2008年12月24日

ハッチの身辺雑記

月に一度のハッチの身辺雑記です。

今年もあとわずか。皆様にとってどんな一年でしたでしょうか。
私は、いやはやもう、って感じの一年でした。
我が人生でこんなにも劇的だったことはないというくらい、いろんなこと、それも悪いことばかりが起こったのです。
実家の母が逝き、義父が圧迫骨折のあと人格が崩壊して要介護となりました。
やっと落ち着き場所が決まったと思ったら、こんどは夫がこれまた骨折。
幸いまだ若いのでボケはしませんでしたけど・・
そして数日前、彼は眼瞼下垂の手術を受けたのです。
マブタが下がって視野が狭まるのを改善させるためです。
眼の検査をするときに、「マブタを上に押させて置いてください」と言われるくらい下がっていたのですって。
でも、術後両マブタの上に絆創膏が貼られて、異様な感じ。
本人も気にして、真っ黒なサングラスを買ったのだけど、それを掛けると別の意味で異様な感じ。
骨折の杖もついているし、すれ違う人が彼を迂回して歩きます。

今日久しぶりで一人で買ったばかりの本を抱えてお茶をしに行きました。
有線放送でクリスマス・ソングが流れていました。
買った本は中島京子の「ハブテトル、ハブテトラン」。
なんだか外国語のようですが、ハブテトルというのは広島の方言で、すねている、むくれている、という意味。
この本は備後が舞台、福山市松永という土地で過ごすことになった少年の話です。
(といってもまだ数ページしか読んでいない)

私の母の実家は、松永ではないけれど、福山市駅家というところでした。
戦後のバッタン景気と呼ばれた頃、備後絣の染織をしていたそうです。
四国の阿波からスクモを売りに来たら、藍甕で藍をたて染色をし、それを織機で織るのです。
そのときの音が「バッタン」「バッタン」。
作れば作るほどすぐに売れた時代だったのです。

私の母のご自慢は、井伏鱒二をしばしば見かけたというこでした。同郷なんです。
井伏鱒二の友人に木下さんという薬局の主がいました。井伏鱒二の随筆にも出てきます。

木下さんは地方詩人として今でも名を知られている人で、とてもいい詩を書いています。

木下さんも井伏鱒二のように上京して文学をしたかったのですが、家の事情で薬局を継がなくてはならなかったのです。
母はその木下さんから、よく本を貸してもらったと言っていました。
そのおかげかどうか、母は小説が大好きでよく読んでいました。
井伏鱒二が帰郷して木下薬局の二階に上がる姿を見て、母は「なんて堂々とした立派な人だろう」といつも思ったそうです。
私も、一度だけですが25年位前、荻窪の教会通りでお見かけしたことがあります。
やはりとても立派な印象でした。
ご近所だった井伏鱒二の清水の家の前をよく散歩しましたが、「中央線文士」の家らしい佇まいが素敵でした。
「ハブテトル、ハブテトラン」・・よく知っている言葉なのに口に出して読むと、不思議な響きを持っています。
なんだか母を思い出して、胸キュンとなりながら、中島京子の本の表紙を眺めていました。
読み終わったらこのブログで感想を書きますので、読んでください。

今年一年のベスト・ファイブを出そうと思いながら、時間がなくて出せていません。
なにが一番心に残ったかなぁ。
「ばかもの」もよかった・・
そうそう、絲山さんが毎年暮れに出している「絲山賞」、今年は鹿島田真希ですって。
絲山ファンの私にとっては、あの大江健三郎賞よりもずっとずっと高い評価なんです。
来年早々に発売される「群像」には、絲山さんと鹿島田さんの対談が載ります。
ちょっと意外な組み合わせですが、楽しみです。

年末年始も気の向くままブログ書きます。よろしくお願いします。
あともう少し、どうぞお風邪など引かれませんように。
引いてしまったら、暖かくして寝床で本でも読んでください。
posted by 北杜の星 at 08:23| 山梨 雨| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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