2016年08月26日

森まゆみ「昭和の親が教えてくれたこと」

タイトルを見ると、なんだか教訓を垂れている印象を受けるかもしれないが、全然んそういうことはない。
あの森まゆみさんだもの、そんな上から目線があろうはずがない。
1954年生まれというから私よりは数歳若い。でも育った時代はほぼ同じ。日本が戦後からようやく抜け出そうとした頃、まだまだ貧しくて暮らしはつましかったが、そこにはささやかな「庶民の哲学」がった。
それが人と人との間の潤滑油になっていた。
ましてや「東京の下町」の駒込動坂下の長屋で育った森さん、ご近所さんとの付き合い、助け合いのなかで自然と身についたことがたくさんある。
私もそうだが私たちの親は大正末期から昭和の初めに生れた人たちだ。戦後の新しい時代いとはいえ育児法は古いものだった。
その古さに抵抗反抗したものだったが、今思うと懐かしいし、ある意味ありがたかったかな。

森さんの幼いころを描くこのエッセイ集にはいろんな「言葉」「言い回し」が章の題になっている。
「起きて半畳、寝て一畳」「すまじきものは宮仕え」「遠くの親戚より近くの他人」「お百姓さんが汗水たらして・・」「お里が知れる」「明日ありと思う心の仇桜」「親しき仲にも礼儀あり」・・
あった、あった。私の親も何かにつけてよく言っていたなぁ。
言われるたびに「ぅんもう、またか」と思っていたけど、幼いころに聞いた言葉は今でもちゃんと刷り込まれている。

私の時代には子どもは家の手伝いをしていた、というかさせられていた。母親が買い忘れたモノをちょっと買いに行かされたり、玄関周りの掃除もさせられた。
森さんも同じで、掃除をする時には彼女のお母さんはいつも「隣の半分まで掃くんだよ」と言ったそうだ。
「自分の前だけきれいになればいいというのはいけない。しかし隣の前を全部掃くのはおこがましい。やりすぎだ。」というのがその理由。
いいですねぇ、こうした「程の良さ」。
これぞ人とのお付き合いの「間合い」というもの。「庶民の哲学」の深さです。

森さんの両親はどちらも歯科医師だった。当然おかあさんはとても忙しい。
だからご近所さんが助けてくれた。隣の家でご飯を食べさせてもらったり、学校から家ではなく他所の家にランドセルを置いて遊んだり。。
当時は働く女性を専業主婦がよく助けていたものだそうだ。
仕事を持つ女性がともすれば専業主婦を見下して、両者が敵対するバカなことはなかった。(それはある一時期あったけど現在は少なくなっていて、女性同士の連帯が強くなっていると思う)。
隣の家でご飯を食べる。その代わりに風呂を立てて入れてあげる。(隣は銭湯に行っていた)。

(余談だが、ある有名な女性の学者が書いていたのだが、仕事関係で知り合った人はどんなに親しくなっても距離があって、例えば入院したとして、お見舞いには来てくれるが、下着までは洗ってくれない。でも子育てで知り合ったお母さん仲間の友人はパンツまで洗ってくれた、と。それに主婦の人脈の深さ太さにはつくづく感嘆するものがあったという。仕事を通しての友人がどんなに多くても、そこまで深くはなれないと思う。)

「風呂を立てる」という言葉も今はなくなりましたね。
消えた言葉というのも結構ある。
以前は「弁当をつかう」とか「出汁をひく」「米を研ぐ」と言ってたけど。。

私はとても森まゆみが好き。
彼女の価値観、社会に対するスタンスと行動など共感するものは多い。
そうした彼女をつくりあげたげたのが、彼女の生まれ育った界隈ということがこれを読むと再認識できる。
そして今でもその地を愛し続けられる彼女の幸せを思うと、土地に執着しなくて生きて来た私には、本当にうらやましいものがあります。
原田氏病にかかったいうけど、大丈夫なのかな?
私と同じで、自然療法の自然治癒で治そうとする彼女、いつまでも元気でいてもらいたいです。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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