2012年11月21日

南木佳士「南木佳士 自選エッセイ集」

南木佳士は信州の佐久平にある総合病院で医師として働きながら小説を書いて30年になる。
この自選エッセイ集は30周年記念として発刊されたもので、先に出た「自選短編集 熊出没注意」と対をなすものである。
デビュー時以来、彼の上滑りするところのない文章が好きで、小説もエッセイもずっと読み続けてきた。
どちらかというとマイナー・ポエット的な作家だと考えていたのだが、「阿弥陀堂だより」のように映画の原作になってヒットした作品もある。
それはそれでとてもうれしい。

1982年の芥川賞受賞以前のエッセイからはじまって2012年まで、未発表のものを含めて並んでいるが、通して読むと、彼にとって医師という職業がいかに精神的にハードかがわかる。彼はもとよりまったくの文学気質の人間で、でも手に職をつける意味で医師を選んだ。
3歳の時に母を結核で亡くし、すぐに再婚した父と新しい母に馴染めず、群馬の貧しい農家の祖母に育てられた彼にとって、医師になるのは必要なことだった。
しかし医療を施しても死に逝く人を看取ることは、仕事とはいえ彼を壊していった。
パニック症候群からうつになり、生きていくだけでやっとの毎日。
猫の「たま」がそんな暗い家のなかで二人の息子たちの遊び相手になってくれた。そして気付けば自分も「たま」に慰められていた。

息子たちは独立し家を出て行き、「たま」は15歳の寿命を全うした。
老境に差しかかる妻と二人残され、山を登るようになった。
その妻のことがこのエッセイ集にはよく出てくる。若い頃の彼のエッセイにしう登場していたとは思わなかったのだが、今回自ら選ぶに際して妻のことを書いたものを入れたかったのではないだろうか。
それはこれまで見守ってくれた彼女に対する南木佳士の感謝の気持ちの表れかもしれない。

医学部卒業して以来ずっと信州住まいの彼なのに、今も上州と信州の違いに驚くところが面白い。
信州って理屈っぽい土地だ。上州のように情を重んじるばかりではないところがある。
納得できないときには医師相手でもしっかりと批判もすれば文句も言う。
それと信州人は向上心が強い。たとえ話で言われるのが、農家のおばあさんが風呂を焚きつけていて、その灯の元で読んでいたのが岩波の「世界」だったとか。。
彼の患者さんの中にはもう80歳を超えているのに、「文学界」に掲載された彼の作品を読んで批評してくれるとか。。

山に囲まれた土地で生まれ山の見える土地に住む南木佳士の精神の拠りどころは、やはり山なのではないかと思いながら読んだこの自選エッセイ集、胸に沁みました。
posted by 北杜の星 at 07:22| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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