2014年11月02日

和辻哲郎「イタリア古寺巡礼」

ライブラリーに行く時間がなくて本を借り出せず、本棚にある本を物色していたら、この本に目が止まった。
岩波文庫のこの本、もう幾度読んだことか。
イタリア旅行から帰るたびに、旅行の行程をなぞるようについ手に取ってしまう。
読むたびに新しい発見があって驚くのだが、それにしても和辻哲郎がパリから南仏経由でイタリアのジェノヴァに着いたのが1927年12月27日というから、もう90年近く前のこと。
一世紀の時が経てばもちろん変化はあるのが当然なのだが、建築物やそれに付随する絵画や彫刻は変わらずその場にあって、同じものを現在の私たちが目にすることができるのが、なんだか不思議だ。

あの当時、彼はどうやってイタリアの情報を得たのだろうか?
ジェノヴァ、ローマ、ナポリ、シチリア、フィレンツェ。ラヴェンナ、ボローニャ、パドヴァそしてヴェネツィア。
交通手段だって大変だったに違いない。
でも彼はそのような大変さを凌駕する美の喜びを感じながら、イタリアを旅したのだと思う。
訪れる各地の風景や建築を哲学者の目で、何一つ見逃すまいと見ようとしている。

この本に記されているところはボローニャ以外、全部行ったことがあるのだが、行ったあとで必ず確認するためにこれを読んでいる。
そして「あぁ、和辻と同じものを私も見たんだ」という感概が胸に湧く。
昨年12月にシチリアに行って、彼が立ったと同じシラクーサのギリシャ劇場やアグリジェントのギリシャ神殿を実感できた。
それらは当時のまま、そこにあった。
和辻がシチリアを訪れたのは2月から3月にかけて。
シチリアはアーモンドの花が咲く、春まっさかりだったようだ。
この本はへたな観光本よりずっとずっと有意義な本だ。
(最近の観光本って、お買いものとグルメばかりだもの)

教会や絵画はたしかに同じところにあるのだが、いまは修復されて色も鮮やかで美しくなっている。
パドヴァのスクロヴェーニ礼拝堂のジョットのキリスト一代記を見た和辻は、色がよくないと書いているが、いまそれは、とてもきれいなのだ。
見せてあげたいと思う。
(私はこの礼拝堂のジョットを見て以来、ジョットが大好きになった。アッシジのジョットよりこの方が断然素晴らしいと思う。イタリアのフレスコ画のなかでは、このジョットとフィレンツェのカルミネ教会のブランカッチ礼拝堂のマァッチョのものが、わたしのお気に入り。)

和辻の「古寺巡礼」では奈良のが本家本元で名著として名高いが、「イタリア古寺巡礼」も併せて読むと世界が広がる。
彼はヴェネツィアで蚊に刺されたためか、マラリアに罹っている。
イタリアでマラリア?と驚かれるかもしれないが、昔からイタリアではマラリヤ蚊がいて、それを避けるために丘の上に都市を造ったのだ。
(敵の襲来を防ぐためもあったが)

今度この本を読むのはいつだろうか?
もうすっかり色あせてしまったけど、手放せない一冊です。
posted by 北杜の星 at 07:48| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | ワ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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