2016年04月15日

江上治「あなたがもし残酷な100人の村の村人だと知ったら」

2001年に池田香代子さん訳の「もし世界が100人の村だったら」が発刊され、多くの人が世界の平和について考えさせられた。
世界という大きな対象では理解しづらい事象が、対象を身近なサイズにすることでわかりやすく説明されていた。
この本もそれを狙っているのだろう。
ここで示されているのは現在の日本と将来の日本に関わる「残酷な」数字である。
おそらくはほとんどの日本人が知っている数字。でも知らないことにしていようとしている数字。
はっきりと目の前に突きつけられると絶望してしまう数字がここには並んでいる。
この本を見ると叫びたくなる。「どうして日本はこんなに国になってしまったのか?」と。

少子化、年金や国民健康保険制度、介護保険、貧困を生んでいる格差社会と生活保護・・
日本が抱える問題の大きさはこれからますます増していき、若い世代に負を背負わせることになるだろう。
自分の子どもや孫にこのような負を遺していいのだろうか。

13人が子ども。
61人が働き手。
21人が老人。
それが35年後には、
10人が子ども、
52人が働き手。
39人が老人、となる。

問題はすでに存在している。
お金を稼ぐ人が減っているにもかかわらず、現在の村の借金は村人が1年間に稼ぐ2倍以上もある。
これを普通の家計に換算すると、年収360万円の家庭で年に588万円が必要で、不足額は228万円。れがすべて借金である。
なぜ「残酷」かというと、このツケがすべて20代以下の子どもに回ることなのだ。

一生懸命働いて借金を返せばいいではないかと言うひとがいるかもしれない。
しかしこの村では41人の人が雇われて働いているのだが、そのうち26人が正社員。15人が非正社員。
(非正社員とは契約社員、派遣社員、嘱託、アルバイト、バートなどで、なんの保障もない人たち)。
正社員と非正社員の収入格差はじいつに大きい。
年収200万円以下の「ワーキング・プア」は9人もいる。

・・と、こうした数字が次々に目の前に現れる。
あまりに「残酷」で絶望してしまう。
しかしこうしてしまったのも日本人ならば、これを改革できるのも私たち日本人ではないだろうか。
(もっとも現代のグローバル経済社会においては必ずしも日本単一で解決できるものではないだろうが)。
絶望は愚か者の選択だ。
この本の第二部では、こんな世の中をどう生き抜けばよいかが書かれているが、第一部のショックから立ち直るには根拠が薄いような気がする。。

少子化が諸悪の根源のように言われているが、それは過渡期ではそうかもしれないが、50年100年のスパンで考えればメリットもあるのではないか。
北欧などの人口が少ない国々だからこそ機能しているシステムもある。
デメリットだけでなくメリットを模索してみる必要があると思う。

お金だけを目的にしない人生。足るを知る暮らし。
ほんの数十年前の日本人が送って来た生活じゃないか。ほんのちょっとだけそこに戻るのはけっして後退ではないないはずだ。
景気を良くするために武器をつくり輸出したり、戦争を始める国にだけはなってもらいたくない。
posted by 北杜の星 at 07:18| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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