2016年07月18日

窪美澄「アカガミ」

2030年の近未来の日本。
少子化がよりすすみ、若者の自殺率は高まり、恋人も結婚も子ども彼らの人生にはない。
生をかろうじてたもつために精神安定剤を飲ものが日常的な毎日だ。

父と離婚後うつ病で部屋に閉じこもる母と暮らすミツキは老人施設で働いているが、やはり閉塞感いっぱいで自殺を図る。
そんなとき彼女は「アカガミ」の存在をバーで知り合ったログという女性から教えられる。
「アカガミ」とは国が設立したお見合い制度で、結婚出産のためのプロジェクト。
「アカガミ」に応募すると厳密な健康診断のうえで、一緒に住むパートナーを指定され、決められた場所で国のサポートを受けることができる。
家族の面倒までもみてくれるという至れり尽くせりのシステムだ。
ミツキが結婚することになったのは、サツキという青年だった。

それまで男性と話すことも少なかったミツキは緊張する。
たぶんサツキもそれは同じだったろう。
やがて二人は少しずつ距離を縮めてゆき、ついに一つのベッドで眠るように。。

窪美澄初めてのSFと云われるが、2030年ってほんの十数年先のこと。SFとはとても思えないリアリティをもっている。
ましてや少子化や若者が恋愛しないという背景は、まさに現在のものだ。
なぜ日本の若者は恋愛をしないのか。貧困で結婚できないために前段階の恋愛を避けるのか。
本能である性衝動はないのか。

ミツキもサツキもとても怖れている。うまくいかなくて自分が傷つくことを。
でも彼らはだんだんと、お互いに触れることではじめて自分の体や心に起こるchemistryを不思議に感じながら次第に受け入れてゆく。
それはそれまで知らなかった幸せだった。
そしてミツキは完全に国によって管理された妊娠、出産をするのだが。。

少子化で「産めよ、増やせよ」の時代となりつつあるコワさを「アカガミ」と呼ぶ窪美澄の感覚が面白い。
戦時下の徴兵の「アカガミ」の絶対さを彷彿とさせる。
近未来小説であってもこれはまさに窪美澄だ。
彼女がこれまで書いてきた小説と異なるわけではない。時代設定が違うだけ。
それも十数年後の世界という現実感あふれるびだから、なお不気味だ。
政治家がポロリと口を滑らせる「女性は子どもを産むべき」論が、架空のお話しでないところがまさに「アカガミ」的。
子どもを持つかどうかは国がきめるものではない。生れた子どもはもちろん国のものではないし、親が私物化するものでもない。
。。と子のない私は思うのですが・・

これは私の見解なのすが、若者が恋愛をしないのは社会的問題もあるのでしょうが、それ以上に生物学的な変化ではないかと考えているのです。
野菜や果物の栽培に使われるホルモン剤や他の環境ホルモンなどの影響があるのでは?
生態系のなかにはそうした変化がすでに起きているのだから、人間に起きても不思議はない。
トランス・ジェンダーで生きる人が増えているのも、単にカミングアウトしやすくなっただけでなく、そうした人たちが生物学的に増えているのでは?
もしそうだとしたら、これはゆくゆく日本だけでなく人類の問題となるのではないでしょうか。
posted by 北杜の星 at 08:21| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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