2016年12月02日

辻村深月「東京會館とわたし(下)」

今週のうちに「東京會館とわたし」の下巻が読めてよかった。
連作で各章が独立しているとはいえ、あまり時間をおくと気が抜けてしまう。
上巻はタイトルに「旧館」としてあったが、下巻は「新館」となっている。
東京會館旧館は大正11年竣工。新館は昭和46年、谷口吉郎設計で建てられた。
谷口は東京會館の設計にあたり、たんに建物としての會館ではなく、宴会や社交での思い出の背景となるべく「場」としてというコンセプトで臨んだという。
旧館で使われていたマテリアルや家具なども少し残しながら、まったく新しい建物を造ったそうだ。

亡き夫と迎えるはずだった金婚式の日、一人の老婦人が東京會館にあるパーティに出席するために出かけた。
闘病中の夫は旧館を壊して新館ができることを、残念がっていた。
新館に入った婦人は以前と違う建物に初めは戸惑っていたものの、しだいにその美しさに圧倒されてゆく。
そして彼女はパーティには出ず、夫と時々食事をしていた食堂に一人で入って行く。

人見知りの新米ボーイが、あれほどの大スターである越路吹雪の緊張ぶりを目のあたりにする。
越路吹雪はコンサートの前になるとガタガタ震え、背中におまじないの「虎」という字をマネージャーの岩谷時子から書いてもらわないと、舞台に上がれなかった。
「さぁ、虎になっていらっしゃい」と背中を押してもらる越路吹雪から、ボーイは何を感じ、得たのか。

2011年3月11日、仲良し4人組の初老の女性たちは着物姿で銀座を楽しんでいた。
そこにあの大地震。電車は動かず、ホテルもレストランも喫茶店もいっぱい。
思いあぐねた彼女たちが辿りついたのが、東京會館。
彼女たちは若い頃に東京會館の料理教室に通っていた。
主人公の女性は見合いをして結婚を決めた彼から「東京會館で料理を習ってほしい」と言われたのだ。
食べることが好きで舌の肥えた彼は結婚後、家庭で美味しいものが食べたかったのだろう。
「東京會館なら」と4人はそこへ向かい、一晩を過ごす。

上巻に較べると、実名がかなり出てくる。
芥川賞直木賞受賞者にとっては候補になった時から「受賞がきまったら、東京會館へ」と言われる。
何度も何度もそう言われ続けて、落選してきた作家なら「東京會館って本当にあるのか?」という気持ちにもなる。
あの角田光代がそうだったように。
そんな作家たちにとっては、帝国ホテルでもホテル・オークラではだめで、東京會館こそ価値ある場なのだ。

けれど現在、東京會館はまたも新築中である。
完成は2019年とのことだ。
その間、芥川賞と直木賞の受賞式は帝国ホテルで行われる。
新生新館がどんな設計になるのか?これまでのようにみんあから愛される集いの建物となるのか。
旧い建物に愛着がある人にとってはどれほど素晴らしい新館であっても、必ずしも満足はできないかもしえないけれど。

それにしても100年経たないうちに、2度の建て替えとは、耐震性の問題があるのだろうが、つくづく日本という国は、スクラップ・アンド・ビルドの国なんだなぁと思ってしまう。
ホテル・オークラも建て替わるし、なんだかさみしい。
今度の新館はせめて100年は持ちこたえてほしいし、それだけの年月に耐えうる設計であってほしいものだ。
posted by 北杜の星 at 07:38| 山梨 ☀| Comment(0) | TrackBack(0) | タ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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