2013年02月24日

綿矢りさ「しょうがの味は熱い」

奈世と絃は同棲して半年。
好きで一緒に暮らし始めたはずなのに、どちらも各々が憂鬱。
奈世は同棲を結婚へのプロセスと考えている。同棲は結婚の前段階だ。
でも絃はそうではないようで、奈世が結婚を匂わすだけで不機嫌な顔つきになる。
そんな女と男の気持ちのズレを描く連作集。

「しょうがの味は熱い」は奈世と絃が寝室で眠りにつくまでの二人が書かれているのだが、「すぐ隣にいる同士なのに、どうしたの、どうしたのと聞き合っている私たちは、本当は何が知りたいんだろう。」と本文中にあるように、はっきりした答えが知りたいけれどなんだか怖い奈世と、ひたすら眠りたい絃の気持ちがどちらも痛々しい。
奈世は自分の愛が絃を追い込むことを知っているし、自分も追い込まれているのがわかっているのに、それでも結婚を相手に突きつけずにはいられない。
こういうのって何故なんだろうと私は思ってしまう。
読んでいて、もし奈世のような女と住んでると、男は鬱陶しいだろうと思う。
鬱陶しがられているのを察しながら、それでも望む結婚とは一体何なのだ。
同棲生活がうまくいかないのに結婚生活がうまくいくわけはないことに、どうしてきがつかないんだろうか。
結婚すればなにもかもが解決すると思っている奈世が、私には理解できない。

「自然に、とてもスムーズに」では奈世は絃から離れて実家に帰っている。
「しょうがの味は熱い」のときから2年半が経っていて、彼らの同棲は3年になった。
奈世も限界だったし、絃にも限界だった。
奈世は結婚を諦めない。ほとんど神経症のように結婚にとりつかれていて、役所に婚姻届を取りに行き、自分で二人の名前を記入する。
結婚をめぐる夜更けまでの話し合いは、絃を疲弊させ、「もういやだ。寝たい!とにかく寝たいんだ」と泣き叫ばせる。
それからまた一転二転とあるのだが、ずっと私は奈世には感情移入できなくて、絃の方に同情していた。

付き合い始めた頃の、過去も未来も考えなくて、ただ好きだから一緒にいたいというあの気持ちを二人が取り戻せれば・・
そうすればきっと二人はもう一度きちんと向き合えるのではないだろうか。

奈世には強い結婚願望があるのだけれど、彼女が日本の女性のスタンダードなのだろうか?
奈世にはフランスにでも行ってみて、男と女の関係の多様性を見てみたらと言って上げたい。
日本の価値観だけで世界が廻っているんじゃないとわかれば、もっとラクに生きられるんじゃないかな。
第一、奈世って絃にも両親にも依存し過ぎ。これをまず考えるべし!
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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