2017年09月04日

小川洋子「海」

好きな作家の素敵な文章を指で読みたいと選んだ点字の本がこの小川洋子「海」。
7つの短編集はどこか妖しくそして懐かしい雰囲気があった。

読み進んで「バタフライ和文タイプ事務所」が始まってすぐ、私は「あっ、これ!」と思わず声をあげた。
数年前に読んだ小川洋子があまりに心に残っていて、でもタイトルがどうしても思い出せず、またどの本に入っているかの記憶もなかったものが、ここで再会できたからだ。
ぜひもう一度読みたい、の願いがかなった。しかも点字本で。
こういうのが私にとっての一番の幸せで、大好物の美味しいものを食べる以上にわくわくうれしいこと。
この「バタフライ和文タイプ事務所」は「日本文学100年の名作」(池内紀、川本三郎、松田哲夫選)の第10巻に編まれている。しかもこの巻のタイトルとなっているのだ。
うーん、やっぱりこれは名作だったのですね。
ますますうれしい。

変形な道の交差する場所にある「バタフライ和文タイプ事務所」に、若い女性タイピスト「わたし」が入社してきた。
事務所では近くにある大学院の医学論文をタイプする仕事が多い。
「わたし」もそうした論文の仕事をし始めることとなった。
バタフライとは和文タイプの活字を探す盤の上の手の動きが蝶が飛ぶのに似ているからだそすだ。
ある日「わたし」の使いたい活字が損傷しているのに気付きい、3階の活字管理人室に行って、新しいのと取り替えてもらうように言われた。
診療所の待合室のようなところに小窓が開いていて、そこから管理人が新しい活字を出してくれるのだ。
彼の顔も姿も見えない。ただ彼の手が見えるだけ。その手は活字の鉛のために指が変色していた。
渡してくれる時彼はその字についての自分の講釈を聴かせてくれた。

糜爛の「糜」という字、睾丸の「睾」の字。医学論文だからこういう字があるのだろうが、管理人の字の考察がエロティックなんですよね。
しかも姿は見えない。声と指だけというのがエロティシズムを倍加させる。
彼の言葉をもっと聞きたくて、「わたし」はある活字にわざと傷をつけて、3階に持って行く・・
この活字を管理人はどう説明するのか・・

私はいつも小川洋子という作家は「偏愛」の人だと思っているのだが、この本に彼女の「偏愛」ぶりが強く表れている。
それが堪能できて、小川ワールドにすっかり浸りきれた。
でも私はこれを以前に活字で読んでいたから「字」がわかるのだが、初めて点字で読むと漢字がわからないから、面白さが響いてこないと思う。
漢字からインプットされてきたエロティシズムがあるからこそ、この作品が成り立つのだ。
(点字で読むと新たな感覚が得られてそれはそれで興味深いのではあるが、点字はいわゆるカナ表記なので、登場人物の名前の漢字がわからないのがつまらないのだ。作家だって主人公の名前を決める時にはあれこれ考えて決めるのだから、名前には多きな意味があるはず。点訳する人はせめて漢字の説明を「訳注」としてしてもらいたい。
例えば「華子」なら「華やかな華」とか。・・盲学校では点字の読み書きと同時に、当用漢字も教えているのだそうで、視覚障害者であっても漢字は知っているのし、中途失明者はなおさら漢字からのイメージが強いのだから。)

とにかくこの本を再び読めたのが、うれしいです。
posted by 北杜の星 at 08:06| 山梨 ☁| Comment(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする