2017年04月10日

小谷野敦「芥川賞偏差s値」

第1回から第156回まで、164作の芥川受賞作品を、小谷野敦が偏差値をつけている。
これは小谷野独自の偏差値であって、この判断が正しいかどうかは、読む人によって異なるのは当然だろう。
小谷野敦という人がかなり偏向しているし、まぁ、性格が悪いところもあって、公平とは言いかねる。
それを心して読めば、大いに楽しめるし、私は楽しみました。

小谷野は164作品全部を読んだのだろうか?読んでるのだろうね。読まなきゃ書けないから。
でもこれらの多くは、書評というよりも作家の人物評ではないかという部分がかなりある。
純文学作品ではなく、純文学作家の偏差値。
ここにはおそらく小谷野の個人的な作家に対する好き嫌いが含まれているような気もする。

芥川賞受賞作品は面白くない・・という持論を小谷野は持っているようだが、それは私にも首肯できる。
受賞作が必ずしもその作家のそれまでのベストとは思えない作品がとても多いからだ。
それまで数度候補になっているから、そろそろ賞を与えてあげようという感じが見え見え。
例えば、西村賢太は受賞作の「苦役列車」なんてちっとも良くない、「小銭をかぞえる」などの秋恵ものに較べると弱いと思う。それは小谷野も書いているとおりだ。
小野正嗣の「九年前の祈り」にしたって、以前候補に挙がったモノの方が幾倍もすぐれていると思う。
こういう賞の与え方はつまらないのではないだろうか。

「受賞作なし」の回もこれを見ると、かなりあるんですね。
出版界が好景気だった頃ならそれもいいだろうが、賞などは所詮がお祭りなのだから、現在のように本が売れない時に「該当作なし」にする必要はないと考えている。
なんでもいいから、あげればいいじゃないか。
その後のことはその作家の実力次第なんだもの。
それとこのごろの芥川賞は必ずしも「新人賞」ではなくなているのが、私には不満だ。
もう何冊も本を出している作家も最近は多い。
しかし、芥川賞はやはり新人に与えられるべきで、純文学の登竜門としての役割を忘れないでほしいと思う。

私は芥川賞受賞作品でもっとも評価していないのが、辻仁成、荻野アンナ、大道珠貴なのだが、小谷野もかなり低い偏差値を与えていて、溜飲が下がった。
42〜44くらいがまぁ普通というラインか。
50前後となるとかなり気に入っている感じ。
もっとも低いのは、誰とは書かないが、25というのがある。作品そのものというよりも、日本語からして問題のようだ。(でも日本人じゃないのだから、大目に見てあげてよ)。
偏差値の高いのは、青山七恵、李良枝(イ・ヤンジ)、村田沙耶香あたりが70台。イトヤマさんもまずまず高い。

でも、小谷野を偏向の人と書いたが、書いてあることは概ね間違っていないと私は思った。
堀江敏幸の項とか、遠藤周作の項とか、私はかなり賛同するな。
それって、私も偏向しているということ?性格が悪いということ?
小谷野敦と同じということが、なんか、褒められることじゃないような気がして、ちょっとへこんでいます。
posted by 北杜の星 at 07:00| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | カ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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