2016年10月04日

中村千秋「アフルカゾウから地球への伝言」

ワシントン条約において、各国の象牙市場閉鎖が決議された。
日本は一律閉鎖に反対している国の一つだ。
つまり日本では象牙の需地球要があって、象牙の売買をしているということ。

私の小さな頃、父は象牙の箸を使っていた。使いこむほどに先端は黄色く変色して「年季が入ったなぁ」とか言っていたし、印鑑だって象牙でできていた。
あれは死んだゾウの象牙を使っていたのか?それともすでに象牙のための密猟が行われていたのだろうか?
そんなこと誰も考えていなかった。。だからいま、アフリカゾウは絶滅に瀕しているのかもしれない。
この本を読んで、少しちゃんと考えてみよう。アフリカの事情もわかるはずだ。

中学の卒業文集に「アフリカに行きたい」と書いた著者の、夢を実現したこれまでを綴ったエッセイ集。
彼女はタイトルにあるように長年ケニアを拠点として、アフルカゾウの研究をしている。
ゾウのような大型野生動物と自然と人間との関わりは近年ますます難しくなっているが、「調和ある共存」のために何をすればいいのか、これを読みながら考えてみようということ。
といっても動物学、動物行動学一辺倒のアカデミックな本ではない。
著者の理論的な日本人の師、アフリカのフィールドでの実践的指導者であるオリンド博士との出会い、ケニアの国立公園に近い集落の女性の会や子どもたちの教育などについても書かれている。

アフリカで野生動物とともに生きるというのは、言葉は美しいがじっさいには生易しいものではない。
断水や停電、コウモリやヒヒが襲撃することもあるそうだし、雨季には大量の昆虫発生で虫刺されやサソリの侵入で眠れない夜もあるという。
観光じゃないのだから、逃げ出すわけにはいかない。

ケニアの国立公園はもともとは自然維持と動物保護のために造られた。
しかしケニアでも人口は増え、野生動物と人間の生活場所の強豪が起きるようになった。著者が活動するビリカニ村ではゾウの被害が続出するので有名だそうだ。
そのような場所では「ありのままの大自然に少しばかりの風穴をいれ」ることが、ゾウにとっても生存存続の可能性が大きくなる。
ゾウにとっては不自由かもしれないが、害獣として抹殺されるよりはよほどいいので、人間もゾウもどちらも妥協しようということだ。
またケニアの経済にとっては外国からの観光客も大切な面が否めない。

著者はフィールドでゾウの糞の調査をしてきた。
その話がとても興味深い。
アフリカへ行く前、彼女は日本の動物園のゾウの糞を調べていたそうだが、そのときの糞はものすごく臭かったという。
しかし野生のゾウの糞は臭くなかった。
飼育動物の糞だから臭かったのだ。
糞だけでなく「臭い」という感覚の考察がおもしろい。

ゾウのように大きな動物ではないが私の住む八ヶ岳南麓や南アルプスの麓では、農作物の動物被害が年々多くなっている。
鹿やイノシシはしょっちゅう出るし、最近はサルの出没するようになtった。
散歩の人がクマに襲われるニュースもある。
元はといえば野生動物の棲む地を人間が開発したのだ。
彼らにしたら人間こそが「大害獣」のはず。
鹿やクマの存在が都会の人々にとっては「関係ない」と思われるかもしれないが、自然の営みや生態系にとってはけっして無関係ではない。
それと同じように、アフリカゾうを保護することは、地球上のあらゆる生物にとって必要なことなのだと思う。

アラスカで亡くなった星野道夫さんは若いころ日本で電車に乗っていても、北極のクマに想いを馳せたと聞く。
私たちもつかの間、アフリカにいるアフリカゾウのことを思い浮かべてみよう。
この本はそういうほんわり優しい気持ちにさせてくれます。

posted by 北杜の星 at 07:20| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ナ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]


この記事へのトラックバック
×

この広告は180日以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。