2016年08月22日

篠原悠希「狩猟家族」

就職浪人の遼平はニュージーランドの山中で迷っていたろころに、ライフルを持つ少女とその父親に出会った。
彼は彼らの家に泊めてもらい、翌日は彼とともにうさぎ狩りに出かけた。
ライフルの撃ち方を教わり、始末の仕方を習った。彼らは隣のグレタの牧場を手伝うことで家を安く借りているらしい。そ家には少女の姉もいたが、彼女はオタクで狩りはしない。
彼女たちの母親は日本人のようだが、彼らと一緒にはいなかった。
遼平はグレタの家にホームステイすることになった。。

ニュージーランドでの「狩猟」について、細かく取材している。
その狩猟は「趣味」のハンティングではなく、「食べるため」または農作物を守るためである。
もし作者が「狩猟」だけを書きたいのだったら、ノンフィクションでよかったと思うが、これは小説仕立てとなっている。
小説にしたのには作者の書きたいことがニュージーランドの「狩猟」のみに限らなかったからだろう。

作者は生きるために狩りをすることを頭では理解しても、やはりそこは日本人。
無宗教であっても日本人のDNAに組みこまれている仏教の「不殺生」に、どこか縛られているのかもしれない。
父娘のようにスッパリとは割り切れない気持ちを抱いている。

生きものを殺すということ、野生の動物はペットとどこが違うのか・・
遼平は彼らと暮らすことで、自分との違いを少しずつ埋めようとする。
彼自身の家庭の問題もからまって、彼はだんだん「世界」を知り、大人になってゆく。

冒険小説でもあり、青春小説でもあり、成長小説でもあるこの本、なかなか読ませます。
そして読む間、こちらもいろんなことを考えさせられます。
作者はニュージーランド在住とか。
ニュージーfランドを一度も訪れたことのない私には、本のなかの自然に驚いた。ニュージーランドってそんなに自然の土地なのか。
これはニュージーランドでも南島が舞台だそうだ。
ずっと前のことになるが私の友人と一緒に車山高原をドライブした時に、時々ニュージーランドに遊びに行っている彼女が、「ここってニュージーランドみたい」と言った。
「えー、そうなの?!」と意外だったのはニュージーランドは平坦な島というイメージがあったため、車山のような山とか高原というのが腑に落ちなかったのだ。
でもこれを読んでわかった。しっかりした山もあるんですね。
そこには別の私の友人が毎年冬を過ごすクィーンズタウンのゴルフ場とはまったく違う顔があって、ワイルドな生活がある。
ほんの数十年前の日本もそうだったように。
posted by 北杜の星 at 07:36| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | サ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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