2014年05月15日

ローラ・フリン「統合失調症の母と生きて」

著者は1966年、サンフランシスコ生まれのライター。
これは彼女が小学生の時に統合失調症を発症した母との暮らしの記録である。

昨年夏にビルから飛び降りて自死した歌手の藤圭子の娘宇多田ヒカルは、母の死についてコメントを出した。
それには「母が長い間精神の病に苦しめられていた」とあった。
しだいに症状はひどくなり、人間不信に陥り、現実と妄想の区別がつかず、自身の感情や行動のコントロールを失っていったと。
おそらく藤圭子は統合失調症だったのだと思う。

統合失調症は以前は精神分裂症と呼ばれていた。
親の育て方が悪かったなどと身内が非難されることもあったが、現在では脳のドーパミンによる病気と考えられている。
遺伝性ではないが、病気に罹りやすい脆弱体質が受け継がれ、それに強いストレスを受けると発症の原因となることがあるそうだ。
私の知人は高校生の時に残酷ないじめにあって病気になっているが、発症年齢は10代や20代が多いという。

ローラが小学生のとき、母の強い怒りと憎しみが父に向けられ、父を「悪魔の手先」とののしるようになった。
郵便物や新聞は何一つ捨てられず、家はゴミの山。
世の中は悪意に満ちていると、いつもなにかと戦っていた。
体が動かせなくなり、リヴィングの椅子に一日中座っていた。
やがて父は母と離婚、家を出て行った。

長女のサラと二女であるローラ、そして妹のエイミーの三人が母とともに残された。
だんだんひどくなる、娘のすべてを支配しようとする母の言動。唯一の救いは週末の父と過ごす時間だった。
暴力に耐えられなくなり、サラは父の元へ逃げ去った。

精神の病に対して「狂っている」という言葉は的外れではないかもしれないが、それにしても母のサリーの言動の凄まじさには驚く。
悪魔が乗り移ったとしか思えない。
週末を父と過ごした後には、母の微に入り細に入る質問が待っているのだが、娘たちはみな、学習をして、何を話すべきか話さないでいるべきかをわきまえて答えている。それでもときどき地雷を踏んでしまうことがあって、よんでいるこちらまでがビクッとしてしまう。
かと思えば、母の反応は意外に穏やかなことがあり拍子抜けする場合もある。
ここあたりの規則性がないのが困りものだ。

これが親でないならば、子供でないならば・・
捨てることができない存在だからこその悲しみと苦しみ。
ましてや幼い子供にとって母親は愛されたり、愛したいもとtも身近な人間なのだから。

それにしても病気というのは不思議だ。
いつもいつも母は同じ状態ではなく、必要とあらばまったく「正常」にふるまえるのだ。
父は2度ほど親権を争い、2度目でようやく勝ち取るのだが、裁判の関係者が家に来た時には、母は普通の応対ができているし、その前にはしっかり家を整理整頓している。
このため最初の親権争いに父は負けてしまった。
また、母の態度は三人の娘それぞれによって異なり、末娘のエイミーに対してはかなりの会話が成立していたようだ。
これはおそらくエイミーが「赤ちゃん」で、自分の支配下に置けたからなのかもしれない。

藤圭子も治療や投薬は一度も受けなかったという。
ローラの母も病院に行くことはなかった。
こうした患者が世の中にはたくさんいて、統合失調症患者の総数は予想以上に多い。
100人に1人か2人というから、誰でも罹りうる病気である。
この本は患者と一緒に住む娘の立場から書かれたもので、患者本人の弁はない。
きっと患者本人だって、苦しみ悩み、つらい思いをしているのではないかと想像するとやりきれない。

posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ラ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。