2012年12月21日

松家仁之「火山のふもとで」

なにかと気忙しい年の暮れのこの時期に、こんなにも素敵な小説に出会えるなんて!
静かに心が充たされ、清浄な空気が胸に広がった。
最初から最後まで一ページごとに読書をする歓びが増していき、読むのが速い私は自分の心を抑えながら、終わるのがもったいなくてたまらなかった。

一ヵ月半前、私の夫が古い友人から電話を受け取った。
「俺の甥っ子が小説を書いたんだよ。建築がテーマなんだけどわりと評判いいみたい」と。
彼は私の本好きを知っているから、知らせてくれたのかもしれない。
それが松家仁之と「火山のふもとで」だった。

松家氏は新潮社に勤め「新潮クレスト・ブック」の創刊に携わったり、「考える人」や「芸術新潮」の編集長として仕事をしてきた人。
彼が新潮社を辞めて初めて書いたのがこの長編だ。
デビュー作とはとうてい思えないほどの完成度の高さに驚く。
編集者という仕事で培ったものなのか、生まれながらの資質なのか、これまで書かなかったのが不思議なくらいだ。

大学の建築科を卒業した坂西徹は念願の村井設計事務所に入所した。
村井俊輔の個人事務所として先生と十数人の所員がいた。
そこでは毎年夏になると北軽井沢の「夏の家」に事務所の業務が移転し、先生や所員たちは寝食をともにしながら仕事をするのが慣わしだった。
坂西にとって最初の「夏の家」では、秋に控えた国立現代図書館の設計コンペの仕事が佳境に入っていた。
そのコンペには村井のライバルとされる船山圭一が参加していた。
やがて坂西は先生の姪の間にひそやかな恋が芽生える。
火山とは浅間山。

「夏の家」で先生が折に触れて話す建築についての思想は、おそらく作者の松家仁之氏のものではないだろうか。
建築を少し知っている人ならば、村井は作者の創造した人物ではあるが、吉村順三をモデルにしているとわかるし、船山圭一は丹下健三のことだと察せられる。
あの教会は東京カテドラルだよなとも知れる。
でも建築を知らない人が読んでも知的興味がおおいにそそられること間違いなしだ。

先生のもつ建築美学に関しては私もまったく同意見で、これ見よがしのこけおどしが微塵もない建築は、周囲の環境に溶け込んで邪魔にならない。
例えば吉村順三の設計する一般住宅に長い時間住めば、どんなに卑しい人間でも品が良くなるのではないかというところがあって、建築の奥深さを私は感じるのだ。
ラストは少しもの悲しくはあるけれど、建築物の上を流れる時間と相まって、時の移ろいを感じさせる。

またこの小説の鳥や木々などの自然描写が本当に素晴らしくて、読んでいる私自身がその森に立ち、清冽な空気を吸っている気分になる。
この本、自信を持ってお奨めできる一冊です。

松家氏の叔父さんで私の夫の友人というひとも、じつは建築家なんです。

posted by 北杜の星 at 07:12| 山梨 ☀| Comment(2) | TrackBack(1) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
はじめまして。hachiro86と申します。
コメントするのは初めてですが、いつも楽しみに拝読しております。

こちらの記事を読んでからず〜っと気になっていたのですが、やっと読むことができました。ステキな本を教えていただき、ありがとうございます。勝手ながらトラックバックも送信してしまいました。ご了承くださいませ。

ハッチさんは、以前西荻窪在住で、今は八ヶ岳にいらっしゃるんですね。実は私は、現在西荻窪に住んでいて、親戚の別荘が原村にあるのでちょくちょくそちらの方に行くのです。そういうこともあって、なんだか一方的に親しみを感じておりました。

今後も更新楽しみにしております。
いきなり長文で失礼しました。
Posted by hachiro86 at 2013年10月15日 23:16
hachiro86さん

コメントありがとうございます。
今でもときおり「火山のふもと」のいろんな場面を思い出すことがあります。
本当に心が静まる本でした。
すべてにおいて作者のセンスが感じられて、車やオートバイの趣味もなかなか。。

「自治体職員の読書ノート」を訪問させていただきました。
しっかりとジャンルごとに区分けされていて、スゴイですね。

私は西荻に16年住みました。
小さな商店がまだ頑張っていて、美味しいお店が多いし、独特な文化がある街ですよね。

八ヶ岳方面にもいらっしゃることが多いとのこと。
原村はそろそろ紅葉の季節。
25パーセントお父さんとして、ご家族で遊びにいらしてください。
Posted by ハッチ at 2013年10月16日 14:14
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Weblog: 自治体職員の読書ノート
Tracked: 2013-10-15 23:11
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