その啓介の前に、女子高校生まりあが倒れこんできた。
さらしできつく巻かれたお腹はあきらかに妊婦のものだった。
「望まない妊娠」で男の子を産むことになったまりあ。そしてその赤ん坊はある組織を介して、海外に養子に出されることになった・・
佐川光晴、ずいぶんと資料を読み調べたようだ。
終戦直後の「望まれない赤ん坊」たちの世話をしたサンダース・ホームや、1970年代に実子として赤ん坊を斡旋して世間を騒がせた菊田産婦人科医師のことなどについて、書いている。
わが国では他人の子供を実子として戸籍に入れることは、違法とされている。
現在、「望まれないで」生まれた赤ん坊たちのほとんどは、養護施設で18歳まで育てられる。
なかには厳しい審査を経て、養子縁組される少数の子供もいるという。
しかし、そうして生まれた赤ん坊のなかには、海外に「養子」として渡る子が、日本で年間40人強いるらしい。
その40人という数字を多いとみるか、少ないとみるか・・
もらわれ先は、アメリカの日系人夫婦のもとを含む。
けれどこの「金色のゆりかご」が問題提起しているのは、そういうちゃんとした養子縁組ではない。
養子縁組をすると称して、子供を児童買春、児童ボルノ、また臓器移植に利用する場合が多いという。
こういう犯罪組織に組み込まれた子供たちを取り戻すのは、ほとんど不可能だ。
妊娠月数の多い人工中絶や養子縁組を考える上で、この本は興味深かった。
これは小説だがノン・フィクションとして読むほうがいいと思う。
後半の三分の一くらいからはとくにそうだ。
小説的には、啓介やまりあ、まりあの母親などがあまりにも「それらしく」て、人物が面白くない。
まりあが完璧するぎる。その完璧さと、「望まない妊娠」をした浅慮が結びつかないで戸惑ってしまう。
佐川光晴ってずいぶんと変化した。
初期作品はいかにも「純文学」って感じだった。
「家族芝居」くらいから初期の暗さが薄まり、この「金色のゆりかご」は中間小説である。
けれど彼の生真面目さはこれにもしっかりとあらわれている気がする。
彼のなかにこれを書く大きな意味がなにかきっとあったのだろう。

