2017年04月06日

宮下奈都「死すかな雨」

「羊と鋼の森」で本屋大賞受賞となった宮下奈都。
こんな言い方は失礼だが、私にとっては「彼女、化けちゃったよ」という感じがないでもなかった。
けっして彼女の小説を評価しないのではない。むしろその反対で、ずっと彼女の小説を読んできて「あぁ、佳い小品を書く人なんだな」と大好きではあった作家なのだ。
それでもこんなベストセラーを書く人になるとは、私の見る目がなかったと反省。
(ちなみに彼女の作品で私が一番好きなのは、全然売れなかったそうだが、「田舎の紳士服店のモデルの妻」です。これは彼女自身も力を入れて書いたようで、でも理解されなかったとどこかで言っていた)。

この本の帯には「本屋大賞第一作」とあるが、それは違う。
これは彼女の2004年のデビュー作ななのである。これまで本になっていなかったのか?
文學界新人賞に応募して佳作となったものだ。
100ページそこそこのごく短い小説。

主人公の青年はある日、パチンコ屋の駐輪場の屋台のたいやきを買った。
素晴らしく美味しかった。
焼く人を見ると、そこには若い女性のこよみさんがいた。
やがて少しずつ話すようになった頃、こよんさんは交通事故で病院に搬送されたが、意識不明が続いた。
ようやく意識が戻ったものの、事故前の記憶はあるのだが、事故後は今日のことを翌日には忘れている人になってしまった。
二人は寄り添うように一緒に暮らし始めるが。。

というストーリーだが、単なるお涙頂戴ではないし、ところどころに「ふふふ」と小さな笑いがこみあげるユーモアもある。
でもなんだろ?ちょっとイージーな物語で、この題材でこう書けば、もしかしたら賞が狙えるかも、という魂胆が透けて見えるというか、まぁ、ちょっとつまんない。
なぜかというと、ここにはみんな良い人しかでてこないんだなぁ。「怖さ」がない。
(屋台にこわいオニイサンたちが来て子よみさんを脅すが、そういう怖さとは違います)。
こういう話はどこかに「怖さ」がないと、気が抜けたビールになってしまう。

なんだかんだと、いちゃもんつけている私だけど、宮下奈都がこの中で書いていることはわかるのです。
人間を形作るくものは遺伝子などではなく、会った人々、聴いた音楽、味わった食べもの、訪れた土地などから成り立っているのだということ。
たとえその記憶がはっきりと残っていなくても、脳や体のどこかにそれらが集積された痕跡はあるはず。
「忘れても忘れても育っていくもの」がある限り、こよみさんと青年の暮らしは続けられるのだろう。

この本には予約がたくさん入っていますというラベルが貼ってある。
本屋大賞の後だもの、みんな読みたいのだ。
これからライブラリーに返却に行きます。
posted by 北杜の星 at 07:30| 山梨 | Comment(0) | TrackBack(0) | マ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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