2017年12月21日

汽水民俗研究会編・著「民俗学者が歩いて出会った人たちのことば」

汽水民俗研究会って何?
汽水と民俗学がどう結び付くの?
と、不思議な気持ちでこの本を手に取った。
説明を読んでよくわかった。
河川と海が交わる汽水域では、昔か豊かな文化が形成されてきたという。
日本全国のそれらの土地を訪ね歩き、そこに暮らす人々の話しを聞いた研究の成果がこの本。
この本は汽気文化に深い興味を抱く民俗学者たち6人の執筆によるもの。

民俗学の聞き書きと言われて思いだすのが、宮本常一だ。
柳田國男などのアカデミックな研究とは違って、彼は自分の足で歩き、地方の家々を訪れ炉端で夜を徹して話を聞いた。
「人たらし」とも言われるほどに、人の懐に飛び込むことに天才的な能力があった彼だからこそ聞けた話しはあ多かったことだろう。
この汽水民俗研究会の学者さんたちも、聞く、聞いて書くことに関してはプロフェッショナルのようである。
なんとも奥深い珠玉の人生の言葉を引き出している。

汽水域に住む人だから、漁業に従事するひとが多いが、行商の花屋のおかあさん、魚の行商人、鍛冶屋、農業、石材採掘をする人、代々カモ猟を行ってきた人・・
漁業でも普通の船を出しての漁業もあるし、潜り漁業やカツオの一本釣り漁業もある。
すべてが聞き書きではなく、30年もの長きにわたる農家の人の記録もあって、これがとてもおもしろい。
日本の高度成長時代の農家、農業がどうであったかがつぶさに理解できる。
人力で行っていた農業にだんだんと農機具が入ってきた時代の様子など、まさに民俗学的興味をそそられる。
なんであってもしっかり記録することの大切さをつくづく感じる。

「海は大きな生きもの」
「石は割れたい方にしか割れない」
「頼ってくれてありがとう」
「十億の仕事を喜ぶより、百円の仕事を喜ぶほうがいい」
「雪が消えて土が見えると、会いたかったものに会える気がする」
「雨でも行く 正月でも行く」

理屈や理論ではない生活に根ざした言葉の数々を前にすると、私なんぞが放つ薄っぺらな言葉など、恥ずかしくてただ下をうつむくだけだ。
「何もかも、全部しんどかった」と言う石川県の山中で焼畑を作って暮らした山口さんの言葉にあるように、一から作り上げる仕事の苦労は並大抵のものではなかったろう。
漁業にしても農業にしても自然との闘い。台風もあれば地震もある。
3・11のあの東北の大震災のことを話す人がいる。もっともっと昔の大地震の記録も出てくる。
でも、どんなに厳しい海や自然であっても、彼らがスゴイのはその自然を否定するのではなく、厳しい自然と共生する強さを持っていること。そして自然に対して畏怖の念を忘れないこと。
世の中には偉人や有名人の金言は多い。
しかし地を這うように生きる人の言葉の重みは、それらに決して負けない力がある。
日本全国の汽水地方に赴き、こうした話しを集めたこの研究会の民俗学者さんたちに感謝です。
posted by 北杜の星 at 07:27| 山梨 ☀| Comment(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

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