2016年10月24日

平松洋子「彼女の家出」

平松洋子は食のエッセイスト。
たおやかな彼女の筆にかかるとごく普通の食べものが、ちょっと特別な味に変わるような気がする。
でも私はひそかに思っているのだ。
平松洋子というひと、じつは好き嫌いがはっきりした小気味よい女性なのではないかと。
その片鱗はこのエッセイ集にも出ているみたい。

平松さんもはや還暦近い年齢となった。
この本では「女50代、しょっぱい現実にどう立ち向かうか?」の副頽どおり、その年齢ならではの日常のアレコレ、モヤモヤが並んでいる。
そうだな、男に関してはわからないし、他の女性のこともわからないのだが、私自身も50代は結構中途半端に感じていた。
まだ可能性を捨てきれない、でも、すでに人生は下り坂にさしかかり。その折り合いをどうつけるればよいのか?
長くなった人生、50代をいかに生きるかが老後に繋がる後への大きな分岐点になると、今、思い出されることが多い。
なにも人生云々の大袈裟なことばかりではなく、例えば着る服一つとっても難しかった記憶がある。
若い格好は若作りで気持ちわるいけど、だからといってオバサン風はイヤ。変に奥様風なのはもっとイヤ。
シンプルな細身のパンツとこれまたシンプルというか愛想のないトップス。。
これが今に引き摺る「私のスタイル」になってしまった。これでいいのかどうか、もっとカワイイ服を着てみればと言われるが、面倒くさいんですよね。

平松さんもいろいろお悩みのようです。
以前買った高価な舶来下着、そろそろ捨て時とわかっていても買った時の値段を思うとふんぎれない。。
そういうのってある、ある。
でもね、迷うのは50代だからはないかな?
私くらいの年齢になると、断捨離とやらで、捨てられるんですよね。「迷った時には捨てる!」がだんだん徹底してくるんです。
数日前の衣替えでも夫婦揃ってバッサリと捨てまくった。こんなに捨てるんなら買わなきゃいいのにと反省。

彼女をお手本にと思う文章が一つ。
それは夏になると彼女の化粧ポーチの中には、100円ショップで買った小さなプラスティック容器が入る。
その容器には「塩」。
暑さで体がだるくなったり疲れたりするときに、その塩をちょっと舐める。
するとたちまち、元気を取り戻せるそうだ。
これはあるオートレーサーから教えてもらったことらしい。
暑さ負けする私にこれは即効があるかもしれない。水も大切だけどミネラルも大切。
塩はともすれば悪者扱いされがちだけど、私たちは海から生まれたのだ。塩は必須ミネラル。

表題の「彼女の家出」は、突然家族に知らせずにロンドンに行ったある友人女性のお話し。
どんな内容かは、読んでのお楽しみ。
今回も大好きな平松洋子のエッセイ集、楽しみながらいろいろわが身を振り返ってニヤニヤ、フムフムとなりました。
posted by 北杜の星 at 07:21| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | ハ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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