの本の著者の神尾氏はこの本を発行した2カ月後のこの5月にに亡くなられた。
14年間、癌と寄り添いながらの末の死だった。
「なんだ、死んじゃったんだ」と言う人がいるかもしれないが、だからと言ってこの本を否定しないでほしい。
これは癌患者にとっては読む価値の大きな一冊だと思う。
それは食事はもちろんだが、食事以外の何かも得られると考えるからだ。癌細胞は自分の細胞が変異したもの。だから闘うのではなく寄り添う、つまり共に生きるというスタンスで暮らした14年間の彼の生き方が私は貴いと思うからだ。
そういうふうに生きれたのは、やはりその食事法から得たことが彼の精神にまで作用したからに違いない。

突然の腰痛に救急搬送され、そのまま入院。
前立腺がんが脊髄と鎖骨と鼠蹊部リンパ節に転移したステージWの末期がんと判明。
余命何カ月どころか、現在生きているのが不思議と言われた。

手術、抗がん剤治療を受けたが、神尾氏はそれらに納得できなかった。
知人からマクロビオテックの食事法を聞き、実践してみた。すると体が浄化される感覚があった。
神尾氏はフランス料理のシェフ。
群馬県前橋市においてフランス料理店を経営していた。
食材や栄養の知識はあるので、自分自身でいろいろ調べながら試行錯誤を続けた。
その結果、マクロビオティックの玄米菜食だけではパワーが出ないと気付き、肉や魚を摂るようになるが、無農薬の野菜、添加物のない調味料、糖質の制限などを実践。
医師とはケンカしながら、抗がん剤などの治療を拒否しつつ暮らした。

彼が何を食べたか、食べるのを避けていたか、これを読むと「まったくその通り」と首肯できる。癌患者だけでなく、他の病の人も、あるいは未病を防ぎたい人にとっても、彼の食生活はとても参考になるはずだ。
私はこれを読んで、とくにGI値の高い食物をなるべく除去しようという気になった。
GI値とは血糖の上昇率を表す数値で、食品のGIの低いものを選んで食べるのは、糖尿病だけでなく癌にとっても有効なのだ。
癌細胞にはブドウ糖が多量にくっついている。癌検査のPETはそのブドウ糖で癌細胞を発見する装置。
ということは、癌は糖質を好むのではないかという説がこのところ高まっている。

なにがいけないって、白いご飯、うどんなどは最悪。
もちろん白砂糖は論外。
炭水化物を食べるならば、玄米や蕎麦がおすすめ。野菜や果物であっても油断はできない。人参やバナナはGI値が高いのだ。

GI値の高い食品を摂取していると、高齢になればなるほど悪影響がでる。
血糖値が高くなると、歯周病、血管系や神経系の病気に罹りやすくなる。
私自身はそれほど癌を恐れてはいない。痛みのコントロールさえしてもらえれば、癌はそれほど怖い死に方とは思っていない。
でも脳血管系の病気にはなりたくない。QOLが下がる老後はご免蒙りたい。
人間、なにかで必ず死ぬのだから、死は避けられない。
それならせめて、なりたくない病気にはなりたくないなぁ、
だからGI値、これからの食生活にしっかり考慮に入れたい。

神尾さん、残念ではあるけれど、けっして後悔はされなかったと信じています。
ご冥福をお祈りします。
posted by 北杜の星 at 07:17| 山梨 ☁| Comment(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月28日

保坂和志「この人の閾」

「この人の閾」を20年ぶりに読んだ。これが保坂和志を読んだ最初だった。
正直「これが、よく芥川賞を受賞したな。選考委員ってすごい眼力なんだな」と思った記憶がある。
何もとくべつなことは起きない、普通の女性の暮らしのなかのほんの数時間があるだけ。
退屈といえば退屈。でも「これこそが小説!」と感嘆するものだった。
私はかねてより、小説は小さき者の説だと信じている。大説の反対である。
「この人の閾」はそういう意味で小説そのものだった。

主人公の僕はある人との面会のため小田原に赴くが、すっぽかされてしまう。
出直すにも小田原は遠く、僕は大学のサークルの1年先輩の真紀さんが同じ小田原に住んでいるのを思い出し、彼女に電話した。
真紀さんは30代後半、二人の子どもがいる専業主婦。
彼女「おいでよ、おいでよ」と家に招いてくれた。10年ぶりの真紀さんはちょっと老けて見えた。

ビールを飲み、草むしりをし(させられ)、犬のニコベエと遊び、小学校から帰宅した息子とサッカーの話しをする。
真紀さんは家事の合間に、年に百数十本の映画をDVDで見て、長編小説や哲学書を読んでいる。
彼女は書簡集や随筆は「展開がない」から読み進められないと言う。
またわかりやすいニーチェよりも「ねちねちした」ヘーゲルやハイデッガーの方がいいと言う。
つまりは、すぐに受け止められるものではなく、じっくり見たり読んだりするものが、真紀さんには必要なのだろう。
僕は真紀さんがそういうふうにインプットしたものの感想を、どこにも発表しないことを惜しむのだが、真紀さんにとってはそういうことが重要なのではないのだ。

現在の真紀さんと話しながら、大学のサークルのころの彼女や友人たちとの会話を思い出すうちに、真紀sんという一人の人間の像がだんだんとわかってkる。
それがよかった。
前に読んだ時よりずっと真紀さんを私は理解できたと思う。共感することがたくさんあった。
最後、僕は奈良の平城京跡に佇み(何もない公園みたいなところ)、真紀さんならこういうだろうなと、彼女に想いを馳せるのだが、そのラストも大好き。

保坂和志は「小説を読む時間の中でしか流れない時かある」といつも言っている。
そう、真紀さんはその時間の中に自分を存在させることを、自分のアイデンティティとしているのだ。
そこには何の示威表現はないが、充足したものが確かにある。

ごく日常的なものと知的な会話が混在する「この人の閾」を今回は点字本で読んだのだが、読み終えるのが惜しくて惜しくてたまらなかった。
読みながら何度も夫に、この中の文章を話した。
彼も保坂和志が好きだがこれは未読。ぜひ読んでもらいたい。

彼はかねてより「どんな哲学書よりも小説は哲学そのもの」と言ってはばからないが、この「この人の閾」という作品はそれを体現したものだと思う。
哲学書のように正論を押し付けるのではなく、小説は読む人間の想像力を喚起しながら、問いかける。
だから答えがあるわけではない。あるのは読んで感じて考える時間。
そんな至福の時間を「この人の閾」は与えてくれる。本当に本当に幸福な時間だった。

えーっと、ちょっと困ったな。
この本、じつはこれではなくて、「東京画」を紹介しようと思ったのです。
だって「この人の閾」についてはたくさん書かれているので。
でも書いているとなんかコーフンしてしまって、「東京画」にならなかった。
これについてもぜひとも紹介したいので、日を改めて書こうと思います。
とにかく、保坂和志は大好きな作家で、彼を好きでいる自分なら、自分で自分を愛せるような気がします。
こういう作家は他にもいて、例えば作風は全然違うけど、梨木香歩なんかもそうです。
posted by 北杜の星 at 08:18| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月26日

ハッチの週間身辺雑記

先日の夕方、思いがけなく友人夫婦がやって来ました。
なんでも奥さんのKさんが何年ぶりかでゴルフをしたので、その報告に来てくれたそうです。
そのちょっと前に私の夫がKさんに少しゴルフの指南をしたそうで、だからという律儀さ。
でもゴルフの結果を聞いて驚きました。
なんとKさん、前半は46で回ったのだとか。10年近くしてなくて練習もほとんどせずに、46!!
スゴイですよね。
夫は「Kさん、素質があるんだよ。教えることができるんだよ」とは言っていたのですが、それにしてもたいしたものです。
後半はメタメタだったみたいですけど、これで彼女がゴルフ再開のきっかけになればと思います。
だって東京と違って、ここは車でほんの10分か15分でゴルフ場があるんです。ましてや彼女たちはまだ50代。これから30年も夫婦一緒に楽しめます。
だからKさんには是非、ゴルフを薦めたいのです。
(ゴルフが嫌いという人はけっこういてその理由として、「自然破壊」とか「農薬を使うから」とかいいますが、今のゴルフ場はいろんな努力をしています。
ゴルフ場の木を伐った場合はそれをチップにして敷いたり、堆肥を作って蒔いたり、体と自然に優しいグリーン・キープを心がけています。
そうしたことが実ったのか現在では、ゴルフ場があるから自然が保たれていると言われるようになっています。
ここの近くのゴルフ場は夜間は野生動物がいっぱい出没していて、住みつく動物も多いのです。)

私は老後何が幸せかって、夫婦の仲で良いのが一番と考えています。
同じものを食べ、一緒に過ごし、何も特別なことがなくても、毎日を暮らすだけで幸せ。
もしどちらかが健康を害しても、夫婦仲が良ければお互いを思いやり、寄り添えますよね。
こんな安上がりな幸せはありません。

夫婦仲と言えば、Kさんたちがその時に話してくれたことを「いいな」と感じたのですが、彼女たちは見知らぬ80代のご夫婦と一緒にプレイしたのだそうです。
その方たちはどちらかが病後のためもあったのか、ティ・グランドからではなく、グリーン周りのほんの100数十ヤードのところからだけ、プレイされていたらしいのです。
それを聞いて、「あぁ、何歳になっても、どんな状態でも楽しみ方はそれぞれにあるんだな」と思いました。
もしティー・グランドからプレイすると同組の人やあ後続の組に迷惑をかける。だからグリーンまわりだけという気配りもおありだったのかもしれませんが。
これはゴルフだけでなく、他でも言えることです。何もパーフェクトにしなくても、その人のその時の身体や精神能力に応じて楽しめばいい。
楽しもうとする気持ちが大切なのですね。
なんだかその年配ご夫婦から素晴らしいアドバイスをもらった気がします。
Kさん曰く「とても素敵な奥様だった」とか。
私は目が悪くなってボールが追えないし、パットも難しいのでゴルフは止めましたが(もともと上手くならないのに辟易して、何も私ごときがしなくても、と思ったですが、ゴルフは好きでした。フォームを作るための練習も大好きでした。視覚障害者のための「ブラインド・ゴルフ」もあるのですが、そうまでしてプレイす気はありません)。

さて八ヶ岳の夏休みもそろそろ終わり。人出が少なくなったので友人夫婦と久しぶりにフレンチでもと予約したら、これが満席。
日を改めて予約し直して、やっと取れました。
初めて行くレストランだったので「どうかな?」と心配していたのですが、とても洗練されていて味も量もしっかりしたものでした。
この「量」というのが我が夫とその友人夫婦には重要で、外国生活を長く経験した彼らにとっては、小鳥のエサのようなのは論外なのです。
デザートトが何種類もチマチマしてるのもダメ。1種類でいいので食べ応えのあるものを要求します。
そういう意味でも満足のレストランでした。
まぁ、私の意見を言わせてもらうなら、ああまで飾り立てなくてもという気はしましたが。。
日本人って料理に関してあまりにヴィジュアルを気にしますよね。
「わぁー、キレイ!」というのが何よりの褒め言葉となっていませんか?もちろん盛り付けは大きなポイントではありますが、料理は見た目だけではない。
香りもとても大切だと思います。お皿が運ばれてくる時から「いい匂い」がして欲しい。
あまりに飾り立てると、その匂いが薄れてしまう気がします。
料理は繊細さと野性味の両方で成り立っていると私は考えます。

それに説明が長すぎ。あれでは料理が冷めてしまう。
友人も「みんながそれぞれ違うものを頼まない方がいいね」と言っていました。
欧米の人は自分の料理が運ばれてきたら、さっさと自分のを食べちゃいますが、日本人は他の人を待つこと多いので、なおさらです。
でもこうした感想は厳し過ぎるかもしれません。美味しかったですし、サービスもマニュアルではない温かさがあって、今度もまた行きたいと思いました。

その帰りに友人宅に。
そこの奥さんのMさんは3カ月前に、頸椎と脊柱の狭窄症の手術を受けました。
手術は6時間かかったそうです。1カ月の入院を経て、現在リハビリ中。
とてもとても大変な経験をしたと言っていました。でも幸いに、痛みもしびれも取れて、普通の生活に戻りつつあるようです。
日常の家事などがリハビリになるので、今は一応なんでもするようにしていると言っていました。
でも筋肉の衰えは激しくて、固定してあった首の装具を外したら、頭の重さを首が支えられなくて、頭がぐらぐらして困ったとか。
うーん、そんなになるものなんですね。
だけど頸椎と脊柱の二つ一度に受けて良かったそうです。あの苦しみを二度味わうなんて絶対イヤだと。
私も夫もMRIなどで調べれば加齢なりの異常は見つかると思いますが、症状としてはどこも悪くないので、今のところはありがたい。
だってその手術、とても耐えられそうにありません。辛抱のきかない夫は特に耐えられないでしょうね。

歳をとって健康を保つのは至難の技。それも長生きの弊害なのかもしれませんが。。
昼間は暑くても、朝晩は秋っぽい風の吹く八ヶ岳です。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☔| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月24日

益田美樹「義肢装具士になるには」

「義肢装具士」・・義肢を作る職業の人がいるとは思っていたが、その仕事の内容のことは何もしらなかった。
なぜ私が義肢に興味を持ったかというと、つい最近、私の友人のご主人が膝から下の脚を切断したからだ。
事故ではなく糖尿病の合併症である。
友人が話してくれたことがとてもショックだった。
「病院で切断された脚、どうするか知っている?」
「ううん、どうするの?」
「病院は家族に返してくれるのよ」。
「えーっ、返してもらってどうするの?」
「病院でもらった書類を添えて、火葬場で焼いてもらうの」
「。。。」

現在そのご主人は義肢をつけてリハビリをし、家の中を歩けるまでになったそうだ。
「ぺりかん社」発刊のこの本はシリーズで、医療に関わる仕事をしたい人に向け、仕事の内容や資格取得方法などを教えてくれるもの。
ここにもそうしたことが書かれている。

義肢装具士は国家資格が必要な職業。
働く先は病院や製作所などで、他の医療関係者である医師、看護師、医学療法士などと連携しながら、患者に適合する義肢、義手の他に、車椅子利用者のためのシッティング装具や足に悩みを持つ人のための靴やソールを作ることも含まれるそうだ。
パラアスリートの才能を最大限に引き出すサポートもする。

この仕事、女性にも向いていて、女性の義肢装具士もたくさんいる。
シリコンを使用しての装具作りには器用さが必要だが、それだけではなく、患者の心理に添う神経の細やかさも大切となる。
装具には治療時に使うためのもので、治療が終われば不要になるものもあるようだが、それだって手は抜けない。
機能、見た目など考慮すべき点はたくさんある。

義肢装具士は国内だけででなく、国際協力に貢献できる。
地雷で失った脚に義肢を装着した若い人たちは、仕事に就けるようになる。
そうしたNGOにボランティアとして参加し、自分の仕事を役立てながら世界を見ることができるのは素晴らしい。

義肢義手は今では精密に進化した。
私が幼いころに町で見た傷痍軍人(知らない若い人がいるかもしれないが、戦争から傷ついて帰国した兵隊さんが白い服を着て、物乞いをしていたのだ)の人たちの「脚」。
あれは義肢なんてものではなかった。
棒が1本、白いズボンの下から出ていた。
あれは上をどうやって留めていたのだろうか?
肉に食い込んでさぞ痛かったことだろうし、歩くには不安定だったはずだ。だから松葉杖をついていた記憶があるのだが。
あの棒はとても義肢と呼べるものではなかった。

ハンディのある人が少しでも日常をラクに送れるための装具、これからも日進月歩で開発されてほしいものだ。
そしてそれを作る義肢装具士という仕事も世の中でますます必要とされることだろう。
高齢者社会、糖尿病合併症・・患者は増えるばかりなのだから。
posted by 北杜の星 at 07:14| 山梨 ☁| Comment(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月23日

中村仁「大往生したけりゃ医療とかかwるな【介護編】」

著者は京都大学医学部卒の医師、現在は老人ホーム付属診療所所長。
「大往生したけりゃ医療とかかわるな」の前作は大ベストセラーとなっている。
老人ホームで数百人ものお年寄りの看取りをしてきて、安らかな最期がどうあるべきかをその経験から書いたこの本、どの頁もそのまま書き写したいと思うほど、私と同意見だ。
買って読んでみてくださいといしか言いようがない。

日本の高齢者は、考え違いをしていると私は感じるとこがある。
老いても元気でいるのが普通で、自分は死なないと考えているのではないかと。
生老病死という言葉があるが、人は老いるし病むし、そして死ぬもの。そうしなければ世界は循環しない。
それなのに、75歳を過ぎても頻繁に健診を受け、ちょっと血圧が高い、コレステロールが多いとなると、すぐに薬に頼る。
薬害もあるんだよと言ってもダメ。とにかく病院や医療を盲信している。
CTやMRI検査を受けたことを自慢しているのだから、もう何をやいわんである。(そうした過剰医療は全部、国民の負担なんですけどね)。

もちろん、まだ50代くらいなら健診もいいだろう。それこそ転ばぬ先の杖で病気の予防となることがある。
でも70過ぎたらそうした検査じたいが体の負担となるし、もし病気が見つかったとして、むしろい放置しておく方がいい場合だってある。
ましてや人生の幕を引く間際になって、ジタバタするなと言いたくなる。これはもう体の問題ではなく哲学の問題だ。
(入院した患者が死んだその日にも、検査予定が入っていたというのを聞いたことがあるが、それって何なのだと憤りさえ覚える)。

患者を苦しめるための検査、治療、それは必要ないのではないか?
あの日野原先生も言っていらしたが、「自分の家族の最期には、点滴はしない」と。
老いて死ぬときは、枯れて死ぬもの。枯れようとする体に水を加えるから、肺炎になり苦しむことになる。
著者は「何もしない」ことで、安らかな最期を迎えるお年寄りをたくさん看取ってきたという。

けれど現在の医師や看護師は、家で人を看とった経験がない。
人は病院で死ぬようになった。そして病院というのは医療行為をする場所だ。
50年ほど前の日本では、人が死ぬのは家でであった。その頃の死は自然で、消えるように亡くなっていった。
点滴も胃ろうもなかった。
今のような高度の医療は、重度の障害者をつくると著者は言うが、そんな医療は死を先送りにするだけではないだろうか。
苦しむ半年より、私は安らかな3カ月を選びたい。
著者は「手遅れで無治療の癌は痛まない」と書くが、高齢者の癌はそうのようだ。
老いた体に毒ガスの成分の抗がん剤を投与してどうするのか?手術で臓器を取ってどうするのか?
QOLが下がる毎日を長らえるだけ。それでも生きていたいというなら別だが、私ならご免蒙りたい。
この先生のいる老人ホームに入居したいけど、先生、私よりずっと高齢だものね。
せめてこうした本を書き続けてほしいと願うばかりだ。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☁| Comment(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月22日

垣内美雨「嫁をやめる日」

夏葉子の夫は出張と言って家を出ながら、地元長崎のホテルで脳溢血で急死した。
なぜ夫は嘘をついたのか?夫は誰と会う予定だったのか?
夏葉子は夫とは夫婦としてこのところ、心の隔たりを感じていた。
正直、自由になった気がして、さほど夫の死を悲しむでもなかった。
さいわい、タウン誌を発行する編集会社でパートをしていて、記事も書かせてもらえるようになったところだ。
家のローンは夫の死によってなくなっている。赤い屋根のお気にいりの家である。贅沢をしなければここでこれから暮らしていける。

しかし彼女は自由にはなれなかった。
一人息子を失った義母はアポなしで家にやって来るだけでなく、合鍵をつかってしょっちゅう家に入り込む。
大きな仏壇を買って運ばせるし、夫の墓には自分の名前が赤く彫られている。
「お線香をあげさせてください」と見知らぬ人を連れてくる。
思ったことがズバリと言えぬ性格の夏葉子はだんだんがんじがらめにされて、思い悩み・・

この義母という女性、名家の出でとても上品。実家のがさつな母よりも夏葉子は慕っていた。
でも息子がいなくなって、自分たちの老い、娘(夏葉子の義姉)のひきこもりで将来をなんとか夏葉子に託したいと必死。
その行動に節度がなさすぎる。
最初は夏葉子も「いい嫁」と言われることが得意でなくはなかった。
けれど狭い地方都市。いつも他人の目がそこかしこにある。監視されている気分。

そうした時、実家の母がある法律的な方法があると示唆してくれた。
「咽族終了届」がそれだ。
夫亡きあと、夫の家族との縁を法律的に切るもの。
あまりの手続きの簡単さに夏葉子は驚くのだが、身元証明書、配偶者の死亡日時の記入、印鑑のみ。保証人も配偶者の家族の書類も不要。
もし名字を旧姓に戻したかったら、それもまた超簡単だ。

東京では考えられないほど「嫁」という立場で苦しむ女性が地方都市や田舎にはたくさんいると思う。
名家と目される家ならなおのことではないだろうか。
東京育ちの夏葉子は夫が生きていた時には疑問を持たなかったがが、夫亡き後までも縛られるのはたまらなかったのだ。
私の知人で東北の男性と結婚した人がいる。離れて暮らしているのに、何かと言うと「長男の嫁」としての役割を押しつけてきて、友人は何年か後にとうとう我慢がならなくなって離婚した。
けれど夫のことは好きだったので籍だけ抜いて、事実婚としている。
面白いのは、籍を抜いたら義両親からの「長男の嫁」としての要望や期待や締め付けは皆無となったそうである。つまりは赤の他人ということ。
「本当にうっとうしかった。夫には『何も私たちの間は変わらないから』と言ってあるし、何も二人の間は変わらないの」とホットしている。

私自身は「嫁」として何も強制されたことはない。もともと嫁とか姑とかの関係性を考えたことがない。
他人が他人に持つ礼儀や親愛があればそれでOKとずっと思ってきた。それが良かったのか舅姑で苦労したことは一度もない。義母とは一緒に食事に行ったり、歌舞伎を観に行ったり、実母より気が合った。
こういうので悩むって、不毛だもの、私はラッキーだったと感謝している。

お盆休みも終わたが、帰省客へのテレビなどのインタビューで「田舎はよかった」「楽しかった」とかの言葉を聞くたびに、その家のお嫁さんのことを思い浮かべてしまう。
義理の家族の帰省のための準備に、布団を干し、料理の買い出しをし、掃除をし、滞在中はしゃかりきに働き、帰った後は後でまた布団干し、掃除・・
「こんにちは」「さよーなら、またね」と来て帰る気楽さを支える「嫁」って、大変だ。
夫が死んだ後も縛られるなんて、ホント、あり得ないことだ。

縁がって「家族」になったのだから、その縁を大切にしたい。でもそう思える「距離感」もある程度は必要だと思う。
この「嫁をやめる日」、つくづく夏葉子の肩を持ちたくなります。
posted by 北杜の星 at 07:01| 山梨 ☀| Comment(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月21日

原田ひ香「ラジオ・ガガ」

深夜ラジオを心の友として青春時代を送った人って多いんじゃないだろうか?
オールナイト・ニッポンのファンは私の年代に結構いた。
でもあの番組、今も健在なんですね。知らなかった。
私は深夜ラジオのリスナーではなかった。ベッドに早く入って本を読みたい私だったので、ラジオは視野には入っていなかったからだ。
それに誰かのお喋りをずっと聴くのもあまり好きではなかった。
だからレモンちゃん(落合恵子)も知らなければ、タケシも、ましてやオードリーもナインティナインも知らないできた。
(ラジオをまったく聴かないわけではなく、起きたらすぐにNHK・FMをつける。「クラシック・カフェ」を放送していて、その朝がバッハだったら一日がご機嫌で始まる)。

この「ラジオ・ガガ」には「人生で大切なことはみんな深夜ラジオが教えてくれた」というリスナーたちが主人公の短編集。
流産後、会社から帰る夫を待ちながら聴いたタケシ。以来ずっと深夜ラジオを聴き続け、今は伊集院光を聴いているケアハウス入居の老女。
娘を寝かしつけ深夜のラジオ・ドラマの脚本執筆をする主婦。
売り出し中のお笑い芸人と同級生だった夫に、テレビ局からの出演オファーが来た夫。
などなど、5篇が収録されている。

これを読むと伊集院光もナインティナインもどちらもなかなかの人物みたいだ。
彼らが深夜ラジオで話していることに共感し、時に慰められ、時に人生の方向の舵とりをしてもらう人たちっているのだろうな。
そういう「支え」となっているのを、パーソナリティの彼らは知っているのだろうか?
知っていたとしたら、どんな気分なのだろうか?
と、変なところに思いを馳せてしまった私。
なにげなく話す言葉が聴く人にとって重大なナニカになってしまうのは、ちょっとひるむところがあるけれど、とにかくその番組は一方通行ではなく、彼らが話すことがある意味、ストレートに受け止められるのは、彼らが高みからモノ申してるのではないのを、リスナーがよくわかっているからだろう。
失敗や失意のときの自分たちを正直にさらけ出していることへの好感もあるかもしれない。

それにしても原田ひ香って、いつも深夜ラジオを聴いているか?そうとしか思えない深夜ラジオの知識だ。
それとも本を書くために聴きこんだのか?
深夜ラジオが大好きな人にとってはこれ、とても面白いものだと思う。

原田ひ香は「東京ロンダリング」以降、目の付けどころの良いテーマで小説を書いている、
でも私はデビュー作の「はじまらないティータイム」が今でも一番好きだ。
説明をしすぎない物語には、小説としての完成度は低いが不思議な魅力があった。
ああいう方向に行く作家さんかと期待したのだが、完全にエンターテイメント系に行っちゃったんですね。
ちょっと残念だけど、これは私の感想であって、原田ひ香のファンは年々増えていると思う。それはそれで悪いことではないです。
この「ラジオ・ガガ」も楽しめる作品ではありました。
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2017年08月19日

ハッチの週間身辺雑記

すっかり太ってしまったので、これから2週間かけてちょっとダイエットと思った矢先に、新しいパン屋さんを発見!
元はここはシフォンケーキと草餅の店だったはずが、いつのまにかパン屋さんに。
パンと聞くと素通りできない夫なので、入ってみました。
自家製天然酵母の焼き色の素敵なパンが並んでいます。天然酵母のパンにしてはソフトな感じ。(でもふわふわではない)。
早速、リュスティックとカンパーニュを買って帰りました。うん、美味しい!
ここ八ヶ岳の北杜しはなにしろパンの激戦区。美味しいパン屋がひしめいていて、どこもそれなりに流行っているんです。
お気に入りのパン屋がそれぞれ各家庭にあるようで、カンパーニュはあそこ、フランスパンは石釜焼きのあそこでなくcっちゃ、ライ麦パンはここ。。
グルテンフリーもなんのその。美味しいパンはやはり豊かな気持ちにさせてくれます。
私は菓子パンの類も、中にクルミやレーズンなどが入ったパンも、野菜などが練り込んであるものも好みではなくて、小麦粉やライ麦そのものを味わいたいので、プレーンなのを求めます。
パンを食べる時は、ホント、ここに住んで良かったと思います。
それにしてもなぜ、北杜市はパン屋さんがこれほど多いのでしょうか?

なんだか今週はほとんど食べる話しとなってしまいましたが、どこに行っても人がすごくて、家や友人宅で飲み食いするしかできなかったのです。
インテレクチュアルなことが何もない一週間でした。オハズカシイ。
来週は点字書きの練習をして先生にお手紙書きます。それと点字でちょっと小ムツカシイ本を読む予定。
それからやっぱり、ダイエットしなくっちゃ。このままだと、「Sさん?あのお腹が出てる人?」とを言われそうですので。
posted by 北杜の星 at 07:28| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月17日

福原耕「蕎麦の旅人」

食べものの中で蕎麦が一番好き。
一口食べたときのあの清冽さは、他に例えようがない。(私は下戸なのでわからないが、もし蕎麦に匹敵するものがあるとすれば、それは「酒」だと思うが。)
旨い蕎麦屋があると聞けばどんなに遠く辺鄙な山の中でも行ってみたい。そこの蕎麦を食べてみたい。
幸い私がこれまで行き来した長野や山梨には旨い蕎麦屋が多い。先月友人たちと一緒に草津温泉に行ったのだが、その通り道(わざわざその蕎麦屋に行くために遠い道を選んだのだけど)、佐久市の望月の評判の蕎麦屋で昼食をした。(蕎麦より蕎麦リゾットが印象に残ったのは、別に蕎麦が不味かったのではなくて、リゾットがあまりに美味しかったから)。
旅行に行くときは必ず蕎麦屋を探して寄ってみる。これも旅の楽しみの一つとなっている。
蕎麦の美は夏は味が落ちるが、暑い夏に冷たい水でひきしめた蕎麦をすするのは、本当に極楽だ。

この本の著者は大阪生まれの大阪育ち。大阪はうどんの街だ。福原さんも麺といえばうどんだった。
その彼が50年前、出雲を訪れ出雲蕎麦を食した。
それが彼の蕎麦人生の始まりとなった。
出雲蕎麦って黒いんですよね。割り子の中に入ってそれぞれ違う薬味が乗って重なっている。
以後、彼の蕎麦行脚が続くが、ある日彼は気付いた。蕎麦が好きでも、歴や文化を知らないことに。
日本人がなぜ今のように蕎麦を食べるようになって、しかもこんなに蕎麦好きになったのか?
蕎麦は日本人の歴史と文化を凝縮したものではないのか?
そして著したのがこの本。

面白いです。知らないことをたくさん知ることができました。かなりしっかり書かれた力作。
なにより驚いたのが、元祖「蕎麦切り」がここ山梨県の禅寺だったとは!
(もっともこの「元祖」は他に2つあるのみたいだけど、どこも禅寺。蕎麦と禅の結びつきがこの本に詳しく述べられている)。
そうか、山梨といえばほうとうだけど、蕎麦切り発祥の地とは。

蕎麦というと質素な食べもののように思われるが、元来は「ハレ」の食べものだったのだ。
年越し、引っ越し、雛・端午、祝言・法事、棟上げ・・つまりは行事に際して食べるものだった。
歌舞伎では「大入り蕎麦」、「とちり蕎麦」というのがあるそうだ。
今でも長野の田舎などでは、人が寄る時に「蕎麦を打とうか」とおばあさんやお母さんが張り切るみたい。

蕎麦には「ご当地」の蕎麦がある。
信濃の国はなかでももっとも有名だが、山形、新潟、滋賀なども蕎麦で知られる。
(滋賀は伊吹山の霧下がいいそう。あそこはもぐさもすぐれたのが採れます)。

でも蕎麦はなんといってもお江戸ではないだろうか。
江戸文化と蕎麦は切り離せない。
江戸は職人の町。短気で荒い彼らに蕎麦ほど似合う食べものはない。
この本に書いてあるが、数学者であり、蕎麦博士とも呼ばれた故高瀬礼文は「食べものから脂っぽいもの、、辛いものなどすべてとりさって、残った純粋な形が『ざるそば』。純粋なものの面白さが蕎麦にはある。」と言ったそうだ。

そう、蕎麦は引き算の食べものだ。潔い。
その潔さがお江戸の美意識や価値観にぴったりきたのかもしれない。

最近は蕎麦というと10割、蕎麦粉だけじゃなくっちゃと言う人がいるが、私はそうとばかりは思わない。
蕎麦の基本は「二・八」だ。
もちろん香は10割にはかなわないが、のどこしの良さが蕎麦の醍醐味だとすれば、「二・八」はなかなかのもの。
と思っている私だが、この夏に見つけた旨い蕎麦は10割。しかも生冷凍ものだ。
蕎麦はツユも大切だから蕎麦屋に優るものはないのだが、夏休みはこのあたりどこの蕎麦屋も満席。
だからちょっと昼ご飯は蕎麦にというときに、家でさっと茹でて食べられるものが欲しい。
乾麺はどうも満足できるものがないし、工場生産の生そばは簡便だが味はイマイチ。
けれど、見つかったのだ!これなら合格という蕎麦が。それが冷凍保存できて2時間常温解凍すれば家で食べられるというもの。
長野市の「山本食品」で作り、自然食品の「ムソー」が発売している。
これは蕎麦を食べた後の蕎麦湯もすこぶる旨い!
ただ、ツユがついていないので自分で作るか調達するしかない。
これがこの夏の我が家のマイ・ブームで、自然食品店で買占めちゃいました。
次の仕入れはあと何週か後になるとかだから、それまで大切に食べなくでは。

蕎麦は日本人の美意識に合うと書きましたが、食べられているのは日本だけではありません。
他の国のは食べたことがないけれど、イタリアでは蕎麦のリゾットも蕎麦粉のニョッキもあります。美味しいです。
こんなに旨い蕎麦なのに、食べられない人もけっこういるんですね。
そう、蕎麦アレルギーを持つ人です。
私の友人の女性もかなり強い蕎麦アレルギーで、蕎麦枕で寝ても、酷い症状がでいるほどとか。
最近は健康ブームで、お菓子などに加えられていることも多いので、注意が必要です。
子どもにとっては給食も要注意。

この本には、江戸文化好きで、当然蕎麦好き蕎麦屋好きだった、故杉浦日向子さんへの追悼もあります。
彼女、はやくに亡くなられて本当に残念でした。
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2017年08月15日

藤生明「日本会議」

今日は敗戦記念日。
日本の将来を考えてみようと、この本を読みました。

日本会議。
海外メディアは日本会議を日本最大の右翼団体と位置付けている。
会員は4万人以上。全国すべての都道府県に支部を置く。
現在組閣の議員たちの大部分が会員であり、安倍政権を支えるものとして、改憲、国防、靖国神社の国有化、教育、皇室(男子直系)などについての方向付けは、日本という国をどこに運ぼうしているのか、私など団塊の世代として左派リベラルな人間は心配になってくる。
その日本会議がどんな組織なのか、その成立から詳しく記述しているのがこの本。
しかしこの著者は私見を述べることは避け、取材した事実を挙げ、その本質を考えるのは読者に任せているようだ。
はたして日本会議が「日本を裏側から支配しようとしているシンジケート」かどうかは、読者の判断しだいだ。

国会議員は約290人、地方議員は1800人。
神社庁や新興宗教団体、企業家・・
日本会議の会員はさまざまだが、私に言わせれば「保守反動」勢力としか思えない人たちである。
(もっとも現在は「リベラル」という言葉が死語となっているのだが)。
しかしどの国の政権にも、「影」の勢力はあって、政府はどこもいわゆる「傀儡」なのであるから驚くにはあたらない。
アメリカには「ヘリテージ財団」という米財閥系の組織があって、これはシンクタンクと称されているが、アメリカの国政の方向を決定するものとされている。
いつの時代も政策の中心は国民ではなく、こうした財閥や企業の論理で動かされているのだと思う。

日本会議の正式設立は1990年代とされるが、発端は1967年、長崎大学に二人の学生が入学したことによる。
彼ら二人は新興宗教「成長の家」の教えを信奉する者たちで、当時盛んだった左翼学生運動を制圧し大学を正常化させることが目的だった。
(「成長の家」は数年前から私の住む山梨県北杜市に本部を置いている。)
それがしだいに発展し、「美しい日本」「神聖な国家」を内外に認知させようとする組織となった。

まず「教育の正常化」。
正しい歴史観を教え、道徳を重んじる教育。
それから「靖国の国家護持」を掲げる、
天皇制の強化。
そして憲法を変えること。

他にも日本会議の目的はあるが、大きくまとめると以上のようだ。
これに賛同する日本人は増えているのが現状だが、当然、アジア諸国からは危険な団体として見られている。
ほんの70数年前のあの戦争を「侵略」ではなく、「解放」するためと言いくるめようとしているこの国が、他のアジアの国々から懸念されるのは無理はない。

いつも私が思うのは、人間は歴史からは学ばないということ。
歴を繰り返すだけ。
そんな愚かさがいつまで続くのか。
せめて私たちは、「疑問」に思い、「それて本当にそうなのか」と自分の頭で考えることが大切ではないだろうか。。
先日、北朝鮮がミサイル発射をした際に、東京の地下鉄が停まったが、あれが本当に必要だったのか?あれは何かを扇動しようとしているのではないか?
(あれに対しては韓国からも「過剰反応」と言われている。)

自分の頭で考えるためにもこの本、お勧めです。
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2017年08月12日

ハッチの週間身辺雑記

昨日の山の日から本格的な夏休みの方が多いのでは?
スーパーに行ったらすごい車、車・・
レジには長い列。
都会の人の買い物と地元の人の買い物、支払い方法に違いがあるんです。
別荘族や移住組はカード、地元の人は現金。このシーズンはカード支払い用のレジが長蛇の列となり、ます。

暑いです。湿気が多いのがイヤですね。でも大阪から訪れた人は「なんて爽やか、湿気がない!」と驚いていました。
水曜日などは高原とは思えない33度にまで気温上昇。
もっとも朝晩は涼しいのが都会とは違うところで、ありがたいですが。

夏はできるだけ身の周りを簡潔にするのがいいですね。
というのは、我が家は梅雨明けに暖炉の前に敷いているギャッべをクリーニングに出したのですが、フローリングがそのまま見えている床はなんとも涼しげ。
モノがないのって、こんなにすがすがしいのかと思います。
でもこのギャッべは必需品。暖炉の火の粉が飛んで床を焦がすのを防ぐのが目的で敷いているので、取るわけにはいきません。
冬の間だけ出すことにすればいいのですが、保管場所もないし、ストレッチ体操をするのに床では固すぎる。
なので夏でもまた、敷くしかないですね。
(そういえばハッチの背中に火の粉が飛んで、純毛の焦げる匂いがしていました。「もぅ、やめてよ」という顔で脇によけてましたけど)。

2週間前に漬けた梅を、天日干しています。
「もう赤紫蘇がなくて。。」と話したら、生活クラブを届けてくれる方が、「来年から私に言ってください。我が家にいやと言うほどありますから」と、うれしい言葉。
彼女は庭でたくさんの野菜を作っていて、一人暮らしなので消化しきれないのだとか。
近くの自然食品店の女性も、「自宅で採れた胡瓜、あげるよ」と言ってくれることも。でもそのお店では別の人が作って持ってきた胡瓜も売ってるんですよ。
みんな、なんて良い人なんでしょうね。
第一、その自然食品店が私に生活クラブをお願いするよう薦めてくれたのです。扱う商品に同じようなのが多いというのに、商売気がないというか、太っ腹というか、ここに住む人たちの素敵な「気」に包まれているのを感じます。

私の友人がお母様の介護問題でこのところ悩んでいたのですが、やっと良い解決方法に向かってきたようです。
老人ホーム入居資金のためのマンション売却が成立し、ホームも近くで見つかりそうだとか。
介護はある人が「終身刑になったような気持ち」と言っていましたが、行き場がない不安が一番心弱るもの。
彼女、ここ2〜3カ月は本当に心配だったことでしょう。
メールに「今日やっと、美味しいと思って夕食を食べることができました」と書いてあるのを読み、どんなに彼女が大変だったかを改めて思いました。
良かったです。

今年は例年より「ミョウガ」が生るのが早いみたいで、近所の農家の方がたんと持ってきてくださいました。
「みょうが、好きかね?こんなに迷惑かね?」
とんでもない!
私は大の大のミョウガ好き。
麺類の薬味にはもちろん、食欲がない時は、ミョウガとおかかに醤油を混ぜたモノ、それと辛味大根があれば混ぜたのを熱々ご飯に乗ってると、2杯は食べられちゃいます。
ミョウガを何度か植えたのだけど、どういうわけが我が家では生育しなくて、もう諦めました。
こちらでは頂くし、農家のおばさんの出店で買っても安いのです。
東京のスーパーなどでは、3ケ発泡スチロールのトレイに入って、150円くらいしますよね。信じられない値段です。
こんなにミョウガ好きな私なのに、弟は大嫌い。同じ家に育っても食の好みは違うもの。
夏はみょうがと香菜(パクチー)があれば、私はご機嫌です。

夏休み真っ盛り。
植木屋さんにはお盆休みがないのかな?
今日から我が家の庭に職人さんに入ってもらいます。
伸びすぎてせっかくの南アルプス駒ケ岳が見えなくなってきたねむの木などを伐ってもらったり、桜の芯止めもしてもらう予定なのでその下見とか。
芯止めをすると今以上には上に伸びず、枝を張るようになるのだとか。
上に伸びると眺望ぜ絶佳が台無しになるし、閉塞感が増しますから。
でも芯止めは秋が適しているそうで、秋まで工事はお預けです。
「桜、切るバカ」と言いますが、切り口を養生して、そこから雨が入らないようにすれば大丈夫。
我が家の隣の山荘はご主人が亡くなって売りに出されていましたが、この眺望ですぐに買い手がついたそうです。
前に電線がないのも好条件だったと聞きます。
たしかに南にも北にも山がある土地ですけど、ここほど眺望があるところは珍しいのです。
ここに来た人は「まぁ、こんなところがあるのね!」と驚きます。

この植木屋さん、本職は植木なのですが、ぶどう作りもしています。
両親のぶどう畑、高齢になってできなくなり、彼ら息子夫婦が昨年から担うようになったのです。
でも昨年はぶどうに病気が発生し、まったくというほど収穫ができなかったそう。
ぶどうは栽培が大変なのです。ずっと丹精込めて育てたというのに気の毒でした。
高級なシャイン・マスカットをここまで引き売りしに来てくれる約束になっていたのに、残念でもありました。
今年は大丈夫かな?
シャイン・マスカットは高値で取引されるので、ここのところ栽培農家が増えてます。なにしろ一房、1500円〜2500円くらいします。
スーパーでは10粒くらいで売っているほど。
確かに大きな粒なので、5粒も食べれば満足でいます。
だからどこでも作るようになってきたので、あと数年すれば値崩れすると言われています。
でもそうなると、また新品種が開発されるのでしょうね。そして農家の手間は増えるばかり。。
日本の果物のあの完成度って、本当必要なの?と疑問を持ちます。
粒のそろった見事なさくらんぼとか巨峰とか。。
あれを作るためにどれほどの努力をしているのか。さくらんぼ一粒が300円なんてのもあると聞きます。
それにあんなに甘くなくてもいいと思いませんか?

いろんなことを考え始めると、ますます暑くなるのでやめにします。
どうか皆さま、楽しい夏休みをお過ごしください!
posted by 北杜の星 at 07:19| 山梨 ☀| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月10日

青山七恵「訪問者」

ちょっとイレギュラーな紹介になる、というのはこの短編は文芸誌「小説トリッパー」に掲載されたもの。
最近、文芸誌をとんと読まなくなった私がなぜこれをこのところ読んでいるかの理由は後で述べます。
文芸誌の連載物はせっかちな私の性格には向かない。1カ月も次が待てないからだ。そういう意味では新聞小説はまだいい。
ましてや「小説トリッパー」は季刊誌だ。3カ月も待てないよ。
文芸誌が役立つのは、長期の海外旅行に行く時だ。何冊かの文庫本はすぐに読み終わってしまう。単行本は重すぎる。
そこにいくと文芸誌は読み応えがあるし、自分からはすすんで手に取らない作家のものも読める。評論やエッセイもあるからバラエティに富んであきない。雑誌なので読み終わって捨てても気が咎めない。
なので2週間の旅行には1冊、1カ月のときには2冊。これで概ね賄えるのだ。

短編小説はある程度まとまらなければ本にはならない。だからこれも出版されるまでには時間がかかるはず。
だからちょっと読後感想を書いてみようと思う。
これは「女ともだち」という特集の一編で、青山七恵の他に、飛鳥井千砂「甘く、おいしく」、加藤千恵「非共有」、金原ひとみ「fishy」、綿矢りさ「岩盤浴にて」の競作?となっている。
綿矢りさの「岩盤浴にて」もよかったけど、なんといっても青山七恵の「訪問者」がいつまでも引っかかっている。

ある暑い日、地方都市の大学に行ってそのままそこで就職し家を離れている姉が、久しぶりに実家に帰って来る。
一人の女ともだちを連れて。
ランチを一緒にした後、姉と友達は散歩に出て夕食にも戻らない。みんなが寝た頃になって戻って来て、友達は主人公の部屋で寝ることに。
朝起きたときにはすでに彼女たちの姿は見えなかった・・

と、これだけの話しなのだが、姉が連れて帰った女ともだちについては何もわかならないのだ。
名前もどんな友達なのかの会話もない。とにかく説明がまったくない。
わからないからこそ、その存在感が膨れ上がってくる。
姉が以前言った「小説を書く」という唐突な言葉だけが、宙に浮いて、これは何かのキーワードなのかと思うのだが、その言葉はどこにも着地しないまま。

だからこれを読んでも「察する」しかないのだ。
多分、姉は母親とうまくいっていなかったのではないだろうか?
多分、そんな母に追従しているだけの父にも苛立っていたのではないだろうか?
主人公である妹に対してはどうだったのか?
女ともだちと一緒にいると、自分が自分らしくいられるのではないか。。
でもなぜ、実家に彼女を連れて来たのか?
なんだか不思議な短編。このもやっとして、でも確かに「そこにある空気」だけが伝わってくる。
印象的な短編だった。

「小説トリッパー」には昨年冬号から、井上荒野の「あちらにいる鬼」が連載されている。
これを私はやじ馬根性丸出しで読んでいるのだ。
井上荒野の父は作家の井上光晴。彼が女性に大モテだったのは有名な話し。
そして瀬戸内晴美(寂聴)と恋愛関係にあったのも有名な話しで、彼女が仏門に入ったのは光晴との関係を清算するためとも言われていた。
その光晴と瀬戸内晴実と、光晴の妻(荒野の母)の三者を描くのがこの「あちらにいる鬼」。
まだ寂聴さんは生きているのに、こんなの書いて大丈夫なの?と心配になるのだが、これはまったくのノンフィクションとは少し趣がことなっていて、フィクション、つまりは小説であるような気もする。(もちろん彼ら3人の関係が基になっているのだけれど)。
先日荒野の「母のこと」という私小説を読んだので、とくに今回は興味津津だった。
(私、芸能ネタにはまったく興味ないのだけど、文壇ネタにはすごくミーハーなんです)。
現在3話。あと何回続くのだろうか?
3カ月も待つのはシンドイ。

posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☀| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月08日

今村夏子「星の子」

今村夏子はいま私がもっとも関心をよせる作家だ。
といってもまだ発刊されているのが「こちらあみ子」「あひる」そしてこの「星の子」の3冊のみ。
でもこれまで三島賞を受賞、芥川賞候補にもなっている。
私は批評家ではないいので彼女がこの先、書き続ける力量のあるひとかどうかの判断はつかないが、少なくとも現在まで書いたものを読むと、作品に流れる空気感には独特の感性があるし、文章は緩いなかにクスリと忍び笑いの要素もある。
平易だがけっして平坦でない文章に隠された、じつは深淵なテーマ。
なかなかに「クセモノ」新人作家だと思っている。
(広島出身というところも、応援したくなる一因かな?)

ちーちゃんは未熟児で生まれたせいか病弱で、酷い皮膚炎を患い、途方にくれた両親は知人からある「水」をもらい受け、ちーちゃんをその水で洗ってみた。
するとどうだろう?
それまで何をしても効果のなかったちーちゃんの肌がみるみる治ってきれいになったのだ。
以来、両親はその「水」を信奉し、頭の上に「水」を浸したタオルを乗っけるようになった。
「水」はある新興宗教が売っている水だった。

ちーちゃんの叔父(母の弟)は両親に「「目を覚ませ」「騙されている」と忠告するが、両親は聞く耳をもたない。
ある日叔父は、そっとその水をすべて公園の水道水と取り替える。それに怒った両親は叔父との付き合いを絶ってしまう。
そんな一家のなかで、ちーちゃんの姉だけは水にも宗教にも違和感を持ち続けていたのだあろう。家を出て行った。
家出間前、姉はちーちゃんに水取り替え事件がじつは自分の手引きだたことを告白する)。

価値観は人それぞれに違う。宗教に関してはとくにそうなのかもしれない。
それを信じる人には絶対でも、信じない人にすれば「怪しい」「騙されてる」と映る。
何を信じようが自由なはずなのに、ともすれば色眼鏡でみてしまう。
ちーちゃんも幼いころからそういう経験をしてきた。いじめられるほどではないけれど、友達からは距離をおいて見られることが多かった。
そうだからこそ、宗教の集会に参加すると、みんなからやさしく話しかけられるのがうれしかった。
そこなら、自分の居場所がちゃんとあるという安心感で息が大きく吸えた。

でも本当にちーちゃんは両親のようにその宗教を信じていたのだろうか?
それはちーちゃん自身にもわからないのではなかったか?
ただ確かなのは、自分の両親が限りなく自分を愛してくれていること。それは絶対揺るぎのない愛だ。
やがて高校生になろうとするちーちゃんが、これからどんな道を進むのか?
いつまでも星を見ながら、ちーちゃんは何を思う?

懐疑的になろうとするとどこまでも疑わしい宗教。
でも人は信じる。信じるって何なのか?
自分を愛し、自分が愛する人が信じるものならば、盲目的に信じられるのか?
ちーちゃんは案外に醒めた目を持ちながら、「信じよう」としているのではないだろうか?
今回も、はっきりした結論はでない今村夏子の作品だが、胸にいつまでも残るものでした。
そういえばこれが初めての長編なんですね。
次回作もおおいに期待!
賞はとってもらいたいけれど、賞レースとは違うところで頑張って書きつけてもらいたい作家さんです。

posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月07日

千早茜「ガーデン」

主人公の「僕」は30代前半の雑誌編集者。
女性たちから関心を寄せられても、深い関係は築けない。周囲からは草食系とみなされている。
「僕」はずっと違和感を持って生きている。
それは幼い頃に発展途上国で過ごした経験がある「帰国子女」だからかもしれない。

このあたりは作者の経験が投影いされているのかもしれない。(千早茜は幼少時をアフリカのザンビアで過ごしている)。
「僕」が住んでいた国は治安が悪く、家と学校の往復、それも運転手の車からの風景しか知らない。
家には門番や庭番、手伝いの現地の人が数人いて、彼らの宿舎が敷地内にあり、プールもあった。果樹園も菜園もあった。
「僕」はその敷地の緑のなかで育ったのだ。

帰国してから「僕」は閉塞感に包まれる。そして唯一、心が休まるのが、自分の部屋を埋めつくす植え木に囲まれるとき。
多忙な仕事の後で、女性たちとのあれこれの後で、「僕」は部屋の緑の世話をし対話する。
「僕」の周囲の女性たち、モデル、同期入社の女性編集者、花屋で働く女性、取材先の建築家に囲われているニューヨーク育ちの女性・・

けれど気がつくと、「僕」の周りから女性たちはいつのまにかみんな消えていた。
彼女たちにはターニング・ポイントがあったのだ。
それは病気だったり、新しい恋だったり、失恋だったりもするのかもしれないが、つまりは「僕」は見捨てられたのだろうか?
変わった彼女たちと変わらない「僕」。
「僕」はで、も、そもそも、変わることを望んでいいるのか?

この「ガーデン」、これまでの千早茜のなかでは一番好きだ。
彼女は「男ともだち」以来、ちょっと進化したとうか、「書く」ことに本腰を入れた感じがする。
千早茜のような立ち位置の作家さんが頑張って、こんな秀作を書いてくれるのはとってもうれしくて楽しみ。
書き続けているひとがいつか報われるのなら、応援したい作家さんは幾人かいる。
栗田有起、安達千夏、木村紅美、生田紗代たちにもうひと踏ん張りを期待したい。
(そういえば高瀬ちひろって書いているのかな?彼女の「踊るナマズ」はユニークだったけど)。
千早茜を含めて、誰がこれから飛び出すかを見て行きたい。
新しい作家はどんどん生まれているが、最近は息が短い。使い捨てにならないよう、時代に迎合しないでじっくり自分を保つことでしか生き残れないと思う。
彼女たち、私は大好きなんですから。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月05日

ハッチの週間身辺雑記

迷走台風5号、進行ルートが13と言われていて、どこに進むか不安な土地がたくさんあるようですが、とくに九州の大雨被害地に追い打ちしないよう祈るばかりです。

今年は初めて我が家にできた梅で梅干しを漬けました!
せっかく植えるのならと、白梅は南高梅を選んで7年目くらいになるかな?
花は美しく咲き、香も素晴らし士のに、実が小さく貧相で「これ、本当に南高梅?」というほど毎年ガッカリしていたのです。
ところが今年はスゴイ!
少ないものの、約1キロほど採れました。大粒で香の良い完熟の梅です。
塩漬けし、水が上がってきたので、赤紫蘇を塩もみして入れました。
この赤紫蘇が問題で、この寒冷地では梅が生るのが遅いのです。赤紫蘇がもう終わっていることも。
でも生活クラブで注文できたのはラッキー。
あと一週間したら干します。もう土用は過ぎたけれど、真夏の太陽の下で3日〜5日間、昼も夜も干すつもり。しっとりした方が好きなので、赤紫蘇梅酢にまた戻す予定です。

梅干しはN子さんが毎年作ったのを下さっていました。それが庭の梅がダメになって実があまり採れなくなったそう。
我が家にまで回って来なくなりました。
彼女の梅干しは本当に塩加減が絶妙で、それは毎回、美味し出来でした。
塩は多分13%くらいだったかな?

今回、迷ったのは、この塩加減でした。
減塩の梅干しは食べるには美味しいけれど、私はあまり焼酎を使いたくなかったのです。
昔は塩だけで梅干しをつくっていましたよね。
その昔ながらの作りかたで作ってみようと思い、塩を17%にしてみました。
これならカビの心配がないので焼酎はほとんど必要ないくらい。
塩がなれるまで、1年間は置くつもりなので、カビさせたくないのです。
我が家ではオムスビに入れるのに使うことが多いので、少しくらいしょっぱくても大丈夫。
1年後が楽しみです。
残った赤紫蘇でジュースも作って、これは夫がゴルフの時の飲み物として活躍しそうです。

土用も過ぎたけど、鰻は食べずじまい。
近々友人たちと一緒に隣町に食べに行こうと話しています。鰻は待ち時間が長いので誰か楽しい人たちと一緒に、お喋りしながら出てくるのを待つのが一番。
でもその食べに行く日程がなかなか合意にいたらない。
うぅ、もう待てない。
一緒に行くのは別として、私たちだけで鰻、食べに行こうということに。
その鰻、そこで食べるのではないのです。
ある友人から面白い話を聞いたのですが、岡谷(女工哀史の紡績工場で有名ですね)に川魚店があって、そこで鰻の蒲焼をテイクアウトできるのだとか。
そして斜め前にあるコンビニでご飯をチンして買って、どこか近くの公園で食べるといいよと。
鰻はとっても美味しいのだそう。
でもチンしたご飯はどうも。。と川魚店でお弁当にしてもらうようお願いしてみたら、それは数日前からの予約のみだそうで、結局コンビニのご飯となりました。
コンビニのご主人に買ったばかりの鰻のことを話すと、「ここの鰻は岡谷で一番」とのお墨付き。
「どこか公園ありますか?」と訊ねると、「ここで食べれば?エアコンが涼しいし」と親切に言ってもらい、店内のイートイン・コーナーで食べさせてもらいました。
これがホント、すごーく美味しい鰻!
まぁ、チンしたご飯の上に乗っけて食べるのが、わびしいと言えばわびしいし、忙しないと言えば忙しないのではありますが、鰻には大満足。
この川魚店は大当たりで、しかも学生のような面白い経験をした感じ。コンビニのご主人、御親切ありがとうございました。
これで友人たちとの鰻会が当分後になっても、我慢できるでしょう。

今年も沖縄の友人からマンゴーが届きました。
先月はパイナップル(おっといけない、これは「パイン・アップル」と呼ばなくてはいけないブランドパインなのだそう)を送ってくれた同じ友人からです。
彼に対してのお返しは実に簡単。
蓼科にある蕎麦工場の生蕎麦を御所望なのです。この蕎麦、けっして「こだわりの」蕎麦ではないのです。ごく普通の工場製品。)
「あんな蕎麦でいいの、本当に?」といつも訊ねるのですが、あれが好きなのだと言い張ります。
もう20年以上、お返しとして送り続けているのですが、いつも恐縮しながらマンゴーを頂いています。

来週あたりから、夏休みは八ヶ岳でという人たちで、ここは混雑することでしょう。
スーパーの駐車場はいっぱいで交通整理が出るし、どこのレストランも大入り満員。
その前に私たちは買い出しをすませ、1週間くらいはどこにも出かけなくてすむよう準備します。
いつ友人の来訪があっても大丈夫のような食品も揃えなくては。
でもこのところ、夏のお客様にはカレーか冷たいパスタと決めているので、気分的にはラクです。
あとはサラダとか簡単な前菜が数種類あればOK。
もうあんまり頑張らずに、気楽に迎えることにしたのです。
来てくれる方も気分が軽いですからね。
年々と踏ん張りがきかなくなって、それなりでいいやと、思えるようになりました。
その変わり、いつ来てもらっても、何度来てもらっても歓迎です。
夫も以前よりかなり手伝ってくれるようになったし。

台風、どうなるか?
地震や大雨被害の九州が心配です。


posted by 北杜の星 at 07:24| 山梨 ☁| Comment(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月03日

旭屋出版MOOK「珈琲女子」

ナントカ女子という言い方が流行っていますが、珈琲の世界にも女性が次々進出しているようです。
女性バリスタが多くなっているし、彼女たちがお店を持つことも増えている。
一時珈琲店がシアトル系カフェに押されて経営困難になっていたが、最近は新たな珈琲専門店をよく見かけるようになった。
街を歩いていてそうした店でホッと一息できるのはうれしい。
考えてみれば、珈琲の仕事は女性にぴったりだと思う。
重いモノを持つ必要はないし(パティシェとかパン屋というのはけっこう大変)、ローコストでもセンスある店を持つのは女性に向いているような気がする。

我が家は朝食はミルクティだが、一仕事終えたときに楽しむのはやはりコーヒーだ。
午前の10時半ごろの習慣となっている。
本当は午後や夕食の後でも飲みたいのだが、歳をとるとカフェインの影響で夜が眠れなくなる。
いろいろカフェインレスのコーヒーを試してはみるのだが、味に大満足というわけにはいかないし、カフェインレスとうたっていても残っている場合も多いみたいでやはり眠れない。
この本に「インノセントコーヒー」というある女性が開発したカフェインレスが紹介されているが、99.9%のカフェインが除去されているそうで、是非、これを試してみたい。
日本の店にはカフェインレス・コーヒーを置いていないところがまだまだ多いが、眠れない人や妊婦さんなどが安心して飲めるコーヒーを置いて欲しいものだ。

この本には「好みの味を見つける」「好みの淹れ方を見つける」「ペアリングを楽しむ」「コーヒーカクテルを楽しむ」の項に分かれている。
そのどれもに女性が活躍。
好みで言えば、私は酸味のあるのはダメで、苦みの方がいい。
これは焙煎の問題のようで、焙煎が浅いと酸味が強くなるし、焙煎が深いと苦みが多くなるようだ。
昨年、今年と私たち夫婦は友人とともに、コーヒー教室に参加した。
本業はカメラマンという松本祥孝さんという人に、美味しいコーヒーの淹れ方を教えてもらった。
豆の選び方、焙煎のしかた、そしてハンドドリップの淹れ方。

豆はブラジルを基準とするとブレンドしやすいそうだ。
焙煎は強めが私の好み。
そして淹れ方。例えば5人分を淹れる時には、5人分の豆に4人分のお湯で抽出し、後に1人分の湯を加える。
これは決して「薄める」のではなく、最後の雑味やあ澱を出さないためとか。
これを教えてもらって以来、夫はその通りに淹れるようになったが、確かに美味しいですね。

コーヒーもだが、シアトル系カフェのおかげで、日本にエスプレッソが定着した。女性バリスタが続々誕生してもきた。
本場はもちろんイタリア。
でもそのイタリアでも北と南では微妙に味が異なる。これは湯の量の違いだ。
北は湯の量が多いし南は少ない。断然南の方が美味しい。
でもこの量は日本ではあり得ないもので、日本のイタリアン・レストランの食後のエスプレッソの量の多いこと。
イタリアから日本にやってきたレストランでも最初はイタリアの量だが、だんだんと日本向けの量になってしまうのが残念だ。
(食後にカプチーノを注文うする人がいるが、あれはイタリアでは絶対に不可。)
でもイタリアではバリスタはほんとど男性で、女性は見かけない。レジに坐っているのは女主人だけど。
でもバリスタとかバーテンダーが女性って、カッコいいよね。

我が家ではカプセルではなく粉の時代からエスプレッソ・マシーンを使っていて、今は4台目。
ものすごく進化していてカプチーノなんてとても簡単に作れるようになった。
エスプレッソ・マシーン、コーヒー・メーカー、ハンドドリップ・・3種類のコーヒーをその時々で使い分けているが、作るのは夫。
どの家に行っても、コーヒーはご主人担当ということが多いみたい。

コーヒーのお供はなんといっても焼き菓子かチョコレートたと思っているが、この本には「ペアリング」で同じことが書かれていて、「やっぱりね」と思う。
たくさんでなくて、ほんの一粒、一枚で充分。
コーヒーを飲みながら、あれこれお喋りして気分転換。

これを読むと、コーヒーが飲みたくなります。
そして珈琲女子、頑張れ!と応援したくなります。
このあたりには美味しい珈琲屋さんが多い。リゾナーレのなかには軽井沢の丸山珈琲があるし。
でも他の店で珈琲女子はあまり見かけない。
八ヶ岳、狙い目ですよ!来て下さい。そしてとびっきり美味しいコーヒーを飲ませて下さい。
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年08月02日

井上荒野「赤へ」

この井上荒野の「赤へ」はあまり評判にならなかったみたいな地味な作品だが、これ、なかなかの秀作だった。
10の短編のどれにも「死」がある。
ふいに訪れる死、覚悟をしている死であっても、死はそれに直面すると平静ではいられない。
病死、事故死、自死、殺人・・
死のかたちはそれぞれ違い、死者との距離も異なる。

直接的な死が出て来ないのは最初の「虫の息」だけだ。
けれどこれにも、元左翼劇団女優の老婆の死ぬ真似がある。だから「虫の息」はこの短編集の助走的小説と言ってもいいかもしれない。

井上荒野の小説はどこか不穏な空気をいつもまとっている。
その不穏さが人々を繋げたり、離したりする。
これもそうだ。
淡々とした筆が主人公たちと周囲にある死との関係性を、客観的なものにしている。

客観的でないのが2編。これは井上荒野の私小説だが、「母のこと」はこのなかでも白眉といえるものだろう。
彼女の母ということは、作家井上光晴の妻。
光晴ほど女にモテた作家はいないと言われていて、家に帰らないこともしばしばだった。
その光晴は癌になって、「死にたくない」とあらゆる治療を受け闘病をしたが、そうした夫とは正反対の妻だったようだ。
井上荒野の母は十数年間、肺がんの治療をしていたが、他の癌も見つかった時に、「これでケリがつくわ」と言い、もう癌治療は何も受けなかったという。
その潔さは他の生活一般にも及んでいて、きっぱりとあらゆる物を整理処分した。そのなかには光晴の位牌もあって、さすがにこれはと、荒野の夫が捨てるのを止めさせたとか。
母にすれば位牌など、ただの木片にすぎなかったのだろう。

母は優しい人だったが、感傷的な人ではなかったと荒野は書く。
歳をとってもスラリと美しく、お洒落にお金を掛けているふうではなかったが、いつも綺麗にしていた。
美味しいモノが大好きで、また料理上手でもあった。
荒野の小説にはよく食べものが出てくるが、この母の料理で育った所以のことだと思う。
そんな母なのに、外食のための外出も厭うようになった。
どこにも行かず、ただ部屋で本を読んで過ごしていた。

そんな母との最期の1年間を共に暮らした荒野の想いがせつない。
一番したかったことは「母に抱きつくこと」だった。けれど母はそういうことを、うるさがる人であったし、もしそれをすると、母に死期が近づいているのを悟られるような気がしてどうしてもできなかったそうだ。
亡くなる数日前まで、弱ってはいても、変わらぬ生活をしていた母の最期の言葉が何だったのか、どうしても思い出せない。
そんな荒野を病院の医師は「だれもが、ドラマのようにはいかない。『ありがとう』なんて言って死ぬ人はいませんよ」」と慰めてくれた。

「母のこと」を読んで、なんて見事な生き方、死に方だろうと思った。
人は生きてきたようにしか死ねないものなのだ。
何事にも執着しないことの潔さが、結局は安らかな最期を導くのだろう。
こんな母を眼前にしたのだから、井上荒野は「大丈夫」という気がしている。何が大丈夫かはよくわからないのだけれど、でも大丈夫。


posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする