2016年10月03日

高山なおみ「ロシア日記」

昭和44年6月、作家武田泰淳と夫人の百合子は、泰淳の古くからの友人竹内好(中国文学者)とともに旧ソ連に旅立った。
「白夜祭りとシルクロードの旅」というツアーには、添乗員を入れて10人。ほぼ一カ月の旅。
泰淳は百合子に「連れて行ってやるのだから日記を書くのだぞ」と言い渡し、百合子が詳細に書いたのが「犬が星見た」という名紀行エッセイだ。
「犬が星見た」という不思議なタイトルは、輝く星を一心不乱に見上げる犬のように天真爛漫な百合子の姿からつけられている。
この「犬が星見た」の本をバイブルのように読んできたのが、料理研究家の高山なおみだ。
彼女はついに2011年、百合子たちが行ったのと同じ6月に、友人の画家川原真由美さんと一緒だった。
あの東北大震災からまだ3カ月、彼女たちの心はまだ乱れていたと想像する。

百合子たちが旅行した頃はシベリアへはまず、横浜港から船でナホトカへ。そこからハバロフスクまで列車というコースだった。
しかし現在では新潟からも稚内からの航行もある。
高山さんたちはそのどちらでもなく、鳥取県の境港から韓国の船で韓国の東海経由というめずらしいルートを選択した。
東海からウラジオストックへ。そしてそこら念願のシベリア鉄道の旅が始まった。

(私がヨーロッパに行ったのも昭和44年。泰淳と百合子の3カ月後のこと。「ナホトカ号」に揺られ、激しい船酔いに苦しめられて着いたナホトカ。そこからハバロフスクまでの列車から見た白樺林の美しさは今も忘れられない。日本に生えている白樺の幹よりずっとずっと白かった。
でも私はハバロフスクからは鉄道ではなく、ビュイーンと飛行機でモスクワへ行ったのだが、若かったのだからシベリア鉄道を経験してもよかったかなと思うときがある。)

高山さんたちのシベリア鉄道は43年前の百合子たちの旅行と較べると、ずいぶんと快適だったはずだ。
寝台車は新しいし、なにより乗務員が笑顔を見せると言うのがスゴイ、信じられない。
旧ソ連のサービスは本当に最悪で、飛行機でも空港でもホテルでもレストランでも、まず笑顔を見たことがなかったもの。
あんな面白くもない顔をして1日のほとんどをすごすのは、なんて不幸な人生なんだろうと、かえって同情したほどだった。
でも高山さんと川原だんたち、ちゃんと微笑んでもらっていて、「あぁ、ロシアは変わったんだな」。
行く先々の通訳さんたちもとてもフレンドリーだ。
シベリア鉄道の食事はほとんど停車駅で調達している。駅に売りに来ている農家の人の新鮮野菜やピクルスやピロシキなどが本当に美味しそう。
列車内のレストランよりいいみたい。
シベリア鉄道といえばサモワールがあるので有名だが、そのお湯で紅茶を入れたりしている。
(私の友人が20年くらい前にシベリア鉄道に高校生だった息子さんと二人で乗った。食堂車のメニューにはいろんな料理が書かれていたが、何を注文しても「ニエット」、無いと言われたそうで、毎日毎日い同じものしか出なかったそうだ。)

途中ウラジオストックで泊、バイカル湖畔の村リストヴァンカ村にも泊。ここでは地元の人の家庭でロシア料理教室を習っている。
でもここまでの旅の疲れと暑さのために、高山さんは風邪をひいてしまって苦しそう。(この旅行に来るにあたあっての仕事もきっと超多忙だったに違いない)。
それでも彼女にとっては食べるのも仕事のうち。いろいろなロシアの食べものを経験した。
ロシア料理といえば一番に思い浮かべるのがボルシチだけど、どうもロシアの人たちはボルシチではなく他のスープが好きなようで、一度もボルシチはなかったとのこと。

6月だというのに、ずいぶん暑かったようだ。
そんなに暑いのにロシアの人たちは帽子をかぶっていなかったとか。それを高山さんは訝っているのだが、そうなんですよね。今、ヨーロッパの人って帽子は被らないんですよね。
どんなに暑くても、フランス人もイタリア人も帽子は被っていない。
イタリアの友人からは「帽子をかぶるのは日本人か台湾人だけだ」と言われたことがある。えーっ!?と驚いた。
彼らが帽子をかぶるのは真冬の寒い寒いときに、毛糸の帽子を被るくらい。それもあのお洒落なミラネーゼがたんに防寒のためだけにかぶっているという印象だ。
日本では帽子はお洒落というイメージだけど、あちらでは完全にout of fashionみたい。

旅行は2週間。ウラジオストックで終わっている。
でも終わっているのは今回の分。ウラジオストックからウズベキスタンへのシルクロードの旅はまたあらためて、ということで、「ウズベキスタン日記 空想料理の故郷へ」の本も刊行されている。
旅には時として、奇跡のようなことが起こることがある。
高山さんも偶然に泰淳と百合子さんが泊ったホテルのその部屋を見ることができたのだった。
優しい川原さんが部屋を変わってもらってその部屋に移ろうかと言うのに対して高山さんは「ううん、いい。泊ってはいけないような気がする」と答えているが、その気持ちはわかるようなきがする。そしてそこに泊まれるのに泊らなかった高山さんだからこそ、私は高山さんが好きなんだろうなと思った。

「犬が星見た」をいま一度、読み返してみようかな。
同行した銭高組の銭高老人はもうとっくにいないし、あの旅行の後で竹内好は亡くなったし、泰淳も病気になった。
百合子にとっては最後の夫婦での大きな旅行だった。
旅って、行けるときに行っておくものだと、つくづく思う。「行こうと思ったのに。。」で終わるのってつまんない。

ウズベキスタン日記も読みます!
posted by 北杜の星 at 07:39| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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