2016年04月18日

村田喜代子「焼野まで」

熊本地震の被害が時を経るごとに大きくなる。
日本には多くの断層があって、いつどこで同じことが起こっても不思議ではない。
「私でなくてよかった」ではなく、「もし私だったら」と受け止めることが大切。
そうすれば支援のしかたも違ってくると思う。
そしてこんな危険な国に原発はいらないと、声を大にしてみんなで言おう。

2011年3月11日の東日本大震災の数日後、作家の村田喜代子に子宮体がんが見つかった。
彼女は手術ではなく、四次元放射線ピンポイント治療を選択し、以来癌は消えている。
彼女はこのことを「光線」という小説に書いている。
しかし「光線」には書ききれなかったのか、今回のこの「焼野まで」で再び治療を受けた日々のことを描いているのだ。

一行目に「オンコロジー・センターのX線照射台に仰臥して・・」とあり、驚いた。
オンコロジー・センターは鹿児島にある、植松医師が開発した放射線ピンポイント治療を行う病院である。
かねてより私は癌になったらここに行こうと考えている。(山梨医大の肺がんのピンポイント照射もとても有能なので、近場なので最近はある種の癌に関しては山梨医大もいいかなと思っているが)。

でも村田喜代子は作家だ。自分の治療をしっかりと小説に仕立てていて、風景や心理描写はさすがだ。
焼野という言葉にはいろんな意味を含ませている。
福島の原発事故の放射能、自分の治療のための放射能、そして鹿児島(街の名は明記されていないし、火山も別の名前になっている)の火山。
目には見えない光線は人を脅かし、病気を治癒させる。爆発を繰り返す火の山への畏怖・・

放射線治療には「宿酔」と呼ばれる副作用があって、これは人により程度が異なる。
主人公はとてもひどい宿酔に苦しむ。
吐き気、食欲不振、疲労感・・夫が帰って一人になったウィークリー・マンションで、じっと耐えるしかない。
そのなかに、とうに亡くなった祖母や叔母が現れる。まるで幻視のように。
その他にも、やはり癌にかかっている元仕事仲間の男友達からの電話、センターで知り合った女性と街の銭湯に行く話し(鹿児島では銭湯はほとんどが温泉らしい)が織り込まれる。
そのあいだずっと降り積む火山の灰・・

うーん、放射線治療も大変なのだ。彼女のように苦しむのなら、彼女も書いているようにウィークリー・マンションは何でも自分でしなくてはならないので大変だ。
近くの病院に入院してそこからオンコロジー・センターに通う方がいい。(センターは治療のみ、年中休みなし)。
でも彼女の衰弱ぶりがどんなものかわかったが、それ以上にわかったのが、火山灰のものすごさ。
半端な積もり方ではない。よくあの降灰に耐えて住んでいるなという感じだが、住んでいる人はもう慣れっこになっているのか。

これは闘病小説ではありません。
村田喜代子らしい「こちらの世界」と「あちらの世界」の狭間が、病気というリアルさとともに描かれている。
子宮体がんに放射線治療は効果がないと治療に大反対の看護師の娘との気持ちの行き違いもとてもリアルで、母と娘の関係の難しさを考えさせられました。
posted by 北杜の星 at 08:03| 山梨 ☔| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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