2016年08月15日

桶野興夫「がん哲学外来へようこそ」

日本人の二人に一人がかかるといわれる癌。
それほど多い病気になっているにもかかわらず、癌を告知されると他の病気とは大いに違う反応をしてしまう。
患者本人だけでなく患者の家族も周囲の人たちも、平静ではいられない。
癌になったからこその苦しみや悩みがある。

どんなに先進医療が受けられても、「正しい選択をしているのか?」という疑問を持つ患者がいる。
セコンド・オピニオンを受けるだけではどこか不安で納得できない。そんな悩み。
会社だけでなく家族との人間関係の変化に苦しむ患者もいる。
お互い気を遣いすぎて疲れてしまったり、無理解な夫やお節介過ぎてうるさい妻などへの不満。
残り少ない時間をどう生きればよいのかという焦り。

誰にも言えないことを「がん哲学外来」でお茶を飲みながら話し、話をじっくり聴いてもらう。
来た時の暗い顔が明るくなって帰って行く。
そんな「外来」があればどんなにいいことか・・という癌患者や家族の希望をかなえたのが桶野先生の「がん哲学外来」だ。
30分から1時間、じっくり向き合う。
しかも無料なのだ。
たくさんの人たちが押し寄せるのもわかろうというもの。

桶野先生は現在、順天堂大学の病理の教授だ。
元は(現在は有明に移ったが、以前大塚にあった癌研の病理の先生だった。
桶野先生は医学部卒業後一度は臨床医を目指したが、対人関係が苦手で病理に移ったという。
(癌研の病理は日本一優秀で、今はどうか知らないが国立がんセンターで判断付けかねる組織を癌研の病理へ持って行っていたときいたことがある。)
そんな話し下手の先生がなぜ?というのはこの本でよんでもらうとして、つくづく、癌患者の悩みは人それぞれなのだと痛感する。
それはまさしく癌という病気そのものの性格のようだ。

癌は外部からのウィルスや菌ではない。自分の正常細胞がなんらかの原因で遺伝子を傷つけられて変異したもので、増殖を止めない、アポトーシスしない、とてもやっかいな細胞が癌なのである。
だから癌という病気は個性豊か。同じ胃がんであってもまったく違う経緯をたどることが多いという。
だからこそ、苦しみや悩みも人それぞれなのだろう。

桶野先生はこうした「がん哲学外来」では、なにも医師でなくてもかまわないと思うと書いているが、医師だから患者さんは安心できるのだ。
普通の服を着て、お茶を飲みながらリラックスして前に坐って話を聞いてくれるのが、癌を知りつくした医師だからこそ、何でも話す気持ちになれるのではないだろうか。
ここで桶野先生は南原繁、新渡戸稲造、内村鑑三など先人たちの言葉を伝えることもあるという。
南原繁のことは予備校生のときに予備校の先生から教えられ、またその先生自身から「将来、自分が専門とする分野以外の本を、寝る前に三十分読む習慣をみにつけなさい」と云われたのことも頭に残っているそうだ。
そうした積み重ねが「がん哲学外来」の誕生の基本となっているのだろうか。
といっても、桶野先生は全然、上から目線ではありません!

東京のみならず日本全国から「がん哲学外来」にやって来ます。
興味のある方は「がん哲学外来メディカル・カフェ」で検索してみてください。
現在「がん哲学外来」は一般社団法人で、桶野先生はその理事長です。
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ア行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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