2016年11月28日

辻村深月「東京會館とわたし」

東京駅に近い丸の内にある東京會館。
それまで社交というものが貴族など特別な階級のものであったのを、庶民(といっても決して大衆ではないのだが)のための宴会や披露宴などの集まりを目的として作られた。
大正末期に建設さた直後に、関東大震災に罹災した。
昭和になってからは戦争の足音とともに、政府軍部によって使われ、戦後はアメリカに接収された。
東京會館はそうした日本の歴史のずっと見つめてきた場所である。

芥川賞直木賞の受賞記者会見や贈呈式は東京會館で行われる。
直木賞受賞の辻村さんも心躍らせて、東京會館のパーティに出席したことだろう。
そのときからなのか?東京會館を舞台にした小説を書こうと思ったのか?
東京會館に客として集まる人々、東京會館で働く人々・・
時系列に並ぶ東京會館にまつわるエピソードがなんとも素敵で、激動の時代を生きるということの大変さと、それを克服する勇気や達成感が、読む者の心を明るくしてくれる。
ライブラリーで借りて読んでいるので、まだ上巻しか読了していないけれど、一編一編が独立している連作集なので気にはならないが、下巻が待ち遠しいのは言うまでもない。

ヴァイオリニストのクライスラーのコンサートに行くために、故郷金沢からやっとの思いで出て来た文学青年。
彼は東京で文学活動をしていたものの、実家の跡を継ぐために金沢に戻ったのだが、後悔いと忸怩たる念が押し寄せるばかり。
そんなときのクライスラーだった。
聴く前と後での彼の心はどう変化したか・・
(この章には梶井基次郎についての記述もあって面白かったです)。

古いサービス係の男性は民間初の社交場の東京會館に、帝国ホテルからやって来た。ホテルマンとしての腕を買われての転職。
しかし震災後やっと復活した會館は政府の運営となってしまう。
フランス料理の「プルニエ」も閉店。結婚式場の美容室経営者はパーマネント禁止となる。
日本が暗いトンネルに入ろうとする直前の東京會館。

そんな頃にも政府や軍の関係者の結婚披露宴が開かれることがあった。
しかし披露宴で出される料理の材料は、結婚する者の両家が用意しなければ揃わなかった。
それでも東京會館を人生のスタート台とする若いカップル。彼らの未来は・・

やがて敗戦。東京會館ではアメリカ軍の高級将校たちでいっぱいとなっている。
彼らのためにバーではバーテンダーたちが苦手な英語を操りながら、将校たちに軽んじられながら頑張っている。
ある朝、一杯やりながらご機嫌な将校たちの前にあの、マッカーサーがやって来た。
朝から酒とはないごとかと怒っている。
デモバーは朝からオープンだ。なんとか朝のカクテルを楽しんでもらおうと考案したのが「モーニング・フィズ」。
以来「モーニング・フィズ」は東京會館のバーの名物となり・・

菓子職人がパティシェではなくベーカーと呼ばれた時代。
東京會館のベーカー長は経営の方からある依頼を受ける。
それはお持ち帰り用のお菓子を作ってくれとのことだった。しかしそれでは納得できるものが出来ないからと断固拒否。
最終的には作ったのだが、それが思わぬほどの好評で・・

エピソードは東京會館の歴史の長さほどたくさんあることだろう。
それらをフィクションといっても、関係者への緻密な取材を重ねて、辻村深月はこれを描いたのだと思う。
どの章を読んでも、主人公たちがいまにもあの階段を歩き、エレベーターに乗り、フランス料理を食べている場面が目に浮かぶ。

これはまた、仕事をする人間を描く小説集でもある。
下巻が届いているとのメールがあったので、明日そうそうに取に行きます。楽しみ!
posted by 北杜の星 at 07:44| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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