2017年04月17日

山下澄人「シンセイカイ」

第156回芥川総受賞作品。
前回の受賞作である村田沙耶香の「コンビニ人間」はまだライブラリーの予約多数だというのに、これはすんなり借りられた。
人気がないのか?
でも私はこれまで2冊しか読んでいないものの、山下澄人の作風の前衛さはいかにも芥川賞向きだと思ってきた。
今村夏子の「あひる」にあげたいと、心情的には望んだが、まぁこれで妥当だった。

山下澄人が倉本聡の富良野塾の第二期生だったことはよく知られているが、この「シンセカイ」は入塾の最初の1年間を描いたもの。
ここには富良野塾の名前は明記されていないが、読んだ人ならすぐにそうとわかるだろう。
第一期生たちとの十数人での共同生活は密室の群像劇のようだ。
事実、町の人たちはここを「収容所」と呼んでいる。

俳優や脚本家志望の若い男女たち。
授業料は必要ないが、自分の食い扶持は自分で稼ぐため、近隣農家の農作業に出かけていく。
しかしどうやら、メインの仕事はログハウスの建設みたいである。
塾に受かった者たちはみな、トラックの運転ができたり、工務店の息子だったり、体が大きかったあり。。

一日食費300円での重労働に、スミトは栄養不良で倒れ、持病のぜんそく発作も出る。
ここの誰もが【先生】に対しては、ある感情を持っているが、当然それを言葉に出すことはできない。
みんな【先生】の「アイツは向いていない」のジャッジメントをなによりも怖れている。
そんななか、無口で無愛想なスミトはなぜか【先生】から「おもしろいヤツ」と認められているのだが。。

私はなによりもこういう集団生活が大嫌いなので、読んでいてだんだんと息苦しくなる。
【先生】の存在が、お山の大将というか、裸の王様のようでハズカシイ。
こんなところで君臨して、神様のようになる人間が、ハズカシイ。
そういう人間に従属するのもハズカシイ。
しかし文学がそのハズカシサを書くものだとしたら、これは成功しているのだろう。

2年間を【谷】で過ごした第一期生が卒業して出て行き、スミトらが第三期生を迎える立場となるところで、この小説は終わる。
みんなもう1年を、頑張るのかなぁ。
俳優や脚本家というのはそれほどの目標なのか?
【先生】はその目標に向かって、共に歩いてくれているのだと、信じるしかない。
そう信じれる人だけが【谷】に残れるのだろうけれど。。
posted by 北杜の星 at 07:33| 山梨 ☁| Comment(0) | TrackBack(0) | ヤ行の作家 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント: [必須入力]

この記事へのトラックバックURL
http://blog.seesaa.jp/tb/449079594
※言及リンクのないトラックバックは受信されません。

この記事へのトラックバック