2017年08月07日

千早茜「ガーデン」

主人公の「僕」は30代前半の雑誌編集者。
女性たちから関心を寄せられても、深い関係は築けない。周囲からは草食系とみなされている。
「僕」はずっと違和感を持って生きている。
それは幼い頃に発展途上国で過ごした経験がある「帰国子女」だからかもしれない。

このあたりは作者の経験が投影いされているのかもしれない。(千早茜は幼少時をアフリカのザンビアで過ごしている)。
「僕」が住んでいた国は治安が悪く、家と学校の往復、それも運転手の車からの風景しか知らない。
家には門番や庭番、手伝いの現地の人が数人いて、彼らの宿舎が敷地内にあり、プールもあった。果樹園も菜園もあった。
「僕」はその敷地の緑のなかで育ったのだ。

帰国してから「僕」は閉塞感に包まれる。そして唯一、心が休まるのが、自分の部屋を埋めつくす植え木に囲まれるとき。
多忙な仕事の後で、女性たちとのあれこれの後で、「僕」は部屋の緑の世話をし対話する。
「僕」の周囲の女性たち、モデル、同期入社の女性編集者、花屋で働く女性、取材先の建築家に囲われているニューヨーク育ちの女性・・

けれど気がつくと、「僕」の周りから女性たちはいつのまにかみんな消えていた。
彼女たちにはターニング・ポイントがあったのだ。
それは病気だったり、新しい恋だったり、失恋だったりもするのかもしれないが、つまりは「僕」は見捨てられたのだろうか?
変わった彼女たちと変わらない「僕」。
「僕」はで、も、そもそも、変わることを望んでいいるのか?

この「ガーデン」、これまでの千早茜のなかでは一番好きだ。
彼女は「男ともだち」以来、ちょっと進化したとうか、「書く」ことに本腰を入れた感じがする。
千早茜のような立ち位置の作家さんが頑張って、こんな秀作を書いてくれるのはとってもうれしくて楽しみ。
書き続けているひとがいつか報われるのなら、応援したい作家さんは幾人かいる。
栗田有起、安達千夏、木村紅美、生田紗代たちにもうひと踏ん張りを期待したい。
(そういえば高瀬ちひろって書いているのかな?彼女の「踊るナマズ」はユニークだったけど)。
千早茜を含めて、誰がこれから飛び出すかを見て行きたい。
新しい作家はどんどん生まれているが、最近は息が短い。使い捨てにならないよう、時代に迎合しないでじっくり自分を保つことでしか生き残れないと思う。
彼女たち、私は大好きなんですから。
posted by 北杜の星 at 07:58| 山梨 ☀| Comment(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする