2016年08月08日

角田光代「わたしの容れもの」

わたしの容れものとはつまり、自分の体のこと。
この容れもの、とくに女性の容れものには、アラフィフともなると変化が起こる。
そう、更年期だ。
私からすると「若い作家」と思っていた角田光代も50歳目前。
いろんなことが起こるんですよね。

しかしこの変化は、加齢現象も含んでいて、更年期症状との境目がわかりにくい。
これまで考えられなかったような転び方をする。しかも二度も。
集中力や記憶力がなくなる。
それまで好きだった霜降り肉より赤身が好みとなる。
増えたら容易に減らない体重。
老眼・・
列挙にいとまがない。

でもまぁ、そういうのをとっくに通り越した私としては、ここでの角田光代はカワイイもので、「そんな変化、ごくごく順当」と言いたい。
むしろ「まだまだアナタ、立派なものよ」と。
だって32歳でボクシングを始め、その後走りだし、いまやフルマラソン完走の彼女の体力、精神力はスゴイこと。
能力のある人は努力の人でもあるのだ。

作家という座業だからこそ走ったり、考える前の瞬発力が必要なボクシングが必要なのかもしれない。だから彼女にとってはスポーツではなくて、小説を書くために必要な行為なのかもしれない。
小説を書くということは眠っていてもどこかが覚醒して、絶えず文章のことを考えているはずだ。芯から休んではいないと思う。
村上春樹も走るひとだが、走りたくなるのはわかるような気がする。

角田光代、健全な人だと思います。
美味しくお酒も飲めるようだし、ね。
その酒好きにもいろいろあって、酒の味が好き、酒席が好き、酔っぱらうのが好き(困ったもんだ)など人それぞれらしい。
彼女は自分では、酒の席でワイワイ楽しいのが好きだと思っていたが最近わかったことは、酒を飲まないと離せないからだそうである。
いわゆる天気の話しなどの世間話が苦手なので、「本題」「本音」を話したいのだが、それには酒の力を借りるのが一番らしい。
私も世間話は苦手で、音楽や映画や文学や政治の話をとことんしたいのだが、そうはいかない場合が多いのでつい聞き役となってしまう。そのほうがラクだからだ。
そうすると相手は私にいつも聞き役を求めることになるのだが、それはそれで結構フラストレーションがたまるのだ。
人との会話って案外ムツカシイ。お酒が飲めない私にはことさらにムツカシイです。
でもまぁ、人の話を聞くのも面白い物ではありますけどね。観察できるし。。(こういうのが、下戸の嫌がられるところなんでしょうけどね。)

角田さん、あなたは大丈夫。
作家が健全と呼ばれてうれしいかどうかは別として、心身ともに健やかなのは人間として素敵なこ、とです。
posted by 北杜の星 at 07:53| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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