2017年08月22日

垣内美雨「嫁をやめる日」

夏葉子の夫は出張と言って家を出ながら、地元長崎のホテルで脳溢血で急死した。
なぜ夫は嘘をついたのか?夫は誰と会う予定だったのか?
夏葉子は夫とは夫婦としてこのところ、心の隔たりを感じていた。
正直、自由になった気がして、さほど夫の死を悲しむでもなかった。
さいわい、タウン誌を発行する編集会社でパートをしていて、記事も書かせてもらえるようになったところだ。
家のローンは夫の死によってなくなっている。赤い屋根のお気にいりの家である。贅沢をしなければここでこれから暮らしていける。

しかし彼女は自由にはなれなかった。
一人息子を失った義母はアポなしで家にやって来るだけでなく、合鍵をつかってしょっちゅう家に入り込む。
大きな仏壇を買って運ばせるし、夫の墓には自分の名前が赤く彫られている。
「お線香をあげさせてください」と見知らぬ人を連れてくる。
思ったことがズバリと言えぬ性格の夏葉子はだんだんがんじがらめにされて、思い悩み・・

この義母という女性、名家の出でとても上品。実家のがさつな母よりも夏葉子は慕っていた。
でも息子がいなくなって、自分たちの老い、娘(夏葉子の義姉)のひきこもりで将来をなんとか夏葉子に託したいと必死。
その行動に節度がなさすぎる。
最初は夏葉子も「いい嫁」と言われることが得意でなくはなかった。
けれど狭い地方都市。いつも他人の目がそこかしこにある。監視されている気分。

そうした時、実家の母がある法律的な方法があると示唆してくれた。
「咽族終了届」がそれだ。
夫亡きあと、夫の家族との縁を法律的に切るもの。
あまりの手続きの簡単さに夏葉子は驚くのだが、身元証明書、配偶者の死亡日時の記入、印鑑のみ。保証人も配偶者の家族の書類も不要。
もし名字を旧姓に戻したかったら、それもまた超簡単だ。

東京では考えられないほど「嫁」という立場で苦しむ女性が地方都市や田舎にはたくさんいると思う。
名家と目される家ならなおのことではないだろうか。
東京育ちの夏葉子は夫が生きていた時には疑問を持たなかったがが、夫亡き後までも縛られるのはたまらなかったのだ。
私の知人で東北の男性と結婚した人がいる。離れて暮らしているのに、何かと言うと「長男の嫁」としての役割を押しつけてきて、友人は何年か後にとうとう我慢がならなくなって離婚した。
けれど夫のことは好きだったので籍だけ抜いて、事実婚としている。
面白いのは、籍を抜いたら義両親からの「長男の嫁」としての要望や期待や締め付けは皆無となったそうである。つまりは赤の他人ということ。
「本当にうっとうしかった。夫には『何も私たちの間は変わらないから』と言ってあるし、何も二人の間は変わらないの」とホットしている。

私自身は「嫁」として何も強制されたことはない。もともと嫁とか姑とかの関係性を考えたことがない。
他人が他人に持つ礼儀や親愛があればそれでOKとずっと思ってきた。それが良かったのか舅姑で苦労したことは一度もない。義母とは一緒に食事に行ったり、歌舞伎を観に行ったり、実母より気が合った。
こういうので悩むって、不毛だもの、私はラッキーだったと感謝している。

お盆休みも終わたが、帰省客へのテレビなどのインタビューで「田舎はよかった」「楽しかった」とかの言葉を聞くたびに、その家のお嫁さんのことを思い浮かべてしまう。
義理の家族の帰省のための準備に、布団を干し、料理の買い出しをし、掃除をし、滞在中はしゃかりきに働き、帰った後は後でまた布団干し、掃除・・
「こんにちは」「さよーなら、またね」と来て帰る気楽さを支える「嫁」って、大変だ。
夫が死んだ後も縛られるなんて、ホント、あり得ないことだ。

縁がって「家族」になったのだから、その縁を大切にしたい。でもそう思える「距離感」もある程度は必要だと思う。
この「嫁をやめる日」、つくづく夏葉子の肩を持ちたくなります。
posted by 北杜の星 at 07:01| 山梨 ☀| Comment(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする