2012年08月04日

リービ英雄「大陸へ」

これまでリービ英雄のエッセイを読んできた私だが、これほど政治的、社会的な切り口のものを読んだことがない。
これはエッセイというよりはノンフィクションだ。
「大陸へ」には二つの大陸の被差別民が取り上げられている。
一つはアメリカの黒人、一つは中国の農民だ。

バラック・フセイン・オバマが大統領になって以降、マイノリティである黒人への差別がなくなったかというとそうではない。
バラック・オバマはあらゆる国際的国内的な問題に加え、たえず黒人である自分への差別を考慮しながら大統領の仕事をしなくてはならない。
アメリカの人々は彼が大統領に選出されてホワイトハウスに入るとき、ミッシェル夫人や子どももホワイトハウスの住人になることに戸惑いを見せたという。
つまり黒人家族がホワイトハウスに入るということに初めて直面したかのように、驚き戸惑ったのである。

バラック・オバマ大統領は白人の母を持つが、ミッシェル夫人は生粋のブラックだ。
すでに80年代のブリンストン大学の寮に彼女が入ったとき、白人のルームメイトの母親は大学に苦情の手紙を出した。
ミッシェル夫人がホワイトハウス入りする直前になって、その母娘から謝罪の手紙が届いたというのだが。。
現在ですら、黒人が高級住宅街の家に入ろうとすると、それが自分の家であっても、不法侵入で通報され逮捕されることがある。
最近のニュースで、南部アメリカの教会が黒人カップルの結婚式を拒否したと聞き、唖然としたばかりだ。

アメリカ文学をあまり読むほうではなかったが、マッカラーズ、ボールドウィン、フォークナーの小説を読んで、公民権運動以前の黒人差別の凄まじさは知っていたつもりだが、それは現在にいたるまで続いている。ある意味ではより陰険になって。
リービ英雄が相乗りタクシーに乗ったときの模様が興味深かった。
黒人運転手と黒人ビジネスマンがすでに会話を交わしていたのだが、その会話の内容がどうにも気になってリービが口を挟んだ。しかしそれは非常に稀有な常識に反することだったようで、「一人種間の『プライベート』な会話に異人種の白人が口を挟むことは、ワシントンではまず起こらない」のだそうだ。

アメリカでは黒人はマイノリティに属する。
けれど中国の「農民」はマジョリティだ。どうして差別されるのか。
革命後そして文化大革命で農民の地位は高かった。
でもこれはつまり江戸時代の「士農工商」のシステムと同じで、一番大変な労働でしかも貧しい層にプライドというご褒美を鼻の先にぶら下げただけだ。

リービ英雄は河南省を見て歩く。
黄河の南の河南省は日本の九州くらいの土地に1億人前後の農民が暮らしている過密な農村地帯だ。
過密な農村というのがどんなものか想像しにくいのだが、彼らは過密ゆえに昔も今もとても貧しい。
経済大国中国のなかで、忘れ去られた省である。

現在だけが忘れ去られているのではない。
日本が中国侵攻をしているときに、北を制圧した日本軍が南を占領しようとするのを阻止するために、蒋介石は黄河の花園口という場所の堤防を破壊した。
数時間のうちに、84万人の農民が溺死したという。
この「花園口」のことは世界史に埋もれてしまった。死者がみんな農民だったからだとリービ英雄は書く。

両親の日本人の親友の名前をとって英雄と名付けられた白人のリービ英雄は、外交官の父に伴い少年時代を台湾と香港で過ごし、アメリカに戻り、青年時代からは日本で日本文学者(世界で最初に万葉集の完全英訳をしている)として、また日本語で書く作家として、これまで生きてきた。
最近では中国に旅することが増えているが、中国で見聞したことを日本語で考察し日本語で書き表すというスタイルをとっている。
アメリカに居ても、英語を日本語に置き換えることもあるようだ。
そういう彼だからこそ、二つの大陸を俯瞰してみることができるのかもしれない。
いつもは冷静な彼の筆が、今回は少し熱い。素晴らしいノンフィクションだった。
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。