2016年08月03日

天然生活ブックス「家しごと、わたしのルール」

イラストレーター、料理研究家、フローリスト、エッセイスト、布物作家、挿花家・・
女性の憧れの仕事をもつ人たちが、自分の家仕事のちょっとしたルールを教えてくれるこの本、文章を読み写真を見ていると、つくづくため息が出る。
彼女たちみんな、上手に美しく暮らしているんですね。
いつもやっつけ仕事でお茶を濁している私は、とてもとてもと反省ばかり。

色や型や材質の揃った台所用品、きちんと整頓されたワードローブ、完璧にアレンジされたブーケ。。
そしてそれらの前でにこやかに微笑む彼女たち。
だけどこういうことを可能にするには、たゆまない努力をしているのだと思う。それを決して他人には見せず、「なんでもないわ」という顔をするのもこれまた努力。
そうしているうちに、これが生活の「普段」「普通」になるんでしょうね。
皮肉ではなく本当にエライと思う。

どんなに小さくともルールはルール。ましてや家事は手を抜こうと思うとどこまでも抜けるし、家族以外には迷惑もかからない。
しっかりとルールを守るためには自分を律する力が必要となる。
だからエライんです。

「朝は早起きをして、足りない時間をお補う」
「朝は9時、夜は8時半で家事終了」
「ボタン、ほつれた裾はその場で直す」
「食材の気持ちになって調理する」
・・どれもごく簡単に思えるけど、じつは簡単じゃない。
つい「ま、いいか」になってしまう。
いい加減な私など、「明日にしようっと」で終わっちゃうと思う。
一つ、これはいい!と実行しようと思うのが、「家のなかで一番いいものを日常的に使う」ということだった。
いいものはともすれば大切にしまいがち。戸棚の奥のほうにしまわれて、出番は年に一度か二度。
でも考えてみれば、老い先短いんだもの、いいものは毎日使って日々満足できるほうがいい。
我が家にある一番いい食器は、江戸中期の柿右衛門、それも藍柿右衛門というレアな蕎麦猪口のおおぶりなもの。つけ麺の汁を入れたり、すり流しなどスープ類を入れている。
貧乏性なので、もったいなくてほとんど使わないのだけど、これからはほうじ茶をそれで毎日飲もう。
もし割ったとしても、もう金継ぎの修理はしない。捨てる。それならモノも減ってスッキリするものね。

美しく暮らすにはテクニックが必要だけど、それ以上に意思の強さが必要。
笑顔の陰の見えない部分が大切なんです。
posted by 北杜の星 at 07:49| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。