2009年02月18日

ポール・ニザン「アデン・アラビア」(小野正嗣訳)

「僕は二十歳だった。それが人生でもっとも美しいときだなんて誰にも言わせない」

ポール・ニザンの「アデン・アラビア」のあまりにも有名な書き出しである。
池澤夏樹個人編集世界文学全集第10巻。翻訳はフランス文学者で小説家の小野正嗣。
池澤が書くように、これは、カミュの「異邦人」の冒頭「きょう、ママンが死んだ」とともに、二十世紀のフランスの小説の中で、もっとも有名な書き出しである。
この部分がどうなっているかが、一番興味があった、というか心配だった。
しかしなにひとつ変化がなかった。
それはそうだ。「異邦人」が「今日、お母さんが死にました」とはたぶん永遠に訳されないように、これはもう不朽の名訳でこれ以上つつきようがない。

この全集の予約受付のとき、購入するべきかどうかとても迷った。
第1巻のケルアックの「オン・ザ・ロード」からして、もうワクワクなのだから。しかも新訳が青山南。
でも悩みに悩んだ末に、諦めた。
こんな年齢で世界文学全集もないもんだ、と。
今年の初め、いつも行くライブラリーの図書館員さんに、この全集のことを話してみた。

「二十一世紀の図書館には絶対必要だと思うよ」とかなりオーバーにプッシュした。
そうしたらなんと、先週行ったら、新刊コーナーにこの全集が数巻並んでいるではないか。
もう狂喜乱舞して、全部あるだけ借りたかったけれど、でもこういう優れた本は他の人にも読んでもらいたい・・
これだけ胸に抱えて帰った。

皮肉、嫌悪、怒り・・「アデン・アラビア」のニザンってこんなに尖がっていたっけ?
コレを読んだ当時そうは思わなかったのは、若かった私も尖がっていたからなのか。
世の中全てに対して怒っているニザンが、なんだか可笑しくてかわいい。
だからといってこれを青臭いと一言の元に片付けてしまいたくはない。
彼が怒りの対象としたものは、依然として、いやより巨大化して現在も存在しているのだから。

ただナニカが違うとしたら、いまの若者はニザンのように怒らなくなったことだろう。
二十歳のときを「人生でもっとも美しい」と信じているのだろうか。
それとも外的に「NON」と言うことをせず、内的に自己完結しているのか。
完結にはほど遠く自己破壊にすすんでいるのか。

ニザンの世代に救いがあるとしたら、「楽園」を夢に描けたことだと思う。
アメリカ、アフリカ、オセアニア、アラビア・・
夢を求める土地があった。夢がないならないで、逃げ込める場所があった。

イエメンのアデン。
「そしていま、死にそうなほど美しいこの場所に僕はいる。」とニザンは書いている。

アデンの風景、人々、見るもの触れるものの全てが彼を魅了する。
けれど滞在が長くなれば、倦怠がニザンを包み始める。
「アデンでは僕の体はパリにいるとき以上にやることがない。何も見つからない」
どこにもあるのは、「権力、欲求、所有といったもの」ばかりで、それらはとにかくニザンの怒りとなるのだ。
焦りと失望を抱え、彼はパリに戻って行く。

甘ったれていると言えば言える。
でも彼は外に向かってだけ怒っているのではない。自分にも怒っているのだ。
頭抜けて頭の良い彼がリセで同級生となったのは、みんなブルジョアの子弟たちだった。
労働者階級出身の父を持つ彼は、「エリート」の座に自らを押し込めることができない。どこか居心地が悪いのだ。
その自分の矛盾が、ブルジョアへの抵抗となってしまう。
同級生で親友のサルトルのように、イデオロギーだけのコミュニストではなかったのだ。

独ソ不可侵条約を犯してドイツに侵攻したソ連に幻滅し、共産党は離脱したが、ニザンはコミュニズムに幻滅したのではないと私は考えるのだけど。
もしニザンがダンケルクで戦死していなかったら、彼の思想はどう変化していたことか。
とても興味がある。

何十年ぶりに読み返してみて、やはり「若い」と思う。
怒りすらもキラキラとしたかがやきに満ちている。

翻訳文を読んでいることを忘れてしまう素晴らしい小野正嗣の訳だったことを付け加えておきます。
若さが傲慢に陥っていない文章で、本当に素敵でした。
posted by 北杜の星 at 07:46| ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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