2009年12月24日

若林ひとみ「クリスマスの文化史」

今夜はクリスマス・イヴ。明日はクリスマス。
都会では美しいイルミネーションが恒例となった。
最近では11月になるともうクリスマスの飾り付けがはじまり、それはあんまり早すぎやしない?と、何かに追い立てられる気分になってしまうほどだ。

この本の著者の若林ひとみ氏は、ドイツ留学中にヨーロッパのクリスマスを体験し、以後クリスマスに魅せられクリスマス研究家となったひと。
各国のクリスマス事情や歴史を調べ、アンティークのクリスマス・グッズ収集家としても名を馳せている。
この「クリスマスの文化史」はそんな彼女らしく、ドイツのクリスマスを中心に書かれたもの。
項目には、「クリスマスの起源」「クリスマスツリー」「イエス・キリスト生誕シーン」「サンタクロース」「クリスマス・ソング」「クリスマス市」「クリスマスカード」そして「クリスマス料理」に分かれている。

クリスマス・ツリーがドイツからはじまったというのは、ごもっともだと思う。
ドイツの森のもみの木やドイツトウヒを伐って部屋に飾るというのは理解できること。
だからそんな木のない南ヨーロッパでは、クリスマスツリーの習慣はない。

私たちが日本で「クリスマス」と考えるものは、アメリカ経由で輸入されたので、アメリカ式となっているが、国によって全然違うものなのである。
ヨーロッパの冬は暗く長い。
家や町のクリスマス飾りは、陰鬱な冬を優しく暖めてくれるものだ。

飾りと言えば、イタリアなどカトリックの国では「プレゼビオ」という生誕シーンを各家庭に飾る。
馬小屋があったり、羊飼いがいたり、東方三博士が馬に乗っていたり、まぁドール・ハウスのようなものだ。
聖フランチェスコが字の読めない人たちのために始めたといわれている。
この時期ローマのナボナ広場には、プレゼビオ売りの店がたくさん出る。
私もアンティークのプレゼビオが欲しいと思うのだけど、この季節にイタリア旅行をしないので、手に入れることができないのが残念だ。
(でももしプレゼビオを我が家に飾っても、ハッチ君が猫パンチですべてなぎ倒してしまいそうだけど)。

私はカトリックの幼稚園に通っていた。
当時カトリック教会では、イエスと呼ばずイエズスとキリストのことを呼んでいた。
3歳くらいの子供にイエズスという発音は難しく、園児たちはみんな「イエッチたま(様)」「イエッチたま」と叫びまくっていた。
先生たち、困っていたんだろうな。大昔のことだけどごめんなさい。
でもそのときの経験からか、私にとってのクリスマスは、「イエッチたま」のお誕生日というものになったのである。

この本を読むまでは、ドイツではみんなシュトレンを食べているのかと思っていた。でもあれはドイツでもほんの一地方のものらしい。
私はシュトレンが好きで、コーヒーと一緒に食べると、ふくふくと幸せになる。
イタリアでは、北から南までどこでもパネトーネだ。
クリスマス近くになると、友人たちの家に行くときの手土産はみんなパネトーネ。
だから一家に何個ものパネトーネの箱が積んである。
パネトーネというのは、パンの親分という意味で、ケーキというよりドライフルーツの入ったパンみたいなもの。
夫は12月の初めにパネトーネを宅配で注文し、すでに食べ始め、もう半分ほどになってしまった。
クリスマスまでもたないよ。
私はあれは少々苦手。だってパサパサなんだもの。

私にとってのクリスマスのお菓子は、イギリスの下宿のおばさんが作ってくれたクリスマス・プディングだ。
何ヶ月も前からフルーツをお酒に漬け込んで、粉や玉子と多種類のスパイスを混ぜ合わせ蒸すという手間のかかるもの。
あたたかいクリスマス・プディングにたっぷりのホイップド・クリームをかけて食べるのは、本当に美味しかった。
イギリス人のなかには、あれは嫌いという人が結構多いが、私は大好きで、珍しがられたものだった。
イギリスを離れるときにおばさんが、私のために大きな大きなクリスマス・プディングを作って持たせてくれた。
ずっしりと重かった。
私が好きなほどには私の家族は好きでなく、大きなプディングはほとんどが私の胃袋におさまった。
春くらいまで残っていたような記憶がある。

誰にでもそれぞれのクリスマスの思い出があるに違いない。
どうぞみなさま、Merry Christmas!
世界が平和でありますように・・
posted by 北杜の星 at 07:39| ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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